第20話 狼
俺は歩きながら、たまごサンドを一口齧る。
美味いが、味へ意識を割くことができない。
先ほどからずっと、前を歩く二人が気になってしょうがなかった。
ラフなTシャツに白いスカートを穿いている美沙希に、青と白のチェック柄のワンピースを着たユユ。
「ユユ! これ食べたら、次どこに行く⁉」
「美沙希ちゃんは、どこに行きたいのですか?」
「……そうやってさりげなく私優先にしてくれるところ、ユユは気遣いで好き! 私はねぇ~……、駅の方に戻って雑貨とか見れたらいいかな」
「わかりました。じゃあ、そうしましょう」
「お兄さんもそれでいいよね?」
ユユと手を組んで歩いている美沙希が振り返り、俺の方を見てくる。
俺はたまごサンドの最後のひとかけを口の中に入れ、「ああ」と、短く答えた。
「――そのゴミ、貰うぞ」
俺はユユに近寄り、サンドイッチが入っていた空の容器を指差す。
「あ、はい。お願いします……」
「ああ」
なるべく自然にユユから容器を受け取り、数歩後退して二人と距離を取る。
その間、ユユと目が合わなかった。
そんな俺らを美沙希は「この人たち、何してんだ?」という目で見てくる。
俺は美沙希からの視線を無視し、広場の方へと目を向けた。
芝生が生い茂る広場では親子がキャッチボールをして遊び、カップルがレジャーシートを広げて仲睦まじくお弁当を食べていたりしていた。
休日の公園はどこか暴力的なまでに平和的な空気が流れており、思わず悶々としている自分は場違いなのではないかと感じてしまう。
はじめはユユと美沙希の二人だけで出かけるものだと思っていた。
しかし、美沙希の気まぐれで「たまにはお兄さんも来て」と強引に誘われてしまい、渋々二人について来た。
――足取りが重い。太陽が眩しく、少しうつむいて歩く。
俺はいまだ、ユユからの告白に答えられずにいる。
イエスともノーとも、答えていない。
結局、ユユからの告白はうやむやのまま終わった。
ユユからの告白。
驚きつつも、嬉しかった。
ずっと思っていた初恋の相手からの告白だ。
念願だったところもある。
それでも次の瞬間、とてつもない不安に襲われた。
俺はこの告白に答えていいのだろうか。
その価値が俺にあるのだろうか。
俺と付き合い、ユユを幸せになることができるのだろうか。
だから俺は告白に答えることができなかった。
ユユを好きでいる気持ちと、その先に対する不安が俺の中に渦巻き、どうすることもできずにいたからだ。
目を閉じても、思い出される。
告白に困っている俺を見かねて、「……すみません。突然、こんなことを言い出して……。忘れてもらって、構いませんから」と申し訳なさそうに言う、ユユの表情。
俺はユユと何を話せばいいのか。
いくら考えても答えは出てこず、体の中に消化されない悩みとして積もっていくだけだった。
「なんかやってるよ」
美沙希のその一言で、思考が中断する。
顔を上げて見てみると、美沙希は数十メートル先にある噴水を指差していた。
噴水には何やら人だかりができており、そこからかすかに歌声が聞こえてきた。
「ユユ! 行ってみよ!」
美沙希はユユの手を取り、さっさと噴水の方へ行ってしまう。
「あ、おい」
俺も二人を追いかける。
近寄っていくと歌声ともにギターの音色も聞こえてきた。
噴水の脇で二十人ほどが何かを囲むように立っており、俺たちは人だかりの隙間の間から覗き込む。
そこには、狼がいた。
噴水の縁石に座る、一人の少女。
少女? 黒いキャップを深く被っているのでしっかりと断定できないが、おそらく高校生くらいの少女がギターを弾いて歌っている。
黒いキャップにほつれた箇所のある汚れた黒いパーカー、大きなダメージがついたジーンズ。
そして一番目を引くのはキャップから少しはみ出して見える、とても短い白髪。
家出少女のような、野生感溢れる見た目の少女。
ギターを抱えながら少し背を丸めて歌っている姿は、まるで狼のようだった。
うめき声のような、叫び声のような、低い歌声。
それでいて、空気を震わすほどの声量。
ギターをかき鳴らして必死に歌う彼女は、まるで何かを掴み取ろうと躍起になっているように見えた。
多くの人たちが彼女の演奏を真剣に聴いている。
中には涙ぐんでいる人もいた。
「なんか凄いね」
美沙希が隣にいるユユにそう耳打ちした。
「はい……」
ユユが美沙希の言葉を聞いているような聞いてないような返事をする。
聞き取れない箇所もあったが、おそらく孤独をテーマにした歌詞。
少女は一言一言噛み締めるように歌い、やがて曲は終わった。
歓声が上がり、拍手が湧き起こる。
ユユも美沙希も拍手をしていた。
歌い終え、汗だくになった少女は少しの間深呼吸をし、息を落ち着かせていく。
目の端に、ピカッと光る何かが映った。
よく見ると、少女の耳には大量のピアスが付いていた。
耳たぶからぶら下げるもの、耳全体を一本の棒で貫いているもの、星形でかなり大きいもの。
様々な種類のピアスが耳の中でひしめき合っていた。
そこまできて、気が付いた。
俺は彼女を知っている。祖父の葬式の日、ニュースアプリにインタビュー記事が載っていたインディーズバンドのボーカルだ。
周りの客をよく見てみると、彼女が所属しているバンドである『2007』とロゴされたタオルを手に持っているファンらしき人がちらほらいた。
「しの! よかったよ!」
ファンのうちの一人が、そう叫ぶ。
「うるせぇ!」
しのは、突然そう叫び出す。
周りの観客は一気に拍手を止め、静かになった。
しのは叫んだファンに向かい、「てめぇだけのライブじゃねぇんだ! 黙ってろ!」と、鋭い目つきで睨み、怒りに満ちた声で叱った。
マジかこいつ……。
拍手をしてくれたファンに噛みつくなんて。
これじゃあ、ファンと喧嘩になるんじゃないのか?
「……ありがとう! しの!」
まさかの、ファンは感激した表情でそう叫んだ。
こいつらにとって、しのからの怒りはもはやご褒美なのか。
「――チッ」
しのは顔に出た不機嫌さを隠そうとせず、大きな舌打ちをした。
「おらてめぇら! 今日はもう終わりだ! 早く帰れ!」
しのがそう言うと、「えー」、「もっと聞きたいー!」などの不満の声が飛び出たが、
「うるせぇ! こっちは無許可でやってんだ! 通報される前にさっさと行け!」
と、観客たちに言うと、ファンたちは名残惜しそうにゆっくりと散り散りになり始める。
しのがここまでの態度を取っても、ファンたちは特に怒ろうともしない。
むしろ、「次の路上ライブいつだろうねー」という風に仲良く話している人もいるくらいだ。
どうしてこんなにも横暴な奴がファンたちから許されているのか。
おそらく、命を削るように歌うその姿に魅了され、破天荒な性格もまるごと個性として認めてもらっているのだろう。
しのはギターケースにギターを入れ、パチンと蓋を閉める。
しの以外のバンドメンバーはおらず、一人で路上ライブの後片付けをし始めた。




