マリーシャは彼らを推したい
ひとしきり遊んだ漆紀達は、ホテルに戻った。
現在時刻は午後三時半。あとの時間は自由行動という事に相成った。
そうして漆紀はしばし部屋でくつろぎ、ベッドに寝そべりながらテレビを見ていると不意に扉がノックされる。
「誰だ?」
漆紀はベッドから起き上がって部屋のドアを開けると、そこには白いTシャツにジーンズ姿の彩那が居た。
「え、どうした?」
「やっぱり部屋に居ましたか……暇なので、私とちょっと商店街の方に行きませんか?」
「別に良いけど。今からか?」
「今からお願いします」
「わかったよ。じゃあちょっと待ってろ」
漆紀は部屋で財布と携帯電話をポケットに入れ、部屋を出る。
「どこへ行くんだ? 夕食があるし、食べ物ならあんまり食べれないけど」
「ちょっとあれですよ。スイーツを食べに行きたいんです」
「ああ、スイーツ……じゃあ行くか」
漆紀は彩那と共にホテルを出て、商店街へと向かう。
街中を再び歩く漆紀だが、彩那と歩いていると不思議と安心感があった。慣れない舞香やレグナとの行動であったが、彩那との行動だとどこか落ち着きを覚える。
「喫茶店なんですけどね、この先にあるんです」
商店街と言っても道が狭い通りで、人が歩行者天国みたいにそれなりに歩いているのもあってどう見ても車が通りにくい造りになっていた。
漆紀達はそんな道を歩いて行く。
「彩那、聞いてたっけ。昨日彦根城を降りる時に竜理教の襲撃に遭った」
「え!? そんなことがあったなら私にちゃんと報告してくださいよ!」
「それでな、俺じゃなくてレグナがなんかよくわからんエネルギーだかをぶっ放して竜理教の連中をぶっ飛ばしたんだ。みんな地べたに叩きつけられて悶絶してさ……俺が出る暇なかったぜ……あいつ相当強いぞ」
「あのファッキンジャップとか言いまくってる外国人ですか。彼女がそんなに強いとは」
「例えば、今このタイミングで竜理教の連中が襲撃しに来たらどうやって撃退する?」
「竜脈の力で死なせるしか」
「物騒すぎる。お前判断が早いな……俺だったら、水でぶっ飛ばして悶絶させて終わりだな」
「今まで竜理教の信者を殺してきた竜王様にしてはお優しいですね。誰かの入れ知恵?」
入れ知恵、と言われると漆紀はどこかバツが悪く感じる。実際、信者を殺さずにするというのはマリーシャからの受け売りだ。
「あと、昨日面倒なヤツと会ってな。竜理教竜理市で精鋭部隊竜宮の遣いの特別顧問をやってるっていう信者が会いに来た」
「ちょっとぉ! そういうことなんで私抜きでやってるんですか!」
「いやいや、あの場にお前居なかったし仕方ないだろ。というか、そいつの名前は……」
漆紀がそう言ってマリーシャの名を口に出そうとした瞬間。
「ひょっとしてわたくしのお話をしてます?」
漆紀と彩那の間にするっとマリーシャが顔を出してきた。
「うわああぁぁぁ! なんでお前ここにいる!」
「こ、この人が昨日会ったって言う竜理教の特別顧問の信者ですか?」
漆紀と彩那はマリーシャから飛び退いて距離を取る。
「そうですよー。わたくしが竜理教の精鋭部隊・竜宮の遣いの特別顧問のマリーシャ・シャロランテです。そちらの女子さんは……竜脈の巫女さんですか?」
「なぜ私の役職を!」
「知ってますよぉ。だって探偵をつけさせてるのわたくしですものぉ。関東でも常にあなた方に探偵を尾行につけさせてるんですよぉ?」
「うわっ、あんた思った以上のストーカーだな」
漆紀は今マリーシャが明かした事実に内心ドン引きしつつも、話の腰を折ったらスムーズに進まないと考えてマリーシャの言い分を聞く。
「まあそう警戒しないで下さいお二人とも。言っておきますが佐渡の大水害及び佐渡流竜理教との戦い以来、竜理教が竜王様を襲撃しなかったのはわたくしが徳叉迦竜王に提言していたからですよぉ?」
