第2話 精進落とし
◇◆
葬式は意外にも、笑顔で溢れている。
そんなことを俺は、親戚連中を遠巻きに眺めながら思った。
皆、精進落としの料理もそこそこに、酔っ払いながら世間話や近況報告などをする。
故人への手向けなど、ほとんど忘れてしまっているかのようだった。
――やはり、いない。
さきほどからずっと探しているが、彼女は見つからなかった。
どこにいる? あの時会ってから、どこへ行ってしまったのだろう。
俺はやることもしゃべる気力もなく、食い残された料理をひたすら口に運んだ。
すでに腹はいっぱいだったが、料理の味はなかなかに抜群で、どんどん頬張っていく。
最後に残った海老の天ぷらを口に入れ、俺は満腹感を覚えながら壁に背中を預けた。
満腹感とヒーターの温かさから、徐々に眠くなってくる。
今日は母方の祖父の葬式だった。
火葬は昨日行ったので、今日は葬儀と精進落としだけだ。
大学の春休み中で暇をしていた俺は、両親からの要請で、わざわざ二時間も電車に乗ってここまでやって来た。
祖父というか親戚連中とも、ここ十数年会っていない。
小学校の低学年まではこのクソ田舎に住み、そこから東京に引っ越した。
だから祖父の遺影を見ても、ああ、こんなジジイもいたな、くらいなものだった。
遺影よりも、ジジイが住んでいたこの平屋の方が記憶に残っていた。
それはきっと、あの女の子のせいだ。
「なぁ、お前!」
ふと、そんな乱暴なもの言いが飛んでくる。
満腹からの眠気に襲われながら、俺は話しかけてきた祖父の弟に顔を向けた。
「お前、芹沢んとこの息子だろ? えっと、名前は……」
「……芹沢虎太郎」
俺はつい、めんどくさそうに返事をした。
「ああ! 虎太郎! お前元気にやっているか⁉ 今、東京で一人暮らしなんだろ⁉ 大学でちゃんと勉強してるか⁉」
「まぁ、それなり」
「虎太郎、ちゃんと返事しなさい!」と、母が俺に向かって注意してくる。
頭の毛が薄くなった父はすでに泥酔状態で、さきほどから床に突っ伏して寝ていた。
茹でタコみたいに顔を赤くした祖父の弟は、瓶ビールを手に持ちながらこんなことを抜かしてくる。
「ここら辺、人が少なくなってきてるからよぉ! あんたら若い奴らが知識とか人脈とか身につけて、帰ってきてもらわなねぇと困るんだよ! いいな⁉ 首席で卒業して! 就職で勝って! 社内でも勝ち続けるんだよ!」
知るかよ。
黙れ、酔っ払い。
帰ってこいなんて言っても、俺にとってもう東京の方がふるさとだ。
こんなクソ田舎、若者が出ていくに決まっているだろ。
そんな言葉が、つい、口から出そうになる。
俺は無言のまま頷き、そっぽ向いた。
「何だあいつ。ガキの頃は可愛かったのに……てんで不愛想な奴だなぁ!」と言い、茹でタコは再び親戚連中に絡み始めた。
不愛想で悪かったな。と、心の中で毒づく。
目の前の料理も完食してしまい、遂にやることが無くなった。
俺はポケットからスマホを取り出し、惰性的にニュースアプリを開く。
誰かが罪を犯した、有名人が失言した、企業が嘘をついていた、地方で交通事故が起きた。
一回スクロールするだけで、たくさんのニュースが流れていく。
そんな中、一つのニュースが目に留まった。
最近話題になっているインディーズバンドである『2007』へのインタビュー記事だ。
キャップを被り、耳元に沢山のピアスを着けたボーカルの女の子が記者からの質問に答えている。
彼らの歳を見てみると、俺よりもいくつか下だった。
腹の中に気持ちの悪いものを覚える。
すぐさまニュースアプリを閉じ、スマホをポケットにしまった。
目を瞑り、気持ち悪さが過ぎていくのを待つ。
彼らのバンドに恨みがあるわけではない。
曲を聞いたことは無いが、きっと必死に活動しているのだろう。
――それでもどうしたって、俺は彼らを快く思うことができなかった。
俺よりも年下の人たちが人前に立ち、活躍している。
曲を制作し、ファンを集めている。
そんな才能の塊である彼らを見ていると、コンプレックスが刺激された。
俺にはきっと、何の才能も無い。
運動神経も、歌唱力も、文才も、芸術的センスも、話術も、学力も、何も秀でていない。
そんなことを小学生の高学年の頃にはもう、痛感していた。
この世の中には、子供の頃から大人さえも凌駕する才能の塊が数多くいる。
そのくせ、俺は毎週行われる小テストでさえ、一位を取ることができない。
だから俺はきっとこの先、何の偉業も達成できず、能力のある者を見上げ、自らの無能さを痛感しながら生きていくのだろう。
思わず、拳をギュッと握る。
こんな俺で、この家に戻りたくなかった。
才能も何も無い。
あるのは至って普通な体と不器用な性格と、『虎太郎』といういやに仰々しい名前だけだ。
大人たちの笑い声が聞こえてくる。
「……うるせぇな」
俺はそう言葉をこぼし、耐えきれずに立ち上がった。
いつか、俺もあんな大人になる。
普通の人生を歩み、何の偉業も達成しない、教科書に載らない人生。
俺自身がそうなることに、どうしたって我慢できなかった。
精進落としのために片付けられた居間を出て、廊下を歩く。
どこか、一人になれる場所は無いか。
SNSを一つ開けば、天才たちが溢れるほど現れる。
彼らは何かができることの喜びを容赦なく表現し、それが凡人である俺たちへの攻撃になると理解していない。
彼らは無自覚に他人を傷つけている。
そんな世の中を俺は生きていかなければならない。
どうやって? 誰かが助けてくれるというのか。
心に空いた隙間を埋めてくれるというのか。
廊下の角を曲がる。
確か、この先にジジイの部屋があったはずだ。
そこならきっと、静かに過ごせるはず――
目の端にとあるものが映り込み、俺は歩みを止めた。
廊下の奥、炊事場となっているそこに、彼女がいた。




