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第12話 失敗作……?

 ユユはトースターを開き、中にあるものを取り出す。

 それは、真っ黒に焼け焦げたパウンドケーキ。


「こ、これは?」


「……すまない」


 俺はユユに向かって頭を下げた。


「ユユのためにパウンドケーキを焼いてみたんだが、……焦がした」


 正直に言って、調子に乗ってしまった。

 一回目に焼き上がった際、細い串を刺して確かめてみると、まだ生焼けだった。

 それなら、さらに熱を加えればいい。


 そう思い、俺は再びトースターに入れた。

 また生焼けになるのは嫌なので、追加で二十分。


 それが間違いだった。

 トースターを開けてみると、そこにあるのは焦げた黒い塊。

 ダークマターがそこに発生したのかと思った。


 すぐに捨てれば証拠隠滅ができたかもしれない。

 それでも、期待して焼いたケーキが黒焦げになって目の前に現れた衝撃は想像以上で、捨てるという選択肢すら頭から吹き飛んでしまった。


「ふっ、あはは! 真っ黒に焦がすなんて! そんな漫画みたいな失敗、生まれて初めて見たよー‼」


 場の空気を破壊するように、美沙希の笑い声が部屋中に響き渡る。

 しかし、すぐに笑うべきタイミングではないと察したのか、「ごめん。想像以上に面白くて……」と、俺を慰めるわけでもなく少し攻撃して、そのまま黙ってしまった。


 重たい沈黙が、三人の間を泥のような遅さで流れていく。


 ――こんな事になるのなら、最初からケーキなんて焼かなければよかった。

 大人しく、ケーキ屋で買えばよかった。


 毎回、こうなるんだ。

 何かをやろうとすると、それが見事に失敗する。

 上手くいった試しなど、思い出すことすらできない。


 行動に移し、失敗する。

 そうして凹んでいると、片手間にやり、それでいて俺よりも上手くできてしまう奴が現れる。

 ずっと、その繰り返しだ。


「……虎太郎さん」


 ユユが落ち込んでいる俺に向かって声をかけてくる。


 目も合わせられない。

 ユユからの慰めなんて、聞きたくない。


「このケーキ、食べていいでしょうか?」


「……は?」


 俺は素っ頓狂な声を出し、顔を上げる。


「虎太郎さんがユユのために焼いてくれたケーキ、食べてみたいです」


「いや、でも――」


 ユユはローテーブルの上にケーキを置き、「包丁持ってきますね」と、キッチンの方へ行ってしまう。


「ユユ! このケーキは失敗作だから! 無理して食うなよ!」


「そうだよ! このケーキ、半分毒みたいなもんになっちゃったんだから! 食べたらお腹痛めるよ!」


 俺と美沙希はユユを止めようと説得するが、ユユはまるで聞こえていないかのようにキッチンから包丁を持ってきて、ケーキを切り分けていく。


 こんな失敗作のケーキ、食べれるわけがない。ただの焦げの塊なんだぞ⁉


「いただきます」


 小さく呟き、ユユは手づかみでケーキを食べる。

 俺と美沙希は、咀嚼しているユユを固唾を飲んで見守る。


 ユユはゴクンとケーキを飲み込み、「……美味しいです」と、言った。


「え?」


「マジで⁉ ユユ、嘘ついてあげているわけじゃなくて⁉」


「美沙希ちゃん、本当です。……このケーキ、美味しいです」


「本当に~?」


 ユユに疑いの目を向けながら、美沙希はケーキの一部をむしり取り、口に入れる。


「……あっ――、美味しい‼」


 目を見開き、美沙希は驚く。


「え⁉ なんで⁉ この見た目で美味しくなることあるの⁉ お兄さん、魔法とか使ってないよね⁉ ええー⁉ 凄ッ!」


 このケーキが、美味しい?

 でも、二人が嘘をついているようには見えない。


 俺は小さくケーキを切り分け、手に取る。

 コンクリートみたいな見た目のケーキ。

 こんなのが本当に美味いのか?

 食欲というか、口に入れる勇気すら湧いてこない。


 一瞬、ユユの方を見る。

 ユユは何も言わず、頷いてみせた。


 ええい! 南無三!


 ケーキを口に入れ、咀嚼する。

 焦げた香りが鼻孔をくすぐり、口内を苦みが支配していく――


「……う、美味い」


 確かに焦げた苦みはある。

 でもそれはすぐに消え失せ、むしろその後に来る甘みの引き立て役となっていた。

 気持ち悪くなるような甘ったるさは皆無で、上品なケーキを食べたような感覚になる。

 このケーキなら、いくらでも食える。


「お兄さん! 凄いよー! 見た目でがっかりさせてから実は美味しいっていうケーキ、初めて食べたよ‼」


 美沙希は大はしゃぎしながら、褒めているのかよくわからないことを言ってくる。


 ……自分でも信じられない。


 俺、こんなに美味いケーキを作れるのか? この、俺が?


「虎太郎さん」


 小さく、俺を呼ぶ声が聞こえた。

 向くと、ユユが何か言いづらそうに立っている。


「――ユユ?」


「虎太郎さん、今日のご褒美なのですが……」


 少しだけうつむき、頭の中で必死に何かを考えている。


 やっと決心がついたのか、ユユは顔を上げ、「このケーキ、三人で一緒に食べませんか?」と、少し震えた声で言ってきた。


「お兄さん、一緒に食事をすることを禁止しているの?」


 蔑むような目で睨んでくる美沙希。


「い、いや、そんな事ない! ユユ、どうして急にそんな事を?」


「ユユ、ずっと一人で食事をしてきました」


 冷たく、感情がこもっていない言い方だった。


「食事は冷えていて、寂しいものでした。でもユユ、この三人で食べたら楽しいのかなと思ってしまって……」


 だから、今朝のユユの様子が少しおかしかったのか。


 朝食を先に食えと言ったときの、ユユのあの反応。

 ユユは俺と一緒に食べたかったのか。

 ずっと一人で食事をしてきたから。

 誰かと一緒に食べてみたくなった。

 しかしユユはそれを言えず、今朝は登校していった。

 でも今、ユユはご褒美として自分の気持ちを言うことができた。

 自分の希望を、俺に伝えてくれた。


「――なぁ、元カノ」


 俺は美沙希に向かって質問をする。


「このケーキ、一緒に食いたいか?」


 美沙希は質問を聞き、すぐにニヤリと笑みを作る。


「もちろん! ユユ! 私も一緒に食べたい!」


「……ありがとうございます。美沙希ちゃん」


 美沙希はユユに抱き着き、嬉しそうに頬ずりする。

 ユユが苦しそうに「み、美沙希ちゃん、やめて……」と言っても、美沙希は止めなかった。

 スキンシップがすぎると思ったが、ここは黙っておいた。


「言ったろ。ここにユユのご褒美を拒む奴はいない」


「……虎太郎さんも?」


「ああ」


 俺はケーキを三等分するために、意気揚々と包丁を手に取る。


「ケーキパーティー、始めるぞ!」

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