マリーシャの思惑
彦根駅東側にある寂れた街にある小さな喫茶店で、漆紀と舞香が隣り合い、レグナとマリーシャが外国人同士で漆紀と舞香に向かい合う形で隣りあった。
テーブルにはコーヒーとパンケーキが四人分置かれており、マリーシャは真っ先にパンケーキをナイフで切って、一欠けらフォークで刺して食べる。
「う~ん、いいですねぇ。シロップキメキメで甘くて美味しい~」
「おい、話をするんだろ。そりゃ食うのも良いがこっちを見ろよマリーシャとやら」
頬を抱えながらパンケーキの甘さに体をうねらすマリーシャだが、漆紀の言葉を受けて、落ち着きを取り戻す。
「いいでしょう、なんなりとお聞きに」
「竜理市に居るんだろ、竜王……宮田はそいつの命令で動いてたのか?」
「違うでしょう、竜王様。知りたいのはそうじゃないでしょう……徳叉迦竜王様の命令であなたのお父様が殺められたのか、そう知りたいのでしょう?」
その言葉に漆紀は固まる。しかし即座にマリーシャに対して内心では触れられたくない部分に触れられたような気持ちになり怒りを覚える。
「お前、おちょくってるのか? それと、ツレが居る時に話すことかよ」
「いいえ。では話を続けますと……徳叉迦竜王様は、竜王に感情は要らないと考えています。ただ、あなたのお父様を殺めたのは宮田さんの勝手な行動ですね。オリチャーってヤツです」
漆紀とマリーシャが込み入った話を始めたからか、舞香とレグナは置いてけぼりである。
「おい、マジでそんな話を続ける気か? それはもう終わったぞ」
漆紀は宮田の最期を思い出しつつそう言うと、マリーシャは「でしょうね」と返す。
「あなたが殺ったんですね、宮田さん」
「……何の話がしたいんだよ。新しい話をしろ、過去の話はいい」
過去の話についてはやめろと漆紀が促すと、マリーシャは舞香とレグナの方へと目を配る。舞香とレグナは宮田とは誰か、漆紀の父は殺されていたのか、と色々と考えが纏まらず真顔で固まってしまっている。
「そうですね、お連れの方達も困りますよね。ではでは……率直に。辰上漆紀さん、わたくしの思惑に乗ってくれませんか?」
「何を言い出すかと思えば……俺は竜理教に与するつもりはない。竜理教は滅ぼす、殲滅だと決めてる。必ずだ」
「その大前提が覆るとしても?」
「どういう事だよ」
「竜理教は外部からの力では滅ぼせませんよ。アジア全体に広がった宗教ですから、簡単には滅ぼせませんよ。やるとすれば……内部から崩壊させる方がオススメですよ」
竜理教の信者にも関わらず、マリーシャは具体的に漆紀へ竜理教を滅ぼす方法を提案する。
「内部……俺に竜理教で竜王として奉られろと?」
「奉られる必要はありません……竜理市に居る、徳叉迦竜王様を殺すのです」
「りゅ、竜王を、殺すっ!?」
漆紀からすれば目の前のマリーシャが言っている事の意味が分からなかった。なぜ竜理教の信者であるにも関わらず御神体である竜王を殺そうと提案しているのか。
舞香は「ちょっと待って」と待ったをかける。
「竜王って竜理教の御神体でしょう? その竜王を暗殺して竜理教を崩壊させることは私も会長も考えてたけど、まさかそれを……」
「いえ、崩壊はまだ先です。日本の竜王は徳叉迦竜王様が竜王として座しています。その座を、同じ竜王の力を持つ辰上漆紀さんに奪って貰うんですよ。そして竜王になった辰上漆紀さんに竜理教を内部から壊して貰う」
具体的なプランをマリーシャが話すと、漆紀はその案を頭の中で噛み砕く。
「そう言って結局俺を竜王に据えて奉るつもりだろ、騙されんぞ」
「しませんよ。わたくしは確かに竜理教の信者でありますが、今の竜理教の在り方は不健全だと思っていますよ。ハッキリ言って、クソの極みです。政治家気取りの竜王がアジアの実権を握るべく政府と闘争をしている……信者は政治活動の為の票数……信仰を、宗教を舐めている。だから竜王を殺す」
