ホテル到着
漆紀達がやってきたホテルは長浜市の中心ビル群の一角にある場所であった。それなりに大きいホテルで十五階建てであった。
「へえ、結構大きいホテルだな」
「ええ」
「Oh……good」
三人はホテルへ入って行くと、エントランスには他の学徒会のメンバー達や夜巳がソファーに腰掛け待っていた。
「お、漆紀殿も来ましたか」
小太郎が漆紀を出迎えるが、漆紀は周りの様子を見る。学徒会メンバーは全員集まっているが、それは輝雷刀を除いての話であった。
「ああ、ホテルに来ましたか。今日一日、私がいないっていうのはどうでしたか?」
ソファーから立ち上がって彩那が漆紀の方へと歩み寄りつつおどけた顔でそう問うてくる。
「お前と会う前と同じだ。別に特別なことじゃない」
「そうですか。私がいなかったというのに大した思いはないと。へー……」
「なんだよ、そんな覗き込んで」
彩那が漆紀を覗き込むと、ふと脇から茶髪のゆるふわカールの女子学徒・石火矢陽菜が顔を出してくる。
「な、なんですかあなたは……」
「彼の心、読んであげよっか?」
心が読める能力を持つ陽菜が彩那にそう提案をしてくると、真っ先に彩那は首を縦にぶんぶん振って肯定する。
「おい待て」
「じゃあ読むよー」
陽菜はわざとらしく右手で輪っかを作り、それを漆紀の顔に当てはめながら彼を見る。
「うーん……よかったねー君。彼、結構内心では安心してるよ。かなり嬉しいみたい」
「へぇー……竜王様ぁ~、大した思いあるじゃないですか」
「……よし、じゃあ逆に彩那の心を読んでくれ」
「え?」
「いいよー、読んじゃうねー」
陽菜は彩那の方を見て右手を伸ばす。
「うん、うん……やばいね。君メンヘラっていうか、愛が重いなぁ……愛と業が深いねぇ。たかだかこんなことでめちゃくちゃキュンキュンするとかやばいよ」
「なぁっ……な、なんですかあなたは!」
「人の心を読めと言ったくせに自分が読まれたらそれぇ? わたし、もっと読んじゃうよー?」
「やめてください!」
彩那が陽菜の肩を掴んでブンブン振るが、陽菜は意地悪そうに笑みを浮かべてニヤッとする。
「おいおい、なにをやってるんだい?」
様子を見兼ねた輝雷刀が彩那と陽菜の間に割って入る。
「会長、この人が人の心を暴くんですけど!」
彩那が輝雷刀に抗議すると、輝雷刀は冷静に返す。
「まあ、彼女は心が読めるからね。さて、君達には部屋を割り振らなければいけない。これ、部屋の鍵だよ」
輝雷刀は彩那と陽菜にホテルの部屋の鍵を手渡す。
「会長、チェックインは終わったのか」
「ああ。団体客だしちょっと手間取ったけどね。はい、君の分の鍵だ」
漆紀は鍵を受け取り、鍵の番号を見る。番号は五百八番。
「あ、竜王様。五百八番ですね、覚えましたよ」
「おい、しれっと見て覚えるな。また部屋に来て面倒臭いことをしてくる気か」
「む~っ……それより、今日のホテルは食事が楽しみですね」
「そうだな……」
輝雷刀は学徒会メンバーや夜巳に鍵を手渡すと、一同に「みんな、来てくれ」と言って集める。
「食事はもう用意してあるらしいから、部屋に荷物を置いてから自由に食べてくれて構わない。食事はホテル二階の食卓の間で食べれるから、みんな自由に来てくれ」
そう言うと全員が解散し、それぞれ部屋へと向かって行く。階段、エレベーター各々好きに移動して部屋へと向かう。
漆紀はエレベーターに乗ると、五階で降りて五百八号室へと鍵を開けて入る。
「ふぅ……今日は暑かった……汗も結構掻いたな」
漆紀は荷物を置くと上着を脱ぐ。
「食事の前に汗を流すか……」
先に軽くシャワーを浴びる事にした。
服を脱いで全裸になり、そそくさとシャワールームでシャワーを浴びて汗や脂を落とす。
シャワーを終えるとバスタオルで乱雑に髪の毛を拭き、ヘアゴムで前髪を纏めて鬼の角のような形に整える。
「よし……行くか」
リュックサックから着替えを取り出して着替えると、漆紀は携帯電話と財布だけを持って部屋から出る。部屋の鍵をかけて、再びエレベーターに乗って今度は二階を目指す。
二階に降りると、既にフロアから食欲をそそる料理の匂いが漂って来る。
「食卓の間……あそこか」
漆紀は食卓の間と表示のある扉を開けて中に入ると、広々とした空間が広がっていた。
長テーブルが繋げられており、そのテーブルには料理が置かれている。バイキング形式のようだ。
「へえ……旨そうだ。食い放題ってことだもんな」
漆紀はプレートを取り、そこへと料理を取っていく。
