ウシガエルダイナー
漆紀と彩那、そして舞香は釣竿を軽く振って田んぼの中に釣り針を降ろした。釣り針にさきイカが刺さっている。
「田んぼで釣りだなんて、一体何が釣れるって言うの?」
「まあ待て待て月守先輩。ボリュームのある肉が取れるからよ」
「肉になる生き物なんて田んぼにいるのかしら?」
「ああ、私わかったかもしれません竜王様」
「わかっても言うなよ。おっ、ヒットだ!」
漆紀はリールを巻いて、ヒットした獲物を巻き上げる。
そしてその獲物を手元にやり、手づかみで取る。
その獲物の姿を見た舞香は途端に嫌そうな顔を浮かべる。
「嘘でしょ……カエルを食べるの!?」
そう、漆紀が狙っていた獲物はカエルだ。その中でも、全国に繁殖し雑食性ゆえに特定外来生物に指定されている厄介者にして、食用カエルとまで言われるカエル、その名もウシガエルだ。
「無理無理無理無理! 魚ならまだしもカエルなんてヌメっとしたのなんて触れない!」
舞香は一気に青ざめた様子で、首をひたすら横に振って拒否する。
「やっぱりカエルでしたか。田んぼで肉と言ったら、それしかないと思ってましたよ」
彩那は予想が的中したのか嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「じゃあ処理は俺がやるから、月守先輩は釣り上げるだけ釣りあげてくださいよ」
「というかカエルってゲテモノじゃない!」
「おいおい先輩、今時ゲテモノって言い方すると怒られるから珍味って言ってくれ。それかジビエと。案外ボリュームあるし鶏肉みたいで旨いんだぜウシガエル。臭みもそんなにないし、農家さんの駆除の依頼で釣って食う事が良くあるからさ」
漆紀は便利屋としての経験を踏まえた上でウシガエルの味について語るが、味への興味など吹っ飛ぶ程に舞香はカエルに対して拒否反応を示す。
「うううぅ、私には無理だわ……カエル……帰る」
「ダメだ帰んないでください。肉が要るんでしょ? じゃあやるしかねえ。そうか、そんなにカエルは無理か……ほれ」
漆紀は舞香の目の前までウシガエルを近付けると、舞香は「ひっ!」と甲高い声を上げて尻餅をつく。
「ったく、これだからシティーガールは」
「あなたも東京住みでシティーボーイでしょうが辰上君!」
「ま、いいさ。とりあえず月守先輩は釣り上げるだけでいい。そして、彩那。このあとやる事は分かるか?」
「確か、ウシガエルって特定外来生物でしたよね。生きたままの運搬が法律で禁止されてるっていう……」
彩那の言葉通り、ウシガエルは特定外来生物であり生きたままの運搬は処罰の対象となる。
「そう、コイツはここで殺んなきゃならねえ。手順1、まずはウシガエルの足を持って、そのままコンクリートなり石なり固いものに叩き付ける!」
漆紀はウシガエルの足を掴んで持つと、そのままコンクリートの道路に力強く叩き付けた。
叩き付けるとウシガエルは失神したのか手足がブランと力なくぶら下がる。
「力強く叩きつけるんだ。こうすることでウシガエルは失神する。で、手順2」
漆紀は村雨を取り出し、ウシガエルの頭より少し後ろの中央辺りを村雨で突き刺す。
「頸椎……人間で言う首だな。ここを刺すと絶命するこれで処理はOK、クーラーボックスにウシガエルを突っ込む」
漆紀は締めたウシガエルをクーラーボックスに入れる。
「ま、こんな感じだな。時々場所を変えつつ色んなポイントからウシガエルを取っていくぞ」
「て、手慣れているわね……」
「まあ便利屋の依頼で定期的にやるんで。ウシガエルを根絶するのは難しいが、その数を減らしたいってことで農家さん達が定期的に依頼してくるんですよ。本当は効率よくやるために簡易的な罠を設置して大量に捕獲するんだけど、今は罠までは作れないからな」
「そうなのね……じゃあ、このまま釣っていくのね」
「ああ」
それから漆紀達はウシガエルを釣り続けた。彩那も舞香もヒットし、ウシガエルを釣り上げると、漆紀が手際よく締めていき次々にクーラーボックスへと締めたウシガエルを入れていく。
そしてヒットしなくなったら釣る田んぼを変えたりしてウシガエルを釣り続けた。
時折アメリカザリガニが釣れるが、これは泥抜きを行わないといけない。
