第31話 後日談
墓地は高台にあり、風が吹く度、かすかに潮の香りがした。
白いワンピースを着たユユは、祖父母が眠っている墓石の前で手を合わせる。
二人が眠っている墓を見に行きたいと、ユユが言い出した。
一周忌もまだなので行くには少し早いと思ったが、ユユはなるべく早く行きたいと言った。
目を開け、ユユは立ち上がる。
「もういいのか?」
「はい。挨拶と報告、ちゃんとできました」
「報告?」
「東京で虎太郎さんと幸せに暮らしています、という報告です。おばあさんはさみしがり屋でしたから。一周忌になる前に、なるべく早く報告しようと思ったんです」
そんなこと、ユユがやる必要ないと思った。
でも、言わなかった。
あの祖父母と長年暮らしていたのはユユなんだ。
部外者の俺にはわからないことが、きっとあるのだろう。
「虎太郎さんのことだけじゃありません。美沙希ちゃんのことも、しのさんのことも報告しました。しのさんの話を聞いたら、きっと、おじいさんはひっくり返ってしまいます」
「そういえば、最近しのから連絡があったんだって?」
「はい。まぁ、主にバンドをやろうという誘いですが」
「しののバンド、北海道が主な活動場所だったんだろ? あの時、そんな遠くから来ていたなんて信じられないな」
「あの後、バンド仲間が迎えに来て、泣く泣く北海道に帰ったらしいです」
少し微笑み、穏やかな様子で話すユユ。
あの時から、ユユは少しだけ変わった。
性格というか、雰囲気というか、なんか柔らかくなった。
申し訳ありません、と、謝ることも少なくなった。
ユユは歩き、墓地の端まで移動する。
そこからは街と海岸が一望できた。
風が吹き、ユユの黒髪を大きく揺らす。
ユユはじっと、水平線を見つめる。
あの時も、ユユは海を眺めていた。
ユユはあれから、幸せになれただろうか。
まだ、遠くに行きたがっているのだろうか。
「――ユユ、虎太郎さんに謝らなければならないことがあるんです」
「え?」
俺は急にそんな事を言われ、声を上げてユユの方を向いた。
「昔、虎太郎さんから貰ったマフラー、失くしてしまったんです」
「マフラー? ああ、あの毛糸のマフラーか?」
初めて会ったとき、俺はユユにマフラーをあげていた。
「……はい。しばらく大切に使っていたのですが、ある日どこかで失くしてしまって……それに、あの時の白い花も枯らしてしまいました……」
「別にマフラー一つでそこまで言わなくても……」
「でも、ユユは悲しかったです。あれは、虎太郎さんとの大切な思い出ですから」
そう話しながら、ユユは俯いてしまった。
「それなら、また買おう」
俺の言葉を聞き、ユユは顔を上げる。
「俺が勉強して編んでもいい。白い花も、大家さんに頼んでプランターを置かせてもらおう。……失くしたのなら、また作ればいい。今の俺たちの思い出としてな」
そう。また、やり直せばいい。
上手くいかないかもしれない。
それでも、俺たちはやり直すことができる。
努力をすることができる。
時間を費やすことができる。
失敗する権利を持っている。
それは才能関係なく、全員が持っているものだ。
「……虎太郎さん」
「何だ?」
「今日のご褒美、良いですか?」
「ああ、何でも来い」
「少し、しゃがんでもらってもいいですか?」
「……ああ?」
俺は体をユユの方に向け、しゃがむ。
ユユは黙ったまま俺に向かって手を伸ばし、頭を撫でてきた。
「ユユ?」
「ご褒美です。虎太郎さんへの」
「え……」
「虎太郎さん、ずっとユユのためを思ってくれていました。だから今日は、ユユからのご褒美です」
思いもよらなかった。
ご褒美とは、何かを成し遂げた人だけがもらえるものだ。
それなら、ユユ。
俺は何かを成し遂げたというのか。
成し遂げることができた。
この、俺が。
ユユは優しく微笑みながら、俺の頭を撫でる。
……ああ。
ユユが撫でられるのが好きと言っていた理由が、やっとわかった。
「ありがとう、ユユ」
俺は精一杯の感謝を込めて、ユユに向けて言う。
「俺は一生をかけて、ユユを幸せにする」
最後に自分自身に突き付けた、最難関の約束。
でもきっとこの約束は、愛する人を持つ全ての者の元へ現れるのだろう。
そして、その約束を多くの人達は成し遂げてきたのだろう。
特別な才能を使わず、ただ、その人を想う力で。
明日のことを考える。
未来のことを考える。
ユユのことを考える。
俺に、何ができるのだろうか。
立ち上がり、ユユの手を取る。
「ユユ、行こう」
「はい、虎太郎さん」
そして、俺たちは歩き始める。
「ユユ」
「はい、虎太郎さん」
「その服、似合ってるな」
「……はい。ありがとうございます」
波の音が遠くから聞こえる。
それはまるで、俺たちを祝福しているかのようだった。
〈終わり〉




