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第9話 指切りげんまん

 大きく膨らんだ紙袋を両手に持ちながら、住宅街の中をユユと歩く。

 すっかり日は落ちてしまい、道路は街灯によって照らされていた。


「ここが、俺が住んでいるところ」


 そう言い、マンションや住宅に囲まれたアパートの前で歩みを止める。

 駅から徒歩五分の立地にある、二階建ての至って普通なアパート。

 数年前に建てられたばかりなので、外も中もとても綺麗だ。


「時々大家さんが前の道を掃除しているから、会ったら挨拶しろよ」


「わかりました。ユユが大家さんの代わりに全部掃除します」


「うん、それは違うぞ」


「でも、ユユは住まわせてもらっている身ですから……」


「ユユはむしろお客みたいなもんだ。心置きなく、高校に通って楽しめばいいんだよ」


「……はい」


 どこか申し訳なさそうにユユは返事をした。


 ユユを一人暮らししている部屋に住まわせると両親に言ったとき、驚かれたものの、特に止められなかった。

 ユユの存在を知っていた両親はむしろ、どこかユユに対して申し訳ない気持ちがあったのかもしれない。

 ちなみに親戚連中は、ユユが俺のところに来ることについて、何も言ってこなかった。


 ユユの学費は祖父や叔父が残した蓄えから出し、食費云々は俺のバイト代や両親からの仕送りでなんとかやっていくこととなった。


 俺とユユは階段を上り、部屋にたどり着く。

 鍵を開け、中に入った。


「……お邪魔します」


 ユユは小声でそう言い、遠慮がちに部屋の中に足を踏み入れる。


「ユユ、ただいまって言えよ。ここはもう、お前の家なんだから」


「はい。……ただいま、です」


 俺は部屋の電気をつけ、紙袋をソファーの上に置く。

 ベッドにテレビに冷蔵庫もある。

 1Kだが、そんなに狭くもない。

 人間二人くらいなら、なんとか暮らせる広さだ。


「どうだ? 東京の家は?」


 物珍しそうに部屋中を眺めるユユに、そんな事を訊く。


「虎太郎さんの匂いがします」


「あ、ああ……そうか」


 なんか、絶妙に恥ずかしい感想だな、それ。


「そういえば、ユユの他の荷物っていつ届くんだ? 制服とかは高校で必要なものは、もうこっちに届いているけど」


「荷物、これだけです」


 そう言って、リュックを床に下ろすユユ。

 通学用でも使えそうなリュックだが、そんなに中身が入っているとは思えない。


「……制服と同じパターンか」


 もはや、驚きもしない。

 つまり向こうの家にユユの私物と言えるのは、極端に少なかったということだ。


 全く。本当に酷い。

 しかも、それをなんでもないといった様子でユユが言うところがまた……。


「ユユのもの、こっちでは沢山持とうな……っていうか、そうか!」


 俺もなんて馬鹿だ。

 まさかここに来て気が付くなんて。


「虎太郎さん、どうしました?」


「……すまない、ユユ」


 この部屋は1Kだ。

 ユユのプライベート空間が無い。

 着替える場所とか、友達と通話する場所とか、そうところが無い。


「ユユが着替える場所とか、どうする? 布とかシーツとか吊り下げて、部屋を仕切るか?」


「そんな事、しなくていいです。ここでユユ着替えられますから」


「いや、ダメだ」


 そんなの、絶対にいけない。


「どうしてですか? ユユは何にも気にしません」


「いや、どっちかというと気になるのは俺の方なんだよ……」


 ユユが俺の目の前で着替える。

 そんな事、想像しただけで警察に捕まる。……は、言いすぎたかもしれないが、そのくらい大変なことだ。


「それなら、ユユはトイレで着替えます。それでいいですか?」


 なぜか、ユユが俺に許可を取ろうとする。


「それならユユが着替えている間、俺がトイレの中に入る」


「そんな、悪いです……」


「いや、むしろそうさせてくれ」


 じゃないと、俺の身が持たない。


「……わかりました」


「ユユは俺のベッドを使え。俺はソファーでいいから」


「でも――」


「それ以上、何を言っても俺の意志は変わらないからな。ユユはベッド、俺はソファーで寝る。それはもう決めたことだ」


「……はい。ありがとうございます」


 もはやなすがままと言った様子で、ユユは頭を下げてくる。

 何度も見た、彼女のその姿勢。


「ユユ、指切りくらいはわかるだろ?」


 そう言い、俺は右手の小指をユユに突き出す。

 ユユは困惑した表情のまま、俺の小指に自らの小指を絡ませてくる。


「一緒に住む上での約束だ。やりこと、したいことをなんでも正直に言う。この家で遠慮はなしだ。面倒くさかったら、面倒くさいと言え。直してほしいと思ったら、ちゃんと指摘しろ」


 俺も、ギュッとユユの小指を絡める。

 決して、手放さないかのように。


「この家にお前を縛る奴はいない。だから安心して、幸せになれ。いいな?」


 じっと、ユユと目を合わせる。

 一瞬、ユユの瞳が揺れたかと思ったが、急に小指に力を入れてきて、「はい。……約束です」と、言った。


「指切りげんまん。破ったら、針千本飲ますからな」


 この先、上手くいくかはわからない。

 結局、ユユは向こうにいたときのまま、変わらないのかもしれない。


 それでもこの家がユユにとって、やすらぎの場所になればいいと思う。

 そう、願っている。


「針……」


「何だよ、どうかしたか?」


「ユユが針千本を飲んだら、きっと見るに耐えない姿になってしまうと思います」


「きゅ、急に怖いこと言い出すなよ……」


「血とか、凄そうですし」


「詳しく言うなって」


「なので実際に針を飲む際は、ユユ一人だけでやろうと思います。虎太郎さん、安心してください」


「安心できるか」


「針を飲んでも怪我しないように、ユユ、頑張りますから」


「目的を見失ってるな、これ」


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