陽本吉果
どれくらい眠ったのだろうか。
漆紀は眠りから目を覚まして時計を見る。時刻は午後十一時八分。歯磨きもせずにかなり眠ってしまった。
そんなことよりも漆紀は焦っていた。クーラーが効いている部屋なのに、体感的には冷汗が噴き出たような気がした。
理由は単純、先程の夢の所為だ。
世理架と結ばれたという世界の夢。
今の漆紀からしたら悪夢かと思う世界線である。
「なんだよアレ、変なもん見せやがて……っ!」
漆紀は携帯電話を手に取り、思考のままに世理架へと電話をかけてしまう。
時間的には世理架が眠っていてもおかしくなかったが、そんな事はお構いなしだ。
「出ろ出ろ出ろ……」
電話は通じ、眠たげな声が聞こえてくる。
『もしもし漆紀君? あのねぇ、こんな時間に電話とか』
「竜夢を見た! あんたとの竜夢だ!」
『は?』
漆紀は先程みた竜夢を事細かく世理架に伝えると、世理架はため息を吐いてから話し始める。
『そんな未来があるとはな。竜夢が見せるのはあり得る可能性だ。わたしとそうなる未来もあるということか……ふふふ、漆紀君。君、もっと女の子達に積極的にならないと迎える末路はわたしとのイチャラブバッドエンド直行だ!』
「ふざけんな! 俺、絶対あんたとは結婚しねぇよ!」
『それでいい。わたしも君となどゴメンだ』
「話はそれだけだ。じゃあな世理架さん、おやすみだぜ」
『ああ。おやすみだ。忘れるなよ、彩那ちゃんや他の女の子にアタックしなければ君はわたしとのイチャ』
漆紀は全て聞く前に通話を終了し、どうするか考える。
「……よし、ちょっと下に行くか」
財布と携帯電話を持って、漆紀は部屋を出る。
エレベーターで一階へと降りると、自販機コーナーへと歩く。
自販機コーナーに行くと、陰の雰囲気が目立つコミュ障で喪女な少女・陽本吉果が居た。
彼女こそは、瞬間移動能力を持つジャンパーガールで喪女である。
相変わらず彼女の髪の毛はボサついていて、そういう所から喪女という空気感が溢れ出してしまっている。
「えーっと、陽本? よう」
漆紀が声をかけると、自販機の前で何を買おうか悩んでいた彼女は肩をビクっと上げて漆紀の方を恐る恐る振り向く。
「え……なに?」
「いや、なんでもねえけど……こんな時間にどうしたかなあって。俺は眠ってたところ目が覚めちまって、何か飲みたくて買いに来た。陽本は?」
「ふひひ……そりゃ、自販機の前なんだから……何か飲みたくて来てるに、決まってる」
吉果はぎこちない様子でそう喋ると、自販機の方を見る。
「陽本、話すの苦手って言ってたけど喋れるじゃねえか」
漆紀がそう言った瞬間、再度吉果は漆紀の方を振り向く。先程とは違い、どこか奇異なものを見るような見開いた目で見る。
「なんだよ」
「ふひっ……じゃあ、喋っても……良いかな?」
「え? そりゃあ」
そう言った途端、吉果は漆紀に抱き着いた。思わず漆紀は財布と携帯電話を落としてしまう。
「おい! 急に」
「飛ぶよおおおおぉぉぉぉぉ!」
吉果が叫んだ瞬間、景色が変わった。
髪が大きく揺れて、そのまま上方向へと髪の毛が持ち上がる。
同時に漆紀は全身に浮遊感を感じる。この浮遊感には覚えがある。竜王化した時の飛行と似ている。
あの飛行と違うのは、竜王化の飛行が空中に滞空するのに対して今の漆紀は落ちていること。
吉果は漆紀を抱き締めたまま、一緒に空を落ちている。
「どこだよここおおおおぉぉぉぉ!」
「空! 長浜市上空!」
漆紀はよく周囲を見渡すと眼下には光り輝く長浜の街が煌びやかに映る。漆紀は風と浮遊感を全身で感じる。
「お前俺を殺す気か!」
「これが自分の〝喋る〟だよおおおぉぉぉぉ!」
「コミュ障極まりすぎだろ! でも楽しいもんだな! 俺も答えてやらなきゃな!」
吉果のおかしなテンションに当てられた漆紀は右手に村雨を取り出して握ると、ムラサメに叫ぶ。
「ムラサメ! 竜王化!」
『こんなことに使うというの?』
「いいから!」
