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第24話 待ち伏せ

 カラオケ店を出て、俺とユユは美沙希と別れた。


「ユユ、じゃあね」


 大きくユユに向かって手を振る美沙希。

 彼女は最後まで笑顔だった。


 俺とユユは歩き、アパートを目指す。

 ほとんど、会話はなかった。

 何を話したらいいのか、わからなかった。


 道中、美沙希から何件かメッセージが届いた。

 いくつかの写真だ。

 中間テストの点数上位者の名前が記された張り紙、五十メートル走の秒数のランキング表など。

 どの写真でも、一位には『橋本ユユ』の文字があった。


 美沙希が言っていた話は、本当だった。

 それを裏付けるために、わざわざ美沙希は送ってきたんだろう。


 そして遅れて、カラオケ店で制服姿のユユが歌う動画も送られてきた。

 しのが言っていた動画だ。

 数秒再生すると、やはりあの素晴らしい歌声が流れてきた。


 俺は動画を閉じ、スマホをポケットに入れ、隣を歩くユユに訊く。


「ユユ、どうして高校のことを話してくれなかったんだ?」


「……ごめんなさい」


 ユユは、小さく頭を下げる。


「怒っているわけじゃない。ただ、ユユがあんなに良い成績を取っていたことに驚いてな」


「……虎太郎さんに、ユユは卑しい子だと思われたくなかったんです」


「卑しい?」


「ユユが成績のことを言えば、さらにご褒美をねだっているように聞こえてしまいますから……」


 まさか、そんな理由で。

 ズキンと、心臓に小さなトゲが刺さったような気がした。

 自身のくだらないコンプレックスで悩んでいる俺とは違い、ユユはただちょっと恥ずかしいということだけを考えていた。

 それが、俺たちの差。


「ユユに、これ以上の幸せはいりません。ユユはもう、溺れてしまうほどの幸せの中にいますから」


 と、小さく微笑んだ。

 柔らかく、可愛い微笑みだった。

 しかしそれを、俺は直視することができなかった。


 角を曲がり、すぐ目の前にアパートが見えてくる――


「ユユ!」


 俺はすぐさまユユの手を取り、自らの方へ引き寄せた。

 角に隠れ、見つからないように息をひそめる。


「こ、虎太郎さん?」


「しっ」


 困惑した表情で見上げて来るユユ。

 俺は自らの口の前に人差し指を立て、ユユを黙らせた。


「部屋の前、しのがいる」


 ユユは小さく口を開き、黙って驚いた。


 俺は音を立てないように角から顔を少し出し、アパートに目を向ける。

 二階の廊下に、ギターケースを背負ったしのが仁王立ちで立っている。

 しかも、ドンピシャで俺たちの部屋の前で。


 ……美沙希がバラしたのか?

 いや、そんなことをするわけがない。

 なら、どうやってアパートを突き止めた? 


 確かに俺たちの部屋前にある表札には『芹沢虎太郎 橋本ユユ』と、各々の名前が書かれている。

 それでも、俺たちがカラオケ店にいた数時間の間でここまで突き止めることはできないはず。


 どうする?

 しのがあきらめて帰るまで、このままここに居続けるわけにもいかない。

 警察に通報するか? 部屋の前に不審者がいると。

 いや、それはあまりやりたくない。

 できればこれ以上、大事にしたくない。


「虎太郎さん」


 この先どうするか考えていると、ユユが俺を呼んできた。


「ユユは、一人で大丈夫です。だからあの人に見つからないように、今夜はユユは一人で外で過ごします。虎太郎さんはアパートに戻って休んでください」


 なんてことないかのように、ユユは静かに話す。


「……何言ってんだよ。そんな事するわけないだろ」


「でも、ユユは虎太郎さんに迷惑かけっぱなしです」


「だからと言って」


「ユユが一人で頑張れば、済む話です。あとは、みんないつも通りに戻ります。……向こうにいたときと同じです。ユユが一人我慢すればいいんです」


 ふと、アパートの方から足音が聞こえてくる。

 あきらめたのか、俺らに気が付いたのか、しのが階段を降り始めていた。

 まずい。

 このままここにいれば、どっちみち、しのに見つかる。


 しのはユユだけを狙っている。

 だから、ユユは一人で逃げればいい。

 そんなこと、させるわけにはいかない。


 ユユにとってみれば、向こうにいた時にはそれが普通だったのかもしれない。

 でも、今は違う。


 俺はユユの手を取り、「ユユ、行くぞ」と、駅の方へと歩き出した。


「でも……」


 ユユは何か言いたげに、俺に引っ張られて歩く。


「ここは東京だ。ユユの過去とはなんの関係もない。だから、もうそういうことを言うな」


「……はい」


 ユユはそう返事をし、コクンと頷いた。

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