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婚約破棄された公爵令嬢は、下町で質屋を継ぎました 〜ところでその婚約指輪、贋物ですわよ?〜  作者: 朝比奈ミナ


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第13話:『除名、承りました。——けれど目は、返品いたしませんわ』

 臨時総会の会合所は、前回よりも人が多かった。

 組合員に加え、傍聴席には黄金天秤の番頭格らしき男が二人、当然のような顔で座っている。規約上、傍聴は自由。けれど彼らの仕事が「傍聴」でないことは、組合員たちの強張った顔が証明していた。


 議長席のボナール氏は、額に汗を浮かべながら——それでも、昨夜の約束どおりだった。


「ほ、本日の議題は三日月堂の除名動議である。規約に基づき、まず動議の根拠の説明を求める。次に本人の弁明。採決は、その後だ。順序を乱す発言は、議長権限で却下する」


 規約どおり。公平に。

 たったそれだけのことが、この空気の中でどれほど重いか。


 動議の根拠は、例の三点だった。盗品故買の容疑、官憲の家宅捜索を受けた事実、市場の秩序を乱す営業。

 私は弁明に立ち、一つずつ、書面で潰した。故買容疑は届出控えと不起訴の通知。捜索は「何も発見されなかった」旨の調書写し。市場の秩序とやらについては——


「『秩序を乱した』と仰る皆様に、お一人ずつ伺いたいの。当店がどの条文に違反したのか。条文番号で、お答えになって」


 誰も、答えられなかった。条文違反など、最初から無いのだから。


 それでも。

 採決の挙手は、除名賛成が、十二。反対が、八。棄権、三。


 規約の定足数と過半数——賛成多数。

 動議は、可決された。


「さ、採決の結果……三日月堂の除名を、可決とする。鑑札は、く、組合預かりと……」


 ボナール氏の声は、議事を読み上げながら震えていた。挙手の前、賛成に回った主人たちの何人かは、私と目を合わせられないまま手を挙げた。証文に縛られた手だ。怒る気には、なれなかった。


 私は立ち上がり、一礼した。


「除名、承りましたわ」


 ざわ、と空気が揺れる。泣くか、喚くか、縋るか——そのどれかを期待していた傍聴席の男たちが、わずかに身を乗り出した。


「鑑札はお返しいたします。規約に従い、預かり中の質草のお客様への返還と精算には三十日の猶予をいただきますわね。それから——議事録に、一点だけ追記をお願いできるかしら」


 私は、会合所をゆっくりと見回した。


「本日の採決により、当店は質商の鑑札を失いました。けれど皆様、どうかお間違えのないように。組合が取り上げられるのは紙だけですの。わたくしの目と、当店の台帳と、お客様からお預かりした信用は——返品いたしませんわ」


 誰も、何も言わなかった。

 ただ、議事録係の若い書記だけが、顔を伏せたまま、私の言葉を一字一句、書き取っていた。


 *


「——で、のこのこ帰ってきたわけ!? 負けたのに!?」


 店に戻るなり、テオが噛みついてきた。目の縁が赤い。総会の結果は、私より先に下町を駆け抜けていたらしい。


「負けてはおりませんわ。一回戦を落としただけですの」


「同じだろ! 鑑札がなきゃ、店、開けらんないんだろ!? 質屋じゃなくなるんだろ!?」


「ええ。ですから明日からの三日月堂は、しばらく質屋ではなく——精算所ですわ。お預かりした質草を、お客様に綺麗にお返しする。商いの締めくくりだけは、誰にも文句のつけようがない形でやり遂げますの」


「……っ、なんで、そんなに落ち着いてられるんだよ……」


 テオの拳が、震えていた。


「ばあちゃんの店なのに。あいつら、汚ねえ手ばっか使って……姐さんは正しいことしかしてねえのに、なんで、正しい方が負けるんだよ……!」


 ああ。

 この子は私のために、こんなに怒ってくれている。


「テオ。よくお聞きなさいな」


 私は彼の前にしゃがみ、目の高さを合わせた。


「正しさは、それだけでは勝てませんの。それは事実ですわ。けれど——正しさは、腐りませんのよ。連中の使った手は、賄賂と証文と脅し。どれも生ものですわ。日が経つほど傷んで、臭って、いずれ持ち主の手を腐らせます。対してこちらの手元には、腐らないものだけが残っておりますの。台帳、届出、議事録……それから、あなた」


「……俺?」


「ええ。半年間ひとりで店を守った見張り番が、今は二人ですもの。戦力は倍ですわ」


 テオは、ぐしっと洟をすすって、横を向いた。


「……ばーか。倍どころじゃねえし。俺、めちゃくちゃ働くし」


 *


 その晩、店じまいの後。

 暗い店先に、辻馬車が一台、音もなく停まった。

 降りてきた人影は、黒い外套——ではなかった。仕立ての良い旅装の、見知らぬ老執事である。彼は深々と一礼し、封蝋つきの書状を差し出した。


「主より、言付けにございます。『明朝、店を開けずにお待ちいただきたい。迎えを寄越す』と」


「あら。どちら様からのお迎えですの?」


 老執事は、それには答えず、もう一度だけ深く頭を下げた。


「主は、こうも申しております。——『良い目に、紙切れの心配をさせるのは、王都の損失だ』と」


お読みいただき、ありがとうございます。

一回戦、落としました。ですが台帳は、腐りませんの。


次回、第14話『値札のない棚の品は、どなたにも売りませんの』——

どん底の店に、下町の皆様と、お迎えが参ります。


ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、当店の暖簾への何よりの『出資』ですわ。

利息は次話で、必ずお返しいたします。


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