漆紀の額から二本の竜の角が生え、竜のたてがみが首のうなじから背中に至るまで生えていく。
「しっかり掴まってろよ陽本!」
「え? えっ、えええええぇぇぇ!!」
漆紀が竜王特有の飛行能力を発揮し、上昇していくと吉果は絶叫と共に思わず手を放してしまう。
「おい、掴まってろって言っただろ!」
漆紀は一気に急降下して、落ちた吉果の確保に向かう。
空を切って滑空し、風を受けながら漆紀は吉果の手を取る。
「ほら、しっかり掴まれ! せっかく空飛べるってんだからよ!」
「そ、空飛べるの!? 落ちるんじゃなくて?」
「ああ、だから掴まれ! 空飛ぼうぜ!」
今度こそ吉果は漆紀にしっかり抱き着くと、漆紀は空を飛ぶ。
「一気に行くぞ!」
漆紀は吉果と共に空を切って飛ぶ。
「どうだよ、空を飛ぶ感覚! 落ちるのとは違うだろ!」
「なにこれ……すごい、ふへへ、すごいや!」
吉果はどこか恍惚とした表情で漆紀の方を見る。
「でもこれじゃ景色が見にくいか。よし、滑空はやめだ。滞空してやる、そのほうがゆっくり景色が見れるしな。よいしょっと」
「え、ちょ、ええ!?」
漆紀は両腕に吉果を抱きかかえ、お姫様抱っこの形となる。
「だってこの方が景色がよく見えるだろ? 見て見ろよ」
吉果は眼下に広がる長浜の街を見渡し、その壮観ぶりに彼女は目を輝かせる。
「本当の空を飛ぶって凄い……っへへへ……」
「よし、じゃあ急降下するぞ。ふわっとするけど……お前、落ち慣れてるんだろ?」
「うん」
「ならナガハマタワーへ行くぞ!」
漆紀は吉果を抱えたまま降下していく。
降下し続けること五分ほど、漆紀と吉果はナガハマタワーの先端足場部分に着く。
「空からの景色も良いけど、タワーの先端って良いよな」
「ふへへっ……すごい、わかる……東京スカイツリーの先端部分に瞬間移動したことあるけど楽しかった……飛び降り楽しかったなあ」
「お前もレグナと一緒で飛び降りが趣味かよ……ま、いいや。空飛んだ感想はどうだ?」
漆紀が空を落ちるのではなく飛んだ感想を求めると、吉果は隈の出来た目元に似合わないほど目を輝かせて答えた。
「へへへ、凄い楽しかったぁ~……落ちるんじゃなくて飛ぶって凄いんだなぁ……へへへ……というか、人間じゃないんだねぇ」
「まあ、俺は人間じゃない。人間以外の人型の種族ってのが、この世界には居るんだよ。ファンタジーみたいにな」
「そっか……今、凄く感動してるから、なんていうか、普通に喋れそう。うん、えっと……名前……」
「辰上漆紀だ」
「辰上君とは、なんか話せそう……はははっ、自分、うまく喋れないけど、今なら色々喋れる気がする」
饒舌になった吉果を見て、漆紀は景色に視線を移す。
「……よし。それならホテルに戻るか? 瞬間移動なら一瞬だろ?」
「そうかも……じゃあ、戻すから」
吉果がそう言った瞬間、視界に映る景色が変わった。
先程の自販機コーナーに戻っていた。漆紀は竜王化を解き、角が退化していくが。
「あぁ角が……触ろうと思ったのに」
「見世物じゃないんでな。悪いけど角は勘弁してくれ」
漆紀は落とした財布と携帯電話を拾うと、自販機の方を見る。
「うん、ドクペ飲もう」
先に動いたのは吉果だった。
自販機に硬貨を入れ、ドクペなる禍々しい飲料を購入する。
缶の飲料のそれのプルタブを開けると吉果は一口飲む。
「俺は……マウンテンデューで行く」
漆紀は硬貨を自販機に入れ、マウンテンデューを買う。
買って手に取るなり漆紀はプルタブを開け、吉果の方を見る。
「なあ陽本、軽く乾杯しようぜ」
「いいけど……」
そう答えると漆紀が差し出したマウンテンデューに吉果はドクペを合わせた。
「俺は空が飛べる。空飛んでみて、どんな感じだった?」
「新鮮だった。自分は落ちるばかりで、あんな感覚は初めてで……」
恥ずかしそうに吉果はそう語り、ドクペをゴクゴクと飲み込む。
「そうか……東京スカイツリーから落ちた事があるんだろ? どういう気分なんだ?」
