第30話 告白
アウトロが流れ、曲が終わる。
大きな歓声と拍手が沸き起こった。
俺も拍手をユユへ送る。
「ちょっとすみません!」
図太い声が聞こえ、観客の間を縫って誰かが割り込んできた。
制服を着た、二人の警察官だ。
「えっと、君が主催者?」
一人の警察官が、ユユにそう詰め寄る。
「騒音がひどい集会があるって通報が入ってね。公園の使用許可とか取ってる?」
「いや、あの……」
先ほどまで歓声と熱気に包まれていた会場が水を打ったように静まり返った。
「はい! 離れて離れて!」
もう一人の警察官が、しのやユユから観客を後退させていく。
「ちょ、どうする⁉ お兄さん!」
美沙希が俺のTシャツを掴んで、そう訊いてくる。
どうするって……。
「おい! ライブの邪魔すんなよ!」
突然、一人のファンがそう叫び出した。
「そうだ! 何の権利があって邪魔すんだよ!」
「出ていけ!」
ファンの人たちに熱が入り、そんな罵声が警察官たちに浴びせられる。
「はいはい! ちょっと落ち着いて!」
警察官が両手を大きく掲げ、熱の入ったファンを落ち着かせようとする。
しかし、もうファンは止まらなかった。
「うるせぇ! 邪魔してくんなよ!」
「そうだ! 早く出ていけ!」
あちらこちらから声が上がる。
ユユに訊いていた警察官もファンたちの対応に入り、会場全体が騒然とし始める。
一触即発の雰囲気が漂い始めた。
「……ユユ!」
俺は人をかき分け、ユユへ近づく。
そして、彼女に手を伸ばした。
「行くぞ!」
「……はい!」
一瞬の逡巡もなく、ユユは俺の手を取った。
それが、とても嬉しかった。
俺たちは荒ぶる集団から離れようと、手を繋いだまま歩き出す。
「美沙希ちゃんも!」
途中、ユユは美沙希の手を取り、引っ張った。
「美沙希ちゃん! 早く!」
美沙希は困惑したまま、立ち尽くしていた。
しかしやがて、ユユに引っ張られるがまま歩き出す。
俺たち三人はなんとか、揉みくちゃとなっている人だかりの中から出た。
「――ユユ!」
人だかりの中から、叫んで呼ぶ声。
向くと、しのがこちらを睨んでいた。
「ユユ! お前、どこに行くんだよ⁉︎」
ユユは立ち止まり、振り返る。
しのと目を合わせ、答えた。
「ユユの幸せはユユで決めます!」
「――ふざけんな!」
しのは最後にそう叫んだ。
「ユユ! ……いいの⁉︎」
美沙希は立ち止まり、ユユに訊いた。
「美沙希ちゃんは、嫌ですか?」
「……でも!」
「ユユ、美沙希ちゃんや虎太郎さんといたいです。そのためなら才能を無駄遣いします。これは、ユユのわがままです」
美沙希は困惑したまま、俺の方を向いてきた。
俺は何も言わず、頷いた。
「……まったく、しょうがにゃい子だにゃ〜」
と、ふざけるように言い、ユユの頬をつねった。
ユユは痛がりながらも、嬉しそうだった。
結局、才能を生かすも殺すも自分次第。
ユユは育った環境を選ぶことができなかった。ずっと、あの家に囚われていた。
でも、今は違う。
ユユは自分で決め、俺たちを選んだ。
その先に何が待っていようとも、構わずに。
「虎太郎さん、美沙希ちゃん。行きましょう」
そう言い、ユユは俺たちを引っ張って走り出した。
俺たち三人は公園から出て、ユユを先頭に歩道を走る。
風を切り裂き、スピードがどんどん上がっていく。
俺と美沙希はユユに置いていかれないように、必死に走る。
でも、大丈夫だ。
遅れそうになっても、ユユが俺たちの手を繋いでくれている。
しばらく走り、俺たちはとある歩道橋の上で足を止めた。
ユユが手を離し、俺たちは限界という風に息をついた。
「も、もう無理……」
息が上がった美沙希は歩道橋の柵に手をつき、必死に息を整える。
「……美沙希ちゃん、ごめ――」
美沙希はユユの口に指を当て、黙らせた。
「その言葉、禁止のはずだよ?」
「……はい」
「ユユ」
美沙希はユユの手を取り、優しく握手をする。
「ありがとう。ユユ」
「そんな、お礼を言われることは……」
「これからも、親友でいてくれる?」
「……はい。もちろん」
どんな意味を込めて握手をしたのか、俺にはわからない。
それでも、美沙希の中で何か決着がついたのだろう。
顔が少しだけ晴れ晴れとしていた。
「じゃあユユ、また学校でね!」
満面の笑みで、歩き出す美沙希。
ユユは戸惑った様子で、「え、美沙希ちゃん?」と、言う。
「流石に邪魔することはできないからね。……お兄さん、ちゃんと、ね?」
美沙希は俺にウインクして見せ、歩道橋を降りて行った。
……あいつ、妙に気が利くのがむしろムカつくんだよ。
「……行っちゃいましたね」
「ああ、ゲリラ豪雨みたいなやつだ」
「台風じゃないんですか?」
「周りを薙ぎ倒すほど、暴力的な奴じゃないしな」
ちなみに、しのは隕石みたいな奴だ。
俺たちは歩道橋の上に残される。
下の道路にいくつもの車が通過していく。
「……ユユ」
俺は初恋の相手の名前を呼ぶ。
ユユはこちらを向き、目が合う。
多くの人たちが行き交うこの世界。
そこで俺はユユと出会えた。
だから、俺は言わないといけない。
ちゃんと、ユユに伝えないと。
「俺も、ユユのことが好きだ」
ユユは口元を手で覆い、目を見開いて驚いていた。
顔から火が出るくらい、恥ずかしかった。
頭がクラクラし、倒れそうだ。
「こ、こんな俺でもいいなら……俺と……」
口が上手く回らない。
声が出てこない。
ダメだ。
ちゃんと言うんだ。
「付き合って、貰えないか?」
ユユを直視することができなかった。
俺は目を瞑り、ただ黙って返事を待つ。
「……今日のご褒美、お願いします」
次の瞬間。
唇に何かが当たる感触がした。
目を開けると、ユユとキスをしていた。
ユユは唇を離し、一歩後ろに下がる。
口元には、ユユの柔らかい唇の感触がしばらく残っていた。
「ユ、ユユ⁉︎」
俺は衝撃で声が裏返る。
「虎太郎さん」
彼女が俺の名前を呼ぶ。
ずっと彼女だけを思っていた。
もう、叶わないと思っていた。
でも、今は違う。
目に涙を浮かべ、頬を赤く染めたユユ。
彼女は微笑みながら、言った。
「これから、よろしくお願いします」