「どういうことですか?」
「まあまあ、こんなところで立ち話もなんですから。どこかお店に行くつもりだったんでしょう、お二人とも。そこで話しましょうよ」
「またあんたは勿体ぶりやがって……」
漆紀は身構えていた腕を降ろすと、彩那も警戒をひとまず解く。
「じゃあお店に行きましょうか!」
「勝手に指揮らないで下さい。行きましょう竜王様」
彩那はどこか冷めた様子でそう言うと、漆紀は「ああ」と短く答え彩那に付いて行く。
そこから歩く事三分。
商店街の真ん中あたりに差し掛かったところで彩那の目当ての喫茶店に入る。
漆紀、彩那、マリーシャの三人は店内のテーブル席に着く。
漆紀と彩那が隣り合い、マリーシャが向かい側だ。
三人は各々メニュー表を見て店員に注文を伝えると、本題に入る。
「どういうことですか、あなたが襲撃をさせなかったって?」
「言葉通りですよぉ、竜脈の巫女さん。わたくしは竜宮の遣いの特別顧問、徳叉迦竜王に対してもある程度の発言力がある。わたくしが徳叉迦竜王を止め、竜理教の信者が貴方達を襲撃しないようにせき止めているのです」
「でも、現に昨日襲撃に来てたが……」
「ああ、あれはわたくしが今竜理市を空けているからですよ。徳叉迦竜王がわたくしの諫言を無視して送ったのでしょう。あながち竜王様の成長を促すとかそんなところでしょうか」
マリーシャはそう語ると、コップを持って水を一口飲む。すると彩那が率直な疑問をマリーシャにぶつける。
「あなたは……竜王様を利用する気ですね。何のために私達の得になることを?」
「それはわたくしの得になるからですよ……ふふふ」
「あなたに何の得があるというのですか。竜王様を利用して竜理教を思うがままにしたいと?」
「まさか、竜理教を健全な宗教組織にしたいだけですよ。まあ、学徒会会長は新生竜理教すら許しそうにありませんが」
「やっぱり納得いきません。それだけですか? それが目的で竜理教に利敵行為をしていると?」
彩那が更に問い詰めると、マリーシャは首を横に振って「いいえ」と答える。
「なら納得のいく理由を教えて下さい。なぜ私達が得することを?」
「聞けば馬鹿馬鹿しいと笑うかもしれませんよ? いいですか?」
「さっさと教えてください」
「ふふふ……わたくしがあなた方に利する行為をする理由。それ即ち……推しです!」
「は?」
「え?」
漆紀と彩那は同時に首を傾げて頭の上に疑問符を浮かべる。マリーシャの言う「推し」という言葉が理解出来なかった。何を推しているというのだ。
「わけわかんねえ、どういうことだ?」
「わたくしは、竜王様と竜脈の巫女さんのくっつきを推してるんですよぉ! 年頃の竜王様が、同じ年あいの竜脈の巫女とくっつく……ふうぅー! 高まるうううぅぅぅ!」
漆紀と彩那を置いて、マリーシャは一人で興奮して勝手に高まっていた。
「コイツ、ただのカプ厨か」
「カプ厨ですね」
漆紀と彩那は大の大人が未成年達の付き合いに推しだの高まるだの言っている様子を冷めた目で見ていた。
「まあなんにせよ、わたくしはお二人がくっつくことを望んでおりますよ。ふふふ」
「余計なお世話すぎる。そのために信者達の襲撃を止めてたってのかよ」
「そうですよ。若い人を応援したくなるのが大人ってもんですからねえ」
マリーシャは高まった表情で笑みを浮かべながらそう答える。
「想像以上にくだらない理由で拍子抜けだぜ。じゃあ今俺からあんたと話す事はないな」
そう言って漆紀は窓際を見つめる。
「ちょっとちょっとぉ! つれないですねぇ! 色々わたくしからは聞きたいことがあるんですからぁ!」
「どうせロクでもない事なのは目に見えてますね、害悪カプ厨の考えることなんて大体邪なことだと思いますが……」