「あの頃は……とにかく死にたかったんだなぁ……生きることが辛くて辛くて」
そう軽く語る吉果だが、漆紀は内心「とんでもない奴だ」と引く心を覚えつつ聞いていた。
「そうか……嫌な事を聞いちまったな」
「それは……自分にとって? それとも辰上君にとって?」
「両方だ」
漆紀は毅然と答える。この手のメンタルに厄介なものを抱えている手合いは彩那である程度慣れているので漆紀はそう答える。
「へぇ……ねえ、ありがとう。空を落ちるんじゃなくて、飛ぶだなんて初めてだから。その……時々また一緒に飛んでくれないかな」
吉果は恥ずかしそうに顔を赤くしながら漆紀にそう問うと、漆紀は軽く「いいぜ」と答える。
「時間があれば、お前をフライトに招待してやる。落ちるばかりじゃつまらないだろ」
「えっ……いいの?」
「ああ。時間があればな」
そう言った途端、吉果はドクペを片手に漆紀に抱き着く。
「あ、ありがとう……ねぇ……」
「えっ……うむっ!?」
気付くと、漆紀の唇は吉果の唇で塞がれていた。とても強く、好意や感謝の意が籠った口づけで吉果は答えた。ドクペ味のヤクい感じのキスだった。
「わかってるよね、自分コミュ障だって……」
「お前……コミュ障にもほどがあんだろ、いきなりキスとか」
「キスされても冷静なんだね……慣れてる?」
「生憎俺に思いを寄せてる可哀想な女の子が居るもんでね。そいつと何回か経験があるからな」
漆紀がそう言い切ると、吉果はムッとして頬を膨らます。
「くっ……モテ男め。自分は意を決してやったというのに」
そう言うと吉果は漆紀をもう一度深く抱き締める。
「お前、それはなんなんだよ」
「簡単だよ、一目惚れ……ふふふ、覚悟しろ辰上漆紀君、もう自分の中では君しかいないからな……っ!」
「怖ぇーよ、やめてくれ。そういう溺愛も親愛も間に合ってるんだ」
漆紀が愛は間に合ってるとお断りの意を表明すると、吉果は不敵に笑む。
「自分をあんなにドキドキさせておいて、それはないよ。責任……取ってよね」
「どうしてこうなった」
漆紀は額に手を当て参った様子で吉果を見る。吉果の方はというと、喪女の空気感に似合わずどこか可愛らしい乙女の顔をしていた。
「まあとにかくだ! こんな夜だ、もう一度乾杯だ!」
「ええ、乾杯」
漆紀と吉果はお互いの缶を当てて乾杯する。
「陽本はなんでこんな時間に起きてたんだ? てか、俺が飛べなかったら万が一手を放してたら死んでただろ。何考えてんだよイカレ野郎」
起きている理由を聞きつつも漆紀が吉果の行動を非難すると、吉果はどこか恍惚とした表情で「んんっ」と呟くと答える。
「ちょっとの間なら空を落ちるのも大丈夫だと思った」
「離したら死ぬんだぞ。思慮が浅はかすぎる」
漆紀が吉果の行動を非難すると吉果は視線を斜め下に落として沈み込む。
「……嫌だった?」
嫌だったかと聞かれると、漆紀は首を横に振り否定する。彼女の突発的な行動は、決して無駄では無いしつまらなくはなかったと漆紀は肯定する。
「嫌ではねえよ。ただ、空を飛べる俺じゃなきゃ危なかっただろって話だ。これが月守先輩やレグナだったら死んでただろって話だ」
漆紀が舞香やレグナのことを口に出すと吉果は「あぁ」と納得する。
「オイ」
「でもレグナさんなら多分大丈夫だと思う。あの人の能力、地面に近付けば謎のエネルギーで着陸できるし」
「でも月守先輩はダメなんだな。なあ、突発的すぎる。俺以外にさっきのは絶対やるなよ。いいな?」
漆紀が自分以外の空への瞬間移動を禁ずる旨を主張すると吉果は「うん」と素直に答える。
「それよりさ……今からコンビニ行かない?」
「え? 良いけど……いっとくがレグナみたいに酒は買えないぞ。アイツ昼間に俺の分までビール買いやがったけど……」
「あぁーレグナさんは海外生まれだからその辺ガバガバだから……さ、コンビニ行こう?」
吉果が執拗にコンビニを誘うので、漆紀は応じる事にした。
二人は飲み物を飲み切りゴミ箱に捨てる。
