マリーシャの杞憂
漆紀達は天守から降りて、本丸の東屋で休憩する。
自販機で各々飲み物を買って水分補給をすると、数分して彼らは東屋を発つ。
佐和山城から降りていくと、漆紀達は次にどこへ行こうかと話し合う。
「次どーすっか」
「琵琶湖の方、行ってみる?」
舞香が琵琶湖の方へ行かないかと提案すると、レグナは「OK」と答えて頷く。
「わたくしはどこでもいいですよ。どうします?」
マリーシャがしれっと内輪に入っているが、漆紀からすれば違和感しかなかった。
「よし、琵琶湖の浜の方に行くか。ちょっと浜辺を歩いたりするか」
漆紀達は黙々と歩く。燦燦と照る太陽が漆紀達をジリジリと焼く。これが夜巳のような吸血鬼であればなおのこと太陽に焼かれて痛いことだろう。
今頃夜巳は何をやっているんだろうと漆紀は考えながら、歩き続ける。
そうして歩いて行くこと三十分。
琵琶湖の浜へと出ると、漆紀達は浜辺を歩く。
「琵琶湖って……ホントデカいなぁ」
漆紀が改めてそう感想を零すと、舞香は「当たり前でしょう?」と返す。
「日本で一番大きい湖なのよ、当然じゃない」
「そりゃそうだけど……なんていうか、まるで海みたいに波が立ってるな」
そう、琵琶湖のそれはさながら海のようだった。浜辺には湖水が海水のように波を立てて打ち寄せていた。
「歩こう、舞香」
レグナが舞香のそっと声を掛けると舞香は「ええ」と答えてレグナと共に波打ち際へと移動して歩いて行く。
「いいんですか、付いて行かなくて」
マリーシャが漆紀にそう問うと、漆紀はその場でしゃがみ込み尻を地べたにつける。
「少し休もう。ここは開けてて風が気持ちいい」
「では、わたくしも失礼して」
マリーシャは漆紀の隣に座り込み、琵琶湖をぼーっと眺める。
「あんた、俺に味方してくれるんだっけ?」
「ええ。ただ、いざって時までは竜理教でいつも通り働く必要がありますが」
平日の昼間にこうして他県に来れる時点で、マリーシャの仕事と呼ぶべきものは大したものではない様に漆紀は思えて来る。
「俺の記憶を読んだんだろ? どう思ったんだ」
マリーシャは昨日、固有魔法で漆紀の記憶を読み取っている。それを知った上で、マリーシャが今漆紀に対してどう考えているのか知りたかった。
「暴走族との争いは、本当に酷いキッカケでしたね。それも原因が、自分の友人だったなんて。理不尽を許せない性分。それに従って戦った結果、妹さんが重傷を負って入院することになってしまった。全く以って良くないことです」
「……あの時の俺は衝動任せだった。一方的にやられる理不尽が許せなくて、やり返して、悪化して……でも、黙ってやられるのが正しいはずが無いんだ」
「それはそうですが……あなたのそれは凄まじいですね。あなたは既に、血の匂いが体に染みわたっている」
漆紀は自分の右手を見つめる。この手で殺した命はいくつあったのだろうかと。
「竜王様、友人だった人も殺めたのでしょう? わたくしは……あなたを恐ろしいお人だと思っていますよ。友人ですら、悪と見なせば覚悟を決めて殺せるのですから」
「それも読んだか……俺が福井県で竜理教の魔法使いを殺したのも見えたんだろ?」
「はい。ただ、出来れば今後竜王様には相手を殺さず説得をする方法を取って欲しい限りです」
「竜理教の狂信者がマトモに俺の話を聞いて戦いをやめるとでも?」
漆紀からしてみれば、竜理教信者はマリーシャほど話の通じる相手には思えなかった。
「ならば、今度竜理教信者が襲撃してきたら、説得を試みてください。それをしてだめなら実力行使に移ればいいでしょう」
「そうか……まさか、説得して仲間にしろとか言うんじゃないだろうな?」
「そのまさかです」
「どういうことだ。竜理教の信者なんか仲間にしてどうするんだよ、敵だぞ」
「その認識を改めた方が良いです。襲撃しに来る竜理教信者達を仲間にしておけば、竜理市へと攻め入る時に彼らを寝返らせることが出来ます。そうすれば、竜理市での戦いがもっと楽になるでしょうねぇ」
「……なるほど、その発想はなかった」
そう、竜理教の信者同士で同士討ちさせる。その考えは漆紀の頭には思い浮かばなかった。
「それと……竜理教を壊すのであれば、やはり教義そのものを歪めるような事実を叩きつけて崩壊させるしかありません。その手立てを、学徒会会長さんは考えついているのかいないのか、念のため聞いておいた方がよろしいかと」
「日本竜理教を潰す具体的な作戦案か……わかった、今度会長に聞いておこう。会長の事だしなにかしら考えてると思って特に聞かなかったけど、聞いておくべきだな」
そう答えると、マリーシャは「それでいいのです」と呟き視線を琵琶湖に戻す。視線こそ琵琶湖へ向けられてるが、彼女の目はどこかもっと別の遠いなにかを見つめているようだった。
「竜王様、あまりご自身で策を考えることはしないんですね」
「しないっていうか出来ねえ。俺にはあれこれ策を考えることは出来ねえ。策士には向いてねえんだ。俺そこまで頭が良くないし」
「……そうですか。策を考えるのが苦手であれば、これからはわたくしが策を授けましょう。といっても、現時点では策に関しては会長さん頼みといったところですか」
漆紀は作戦の全てを会長に丸投げしており、自分では策を考えることをしない。それは自分がそういう行為に向かず、駒として動くタイプが向いていると思っているからである。
「俺は俺に出来ることをひたすらやるだけだ。その先の未来に、竜理教を滅ぼせる未来があると信じてる」
「上手くいくことをわたくしも願っておりますよ」
「……風は確かに涼しいけど。ちょっと暑いな」
漆紀はそう言って村雨を取り出すと、マリーシャへ切っ先を向け。
「それ!」
村雨から水を放出し、マリーシャへと水をぶっかける。
「きゃっ!? ちょ、竜王様!」
「俺の記憶を読んだ仕返しだ。俺に礼節だのなんだのと講釈を垂れた報いと思いやがれ」
漆紀が悪童のようにケラケラと笑いつつそう言うと、マリーシャは不貞腐れながら漆紀を見つめる。
「あー、こんなにビシャビシャに……」
マリーシャは濡れた衣服を両手で絞る。漆紀は村雨を霧散させて立ち上がる。
「さてと、俺達も歩くとするか」
「え? わたくし今全身びしょ濡れで」
「歩いてるうちに乾くだろ。行こう」
「……竜王様は本当にお子様ですねぇ」
マリーシャは半ば呆れつつそう呟くと、漆紀に付いて行き金髪を輝かせながら浜辺を歩き始めた。




