第16話 添い寝
俺がベッドに上がるなり、突然、ユユは押し倒してきた。
覆いかぶさるような体勢になりながら、ユユは俺の腕をぎゅっと掴んでくる。
想像以上に掴む力が強く、俺はまるで抵抗できなかった。
「我慢できません……もう、いいですか?」
「よいわけないだろ!」
つい、俺は叫んでしまった。
「えっ、え⁉」と、ユユはたじろぐ。
一瞬、腕を掴む力が弱まる。
俺は逃げるように腕を引き抜き、慌てて上半身を起き上がらせた。
「ユユ、確認するぞ! 俺たちは今から添い寝をやるんだよな⁉」
「はい、そうです」
「じゃあ、なんで押し倒してきた⁉ あれじゃあ……もう……行為一歩手前みたいじゃないか!」
「行為一歩手前……? ご、ごめんなさい。ユユはただ、忠実に『エイらぶ!』の再現をしようと……」
そう言いながら、ユユは開いたまま伏せていた単行本を手に取り、数ページ戻して見せてきた。
添い寝の場面は、先ほどの俺とユユのような押し倒すシーンから始まっていた。
決してユユが暴走したわけではない。
ユユはご丁寧に添い寝の直前から場面の再現を始めただけだった。
「……素直すぎる」
「虎太郎さん? なんです?」
「直前の場面はいいから! さっさと添い寝だけやるぞ! 返事は⁉」
「い、イエッサー……!」
ユユは混乱したまま、俺に敬礼して見せた。
多分、その掛け声に敬礼は違うと思うぞ。
俺は再びベッドに横になる。
ユユは俺に布団をかけてきた。
そこまで忠実に再現しなくてもいいだろとは思ったが、俺は何も言わずに、やりたいようにやらせた。
以前までは何度も寝起きしていた寝床。
しかし、今はユユが使っているという事実が頭をよぎり、つい体が強張った。
「じゃあ……失礼、します」
ユユがゆっくりした動作で、布団の中に入ってくる。
もぞもぞと布団の中で動き、ユユは体の位置を調節した。
衣擦れの音が聞こえるたび、心臓の鼓動がどんどん高鳴っていく。
その時、彼女のつま先が俺の足に当たった。
「あっ、ごめんなさい……」
「い、いや、大丈夫だ」
動揺を悟られぬよう、冷静を装って答えた。
しっくりくる位置に落ち着いたのか、ユユはやがて身動きを止める。
狭いベッドの中、俺とユユは布団の中で向き合う形となった。
すぐ目の前に、ユユの顔がある。
じっと見つめられ、俺は目をそらすことすら忘れてしまった。
心臓の鼓動がうるさい。
二人分の体温で、布団の中はすぐに暑くなった。
「ど、どうだ? ユユ」
「ぎゅって、抱きしめてもらえますか?」
「えっ⁉ それは……」
「虎太郎さん、お願いします」
甘えゼロの懇願するような言い方で、ユユは俺に頼んでくる。
――これは、ただのご褒美だ。
下心なんてものは、一切ない。
俺は頭の中で自分に言い聞かせた。
ユユが望んでいるんだ。やるしかない。
ユユが再びもぞもぞと動き出し、更に俺の元へ体を寄せる。
「い、行くぞ。やるぞ、やるからな?」
「はい、どうぞお願いいたします」
彼女は少しだけ体を浮かせる。
俺はベッドとの間に片腕を通し、ユユを抱きしめた。
全身がより一層熱くなる。
こんなこと、初めてだった。
知らなかった。
彼女の体はとても柔らかく、これ以上力を入れたらポキリと折れてしまうのではないかと思うほど、細かった。
ユユを抱きしめることのうれしさ、恥ずかしさ、後ろめたさ、動揺、それらが一気に頭の中に流れ込み、思考停止寸前だった。
「ユユ、ど、どうだ? 何かわかったか?」
「……正直に言って、よくわかりません。でも、一つ」
そこでユユは一度言葉を切り、一拍置いて、言った。
「同じ布団でぎゅっとしてもらうと……安心、します」
「安心?」
ド緊張している俺にしてみれば、少し意外な感想だった。
「布団にくるまって、虎太郎さんがユユに体温を分け与えてくれて……なんだか、守られているような気持ちです」
「それが、安心」
「はい。一人で布団に入っても、こんな気持ちにはなりません。初めての経験です」
なんでもないかのように、ユユは言った。
「それは――」
それは、ずっと寂しかったということか?
そう訊こうとし、俺は寸前でやめた。
訊かなくても、俺には痛いほどわかった。
抱きしめながら、ユユの頭を撫でた。
俺の一生をかけても、ユユに刻まれた孤独を癒すことはできない。
これくらいしか、今の俺にはできない。
その事実が、ひどく苦しかった。
「虎太郎さん?」
「あ、すまん。嫌だったか?」
「いえ、……続けてくれると、うれしいです」
そう言われ、俺は手を動かし続けた。
しばらく、俺たちは布団の中でそうしていた。
「……虎太郎さん」
「なんだ?」
「ありがとうございます」
「いいんだよ。これは、ユユのご褒美だからな」
虎太郎さん、と、ユユはもう一度俺の名前を呼んだ。
「虎太郎さんは……いなくなったりしませんか?」
「するわけないだろ」
俺は即答した。
それは、当然だった。
「いやだと言われるまで、ユユの隣にいる。だから安心して、幸せになれ」
「……はい」
その返事は、少し潤んでいるような気がした。
俺の位置からユユの顔は見えず、確認することはできなかった。
しかし、俺にはそれが見えた。
「虎太郎さんには、いますか?」
「何が?」
俺は返答しながら、そこに目が釘付けとなる。
ユユの両耳。
それが、ほんのり赤く染まっていた。
「――好きな人、いますか?」




