琵琶湖バレイ
翌日。
漆紀は朝食を食べた後に温泉に入り朝風呂と洒落込んだ。そして荷物を整えて漆紀は彩那、小太郎と共に駅へ行き電車に乗る。
ずっとおごと温泉に縛られる必要はない。しばし電車に乗り、坂本比叡山口駅に着くと、ケーブルカー乗り場へと歩いて行き、ケーブルカーに乗る。
ケーブルカーに乗っている間、比叡山のケーブルカーが日本最長のケーブルカーだというアナウンスが流れて漆紀達は気の抜けた声で「へぇ~」と漏らす。
延暦寺駅に到着すると、そこからしばし歩く。
歩くこと十分ほどで、延暦寺の根本中堂に到着するが。
「寺……工事中じゃん」
そう、比叡山延暦寺の根本中堂は改修工事中であった。
「一応中には入れるようですが……これでは全体像が見えませぬな」
工事中の根本中堂は囲いで囲われ、工事の音が鳴り響いていた。
「うーん……どうやら茶屋があるようなのでそこでゆっくりしましょう」
彩那の提案を受け入れ、漆紀達は茶屋へ移動し、そこで抹茶セットを注文する。
数分して抹茶と団子が提供され、漆紀達は抹茶を一口飲んでから団子を頬張る。
「工事中とはな……これからどうする、見所がないぞ」
「一応展望台もあるみたいですよ? そこに行きませんか?」
「良いですな! 展望台、そういうところですよ。良いではありませぬか!」
またもや彩那が案を出し、小太郎はそれに同意を示す。
「そうだな……話変わるけどこの抹茶、苦味だけじゃなくてまろやかさがあって旨いな」
「いつぞや茶道部の方から飲ませて頂いた茶もこんな感じでしたな」
「お前茶道部にも顔出してたのか小太郎」
「まあ、拙者結構色んな部活に顔を出してましたぞ。まあ、学校は爆発してしまいましたが」
学校の事を思い出すと、どうしても烏丸蒼白の事が頭にチラついてしまう。
漆紀達の友人だった烏丸蒼白。その本性はどこまでも自己中でクズであり、外道極まるものであった。
「そういえば、最近下田と会ってないな」
「そうですな……東京に戻ったら会いますかな?」
「だな」
「下田さんって、いつぞやのボーイッシュ系の方ですか?」
「そうそう。地味に強いやつ」
下田七海、漆紀達のグループであるICCの紅一点であり、地味に喧嘩が強く暴走族相手にも普通に戦えてたヤバい女である。
「なるほど。ところで最近会ってない人と言うと、竜王様は妹さんと会ってるんですか?」
「あー……最近会ってないな。今度会わないとな」
漆紀が真紀の事をふと脳裏に思い浮かべると、途端に会いたくなってくる。
「明日東京に戻るし、会うか。まあ、暴走族やヤクザには注意だが」
街をうろつく以上、関東の暴走族とヤクザに狙われている漆紀は注意しなければならない。
「そうですね……」
彩那は再び抹茶を口にした。
茶屋を後にすると、漆紀達は展望台にやって来る。展望台からは直下の街並みは見えるが、木々に邪魔されいまいち解放感に欠けていた。
「うーん、イマイチですね」
「まあこの山が悪いわけじゃないが……どうすっか」
「そうですな……」
小太郎がスマホを取り出しマップを見る。そして何かを見つけたのか「これでござる」と明るい顔で言う。
「琵琶湖バレイに行くでござるよ」
「「琵琶湖バレイ?」」
「そこは見晴らしが良い様でござる。ささ、すぐに移動でござる!」
漆紀達は琵琶湖バレイなる場所に行くべく比叡山をケーブルカーで下山した。
そして駅に戻り電車に乗っていく。
電車に揺られる事五十分時間ほど。
志賀駅という滋賀県の名前と関係ありそうな感じを匂わせる駅で降り、そこからバスに乗ってロープウェイ乗り場へと移動する。
そのロープウェイは蓬莱山という標高千メートル越えの山を繋ぐものだった。
ロープウェイ乗り場でチケットを買って、そそくさと乗車する。
そうしてロープウェイに乗る事数分、蓬莱山山頂に到着すると、三人は降りて駅付近にあるテラスに移動する。
テラスの展望デッキに出ると、そこにはひたすら緑と青の世界が広がっていた。
山の緑。そして空と琵琶湖の青。そのコントラストが目に潤いを与えてくれる。
大地、街、琵琶湖、山、空、世界の全てが見渡せた気がした。
漆紀は今までにない感動をこの時感じていた。
