第7話 セーラー服
駅舎の影が色濃く伸びていく。
駅前のロータリーは帰宅ラッシュで混んでおり、タクシーがひっきりなしに出発しては戻ってくる。
少し離れた場所から、路上ライブの歌声が聞こえてくる。
最近はどんどん温かくなってきて、改札口の前に植えられた桜の木はもう満開となっていた。
スマホで時間を確認する。
もう、電車はホームに入っているはずだ。
あとは彼女が改札から出て来るところを待つだけ。
緊張を落ち着かせるため、ゆっくりと深呼吸をする。
……彼女がここにやって来る。
俺と一緒に住む。
今でもまるで実感が持てない。
ずっと彼女のことを思っていた。
夢に出てきたこともあった。
額から汗が滲み出て、喉が渇き始める。
やばい。
ここに来て、急に緊張してきた。
俺、大丈夫か?
こんな調子でユユと生活なんてできるのか?
初恋の相手だと、ユユには言っていない。
言えるわけがない。
俺はユユを幸せにするために、ここに呼んだ。
だから、この恋心をユユに悟られないようにしなければならない。
俺から好意を向けられたところで、きっとユユも迷惑だろう。
改札口から数十人の乗客たちが吐き出される。
俺はその中から彼女を見つけようと、躍起になって探した。
「……あっ」
改札から出てくる乗客の隙間に、短い黒髪がひょこひょこと動いているのが見えた。
「ユ――」
彼女に声を掛けようと手を上げたその瞬間、思わず声が途切れた。
引っ越しにしては小さなリュックを背負った彼女は、黒いセーラー服を着ていた。
祖父の葬儀のときに着ていたものと同じだ。
「虎太郎さん」
ユユは手を上げた俺に気が付き、こちらに近寄ってくる。
「すみません、お待たせしました」
ユユは俺に向けて頭を下げてくる。
相変わらず、冷めた無表情だった。
「……ユユ。俺は一つ、お前に聞きたいことがある」
「はい、何でしょうか?」
「なんで、まだその服を着ている?」
俺は引きつった顔のまま、ユユの胸元を指差す。
ユユは何を言っているのかわからないと言った様子で「だって、まだ着れますから」と、平然と答えた。
「でも、もうこっちの高校に転校したんだろ? だったら、もうその制服を着る必要は無い。それに……その制服は向こうを思い出すだろ」
ユユはあの土地とある種決別するために、東京に来た。
そのセーラー服は向こうの辛い記憶を呼び出させてしまうもののはずだ。
思い出として取っておきたいという気持ちは分からないでも無いが、それでもわざわざそのセーラー服を着てくる必要は無い。
「変、ですか?」
「いや、変っていうか……もっと他に服があるだろ。なんでわざわざそのセーラー服を……」
「服はこれだけです」
「え?」
さも当たり前かのように、ユユは言った。
「ユユ、このセーラー服しか持っていません」
「部屋着とかパジャマとか、そういうのとかも全部?」
「無いです。このセーラー服だけです」
「……服を買ってくれなかったのか?」
怒りを含んだ訊き方にユユはピクリと反応し、おずおずと答えた。
「おじいさんもおばあさんも悪くないんです。ただ、ユユの服に使うお金が無くて……」
そんなの嘘だ。
確かに住んでいたあの平屋は少しだけみすぼらしいものだったが、それでもユユの服を一着も買えないほど貧窮していたとは思えない。
買わなかったんだ。
召使い同然の扱いをしていたユユの服に、使う金は無いとでも言うかのように――
「ユユ! 行くぞ!」
一瞬、ためらったが意を決してユユの手を取り、俺は急ぎ足で駅を出た。
手を取るという動作は顔から火が出るほど恥ずかしかったが、ここまでしないとユユは遠慮したままだったはずだ。
というからそういう解釈しないと、こんなことできない。
ユユはなんとか俺に追い付きながら、わけもわからずといった調子で「こ、虎太郎さん?」と背中越しに俺の名を呼んだ。
服が無いから制服で過ごせと言われ、わかりました、と何の疑問も無く従ってしまう。
自分には本当にそのくらいの価値しかないと思っている。
そしてそれ以上に、ユユは純粋過ぎる。
いや、もはや純粋通り越して天然と言ったらいいのか。
自分の価値云々にはきっと、彼女のその性格も起因しているのだろう。
正門で会った茶髪巻き髪とは大違いだ。
まだ十八時半。
あの店なら、まだ空いているはずだ。




