第12話:『手入れご苦労さまですわ。台帳は一字一句、本物ですもの』
除名動議の総会を翌日に控えた朝、三日月堂に正式な家宅捜索が入った。
令状の容疑は『盗品故買および無資格営業の疑い』。先日の銀食器の一件が、ご丁寧に蒸し返されている。指揮はまたもジラール警吏長——ただし今回は、彼の上役だという監察官が同行していた。撫でつけた髪に、薄い唇。靴だけが、官給品ではない高級品。
「捜索する。台帳、金庫、蔵。すべてだ」
「どうぞ、ごゆっくり」
私は帳場に椅子を三つ並べ、白湯を出した。テオは渋い顔で、それでも素直に蔵の鍵を開けて回る。
捜索は、午前いっぱいかかった。
結果から言えば——何も、出るはずがなかった。
「台帳の記載と在庫、全点一致です」
「貸付の利率、すべて法定の範囲内」
「例の銀食器は封印保管、届出受理印も確認」
部下の報告を聞くたび、監察官の薄い唇が、薄くなっていく。
「……古い蔵だ。床下や二重底に、記載外の品を隠しているのでは?」
「監察官殿」ジラール警吏長の声に、わずかな棘が混じった。「床板は三枚剥がしました。出てきたのは鼠の巣の跡だけです」
「ふん。では帳簿の写しを押収する。精査すれば、何か——」
「あら、写しでしたら最初からご用意してございますわ」
私は紐で綴じた一束を差し出した。
「開店からの全取引、日付順。それとこちらは、当店が組合と警吏詰所に提出した届出書類の控え一式。照合のお手間が省けましてよ。——手入れ、ご苦労さまですわ。当店の台帳は一字一句、本物ですもの。何度お調べいただいても、結果は同じですの」
監察官は写しをひったくるように受け取ると、捨て台詞も洗練されないまま、引き上げていった。
最後に残ったジラール警吏長が、扉口で低く言った。
「……あの監察官、今回の令状を急がせたのは本人だ。所属は監察室——だが、夜会では黄金天秤の卓でよく見かけるそうだ。部下が、そう言っていた」
「まあ。よく回るお口の部下さんですこと」
「口の回る部下は迷惑だが、目の利く商人は迷惑ではない。……そういう意味だ。他意はない」
他意しかない言い方で、警吏長は帰っていった。
ありがたいこと。官憲のなかにも、台帳の読める方はいらっしゃる。
*
午後、マルゴさんが店に飛び込んできた。煙管も忘れている。
「お嬢、まずいよ。明日の総会——頭数が買われてる」
「票の買収ですの?」
「買収って言うか、借金さ。組合長のボナール、あいつ三年前に店を改装しただろ。あの金主が黄金天秤なんだ。それも証文の利息が阿漕でね、今じゃ首根っこを掴まれてる。他にも四、五軒、同じ穴の貉がいる。連中、義理じゃなく証文で縛られてるんだ。下町の人情じゃ、ひっくり返せないよ」
「人情では、ね」
私は帳場の奥から、祖母の貸付台帳を取り出した。
この台帳を最初に読んだ夜から、ずっと気になっていた頁がある。
『ボナール質店。改装資金、不足分。金貨八十枚。利息なし。期限なし。——困った時はお互い様』
「マルゴさん。お祖母様は、ボナール氏にもお金を貸しておりましたのね」
「……ああ、そういや、あいつの店が左前だった頃に、エルマが助けてやったって話は——お嬢、まさか」
「ご懸念のような、阿漕な取り立てはいたしませんわ」
私は台帳を、ぱたりと閉じた。
「ただ、思い出していただくだけですの。ご自分の首根っこを掴んでいる手が、本当は何本あるのか。そして、そのうち一本だけは——掴むのではなく、支えるために伸びた手だったことを」
*
夜。私は一人で、組合長ボナール氏の店を訪ねた。
応対に出た彼は、私の顔を見るなり、幽霊でも見たように後ずさった。
「み、三日月堂……! あんた、明日の総会のことで、わしを脅しに——」
「いいえ。お返しに上がりましたの」
私は祖母の貸付台帳の、例の頁を開いて見せた。
「金貨八十枚。利息なし、期限なし。この貸付、当店は帳消しにいたしますわ。本日づけで」
「な……っ?」
「お祖母様の備考に『困った時はお互い様』とございますの。貸金は、もともと返済を期待した筋のものではございませんわ。ですから、お返しいただきたいのはお金ではなく——」
私は、一礼した。
「明日、組合長として恥ずかしくない議事進行を。それだけですの。賛成しろとも、反対しろとも申しません。規約どおり、公平に。それが、祖母の八十枚への、一番きれいな返済ですわ」
ボナール氏は、台帳と私を何度も見比べ——やがて、でっぷりした体を縮めるように、深く、深く、頭を下げた。
「………………エルマさんには、わしは、足を向けて寝られん」
さて。これで明日の総会、票の行方は分からなくなった。
分からなくなった、というだけで、勝てるとは限らない。証文で縛られた首は、まだ何本も残っている。
それでも。
脅しで取った一票と、恥で正された一票では——重さが違いますのよ、男爵様。
お読みいただき、ありがとうございます。
祖母の台帳は、取り立てより、こういう使い方が似合うようでございます。
次回、第13話『除名、承りました。——けれど目は、返品いたしませんわ』——
臨時総会、開会ですわ。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、当店の暖簾への何よりの『出資』ですわ。
利息は次話で、必ずお返しいたします。




