彩那の想い
「……暇ッッ!!」
遂に本格的にやる事が無くなったからか漆紀はそう大きく叫ぶ。
「ちょ、どうしたのですかな漆紀殿、いきなり大声出して。脱糞ですか?」
「何の話だ! 暇だ、そして現在時刻は……午後五時十分! おいおい、本当にもうやることねえぞ! どうすんだよコレ!」
「うーん……そうだ、散歩でもしましょう」
「散歩って……まあ良いけど。えーっと、彩那ー、石火矢さん、散歩行くかー?」
漆紀は二階にいる彩那と陽菜に問いかけると、真っ先に彩那が「行きます!」と答え、陽菜は「わたしはパス」と答える。
彩那はすぐさま一階に降りて来る。
「あ、言い出しっぺですが拙者はパスでござるよ」
「はあ? お前来ねえの? ま、いいけど……」
「じゃあ竜王様、二人っきりですね!」
「はいはいいつものいつもの……じゃあ出るか」
漆紀と彩那はコテージを出て、浜辺を適当に歩く。夕方になり気温のピークが過ぎたからか、昼間ほど砂が熱くない。
「だいぶ夕方らしい空になってきましたねえ。いわゆるエモいとかいうやつです」
「まあ方角的に夕陽は琵琶湖へは沈まないんだけどな」
「もー、そういう事を言う……」
そう言うと、彩那は波打ち際より少し手前の安全圏の浜に座り込む。彩那に釣られて漆紀も浜辺に座り込み、隣り合って会話を始める。
「交流会ってことだったけど……まあ、月守先輩とレグナとは少しだけ打ち解けた気がする。初対面の時よりはマシって感じだ」
「それは良い事ですね。私も学徒会メンバーの皆さんと色々話して少しは絆が深まったと思います」
「そうか……なあ彩那。俺最近竜夢をやたら見まくってて……」
漆紀は彩那に竜夢の存在の事を伝えている。ありうる可能性の未来を見せる夢だと。
「知ってます」
「え? 知ってんの?」
「だって最初に見た竜夢は共有されてたじゃないですか。なんでこれまでの他の竜夢も共有されてると考えないんですか?」
「だってあんな夢見たらお前……絶対キレるだろ。なのにキレなかった」
「あれはあり得る可能性ってだけですからね。月守さんとあんなにイチャコラして」
「ち、ちち、違ぇーから! あれ夢だし! 俺自身あんな未来はナイナイって思ってるし!」
「それにしても世理架さんとの夢まで見てるのは見境なしって感じですね」
「だから所詮夢だって!」
「それにレグナさんの夢や陽本さんの夢で良い知見を得ましたねぇ。そうですか薬剤ですか。興奮剤や勃起薬……ふふふ」
「おい、まさか料理に盛る気か!」
「なーんてね。盛りませんよそんなの。というか、所詮夢ですから、怒ってないですよ」
彩那はどこか楽しそうな様子で両手を浜につけて足を伸ばす。
「私は……竜王様が幸せになれる未来があんなにあるとは思ってもみませんでした。まあ、一部バッドエンドもありましたが」
「月守先輩の夢のことか?」
「はい。けれど、幸せになってる未来の方が多くて安心しました」
漆紀の幸福を彩那は願っている。それはこれまでの漆紀に対する彩那の行動を鑑みれば火を見るよりも明らかであろう。
「私はあなたが竜王ではなく人間として幸せになれるのであれば、結ばれる相手は誰でも良いです」
「おい、彩那……」
「でも!」
彩那は自分自身の言葉に待ったをかけるかのように「でも」と置いた。己の本当の想いを手繰り寄せ、そして言葉を紡ぐ。
「私は、あなたと一緒がいいです。本当はそうです」
彩那は潤んだ瞳で、けれど屈託のない笑顔を浮かべて漆紀にそう言い切った。
「……彩那」
その笑顔に当てられた漆紀は心に影が差す。
漆紀は今まで彩那には隠し事をしないようにしていた。といっても、パソコンの中の卑猥なデータに関してはその限りではないが。
しかし漆紀はまた一つ分岐点に立っている気がした。
漆紀は彩那に現時点で伝えていないことがある。それは自身が竜王なのではなく、漆紀が今まで駆使していたムラサメが竜王である事。
そしてこのまま竜王化を使えば、人の形を保っていられなくなること。
このままそれを伝えずに居て良いのか。
「あのさ……」
思わず声が漏れてしまった。しかし彩那に話して良いのだろうかと、漆紀は悩む。
けれど漆紀は言葉を止める。本当に言って良いのかと。
漆紀が感じている末路は、完全に竜と化し、理性を失って空に飛び立つという未来だ。
その姿はもはや人間ではないのだ。それどころか空を竜として飛べば自ずと末路は見える。日本の空域を飛べば自衛隊に撃墜されるか、海外の軍に撃墜されるかだ。
そんな末路を自覚すると、漆紀はとても彩那に本当の事を話せなかった。
「いや、なんでもねえ……ただの気の迷いだ」