ザリガニが釣れてしまう事を想定していたので、漆紀はバケツに水道水を入れて持って来ていたのだ。
バケツの中にアメリカザリガニを入れる。
そうしてザリガニも釣れつつ、漆紀達は釣りを続けた。
釣る事一時間。
締めたウシガエルの数は十を超え、合計十五匹釣れた。
「これだけ釣れればいいだろ。よし、戻るか」
「これでもう終わり?」
「こんだけあれば肉には困らないですよ月守先輩。コテージに戻ってからの調理は俺がやりますよ。ま、料理案の希望は取りますが」
「わかったわ」
「それにしてもいっぱい釣れましたね竜王様。帰ったらみなさん驚きそうですね」
「だな。レンタル品は明日の返却でも大丈夫らしいし、このままコテージに戻ろう」
漆紀達は道具を分担して持ってコテージまで歩いた。
歩くこと五分。
舞香が泊まるコテージに入ると、中では輝雷刀とブライアン、そして吉果がトランプで遊んでいた。
「おーい、肉を仕入れて来たぜ」
漆紀がクーラーボックスを持ってそう言うと、輝雷刀達はレジ袋で肉を持ってない事に違和感を覚える。
「クーラーボックス?」
「おう、みんな見てくれ」
漆輝がクーラーボックスの中を開けると、中身を見た輝雷刀、ブライアン、吉果は目を点にして「えっ!?」と思わず口に出して驚く。
「売店の肉が売り切れてたんでな、今日はこいつらを食うぜ、ウシガエルの肉!」
漆紀は食べ慣れており、なおかつ旨いと知っているウシガエルの大量入手に喜びを覚えつつそう言うのだが、輝雷刀達は驚いたまま硬直している。
「まあ、処理は俺に任せてくれ。ここで聞くぜ、どうやって食いたい? 焼くか? 茹でるか? 蒸し焼きにするか?」
漆紀が調理法を問うと、輝雷刀達はようやく硬直が解かれた様子で漆紀の質問に答える。
「うーん……僕は焼く……そう、丸焼きでも食べてみたいな」
「いいじゃないか会長、丸焼きも良いな。ブライアンは?」
「茹でて塩振って食う。Healthyだぜ」
「茹でで食うか。陽本は?」
「へへ……あの、姿揚げはだめ?」
「アリだぜ! 一通りやるかぁ!」
漆紀はウシガエルを一匹クーラーボックスから取り出してアピールする。
「ウシガエルの調理法なんて僕達は知らないから、任せても良いのかな?」
「ああ、暇だしな。任せろ!」
漆紀はタオルを頭に巻いて頭巾代わりにして、キッチンに立つ。
「っしゃあ! やるぞ!」
「私に手伝えることはありますか?」
彩那が漆紀の隣に立って問うと、漆紀は「皿とか用意を頼む」と答える。
「了解です!」
「ああそうだ、あと売店でニンニク買って来てくれ。石火矢さんがやったガーリックソースをやりたい」
「オーケーです!」
そして漆紀は包丁を手に取り、ウシガエルに切り込みを入れていく。途中肉切りバサミを使ってつっかえている皮を切り、そして全身の皮をぐるっと剥ぐ。
これを順々に繰り返し全てのウシガエルから皮を剥がす。
そしてウシガエルを捌き始める。
腹を切って内臓を取り出していく。全てのウシガエルから内臓を取り出し捨てると、一部のウシガエルの肉を切り分けていく。
そして処理を終えると、漆紀はまずフライパンと鍋を取り出し、鍋には水を一定量入れる。
「よし、やるぞ!」
ウシガエルダイナーの始まりであった。
時が経つこと一時間。
漆紀は一通り料理を作ると、更に盛ってテーブルへと運ぶ。
ウシガエルの醤油丸焼きを作るべく、四匹のウシガエルはオーブンで焼いている最中である。これをさらにあと四匹焼くのである。
「丸焼きの様子を見ないといけないから」
「いや、それぐらいなら僕が代わるよ」
そう言って輝雷刀がキッチンへ行く。
それから更に待つこと三十分。
もう四匹のウシガエルも丸焼きにし終えた。
こんがり焼けたウシガエルの醤油丸焼きを皿に盛り付け、テーブルに置く。
彩那が呼びつけた小太郎と陽菜もこのコテージに来ていた。
そして計八人は更に並んだウシガエルの料理の数々に目を奪われる。その様は壮観である。
「それにしても、結構な量だね」
「そんだけウシガエルが取れたからな。あんなにいっぱいウシガエルがいるって事は良い田んぼって証拠だ。まあ、アメザリも居たんだが……」
