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第8話 ファッションショー

 売り場に入ると、季節物を一式身に纏ったマネキンが出迎えてくれた。


「レディースは……こっちか」


 ユユの手を取りながら、商品棚の間を通り過ぎていく。


 どの季節でも安心安全な、赤背景に白文字の看板が有名な某大手服屋だ。

 本当はもっと凝った服屋に連れて行きたかったが、今日は急いでいるのでここだ。

 まぁ、ここならよっぽど変な服も置いていないだろう。


 レディースを取り扱う範囲に入り、俺は歩みを止める。


「とりあえず、三セットくらい全身買うか。他に欲しいものがあったら、それもカゴに入れろよ」


 カゴを一つ取りながら、ユユの方を向いた。

 ユユは戸惑った様子で、「あ、あの虎太郎さん……」と、消え入りそうな声を出した。


「……大丈夫です。ユユには制服がありますから。ユユなんかに、無駄なお金を使わないでください」


 ユユは申し訳なさそうに、うつむきながら言った。


「無駄な金なんかじゃねぇ。真っ先に必要で大切な出費だ。女子高生がオシャレをしないでどうする」


「でも……」


 今のユユは自分に価値は無い、他人のためならぞんざいに扱われるべきだと思い込んでしまっている。

 それなら……。


「なら、今日の分のご褒美だ」


「今日の分?」


「ああ、今日の分のご褒美を消化するために、俺はユユに服を買わなければならない。……それなら、納得できるか?」


 少しの間考え、やがてユユは遠慮がちに上目遣いで見てきた。


「いいんですか?」


「ああ、ドンと来い」


「お金、かかりますよ?」


「ああ、望むところだ」


 大丈夫、貯金残高はまだ余裕ある。……はず。


「……ありがとうございます」


 そう言い、ユユは軽く頭を下げた。

 すぐに頭を下げる癖もどうにかしないとな。


「ユユ、お前の好きなもん選んで来いよ」


「わかりました」


 そう言って、ユユは真っ先にとある場所へと向かった。

 そこは、Tシャツが陳列された棚だった。棚上部にはでかでかと『限定商品』と書かれた赤いパネル。

 特別なクオリティーの数量限定商品ということではない。

 値引きされ、安くなっている限定商品ということだ。


 ユユは迷わずその棚から三枚の無地のTシャツ、そしてセール品のスウェット三着を手に取り、かごに入れてきた。


「終わりました」


「……ユユ、これは?」


 困惑している俺に気が付いたのか、ユユは遠慮がちにうつむき、「やはり、少し高いでしょうか……」と、言ってきた。


「えっと、ユユ、他の服とかは?」


「これだけで十分です」


「でも、これって安くなったセール品だろ?」


「ユユには、これで十分すぎます」


 その後、何も言うことができなかった。

 ユユはふざけているわけじゃない。

 真剣に選んだ結果のこれなのだ。


「……よし、わかった。とりあえずこれらは部屋着にするとして、改めて外に着ていく服を選ぶぞ」


「え⁉」


 ここに来て、ユユは大きな声を出して驚いた。


「で、でも虎太郎さん、ユユには本当にこれで十分ですから……。これで外に出かけられますから……」


「ダメだ。追加で買うぞ」


「でも……」


「お前がオシャレをして責める人間はここにはいない。だから、遠慮すんな」


 ユユは口をつぐみ、それ以上何も言って来なかった。

 遠慮というか、もはや優しくされるのが怖いという感じな気がする。

 ずっとTシャツだとさすがに可哀想すぎるし、それに、ユユの可愛い姿を俺が見たいというのもある。

 決して本人にはそんなこと言わないけどな。


「っても、俺、女子のオシャレとかわかんねぇんだよな……。よし、こういうのは素人が下手に選ぶからダサいんだ。マネキンが着ていて、尚且つユユに似合いそうな服、そのまま真似して買うぞ」