こんな景色があるのか、と。これが世界というものか、と。
彩那と小太郎も、予想だにしないほど開けた世界に言葉を失っていた。
「こりゃあ……すげえ……それしか、言葉がねえよ。な、なあ彩那、小太郎」
「そう、ですね。これは……絶景ってこういうのを言うんですね……」
「すさまじい光景ですな。なんか、ここでなら死んじゃってもいいと思える景色ですな」
筆舌にしがたいほどの絶景を前にすると、人は言葉が下手になるらしい。
三人はしばしその絶景に見惚れて立ち尽くす。
そうして景色を目に焼き付ける事、十分。
「いいもんだな」
漆紀はデッキの上に座り込み、脚を伸ばして深く息を吸う。
彩那もデッキに座ると、背を伸ばす。
「標高が高いからか、少し涼しいですね竜王様」
小太郎も漆紀の隣に座り、手を組んで指をポキポキと鳴らす。
「なんだか、心から思う事を話せるような気がしますな……」
小太郎の言葉に漆紀は尤もだなと頷いて同意を示す。
すると、彩那は漆紀に顔を近付けて問う。
「竜王様、今は何を考えてますか?」
「え? いや、何も……」
「無心ってやつですか。絶景を前にするとそうなっちゃいますねぇ……私もあんまり話題が思い付かないですよ」
「拙者も、何か話せるメンタルではありますが……そうですな、過去の事を振り返るとどれおつらい事ばかりですからな。なんだったら話せばいいか……」
「学校爆発前の頃のこととかどうだ? 佐渡より前のこと」
「佐渡より前ですか……私、よく布教活動として学校でまで教服着て説教をしてましたね」
「完全に白い目で見られてましたな彩那嬢」
「まあ、その時はカルトのやべーやつとしか思ってなかったなぁ……関わっちゃヤバいみたいな」
漆紀は春休み前、一年生だった頃のことを思い出す。
その時から彩那は日ごとに教室をローテーションして佐渡流竜理教の説教をしていた。
本当に迷惑も良いトコだが、誰も文句を言わなかったのは文句を言いに行くと絡まれて入信させられそうという恐れがあったからだ。
「拙者も完全に同意でござる」
「ひっどいですね。宗教家なんてみんなあんなもんなのに」
「少なくともキリスト教や仏教は押し売りとかしてこねえよ」
漆紀が軽く彩那の頭を右手で小突くと、彩那はわざとらしく頬を膨らませる。
「まあまあ。漆紀殿……しかしまあ、武蔵多摩高校は派手に爆散しちまったでござるなぁ。テレビでも報道されましたしなぁ」
「……お前、爆発のこと面白がってんのか?」
「いやいや、まさか。あれは悲劇でござるよ。しかしまあ、下田嬢が生きてたのは奇跡でござるな。本人曰くパンの購買に行ってたから助かったってことらしいですが」
「本当だよな。あいつ運が良いんだか悪いんだか……」
「生きているんだから運は良いと思いますよ?」
「そうかな……そうかも」
漆紀はなんとなく七海の運勢について納得すると、七海の次いで思い出した人物がいる。
「あとは、太田……あいつ、死んじまったっていうか、俺が巻き込んだせいで死なせちまったけど……」
太田介助、漆紀や小太郎、そして七海の友人であり、漆紀が夜露死苦隊や萩原組との抗争に巻き込んでしまったのだ。
その結果、介助は萩原組の若頭である木場に撃たれて死んでしまった。
「漆紀殿、太田殿はそういう可能性も承知で漆紀殿の味方をしたんでござるよ」
「ああ、わかってる。今はもう受け入れてる……それに、太田自身が言ってたんだ。人が死ぬと、その人が最初から居なかったみたいに話さなくなる、そういうのが嫌だって。だからこれからも、太田の事は思い出すし、話してやるんだ」
「そうですな。しかし、死者にばかり目を向けてはいけませぬぞ漆紀殿」
「それもわかってる」
漆紀は空を見上げ、深く息を吐く。
「……まだこれからだ。これからやる事がある。明日東京に戻れば、また竜理教を潰す為に動き始める」
「安心して下され、拙者も居るでござる」
「私も、どこまでも付いていきますからね」
「お前が言うとストーカーみたいで別の意味で怖いぜ。でもまあ、頼りにはしてるぜ」
漆紀は右手を太陽にかざす。真っ赤に流れる自身の血潮を見ると、漆紀はグッと右手を閉じる。
「俺達ならいける。ああ、きっとだ」