彩那は変わらず冷めた目でマリーシャをじっと見つめつつそう零すが、マリーシャは臆さず悪びれずに続ける。
「ぶっちゃけて聞きます。デートはお済ですよねぇ? ハグは? キスは? 不純異性交遊は……」
「せ、セクハラです!」
彩那が指でバッテンを作ってマリーシャへと押し当てる。
「あぁ、どこまでなのか今の反応でよぉくわかりました。へへへぇ……良いお二人です」
「おい、勝手にカップル認定するな。違う」
「むぅ~……ま、いいです。わたくしがあの手この手であなたがたをくっつける方向で」
「やめろ」
漆紀が村雨を召喚してマリーシャの首筋に突き立てると、マリーシャはおどけた様子を見せる。
「ありゃりゃ? マジギレさせちゃいました? そんな怒る事ですかねぇ。このくらいの茶化しは高校であるはずじゃ」
「ウチの高校なら爆発したよ」
「ああそうでした。だから学徒会に居るんでしたね。失敬失敬……」
マリーシャは軽く頭を下げると、漆紀も村雨を霧散させる。
「さて、スイーツ楽しみですねぇ」
「本当に白々しいヤツだなあんた。まあいい」
マリーシャと話す事を漆紀はあれこれ頭の中で考えるが、唐突にある疑問が思い浮かぶ。
「なあマリーシャさん。あんたは竜理教の特別顧問なんだろ? 徳叉迦竜王とやらの能力とか力についても知ってるんじゃないのか?」
竜理教に攻め入る上で、必ずぶち当たるであろう相手が竜理市の竜宮にいる徳叉迦竜王の能力を知りたかった。
「知ってますよ。お教えしましょうか? まあ、教えたところでといった話なのですが」
「どういうことだよ、その口ぶりは。ほら、教えてくれ」
漆紀が早く言えと言わんばかりに催促をするとマリーシャからありえない能力が語られた。
「徳叉迦竜王の能力は、凝視した相手を死なせる能力です。見て能力を使う、それだけで人を殺せます」
「なん……だと……?」
「見ただけで、殺せる……ですか?」
漆紀と彩那は得も知れない絶望感に包まれていた。相手を見ただけで殺せるなど、荒唐無稽で無茶苦茶であると二人は思うばかりであった。
「といっても、死ぬまでは猶予がありますけどね。最初は息が絶え絶えになって、徐々に死んでいきます。ただ、竜王様なら、同じ竜王ゆえに徳叉迦竜王の視毒の能力は効かないかと思います。でも、そちらの竜脈の巫女さんはどうでしょうか……」
「私は見られたら死ぬ……そんな、滅茶苦茶な」
「しかし竜脈の巫女さん、竜王の能力と言うのは大体理不尽なものです。かくいう竜王様はどういう能力を?」
「水を操る。で、あとは怪我を治す」
「……それだけですか?」
「それだけだけど、俺に即死の能力が効かないなら徳叉迦だってそれだけだろ。なら五分五分に持っていける」
「まあ、勝機がないわけではありませんねぇ……いやしかし、見ただけで殺せる力を持っていると教えたのに臆さないとは……中々ですね竜王様」
マリーシャは平静を装っているが、内心では心底驚いていた。徳叉迦竜王が即死の力を持つと聞いても毅然とするのは、マリーシャとしては予想外であった。
「確かに死なせる力ってのは驚いたけど、それでもやりようがある。徳叉迦竜王との戦いは、俺一人で臨めばいい」
「それが他の者を死なせないベストですねぇ。ふうむ、なかなかいい顔をされてますね」
「呑気なヤツだ」
そうこう話していると、店員が注文したデザートをテーブルに運んでくる。
「お待たせしました、白玉抹茶パフェです」
白玉抹茶パフェが三つ、テーブルに置かれる。
「じゃあ食べるか」
「そうですね」
「即死の話をしたというのにお二人とも元気なものですねぇ。徳叉迦竜王に本当に勝てると?」
「勝つ。勝って竜理教を潰す」
「……そのお言葉、信じますよ」
マリーシャはそう言うと、スプーンを取ってパフェを食べ始めた。