「えぇ? もしかして私とアレな事をしたいとかじゃ」
「違うわボケ!」
漆紀が否定すると、彩那は「ならば」と前置いて心中で悟った事を語る。
「竜王様の背中の毛が少々毛深かったことと関係ありますか?」
それはまさに、漆紀が隠したかったことを言い当てた内容だった。
その返答を聞いて、漆紀は諦めたように笑みを浮かべる。
「キッモ、どういう神経でそれ言うんだよ。ああそうさ……それが関係してる」
「お話して頂けますか?」
彩那が神妙な様子で漆紀にそう問うと、漆紀はもう嘘や申し開きは出来ないと悟って事実を話し始めた。
「どうやら俺自身は竜王じゃないらしいぞ」
「どういうことですか」
「俺の使ってるマジックアイテム……ムラサメ、コイツが八大竜王の一柱・娑伽羅竜王らしい。俺本人には竜王の力なんて備わってないとよ」
「そんなこと……そんなはずは。それに娑伽羅竜王って、行方不明になってる八大竜王の一柱じゃないですか。それが竜王様のマジックアイテム?」
信じられない目で彩那が漆紀を見るが、漆紀は肯定の意を含んで頷く。
漆紀は首に提げた鉄塊の首飾りを掴みながら、彩那に吐露する。
「コイツが娑伽羅竜王なんだとよ。俺自身は竜王じゃないらしい……ま、俺は怪しいと思ってるがな」
「え?」
「だって人間相手に興奮しないんだし。これは人間じゃない証だ。だけど、ムラサメからは竜王じゃないって言われた……ワケわかんねえ。歪な契約だから、俺はいずれ人の形を保てず完全に竜と化してしまうんだとよ。笑えない冗談だ」
漆紀はそう言って高らかに笑うが、どこか空元気だと彩那は感じる。
「はははは、俺は本当は竜王じゃないだとよ。なら今までのはなんなんだ。俺は……なんにせよ、竜と化してしまうまでに、徳叉迦竜王を討つ。今はそれしか考えてねえ」
漆紀はそう意思表明をすると、彩那は「そうですね」とどこか諦めた様子でそう頷く。
「竜王様は、本当は竜王様じゃないのかもしれません。けれど、私は竜王様だからあなたを好きになったんじゃありません」
「え?」
漆紀が頭の上に疑問符を浮かべた瞬間、彩那は漆紀と唇を重ねていた。
わずか三秒ほどのこと、彩那は唇を離して、心からの言葉を言う。
「私を助けてくれたから、他ならぬあなた自身の意思ががあったから、だから好きなんです」
それは彩那の本心であった。これ以上ない、心情吐露であった。
「そう、か……じゃあ、行けるところまで行ってやるよ。お前に見せてやる。俺の未来を」
漆紀はどこか強い覚悟をした様子で、そう言い切った。
すると、彩那は漆紀に強く抱き付く。
「彩那?」
「私に……正直に話してくれて、ありがとうございます」
彩那は真実を知った上で、漆紀の事を本気で慕っていた。漆紀には、その言葉がとても眩しく自分には勿体なく感じた。
「やめてくれよ……さて、こんな暗い話ばっかしてもテンション下がるし! 売店にでも行ってなんか買ってこようぜ」
「いいですね……じゃあ、コテージに戻って財布を取ったら行きましょうか!」
漆紀と彩那はコテージに戻り、財布を取ってから売店へと移動した。
売店に来るなり、そこには悩ましい様子の舞香が居た。
舞香は肉が並んいでるエリアに立ち尽くしており、右手を顎に当てて考え込んでいた。
「うーん……どうしましょうか」
「おーい、なんかあったんですか月守先輩」
漆紀が舞香になにがあったのかと様子を伺うと、舞香は本当に悩ましそうな顔で漆紀を見た。
「お肉が売り切れちゃったのよ。ほら、この通り」
漆紀が肉のエリアを見ると、肉が完全に売り切れており一つもなかった。
「せっかくキャンプだしお肉食べたいけど……ああ、やってしまったわ。お肉がないだなんて。最悪の展開じゃない。近くにスーパーなんてないし」
「うーん……それは俺にもどうにも……」
漆紀は少し考えると、唐突に脳内で無い知恵を絞る策士担当の漆紀が閃く。
このキャンプ場に至るまでの道程は田んぼばかりの風景を思い出し、漆紀は「これだ!」と閃き左手の平に右拳を打ち付ける。
「月守先輩、ちょっとした狩りをしようか」
「狩りですって?」
「ああ、狩猟免許は要らない。ここら辺なら簡単に肉が手に入る方法があるんですよ。まあ道具は借りる必要があるけど」
「一体何をする気?」
「それはやってからのお楽しみだぜ」
「竜王様、一体何を考えてるので?」
「いいからいいから! 俺の指示に従ってくれ」
漆紀は売店でさきイカを買い、そして併設されたレンタルショップで釣り道具と小さめのクーラーボックスとバケツをレンタルし、バケツには水道水をある程度入れてから彩那と舞香と共に田んぼのある方へと移動した。