 店員には聞かない。

 なんか怖いから。


 俺は周囲を見渡し、目ぼしいマネキンを探す。


「お。ユユ、これとか似合いそうだぞ」


 俺は気になったマネキンの写真を撮り、着ている服をそのまま商品棚から選び取っていく。

 それを三セット行い、遠慮がちになっているユユの背中を押しながら、試着室へと向かった。


 試着ブースに入り、ユユは服いっぱいの籠を手に持ちながら、仕切られた試着室に入る。


「……本当に着るんですか?」


 扉代わりのカーテンに触れながら、ユユは不安げに訊いてきた。


「ご褒美、だからな」


「……わかりました」


 観念したのか、ユユは「じゃあ着替えてきます」とカーテンを閉めた。


 カーテンの裏側からガサゴソと服を脱ぐ衣擦れがかすかに聞こえてくる。

 つい反射的に両手で耳を塞ぐ。

 流石に彼女の着替える音をまじまじと聞く度胸は無い。


 数分後、衣擦れの音は止み、カーテンの隙間からユユが顔を出してきた。


「……着替えました」


「ああ」


 そう言い、俺はつい姿勢を正す。

 しかし、ユユはいつまで待ってもカーテンを開けようとしなかった。


「ユユ?」


「いや、あの……」


「もしかして、サイズ間違えたか? 違うサイズのやつ、持ってくるか?」


「いえ、違うんです。……虎太郎さん、似合っていなくても笑わないでくださいね」


「笑うわけないだろ。むしろ褒め殺してやる」


「……本当に、笑わないでくださいね」


 そう言い、ユユは恐る恐るカーテンを開く。


「おお……」


 俺は思わず、見惚れてしまった。


 灰色のパーカーに白いロングスカート。

 セーラー服のときのユユと違い、パッと全身が明るくなり、カジュアルさと彼女が持ち合わせていた清楚さや清廉さがいい具合に混ざっていた。


 ユユは恥ずかしそうにスカートをギュッと握る。

 赤くなった顔は俺の方を向こうとしなかった。


 とてもよく似合ってる。

 正直に言って、めちゃくちゃ可愛い。


「可愛い……」


 意識せず、口から感想が漏れ出た。

 自分の発言に気が付き、すぐに口元を手で押さえたが、遅かった。

 ユユは我慢の限界だというように試着室のカーテンを締め、中に引っ込んでしまう。


「ユユ!」


 俺は急いでカーテンに近寄った。


「……変です。ユユがこんな格好……、やっぱり変です」


 カーテンの向こう側から、そんな震えた声が聞こえてくる。


「そんなことない! とても似合っていたぞ!」


「……似合ってないです。服に着せられているという感じです。これならむしろ、ハンガーに着られた方が服も喜びます」


「そ、そこまで卑下しなくても……」


「だったら……教えてください。ユユのどこが似合っていますか?」


「えっ⁉︎ あ、いや、その……」


 数秒、黙ってしまう。

 まさか、こんな流れになるとは思わなかった。どうすればいい?

 女の子の褒め方なんて分からない。

 しかし、言わないわけにもいかない。


 ……ええい!

 ユユのためだ!

 恥なんて捨ててやる!


 俺は息を吸い、捲し立てるように言葉を紡ぐ。


「ロングスカートの清楚さとパーカーのハツラツさが絶妙に合わさっていて、良い! 明るい色の服だから、ユユの黒髪がより綺麗に映えて見えて、良い! それに、えっと……」


「や、虎太郎さん、その辺で十分ですから……」


「その恰好でユユが街を歩いているところを想像すると、なんだかこちらまでいい気分になってくる! こんなにこの服が似合う人、世界中探しても見つからないはずだ! ユユはぜひ、その服を買うべきだ! 買わないと、人類史上の最悪な損失になる!」


 俺は滝のような汗をかきながら、何とか言い終えた。

 上手に言えただろうか。

 恐る恐る見ると、カーテンの隙間が少しだけ空いていた。

 そこからユユが顔を覗かせ、


「もう、止めてください……」


 と、頬を赤く染めていた。


「す、すまない。つい……」


 早口で、しかもなかなかの声の大きさで力説してしまった。めちゃくちゃ恥ずかしい。


「……虎太郎さん」


「あ、ああ、何だ?」


「本当に、ユユに似合っているんですよね?」


「ああ! もちろん!」


「それなら……買います、この服」


 赤い頬のまま、カーテンを少し開けるユユ。

 恥ずかしながらも、俺に服を見せてくれているようだった。


「ありがとうございます、褒めてくれて。ユユ、嬉しいです」


「もういい、忘れてくれ……」


 俺は耳の先まで真っ赤になり、ついユユから目を逸らす。

 そんな俺の態度を見たユユは何を勘違いしたのか、


「虎太郎さん、本当です。こんなに褒められたの、初めてです。だから嬉しいです」


 と、裏表の無いことを言ってくる。


「わかった。わかったから……」


 しかし、ユユは止めようとしない。

 試着室から一歩踏み出してきて、純粋な目を痛いくらいにこちらに向けてくる。


「特に、ユユがこれを着て街を歩いているところを想像したところは――」


「こ、殺してくれ!」


 こんな反撃を食らうとは思わなかった。


 俺は大声と共に、白旗を上げた。

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