そう語るマリーシャの目には力強い光があった。
「マジか……というか、竜王って海外にも居たんだっけ?」
「そうです、八大竜王……そのうち三人が行方不明であり、徳叉迦竜王を含めてアジア圏に五人の竜王が居る。そして彼らはアジアの宗教圏の覇権を狙い、挙句政治にまで欲を出しています。まあ、徳叉迦竜王は政治に手を出してないだけマシですが」
「その五人の竜王も、殺すのか?」
「竜理教を崩壊させるうえで、最終的にはそうなります。あなたが竜理教内の唯一の竜王となり、竜理教に解散命令を下す。そうすれば、世界中の竜理教は滅びます。あなたの望む形になりますよ」
「……お前、何者だよ。マリーシャって言ったが、名前だけじゃ自己紹介にならねえぞ」
マリーシャは竜理教の信者であることと、名前しか明かしていない。
「なるほど、身分を明かせという事ですね。皆さんは見た限り学徒会の学生さん……そうですね、わたくしの身分を明かした方が良いですね」
マリーシャは身分証明証を取り出して見せながら身分を明かす。
「わたくしは、竜理教の精鋭部隊・竜宮の遣いの特別顧問です。布教活動の他、信者の指南や面談を行っております」
「特別顧問って……あんたかなりの身分じゃねえかよ。それなのに竜理教を滅ぼそうって? あんたの目的が見えねえな」
「わたくしは、ただ竜理教を健全な宗教組織にしたいだけですよ。ふふふ」
そう語るマリーシャの目は輝いていた。
「そうか……その案は考えておく。話はそれだけか?」
「そうですねぇ……あとは、わたくしの固有魔法を使わせて頂きたく」
「固有魔法? あんた、俺に何をする気だ?」
「別に何をするってワケではありませんが……わたくしは記憶を読み取れる固有魔法を生まれ持っています。これを使えば少しは竜王様に共感出来るかなと」
固有魔法。それは辰上家の理論武装などを例に挙げるように、特定の血筋や個人だけが生まれ持った固有の魔法のことである。
「俺の記憶を読みたい? あまり心の中を探られるのは気持ちの良い事じゃないが」
「知られたくない記憶でもあるんですか?」
「いや、知られて恥ずかしい記憶はないけど……そういうのってどうなんだろうってな。他人の心を覗くって、凄く不躾で無礼すぎるもんじゃねえかなって」
「いやぁ、年上相手にあんたとかため口を使う竜王様に不躾で無礼とか言われたくないですねぇ。物怖じしないのは良いですがもうちょっと礼節を身に付けてはいかがですか竜王様」
「うるせえ、信用がおけないヤツや俺と同じ若い年齢の奴らにはタメ口でも上等だろ。お互い大して生きてない経験の浅いガキなんだし」
そう語る漆紀の理論にマリーシャは内心ドン引きしつつも答えを返す。
「あのー、ある映画で言ってたんですけど礼節が人を作るって。わかります?」
「俺に何言おうと無駄だぜ。あんたは竜理教だし、俺はあんたを敬うつもりは微塵もない」
「うわー、うわぁー……まあ、そういうおつもりならわかりました。まさか、今お世話になってる学徒会の年上の面々にもタメ口で?」
「そりゃあな。あ、ウチの便利屋の依頼で金払ってる客相手には流石に敬語だぞ? そもそも金払ってもいないのに無条件で敬語を要求するの図々しいと思うぜ。自分は無条件に敬われるべきと思ってる傲慢な精神だと思うぜ」
漆紀のその態度を見て聞くと、マリーシャは「はぁ」と深くため息を吐く。
「よくも悪くも竜王様は竜王様というか、上のお人というか……まあ、とにかく記憶を読み取る魔法はやらせてくれないと。仕方ありません。じゃあ……」
マリーシャは隣の席のレグナに右手をかざす。
