第15話 初めての漫画
エンドロールが流れ終わる。
俺は「当たり映画だったな……」と確かな満足感に包まれながら、イヤホンを外してスマホから顔を上げた。
夕食後からの、思い思いの時間。
もっぱら、俺は趣味の映画鑑賞、ユユは高校の課題や家事(止めても聞かなかった)などに使うが、今日のユユは違った。
パジャマに身を包んだユユは、ベッドの上にちょこんと座り、漫画の単行本を熱心に読んでいた。
俺はソファーに座りながら、単行本の表紙を見る。
そこには銀色の髪をした女の子が可愛く描かれており、タイトルには『エイらぶ!』と印字してあった。
エイリアンの少女が地球人の少年に恋してしまう、少年誌で連載している大ヒットラブコメ漫画だ。
つい最近までやっていたアニメも好調で、全国の書店で単行本の品切れが続出しているという。
ユユが漫画を読むこと自体、珍しい。
一緒に暮らし続け、漫画やアニメのようなエンタメに興味を示していなかった。
なんでも今日、美沙希から「面白いから読んで!」と、『エイらぶ!』全巻を無理やり押し付けられたらしい。
一巻を読む際にユユから、「どうやって読めばいいのでしょうか?」と訊いてきたのは流石に驚いたが、しばらく読んでいると俺の補助無しにスラスラ読めるようになった。
ユユは『エイらぶ!』を瞬き一つせず読み進めていく。
ページをめくる手も止めず、全集中を注いで読んでいるという感じだ。
「それ、面白いか?」
「……」
話しかけてみたが、ユユは集中しきっており、返事は返って来なかった。
もはや、気迫すら感じる。
時刻は午後十時。
寝るのにはまだ早い気がしたが、明日は一限から講義がある。
「ユユ、俺はもう寝るからな」
「……」
「明かりが消えると真っ暗になるから、電気スタンドを点けるか?」
「……」
「いいのか? 消すぞ? 消すからな?」
「……」
嫌われた? っていうくらい、ユユからリアクションが返ってこなかった。
ベッド脇にある電気スタンドのスイッチを入れ、ユユの手元へ向ける。
天井の明かりを消し、ソファーに寝転がった。
……まぁ、たまの夜更かしもいいだろう。
◇◆
「――」
何かが聞こえ、俺は目を覚ました。
「ユユ?」
俺はまどろみの中、上半身を起き上がらせて彼女の名前を呼ぶ。
明瞭ではない視界に映る彼女の姿は、ベッドの上に背筋を伸ばして正座したまま、単行本を抱えているものだった。
何をしている? 俺は目を擦り、視界をクリアにすると――
「――ぐすっ」
ユユが黙ったまま、泣いていた。
「ユ、ユユ⁉」
俺は思わず声を上げる。
一気に意識がハッキリとした。
「ど、どうした⁉ な、何か辛いことでも思い出したか⁉」
どうすべきかまるで分らず、あたふたしている俺に向かってユユは、「すみません……。ちょっと、感動してしまって……」と、テーブルの上にあるテッシュケースから一枚抜き取り、とめどなく溢れてくる涙を拭った。
「そ、そうか……」
俺は上げかけた腰を下ろし、ユユを眺めた。
そんなにその漫画面白いのか。……とにかく、泣いている理由で深刻ではなくてよかった。
「エイちゃんさんが勇気を振り絞って告白して……その中で流れる回想がまた感動的で……ユユ、物語にここまで感動したの、初めてです……」
ユユの涙はしばらく流れっぱなしだった。
若干ネタバレを食らったような気がするが、号泣し続けるユユを前にしたら、気にならなかった。
「こんなに良い話だとは思いませんでした……」
「よかったな、その漫画に出会えて」
「はい。美沙希ちゃんに感謝です。……でも、一つわからないことがあって」
そう言いながら、ユユはテーブルの上に積み重なっている『エイらぶ!』の中から、とある一巻を手に取り、俺に開いて見せてきた。
ページに目を向けると、エイリアン少女が自身の気持ちを抑えきれず、少年の布団の中へ潜り込んで添い寝をするという、わかりやすい読者サービスの場面だった。
「これのどこがわからない?」
「どうして、エイちゃんさんは他人のベッドに潜り込むのですか?」
ユユは恥ずかしげもなく、単刀直入に言い放った。
「エイちゃんさんの気持ちがユユにはよくわかりません。彼女は一体何がしたくて、添い寝をするのですか?」
「……えっと」
「虎太郎さん、教えてください」
「そうだな……」
どう答えたらいいんだよ。
俺は口をもごもごさせ、返答に悩んだ。
ユユはふと、壁掛け時計に目をやる。
ちょうど、十二時を回っていた。
「虎太郎さん」
「へっ⁉ な、なんだ⁉」
「今日のご褒美、お願いします」
……まさか、こいつ。
俺はこれからユユの話す内容について、瞬時に予想がついた。
「ユユ、虎太郎さんと添い寝をしてみたいです。そうすればきっと、より『エイらぶ!』と理解できると思うんです」
「……」
俺はそのご褒美について、すぐさま了承することができなかった。
添い寝。
それを実行すると、俺とユユの間にある一線を越えてしまうような気がしたからだ。
「ダメ、でしょうか……」
俺の逡巡を感じ取ったユユは俯き、消え入りそうな声で呟いた。
……だから! それは! ずるいだろ!
「――はぁ、わかった」
「ほ、本当ですか?」
ズイっと、ユユがこちらに顔を近づけ、訊いてきた。
ユユの大きな瞳と目が合う。
「あ、ああ。……添い寝、やってやるよ」
俺は必死に体をのけぞらせながら、覚悟を決めて返事をした。




