真紀と世理架
辰上真紀。辰上漆紀の妹であり、つい最近まで入院していた少女。
彼女は退院し、今は辰上家の自宅で一人暮らししていた。
学校では最初こそ真紀の人工声帯による声に違和感を持つ学校の同級生達だが、彼らは声が変わろうと真紀の事を受け入れていた。
とはいえ、受け入れるというのは好意的な受け入れかただけではない。
真紀の声を嘲笑う者もいた。
真紀は曇り顔のまま、自宅へと帰宅する。
その日の夕食を自分で作らねばならない。母の陽夜見は昔に死に、宗一は佐渡島で死んだと兄の漆紀から伝えられただけだ。
そして兄の漆紀は逃げるかのように学徒会へと行ってしまった。
辰上家の自宅には真紀ただ一人。
真紀はあまりにも現実感が無いと思っていた。家族が壊れてしまった、そんな気もした。
しかし、真紀はそんな現状に空虚さは感じていない。
自分の道は自分で切り開く。真紀には思惑があった。あるプロジェクトに応募したのだ。
それは、真紀のように声がダメになってしまった人向けの人工声帯を使った上でのプロジェクトだ。真紀はどんな形であれ、プロで歌えるのが夢であった。
それを叶えるのだ。
そう真紀が己の道を考えていると、不意にインターホンが鳴る。
「誰……かな」
真紀はインターホンの前のカメラ映像を玄関前のディスプレイで見る。そこには見知らぬ女性が映っていた。
「おーい、申し訳ない。宗一君の友人の新南部世理架というのだが、開けて貰えないだろうか?」
「お父さんの友達? こんな若い人が?」
真紀は一瞬良からぬ想像が過るが、父・宗一に限ってそんな事はしないだろうと考えて、ディスプレイのマイクをオンにして話す。
「あの、本当にお父さんの友人ですか? 怪しさ満点なんですけど」
「うーん……そうだ、わたしは漆紀君の師匠でもあるんだよ。彼の魔法を鍛えてやってると言えば、少しは信用してもらえるかな?」
真紀は魔法の存在について知っているし、漆紀が夜露死苦隊や萩原組相手に魔法で戦った事も知っている。
「魔法を知っているとは……本当にお父さんの友達?」
真紀は半信半疑だが、魔法の事を知っている事から身内なのではないかと思う。
そして玄関の鍵を開けて、真紀は世理架を迎え入れる。
「すまないね。まずは話をさせて欲しいんだ、真紀ちゃん」
「あたしの事を知ってるんですか?」
「もちろん。君が赤ちゃんだった時に既にわたしと君は会っている。まあなんだ、とりあえず上がっても良いかな? 話をさせて欲しいんだ。君の兄、漆紀君についてと父・宗一君についてね」
「……いいですけど、この通り、あたし、声がこんなだから、話してて、不快かも……」
「そんなことはない。障害持ちの者を励ます事も昔していたしな」
「では、とりあえず上がって下さい」
真紀は世理架をリビングに招くと、世理架はリビングのテーブルに着く。
真紀はペットボトルに入ったお茶をコップに入れて、世理架に出す。
「えっと、お父さんの友達にしては、お若いですけど、どういうことで……」
真紀はテーブルに着き、話を始める。
「それを説明するには時間がかかるんだが……まずは、私の自己紹介をしてからだな」
世理架は改めて、自己紹介をする。
「わたしの名前は新南部世理架。竜理教は知ってるかい?」
「はい、カルト宗教の?」
「わたしはそこの宗教に崇められている竜王と呼ばれる存在なんだ。そして、漆紀君にも、その竜王と呼ばれる存在の力があるんだ」
「どういうことです? お兄ちゃんが竜理教の信仰対象?」
「順を追って話そう。君が入院している間、漆紀君に何があったのか、簡潔にわかりやすく話すからね」
世理架はそう言って、漆紀の今までの行動を話した。途中途中、真紀は「どういうことですか」とツッコみを入れるが、それを押し切って世理架は説明を続けた。
一通り真紀が入院中の漆紀の行動を話し終えると、ようやく世理架は落ち着く。
「さて、今までもツッコんできたけど、何か質問は?」
「質問だらけ、ですよ! なにやってんの、クソ兄貴!? って感想しか出ませんよ!」
真紀は信じられないとばかりの表情で目をひん剥いていた。
「竜理教に攫われるとかは被害に遭っただけだけど、それ以降は何やってんのぉ!?」
「まあ信じられないのも無理はないだろう。だが事実だ。佐渡の事件に巻き込まれたことも、彼の友人が学校を爆破したのも、福井県の竜理教に殴り込みに行ったのも事実だよ」
「……それで、お兄ちゃんのことはわかりましたけど、あなたの説明がないですよ」
「わたしは漆紀君の師匠であり、彼と同じ竜王の力を持つ者だ。竜王は絶大な魔法の力を持つ存在だから竜理教の信仰対象でご神体なんだ。だから、このことは秘密にして欲しい」