「あなたの記憶を読みましょうか、銀髪さん」
「ッ!?」
レグナが席から立ち上がろうとするが、時すでに遅し。一瞬にしてレグナの記憶を読み取ったマリーシャはその記憶の内容に口をあんぐり開ける。
「ほう……あなた、ハリウッド映画のマッドサイエンティストがやってそうな研究施設から救い出されたんですか。へぇ……面白いですねぇ」
「お前……!」
レグナは席から立ち上がってマリーシャに右手を向けるが。
「おいやめろレグナ! 癇癪起こして人を殺そうとするな!」
漆紀がレグナとマリーシャの間に村雨を挟み込んで静止を促す。
「……お前、そのこと他人に喋るんじゃないぞ」
「ええ、この記憶はわたくしだけの楽しみにさせて頂きます。辛い人生を送ってきたのですね、レグナさん……あの、そういう辛い人こそ竜理教がオススメで……」
「ワタシ、一応キリストの……」
「あ~……鞍替えする気はありません? ダメ? ダメかぁ……」
マリーシャは布教に失敗して落胆すると、漆紀の方を向き直す。
「では少しだけ失礼して」
マリーシャは漆紀の方に右手を向けた。
「おい!」
漆紀は記憶を読み取られると思い、マリーシャを村雨の棟で軽く殴って止めようと動くが、再び時すでに遅し。
「ほうほう……竜王様、お辛い過去を……しかしですね。これでわかったでしょう? 礼節を欠けばこのように手痛いしっぺ返しを食らうと。これからはもう少し気を付けた方がいいですよ竜王様。たとえあなたが竜王様だとしても、自身をただの人間と定義しているなら猶更普通の人間らしい礼節を身に付けた方がよろしいかと」
「テメぇ! 勝手に人の記憶読んでおいてなんだそれ!」
「もう、ダメですよそんな言い方。テメぇとか、少年漫画の主人公じゃないんですから」
マリーシャは漆紀の元へ人差し指を立ててそう注意を促す。
「クソ……」
「あっ、そうだ。連絡先を交換しておきましょう竜王様。わたくし、いつでも竜王様に協力しますよ。もしそれが、竜理市に攻め入る行為だったとしてもです」
「……ちっ」
漆紀は舌打ちをしつつも、マリーシャに電話番号を教え、マリーシャも電話番号を控える。
更にメールアドレスも交換し、漆紀は携帯電話をしまう。
「しかし竜王様、なぜガラケーなんです?」
「あのな、俺ここ最近戦ってばかりだ。戦闘中にスマホが壊されることもあるし、そのたびに買い直してたら金がかかるからスマホじゃなくてガラケーなんだよ」
「ああ、なるほど。合理的……まあいいでしょう。わたくし、いつでも協力しますよ。といっても、竜王様が礼節を身に付けさえすればですが」
「ちっ、うっせーな。反省してまーす」
「それ反省してない人のセリフじゃ……」
舞香が半ばツッコミつつ少々の呆れを含んだ表情を浮かべる。
「で、話はもう済んだかマリーシャさんよぉ」
「ええ。わたくしはもう満足でございますよ。あとはこのパンケーキを食べるだけ……いやあ、彦根城では信者達が失礼しました。彼らも徳叉迦竜王の命ということで張り切ってましたから。わたくしでは止めることが出来ませんでした」
「あれ、あんたの部下なのか?」
「いえいえ、わたくし直属の部下というわけではありませんよ。ただ、徳叉迦竜王の考えを読むとすると……恐らくこの滋賀にいる限りは竜理教の信者をけしかけるかと」
「おいおい勘弁してくれ」
この交流会中、竜理教の信者達が絶えず襲って来ると考えると漆紀は億劫な気分になる。
「大丈夫、ワタシが全部ぶっ飛ばす」
レグナがどこか頼りになりそうな様子でそう答えると、舞香もアルミニウムハンマーを取り出して「私も忘れないで欲しいけれど」と反応する。
話したいことをひとしきり話したからか、マリーシャはパンケーキを切って再び口に運んだ。