「ザリガニはだしをとってスープにするんですよね竜王様」
「ああ。泥抜きが要るし、泥抜きには一日かかるからな。調理するのは明日だ」
漆紀はテーブルの傍に立ち、自身が作ったウシガエル料理を見つめて一息つく。
「いやあ、結構な量を作ったな。疲れた疲れた……じゃあ料理も出来上がったし食べるか。この人数ならなんだかんだペロッと食べ終わっちまうと思うぜ」
漆紀がそう感想を零すと、彩那が真っ先に手を合わせる。
「じゃあ食べますか。いただきます!」
各々食前の「いただきます」を詠唱すると、まずはウシガエルの醤油丸焼きを食べていく。
カエルの形が残る丸焼きに舞香は抵抗感を抱きつつも、箸で器用に掴んで齧り付く。
口に含んで味わった瞬間、舞香は目の色を変えるどころかその瞳を燦燦と輝かせる。
「おお……こんがり焼けてるわね……これもうチキンよ。おいしいじゃないっ!」
輝雷刀もウシガエルの醤油丸焼きに齧り付くと、その味が口内で広がる。
「鶏肉と大差ないという話は本当だったのだね、カエル肉。しかしまあ、売店の肉が切れてたというのにこんな案を出して来るとは……漆紀君。君、争いより料理やってる方が楽しいし様になってるんじゃないか?」
「そうかもな会長。ブライアン、陽本、どんな感じだ?」
漆紀は自信ありげに腕を組みながら二人に問いかける。
「おおぉっ……ふひひ、ゲテモノは興味があったけど……結構おいしいじゃん」
吉果は相変わらずの腐ったような目だが、漆紀はその目がほんの少しだけ柔らかく明るく見えたような気がした。
「陽本、今時はゲテモノじゃなくて珍味って言うんだぜ。ゲテモノっていうと、その手のヤツが好きな人達が怒るからな。ブライアンはどうだ?」
「Frogか……悪くねえ。そしてコイツぁ」
ブライアンは黒ビール缶を開けて、そのまま一気に肉の味わいを黒ビールで流し込む。
「So,good! たまらねえYOコレ。いい仕事するじゃねえか」
ブライアンは茹でたウシガエルを所望していたが、丸焼きに関しても悪くないと評価した。
そしてブライアンは漆紀の前に右拳を差し出す。
「どうも」
漆紀は右拳をブライアンの右拳に軽く当てて応じる。
「小太郎はカエル肉初めてか?」
「そうですな。初めてでござるが……旨いでござるなぁ。肉自体は鶏肉に近いからサッパリした肉のはずなのに、醤油に漬けたからかある程度味が濃くて旨いでござる」
漆紀が今度は陽菜の方に視線を移す。陽菜は無言でウシガエルの醤油丸焼きにひたすら齧り付いている。
「おーい、石火矢さん?」
「これすっごく美味しい! こういうの、さっきの言葉借りると珍味? ジビエ? なんて言うのが正解? でも、食べてみるもんだねぇー!」
陽菜は元気ハツラツな様子でそう感想を述べ、漆紀は最後に彩那の方を向く。
彩那は満足そうな顔でウシガエルの醤油丸焼きを食べていた。
「おいしいですね……でもまあ、私としては想像通りって感じですね。順当においしいだろうなってラインを予定通り通ったみたいな」
「そうかよ……ま、ウシガエル料理はまだまだあるし焦らないで食ってくれ。じゃあ俺も失礼して……」
漆紀はウシガエルの醤油丸焼きを掴むと、齧り付く。
「ああ、こんがり焼けてる。いけてるいけてる。旨い」
各々最初こそウシガエルという生物に驚いて固まったこともあったが、こうして食べて見ると美味しい。
その後もウシガエルの茹で肉、ウシガエルの蒸し焼きを食べていくが、どれも満足感という点では満点。そして実際の味に関してもなんら違和感や嫌悪感はなく、百点とまではいかないが八十点代の旨いレベルを保っていた。
そうしてひとしきり食べ終えると、漆紀達は手を合わせる。
「ごちそうさま!」
漆紀は食べ終えた空の皿を積み重ねて持つと、キッチンへ持って行く。
「全員満足そうでなによりだ……時間は……おお、もうすぐ八時か」
漆紀は時計を見て時刻を確認すると、手際よく皿を洗って片付けていく。
「竜王様、この後どうします?」
「俺らのコテージに戻るだけだろ。それ以外何かあるか?」
「いいえ。そうだ、私お皿拭きますよ」
そう言って彩那は布巾を持って漆紀が洗った皿を拭いていく。