漆紀と吉果はホテルから出て近所のコンビニにやって来ると、飲み物や食べ物を見る。
「……さてどうするか」
漆紀としては寝る前に何か食べるものを買いたいと思っていたが、吉果はというと生活用品の方で悩み込んでいる。
漆紀はサラミを買う事に決めると、生活用品のところで悩んでいる吉果に一声かける。
「おい、俺は食い物先に買って来るからな」
「うん……」
そう生返事で答える吉果に漆紀はどこか疑問を抱きつつもレジに行く。
会計を済ませ、先にコンビニを出る。
漆紀はふと眠気を感じて背を伸ばして欠伸をする。
そうしていると、遅れてやって来た吉果がレジ袋を片手にコンビニから出て来る。
「買った。ホテルに移動しよう」
吉果は漆紀の手を握ると能力を行使してホテルの自販機前まで戻る。
漆紀は吉果から手を離して、エレベーターへと向かおうとすると吉果は漆紀の右手首を掴む。
「え? なんだよ」
「あの……部屋で、お話させてくれない?」
本来コミュ障の喪女・陽本吉果がこれほど踏み込んだ提案をしている。
漆紀は吉果の反応を見て、無下にするのはどこか野暮だし悪いと思った。
「ああ、いいぜ。部屋で話そうか」
「いいの? ありがとう……」
漆紀と吉果はエレベーターに乗り、漆紀の部屋がある五階へと移動する。エレベーターを降りると廊下を歩いて二人は部屋へと入って行く。
「ふーん……いい部屋じゃん」
「お前の部屋と変わらないだろ」
「照明がちょっと違う」
「そうかよ……」
漆紀はコンビニで買ったものを入れた袋をテーブルに置くと、軽く休もうと思いベッドに腰掛ける。
「で? わざわざ俺の部屋に来た理由は?」
漆紀がそう問うと、吉果は手を後ろに組んで恥ずかしそうに答えた。
「空を飛べる人だなんて……正直、一目惚れというか……」
「おい、距離感バグってるぞ。お前はコミュ障なんだろ。それは勘違いだ。たまたま俺がそういう能力を持ってる人間だっただけで……」
漆紀がそう否定しようとすると吉果は漆紀の胸元にすり寄り首を横に振る。
「そんなことない。むしろ自分は……運命性すら感じる。空を落ちる自分と、空を飛べるあなた……これが運命でないならなんだ」
吉果はそう主張し、顔を赤らめる。
「本当にたまたまだ。俺はそういう能力を持ってて、たまたまお前と出会って、たまたま空を一緒に飛んだだけだ」
漆紀があくまでたまたま、偶然に過ぎないと言うと吉果は漆紀から四歩離れて目を瞑る。
「ねえ、自分ってさ、結構着やせするんだよ」
吉果は唐突にズボンを抜いで、パンツ姿を恥ずかしげもなく見せる。彼女の脚は細めで、健全な男ならそのスリムな形に目を奪われる事だろう。
「おい……」
吉果は漆紀の声など関係なく、今度は上着を脱いでパンツとブラジャーだけの下着姿になる。彼女の着やせするという言葉の意味が漆紀は嫌と言うほど理解出来た。
吉果のブラジャーは彼女の豊満な胸部をぎちぎちと抑えており、今にもはちきれん様子であった。そのバストサイズに関しては彩那のそれに匹敵するほどだった。
「おい、何のつもりだ! 陽本! コミュ障にもほどがあるぞ!」
吉果は漆紀をその勢いのままベッドに押し倒して、漆紀は困惑する。
「マジでどういうつもりだ陽本!」
「ああ……だって、あなたは空を飛べる。自分の運命……こんな人、会長の他にいない……ねえ、お願いがある」
吉果は神妙な様子になって漆紀を見つめる。
「なんだよ。改まって」
「自分の運命の人になって。あなたは空を飛べる。あなた以外に居ない……」
漆紀の上に乗って吉果は獲物を離さないと言ったような目つきで漆紀を見下ろす。
「お前……内心で自分に自信があるんだろうが、残念だが興奮しないぞ。俺は竜だ。種族が違うからお前で興奮しないぞ」
そう漆紀が人間に性的興奮をしない旨を伝えると吉果は死んだような目で一瞬漆紀を見下ろすが、一考の後に目を輝かせて両手を上げる。
「ますます気に入った! 喪女としては燃えるし萌える! 子供が欲しい! レッツS・E・X!」
