第11話:『盗品の押し売りは、お断りしておりますの』
ドラモン男爵の「忠告」から二日目の朝、その客は来た。
仕立てのいい外套に、こすれた靴。手だけが妙に荒れた、商人風の男。
卓に置かれたのは、見事な銀食器の一揃いだった。大皿、燭台、匙にフォーク。家紋入り。
「亡くなった親父の形見でして。蔵を整理してたら出てきたんですよ。急ぎ金がいるんで、まとめて預かってもらえませんかね。相場より安くていい」
相場より安くていい。
質屋の帳場でこの台詞を言う客は、二種類しかいない。よほど切羽詰まっているか——早く品物を手放したいか。
「拝見いたしますわ」
片眼鏡を着ける。銀の質は上等。家紋は、東街の織物商フォシャール家のもの。
そして大皿の裏。掃除されてはいるが、彫りの谷にごく僅か、蝋の白い粉。長く食器棚ではなく、蝋引きの保管庫に置かれていた品の癖だ。
「お父上のお名前を、伺っても?」
「え? ……ジャン、ですが」
「ご商売は?」
「な、なんでもいいでしょう、そんなこと! 預かるのか預からないのか!」
声を荒らげる客には、二種類しかいない。よほど急いでいるか——問答の続きが怖いか。
「承りますわ。少々お待ちになって。お品が多うございますから、台帳の記載に四半刻ほど」
私は奥に下がり、テオに目配せをした。彼は心得た顔で、裏口からするりと消える。
四半刻後、男は質札と銀貨を受け取り、そそくさと帰っていった。
そして、その日の夕刻。
からん、と鈴を鳴らして入ってきたのは、制服の警吏が三名。先頭の壮年の士官は、四角い顎に、四角い目つき。
「王都警吏隊のジラールだ。盗品故買の通報があった。三日月堂が、東街フォシャール家から盗まれた銀食器を買い取った、とな。——台帳と現物を検めさせてもらう」
「ようこそお越しくださいました、警吏長殿」
私は、にっこりと微笑んだ。
「お待ち申し上げておりましたの」
四角い目が、わずかに丸くなった。
「……待っていた、だと?」
「ええ。まず、こちらが本日の台帳。お品はお預かり質として受け入れ、ただし——備考欄をご覧になって」
『当該品、盗品の疑いあり。組合回覧の手配書面と家紋一致。質商法第十九条に基づき、受入と同時に警吏詰所へ届出。品は封印保管、持込人の人相風体は別紙』
「届出の控えがこちら。受理印は本日の午の刻。あなた様の詰所の、受付の方の印ですわ。——通報より、当店の届出のほうが二刻ばかり早いはずですけれど、いかがかしら」
ジラール警吏長は、台帳と控えを何度も見比べた。それから部下を振り返る。
「……通報の受理は、いつだ」
「は、申の刻です」
「届出済みの品を、届出た当人の店から『故買』で挙げられるか、阿呆」
警吏長は溜息をつき、私に向き直った。
「……手回しのいいことだ。まるで、嵌められると分かっていたような」
「あら。質商法に忠実なだけですわ。盗品の押し売りは、お断りしておりますの——お断りの手続きごと、書面で」
付け加えるなら、持ち込み男の後をつけたテオの報告で、男が北の堀沿いの蝋燭工房に入っていったことまで、別紙に書いてある。読み上げて差し上げると、警吏長の四角い顔が、初めて商売抜きの色になった。
「……北の堀。蝋燭工房」
「ご存じですの?」
「五年前、あの界隈の盗難事件を洗ったことがある。倉庫の令状を取る寸前で、上から捜査が畳まれた」
上から。
ジラール警吏長は、それ以上は言わなかった。言わない、ということが、何よりの言葉だった。
「三日月堂。今日のところは、引き上げる。だが」
彼は出口で、四角い目だけ振り返らせた。
「……次も、これだけ綺麗な台帳を見せてもらえるなら、こちらとしてもやりやすい。そういう意味だ。他意はない」
「ええ。当店の台帳は、いつでも、どなたにでも、一字一句本物ですわ」
警吏たちが去ると、テオが床にへたり込んだ。
「こっわ……姐さん、よく平気だな。一歩間違えば、姐さんが牢屋だったんだぞ」
「一歩も間違えなければ、よろしいのよ」
とはいえ。
今回の絵は、雑なようでいて、よく出来ていた。盗品の届出が間に合わなければ故買で挙げられ、届け出れば「店が騒ぎを呼んだ」と組合への口実になる。どちらに転んでも、傷はつく寸法。
現に、翌朝。
組合からの二通目の呼び出し状が届いた。今度は正式な封蝋つき。
『臨時総会開催の儀。議題——三日月堂の除名動議について』
三日のご猶予の、三日目でございますわね、男爵様。
お返事は、こちらから出向いて差し上げますわ。
お読みいただき、ありがとうございます。
ジラール警吏長、四角いお顔の割に、お話の通じる方でございました。
次回、第12話『手入れご苦労さまですわ。台帳は一字一句、本物ですもの』——
攻め手は、まだ続くようです。
ブックマークと評価(☆☆☆☆☆)は、当店の暖簾への何よりの『出資』ですわ。
利息は次話で、必ずお返しいたします。




