第17話 保健室
衝撃の添い寝事件から、ユユの様子が少しおかしくなった。
妙によそよそしくなったというか、他人行儀な言動が増えた。
やはり、ユユはあの添い寝が気に食わなかったのか……。
それとも共同生活において、直接言えない、俺への不満があるのか……。
俺もユユに直接聞くことができず、悶々とした日々を送った。
そして、一週間後。
大学の講義中に美沙希から連絡が来た。
当然のように無視したが、その後も着信がしつこい。
重い腰を上げ、講義を抜け出して電話に出ると、
「やっほー、バッドニュース! 体育のバスケの時に、相手の肘がユユの顔に当たっちゃってね。鼻血がドバドバ!って出ちゃったの。あとはホームルームだけだから私が連れて帰ろうと思ったんだけど、急に委員会の集会が入っちゃってさ。だからお兄さん! ユユのお迎えに来てくれない? 来てくれるよね? よろしく!」
と、相槌を打つ暇もなく、向こうから電話を切られた。
いつか絶対にシメてやる。
しかし、怪我したユユも心配だ。
俺はそのまま荷物をまとめ、すぐに大学を出た。
◇◆
「ありがとうございます」
俺はユユの担任である若い女性教師に頭を下げた。
来客用の出入り口からユユの待つ保健室まで案内してくれた。
かなりユユのことを認めてくれているのか、担任はここまでの道中、「多くの選択が可能かと思いますから、卒業後の進学も今からよく考えてみてください」と、言ってくれた。
「失礼します」
扉を開け、保健室に入る。
懐かしい消毒液の匂いが充満していた。
「橋本ユユさんの、保護者の方ですか?」
白衣を着た保健の先生が訊いてきた。
「はい、芹沢虎太郎です」と、答えると、ユユが眠っているベッドへ案内された。
「橋本さん、お迎えが来たわよ」
と、ベッドの周囲を囲うカーテンを開ける。
次の瞬間、「あら?」と、保健の先生は不思議そうな声を出した。
ベッドを覗くと、そこにユユの姿が無かった。
スマホや鞄などは置いてある。
ただユユだけが、ぽっかりといなくなっていた。
「お手洗いかしら?」
「そうですね。――ん?」
ベッドの近くにある、外へ出るための扉。
あれは……もしかして。
俺は扉まで近づき、内鍵を開けた。
後ろから「ちょっと」と注意される。
しかし止まらず、扉を開けて外に出た。
校舎に沿うように設置されている花壇。
そこに、ユユがちょこんと座っていた。
ぶつかったという鼻や頬が赤くなっており、その細い指先で赤いチューリップの花弁を優しく撫でていた。
初めて会ったときも、こんな感じだった。
あの時もユユは一人で、見えない傷を抱えていた。
「ユユ、見つけたぞ」
小さな肩をピクリとさせ、ユユは目を見開きながらこちらを見た。
「虎太郎……さん」
「どうしてここに隠れていた?」
ユユは瞬時に目を逸らす。
俺の問いに答えず、しばらく黙っていた。
ベッドから抜け出して花壇に隠れていたことも、俺の問いに答えなかったことも、前のユユではしなかったことだ。
彼女の中で何かが変化している。
それは、確かだった。
「とりあえず、帰るぞ」
「……はい」