「まあいいですけど。あと、クソお兄ちゃんがあたしの入院している間に女を家に連れ込んでいたのがムカつきます。ぶん殴りたい、小一時間ぐらいぶん殴りたい」
「まあそう言うな。彼も彼なりに君を暴走族や暴力団、竜理教から守るために色々手を打っていたんだ。今の君は、警察に守られている」
「え?」
「君が気付いてないだけで、君の周囲は何人か警察官が同行しているんだよ。漆紀君がとある警察官と取引してね」
「そうですか……」
「それと、冷蔵庫の中身は見たかい?」
「え、まあ」
「桃の缶詰があっただろう。あれ、君のらしいな。君が退院するまでは食わないって言って、漆紀君はずっととっておいたらしいよ」
桃の缶詰。それは真紀の好物であり、いつも必ず一つは冷蔵庫にあるようにストックするくらいに好きなものである。
それを勝手に食べる事無く、漆紀は保存していたのだ。
「……次お兄ちゃんと会ったら少しは手加減してあげるかも」
「まあ、とにかく言える事は……彼は今学徒会に居るということ。君は確か、今年で中学三年生だろう? 受験が迫ってるんじゃないか?」
「そうですね……でも、それはそれとして、あたし一つ自分の道を開くことにしました」
「ん?」
「歌手になります」
「そうか、歌手に……え?」
「歌手になります。萌え系の」
「は? いやいや待て待て。初耳だぞそんなの」
「お兄ちゃんにも言ってませんしね。今度人工声帯を凄いヤツに取り換えるんです。なんとかロイドみたいな綺麗な声が出る声帯に換えて貰って、プロデビューを目指すんです」
「待て待て待て待て! そういう目立つ行為をされたら……」
「もしかして一生大人しくしろって思ってます? そんなの嫌ですよ。どんな形であれ、あたしはプロとして歌いたい」
「なんてことだ……そうなったら、君には自衛の手段を教えないといけないだろう」
「自衛?」
思わぬ世理架の提案に真紀は首を傾げる。
「歌を歌うのが好きなのだろう? そんな君にピッタリの魔法があるんだ。それを習得する気はないか? 不審者もそれで撃退出来るぞ」
「そういうことなら覚えたいです」
即答だった。真紀は自分の現状、自分を取り巻く状況に関しては理解出来ているのか自衛手段を手に入れることについては賛成であった。
「ところで、歌手になるといったがお金は」
「全額事務所のサポートです」
「そんな気前イイとこある?」
「有名レコード会社の新規プロジェクトということで」
「それ騙されてない?」
「ちゃんと公式サイトで応募してましたよ。これ」
真紀はスマホを取り出し、世理架に画面を見せる。
「おいおい本当なのか……歌手になる、それはいい。だが、やはり自衛手段は大事だ」
「ですよねえ……なんか、お兄ちゃんのせいで、あたし生きづらくなってるなぁ」
「まあそういうな。最初の夜露死苦隊に絡まれてしまった原因は、元を辿れば武蔵多摩高校を爆破した烏丸という男子生徒のせいであって、漆紀君は悪くない」
「まあそれはそうですけど」
「とにかく、明日から君には自衛手段を教える」
「それはいいですけど……あの、まだ世理架さんがお若い理由を聞けてません」
「あれ? 言ってなかったか。竜王という存在は寿命が長いんだ。だから私は宗一君と友達なのにこれだけ若いんだよ」
「ああ、つまり世理架さんってババ」
「ババアじゃない、寿命が長いだけだ」
「……」
「……」
しばし真紀と世理架は微妙な空気感に包まれ沈黙してしまう。その沈黙を破ったのは世理架の方だった。
「真紀ちゃん、お父さんの死因を聞いたのに、そこについては驚かないんだね」
「現実感がないです。自分の知らない所で、お父さんが、死んじゃった……あまりに突飛で、死んだ事を、飲み込めない。それに、お父さんを殺したヤツは、お兄ちゃんが殺して復讐済みって……何をどう思えば、良いって言うんですか? 置いてけぼりですよ……」
「付いていけないって感じかな」
「それにお兄ちゃんも、勝手極まります。あたしに、何の相談もなしに、好き勝手やって……」
「君を巻き込まず、そして出来ることをやろうとしただけだよ彼は」
「……とにかく、あたしはお兄ちゃんと会わないと、感情ぐっちゃぐちゃです」
「盛大に喧嘩して、そして仲直りするといい。まあ、漆紀君は今ちょっと出かけてるけど」
「え? どこに……」
「学徒会の交流会で滋賀県に行ってる。まあ、ただの行楽だね」
行楽、と言うが真紀はそれに怒る事はなかった。
「そっか。お兄ちゃん、楽しんでるんだ。まあ、戻ってきたら会うか」
「行動は決まったようだね。とにかく明日から自衛の魔法を覚えるために修行を」
「あっ、明日はさっき言った、人工声帯の取り換えがあるので、行けないです」
「そうか……まあいい。さて、冷蔵庫に食材はあるかい?」
「え? ありますけど」
「わたしが料理を作ろう。いつも自分で作ったものばかり食べていては飽きるだろう」