「あーあと、会長にはザリガニを入れたバケツの水は定期的に取り換えろっていっておかないと」
「ああ、泥が抜けてくと水が汚れますからね。濁ったままじゃダメですもんね」
そうこう言っていると、漆紀と彩那は皿を片付け終え、キッチンから出てリビングに戻る。
小太郎と陽菜は先に自分たちのコテージへ戻ったのか姿が見えなかった。
「ふう……じゃあ会長、また明日なー!」
漆紀がそう声高らかに言うと、二階に居る輝雷刀は「ああ」と答えを返す。
漆紀と彩那は自分達のコテージに戻るなり、エアコンの効いた涼しいコテージ内で、布団に寝っ転がる。
まだ眠るには早い時間だが、とりあえず寝っ転がる。
「……ああ、料理しててこんなに疲れたって感じるの久々だな。みんなの舌に合うかどうか気になったからかな」
「そうだと思いますよ。それに今回の食材はウシガエルでしたし、普段絶対に食べない珍味ですから、上手く仕上がるかという不安も相まっての疲労ではないですか?」
「そうだな……はあ、疲れたけど、流石にこの時間じゃまだ眠くならねえな。そうだな……話題ぃ~……話題がなぁ……んー、んん~……ああ、そうだ」
漆紀は本当に思い付きのままに彩那へ話題を振る。
「俺は父さんの日記とか一緒に読んだし昔のこととか知られてるけど、彩那の昔ってどんなだったんだ?」
「どんなって……それは、佐渡流竜理教司教家長女にして竜脈の巫女ですから、竜理教の本とか色々読んで」
「そういうのじゃなくてだよ。どんなガキンチョだったのかとかだよ」
「あぁー……そうですね……変なことばっかり考えてましたね」
「変な事?」
「ええ。佐渡に居る朱鷺って絶滅危惧種じゃないですか」
「トキか。ああ、絶滅危惧種だな」
「それを仕留めてフライドチキンにしてやろうって思ってましたね」
「オイ」
「というか実際に仕留める為に朱鷺のいそうな所に行ってスリングショット撃ってましたね」
「オイ!」
「まあお父さんにこっぴどく怒られたんですけどね。でも味わってみたいじゃないですか、絶滅危惧種の味」
「禁忌だぞそれは。お前結構ヤバいヤツだったんだな」
「あれれ? 今更ですか?」
そう問われると、漆紀は彩那の今までの行動を振り返る。その結果、漆紀は彩那に対して「ヤバい女だったわ」と思わず感想を零す。
「そこは嘘でもヤバくないって言って欲しいですけど……」
「っせーよ。ところで、ガキンチョの時のエピソードってそれだけか?」
「いえ、他にはお母さんのパンツを被って走り回ったり、信者からエッチな悪戯されたって嘘を吹聴したり」
「悪童じゃねえか。お前やっぱヤバい女じゃん」
「えー、そう言わないで下さいよ。私だって面白おかしく過ごそうとしてた時期があっただけですよ。というか佐渡島内は娯楽少ないですし」
「まあそれもそうか……いや、それにしたって悪質だろ」
漆紀は彩那が語ったエピソードに若干引きつつ悪質と断ずる。
「もう今では過ぎた事です。それより竜王様、お風呂入ってこないんですか?」
「ああ、入らないとな。んじゃ行って来る」
そう言って漆紀は風呂場でシャワーを浴びて、髪と体を洗って服を着替え、歯磨きをしてから布団のある二階に戻る。
「風呂空いたぜ。彩那も入ってこいよ」
「では行ってきます。ちょっとお待ちを」
すると彩那は二十分ほどして、戻って来る。
「ここ、シャワーの出がイイ感じですね」
「だな……」
二人は話す事がなくなり、沈黙してしまう。ただぼうっと天井を見上げるばかりである。
「……」
「……」
小太郎と陽菜は一階でテレビを見ている。二人の話し声が二階にまで聞こえて、丁度いい雑音になる。
漆紀は目を閉じる。なんとなく寝れそうな気がした。今日も日中は色々動いた上に、夕方はウシガエル狩りとその調理もした。
昨日の佐和山城登城や一昨日の彦根城登城も疲れたが、体感的には今日の方が疲れている気がする。
「俺寝るぜ」
「そうですか。私も寝ますか……また竜夢、見るかもしれませんね。今度は誰との夢なのか」
「あれ見る度にありえねーって毎回なってるし、見ない事を祈る」
そう言って漆紀は目を閉じたまま、体の力を抜く。
彩那も力を抜いて、落ち着いた息遣いをしながら目を閉じた。




