第13話 ケーキパーティー
「私の名前は宮下美沙希! お兄さん、これからよろしくね!」
遅すぎる自己紹介をし、美沙希はケーキを頬張る。
忙しなく咀嚼し、すぐに飲み込んだ。
「よろしく。宮下」
「あー! 名字で呼んじゃダメ! ちゃんと名前で呼んで!」
「ああ? なんで?」
「美沙希ちゃん、名字が嫌いらしいんです」
ケーキを口いっぱいに入れ、モグモグと食べていくユユ。
「そう! 宮下って可愛くはないからさ! せっかくならもっと可愛くてポップでキュートでエレガントな奴がよかったなー」
「名字にまで可愛さを求めんなよ」
「お兄さんの『虎太郎』に言われたくないけどね。どっかの不良かと思った」
「うっ……。気にしてんだから、触れるなよ……」
「ユユ、美沙希ちゃんの名字も虎太郎さんの名前も良いと思います」
「ゆ、ユユ~!」
美沙希は再びユユに抱き着く。
長身の美沙希に抱き着かれ、ユユは溺れたように苦しんでいた。
「お前ら、一日でどれだけ仲良くなったんだよ」
「私ら、もう親友だもんね⁉」
と、美沙希は潰れそうになっているユユに訊いた。
「は、はい……」
「こう言っちゃなんだが、お前みたいなタイプが仲良くなるってちょっと意外だ」
「美沙希ちゃんは……優しいですから……」
「もー! ユユ、そんな嬉しいこと言ってくれてー! 頭を撫でてくれなかった元カレと全然違うー!」
ああ、そうかよ。
「転校生の紹介でユユを見たとき、またクラスの奴らみたいなつまらない人が来たなって思ったの。でも……、ユユって変な子だなってわかったの」
悪気もなく、あっけらかんと言う美沙希。
「委員会を誰がやるのか決めるときね、ユユ、全部に手を挙げていたの。保健委員とか図書委員とかクラス委員とか……。『全部、ユユがやりますから。クラスの皆さんは休んでいて大丈夫です』とか言い出してさ!」
ユユの奴、学校でもそんな事言ってんのかよ……。
「それで私、ユユって奴は変だけど、クラスの奴らとは違って面白いな~と思って。だから私、ユユと親友になろうと思ったの! ユユとつるめば、なんか色々面白くなりそうだなって思って!」
「……んな事言われて、ユユは良いのか?」
「はい。美沙希ちゃんはこんなユユにも優しい人ですから」
「えへへ! そうでしょー! 美沙希ちゃんって良い子でしょー!」
まぁ、どんな奴でもユユに友達ができたのならいいか。
「そんな良い子のユユには……はい!」
と、美沙希は切り分けられたケーキが刺さったフォークを、ユユの口元へ差し出す。
「ほらユユ! あーん!」
「み、美沙希ちゃん……ユユはいいですよ……」
「いいからいいから! ほら、あーん‼」
「……あ、あーん」
ユユは恥ずかしそうにしながら口を開け、ユユの口には少し大きいケーキを頬張る。
「どう? 私のあーんは⁉」
「お、おいひいでふ……」
モグモグと小さな口でなんとか咀嚼しながら、ユユは答える。
なにやってんだよ、二人とも……。
そんな風に吞気に見ていると、美沙希と目が合った。
美沙希は「あーんができて、羨ましいでしょ!」とでも言うように微笑んできた。
こ、こいつ……。
なら、こっちもやってやるよ!
「ユユ」
名を呼ばれ、ユユは頑張ってケーキを飲み込み、「こ、虎太郎さん……?」と少し不安げな顔を見せてくる。
「ほら、こっちのケーキも食え」
と、俺はフォークにケーキを突き刺し、ユユの口元に近づける。
「でもそれ、虎太郎さんの分ですし……」
「もうお腹いっぱいだ。ユユ、お前が食え」
「わ、わかりました……」
「あれ~? あーんって言わないのー?」
突然、横から茶々を入れてくる美沙希。
その顔には、まさにいたずらっ子というような満面の笑みが浮かんでいた。
こいつ、どれだけ馬鹿にすれば気が済むんだよ!
「言わないなんて、寂しいな~。ユユもそう思うでしょ?」
「そんなこと……虎太郎さん、無理しなくて大丈夫ですから」
「……上等だ。言ってやるよ」
大きく息を吸い、呼吸を落ち着かせる。
大丈夫だ。
ひとこと言うだけだ。
簡単だ。
何も難しくない。
――決して、恥ずかしくない。
「ユユ……あ、あーん」
めちゃくちゃ恥ずかしい!
舌を噛んで死にたい!
全身から滝のような汗が噴き出し、顔面がとても熱い。
大きく口を開き、ユユは一口で食べてしまう。
「いや~、いいもん見れたよ! お兄さん!」
労うように、美沙希に肩を叩かれる。
「……おい、美沙希」
「ん? お兄さん何? 恥ずかしすぎて泣きそう?」
俺はフォークでケーキを切り分け、それを突き刺す。
そして、美沙希の口元に近づけた。
「あーん」
「――へ?」
まったくの不意打ちというように、美沙希は目も口も大きく見開いた。
「ほら、あーんだ。喜べよ。さっさと口を開いて、みっともなくケーキを食う姿を俺に見せろよ」
「い、嫌だな~、ちょっとからかっただけだよ~」
俺は無言のまま、ケーキをどんどん近づけていく。
お前だけ勝ち逃げするなんて、許さないからな。
「ほら、あーん」
「え、ちょっと、お兄さん……。だ、誰か助けて……」
あともうすぐで美沙希の口が開く、まさにその瞬間。
「――フフッ」
笑い声が聞こえた。
美沙希? いや、違う。
俺と美沙希はほぼ同時にユユの方を向く。
ユユは驚きの表情で口元を両手で覆い隠し、「ユユ、今……」と、呟いた。
俺は思わず、手に持っていたフォークを落としそうになる。
ユユが笑ってくれた。
ずっと生気を抜かれたような無表情だったユユが……。
体の芯から熱くなり、叫び出しそうになるほど嬉しかった。
ユユを、あのユユを! 笑顔にすることができた!
「初めて笑ったところ見た! 笑い方も可愛いね! ユユ!」
美沙希が嬉しそうに言う。
「――ユユ。誰かと一緒に食べるの、楽しいか?」
ユユは少しの間考え、やがてほんの少し微笑み、「はい。楽しいです」と、言ってくれた。