「あのー、正直言って初対面の人がいきなり料理するっていっても抵抗が……」
「わたしを信じろ。宗一君が童貞坊やだった少年時代からの仲だ。君を害することなどしないよ真紀ちゃん」
世理架が宗一との古い縁を強調して、信用できるぞとアピールすると、真紀は世理架に深く頭を下げる。
「お兄ちゃんがお世話になりました」
「おいおい……大丈夫だ、漆紀君と君の面倒を見るのは宗一君も望んでる事だろう」
「そう、でしょうか」
「真紀ちゃんは座ってていい。料理はわたしに任せろ!」
そう言って世理架は料理を作り始めた。
四十分後、真紀が料理を作り終え、テーブルに置く。
世理架が作ったのはチャーハンとスープのシンプルなセットだった。
「本当はもっと健康的な食事が良いのだが、今日ぐらいは良いのだろう」
「いただきます」
「いただきます」
真紀と世理架はチャーハンを食べ始める。
「あの、世理架さん。お父さんやお母さんの昔の友達なんですよね」
「お母さんとはあまり接点はないけど、宗一君となら」
「お父さんって、昔どんな人だったんですか? あたし達の前では、いつもお父さんって感じで頼りになるって感じで……」
「そう見えていたのか。なら概ね宗一君の努力は実になっているな。彼の努力は無駄ではなかった……彼の昔はそれはもう荒れていた。傭兵をやっていてね」
「よ、傭兵?」
「そう。反社会勢力の抗争とか、武装市民勢力と戦ったり、銀行強盗、暗殺……もう悪人のそれだよ」
「ええ……というか、そんな悪人なのになんで世理架さんはお父さんと友達に?」
「わたしも彼と同じく荒んでたからさ。ただの傷の舐め合いみたいなものさ」
「お父さん、悪い人だったんですね」
「ああ悪い人さ。まあ、だからと言って佐渡での最期はあんまりだが……」
「……ああ、違う話をしましょう。お母さんの事はあまり知らないんですか?」
「天川家の令嬢だったってことぐらいかな。あとは、昔は宗一君のことを凄く振り回してたって聞いたね。というか漆紀君が言ってたが宗一君の日記が宗一君の部屋にあるらしいからそれを読めばいいんじゃないかな」
「日記ですか……今度読んでみます」
そう言って、真紀はチャーハンを一口頬張る。
「それと……漆紀君は、日本の竜理教を潰すつもりだ」
「竜理教を?」
「ああ……まあ、君にはあまり関係ないことだ。竜理教が潰れれば、君の安全性が増す」
「そうですね……」
「あとそうだ! 君、プロで歌うって言ったけど、萌え系? どういうヤツだ?」
「ネット上ではアバターで歌って、現実のステージでは特殊な衣装を着てホログラムでアバターを纏って歌うって感じの完全2.5次元歌手って感じです」
「なるほど、よくわからん」
「やっぱり世理架さんってババア」
「ババアじゃない、長命なだけだ」
新南部世理架は断じてババアではない、長命なだけであると主張するが、真紀からすればどう言い逃れしようとババアとしか思えなかった。
「あと、お兄ちゃんには歌手になることは秘密ですよ?」
「え?」
「プロとしてある程度活躍してからプロになったよーってサプライズしたいから」
「ああ、良いぞ。そうか……学校はどんな感じかな? その人工声帯で、どうかな?」
「まあ、反応は様々ですけど……笑う人も居ますけど、あいつらどうせ、大した事ないし、名前すら残さない、灰になって消えるだけだしなって」
「色々とすごいな君……灰って……」
「あたしは、ただの灰にならない。歌手として名前を残す。それだけで、ただの灰じゃない」
真紀は学校での評価など一切気にしていない様子であった。
「歌手になるのは良いが、受験もあるのだろう? Fラン高校に入るような真似は」
「あたしを、なんだと思ってるんです? お兄ちゃんと同じく、中の上ぐらいの高校には、入りますよ」
「そ、そうか……」
「あの、お父さんとお母さんが死んでるからって無理に世理架さんが親代わりになろうとか考えなくていいですからね? この歳になって、親を求めたりなんてしませんよ」
そう言って真紀は再びチャーハンを口にする。
「君は……強いな。下手したら漆紀君よりも……」
「まあ、お兄ちゃんは頑張って格好つけようとするけど、あれでも弱いところありますからね。でもあたしは違います……自分の本来の声を失ったからと言って泣くことはありませんよ」
「なら良いんだ……ああ、話す事が見つからないな」
世理架は言葉に詰まってしまう。真紀と話すべきことが、頭の仲に浮かばない。
「別に無理しなくていいです。とにかく、お兄ちゃんが滋賀から戻ってきたら色々聞きます。とりあえず何発か殴るかもだけど」
「ああ、何発か殴っても良いと思うよ」
「ええ、顔面ストレートです!」
真紀は満面の笑みでそう言った。