吉果はブラジャーのホックを外して、上裸になる。
「おいいいいぃぃぃぃぃ! 大概にしろ! 発情枠なら彩那で間に合ってるんだよ! お前ヤンデレか? ヤンデレ枠かおい! いますぐブラジャー着け直して自分の部屋に帰れ! そして股を擦って寝ろ!」
「嫌だ! コンビニで恥を忍んでゴムまで買ったんだ……ヤるったらやる……」
「コミュ障が過ぎるだろ! ヤらねえって……うぷっ!?」
吉果は胸元に漆紀の顔を抱き寄せて、豊満な胸に漆紀の顔を埋める。
「これでも?」
「それでもだ! 俺興奮してねえもん! むしろドン引きしてるもん! 俺の股間見ろ! なにもなってないぞ!」
そう言われ吉果は漆紀の股間を見る。股間は至って平静で平らで、何の起伏もなかった。
「えぇー……ED」
「うるせえ!」
漆紀は吉果の胸から顔を離して彼女の全体を見る。
その時ふと、吉果の体に違和感を覚える。具体的に言えばアンバランスである。
彼女が右手にだけ付けている黒革の手袋が異質な感覚を漆紀に覚えさせた。
「なあ、右手のそれ。なんなんだよ。なんで右手だけ手袋してんだ」
漆紀がそれを問うと、吉果は先程までの恋焦がれる表情とは打って変わり死んだ魚のような目で漆紀に答える。
「あ~……それ、聞いちゃう?」
吉果は諦めた様子で右手の手袋を取る。するとそこにはメタリックな赤色をした機械の手があった。
「これは義手……指ごとに様々な機能を持った義手で……まあ、普通に指先としても使えるけど……」
「義手って……何があったんだよ」
「ふひひ、それも聞いちゃう?」
吉果はどこか深い面持ちをして義手の経緯を語り出した。
簡潔に纏めると、彼女はリストカットの末に刃物の状態が悪かったせいで右手が壊死してしまい切断せざるを得なかった。
そのため右手は義手を着けているとのことだ。
吉果は義手を動かしながら、漆紀を見下ろす。
「陽本、退いてくれないか」
「嫌だ。逃がさないから……ほら脱げえええええぇぇぇぇ!」
吉果が漆紀のズボンを両手で掴んで脱がそうとしてくる。
「ふざけんなああああぁぁぁぁ! 何が運命の人になってだ! お前の運命そんな安っぽくっていいのかよ! 会長だって空飛べるんだろ? 会長に迫れよ!」
「直感で感じた! 会長以外に、こんなにびびっと来た人いない、ヤらせて! 会長には断られたし!」
「ふざけんな!」
漆紀は右手に村雨を取り出し、その柄で軽く吉果の顔をぶつ。
「うぐっ……」
「言っておくがマジで俺は人じゃ興奮しないからな。どれだけお前が裸になっても無駄。そのスタイルを晒しても無駄。とっとと部屋に帰ってくれ。話ならいくらでも聞いてやるから」
漆紀が話だけは聞くという態度を示すと、吉果は不満そうにムッとしつつも喪女の暗い雰囲気に似合わない甘ったるい声を出す。
「本当に何もしない気? 自分、正直言って良いと思ったんだけどな……へへへっ」
「何もしねえよ。はよ帰れ」
「ふひひっ……健全な男子がそんなはずがない。あれやこれや本当はしたいはず」
「結構だ。いらねえから戻れ、マジでいい」
「自分が納得してない。ほら」
吉果は再度漆紀を胸元に抱き寄せて、彼の顔をその乳に埋めさせる。
「これでも、ダメ……?」
吉果は顔を赤らめて喪女に似合わない顔をする。
漆紀は顔を上げて、ハッキリ言う。
「ダメ。体で釣れるもんでもないからな。種族が違うんだって。俺は竜で竜王の力を持って生まれた。人間相手じゃ無理。わかる?」
「……諦めたわけじゃないから」
吉果はため息を吐くとブラジャーを付け直して服を着る。
「お前、なんで急にこんなことを」
「自分が空を落ちる者に対して、あなたは空が飛べる。これが運命じゃないならなに?」
それだけ言うと吉果は名残惜しそうに、かつ悔しそうに部屋から出ていく。
「……面倒臭い女枠が増えちまった。なんでこうなった」
漆紀は困惑しつつ気を取り直してコンビニで買ったものを取り出すのであった。