料理は琵琶湖の素材を使った様々な料理が並んでいた。ビワマスのカルパッチョ、ホンモロコの酢漬け、フライドポテトとアメリカナマズのフライ、ニゴロブナの煮付け、近江牛の焼肉、その他にも様々な料理が並んでいた。
どれも食欲をそそる料理の数々である。
「よし、これで良いか。さて、どこに座る……」
広間の中央辺りで、彩那が手招きして激しくこっちへ来いとアピールする。
漆紀は彩那の方へと行き、席に座りテーブルにプレートを置く。
左に彩那、右に小太郎がおり、向かい側には舞香、陽菜、そして喪女と呼ぶべき黒く暗い雰囲気を纏う陽本吉果がいた。
既に小太郎が舞香や陽菜と話をしていた。吉果は話に混ざれず終始無言でゆっくりとビワマスのカルパッチョと食べている。
「何の話をしてたんだ小太郎」
「今日行った場所についてでござるよ。漆紀殿は月守嬢と行動してたようですな」
「ああ。ナガハマタワーと竹生島って島に行った。まあ、日頃見れないものが見れて良かったぜ」
「そうですかそうですか。拙者は陽本嬢とブライアン殿と共に行動してたのですが、長浜の店をひたすら巡ったり、カラオケに行って涼んだりでしたな。そうですな、陽本嬢」
小太郎が吉果に話を振ると、自分に話が振られるとは思っていなかったからか吉果は「えぇ?」っと困惑を見せる。
「ええっと陽本だっけ。あんたもしかして、コミュ障か?」
漆紀がさらっと問うてみると吉果はボサついた髪の毛を揺らしながら頷く。
「ならあんまり話は振らない方が良いかもな……いやでも交流会だしやっぱなんか話した方が良いか?」
「陽本さんは会話が苦手なのよ。やめてあげて」
舞香が食事を口にしながら静かにそう言うと、陽菜は楽しそうに笑う。
「話せないならわたしが吉果ちゃんの心を代弁しといてあげるよ。えーっとなになに……ああ、話したい気持ちはあるけどコミュニケーション苦手だから許しってって感じ」
「読心能力大活躍だなおい。そうか」
吉果は陽菜に代弁して貰うと、黙々と食事を摂る。
「しかし漆紀殿、陽本嬢はカラオケでは見事な美声を発揮していましたよ」
「カラオケ行ったって言ったな。他にはどこ行ったんだ小太郎?」
「さっき言った通り店を巡ったのですよ。ソフトクリームが旨い店とか、ジャンクフードの店とか色々……」
「お前が楽しかったなら良いよ。えーっと、その……」
漆紀が陽菜の名前を思い出せず言葉に詰まると、心を読んだ陽菜が「あ~」と声を漏らす。
「わたしの名前、石火矢陽菜ね。石火矢。石に火、そのあと矢で石火矢」
「石火矢先輩、あんたはどこへ行ってたんで?」
「会長と九十九君と一緒に色々回ったよ。湖岸も歩いたし、あとは長浜の城下町の辺りを歩いたり……あと、鉄砲博物館にも行ったかなぁ」
陽菜が今日一日の行動を振り返りながらそう語る。
「鉄砲博物館ってなんだよ?」
「あれ? 知らないのかな辰上君は。この長浜の街って、昔有名な鉄砲鍛冶屋さんがいてねえ、その人が率いる鍛冶集団が作った様々な鉄砲がある博物館なんだよねー。国友鉄砲って言うんだけど、知らない?」
「知らねえ。歴史には詳しくないからな」
「私は知ってますよ竜王様。国友鉄砲、有名ですよねー」
「拙者も知ってます。国友鉄砲は戦国時代におけるAKみたいなもんですからな」
小太郎のAKという例えが分からない漆紀は首を傾げる。
「ところで……この料理、琵琶湖でとれたもので作ってるんだよな。これ、煮付け旨いな」
「拙者はホンモロコが好きでござるな」
「私はお魚ならなんでも美味しいですよ竜王様」
小太郎と彩那は魚料理に満足している様子であり、向かい側を見ると舞香はカルパッチョを指差す。
「このビワマスのカルパッチョが美味しいわね。昼にも食べたけど、私はこれが好きだわ」
「わたしは無難に近江牛かなぁ。あ、吉果ちゃんは舞香ちゃんと一緒でカルパッチョが好きだって」
陽菜が吉果の代弁をしつつ自分の好みを言うと、漆紀は自分のプレートに取った近江牛の焼肉に目を落とす。
「近江牛か……そういうブランド牛とか、よくわかんねえんだよな」
漆紀は箸で近江牛を取り、口に運ぶ。
口の中で牛の脂の旨味が広がり、塩がしっかり効いていて漆紀は直球に「旨い」と思う。
「うん、近江牛も旨いな」
漆紀はそう感想を零すと、陽菜が「なかなかでしょ」と共感を示す。
食事を味わいながら、漆紀は面々に視線を送る。
「……まあ、楽しいもんだな。交流会」
ふとそんな言葉を漆紀が呟くと、一同は同意を示した。
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漆紀は食事を終えて部屋に戻ると、ベッドに飛び込む。
それからしばしベッドに沈み込んでいると、段々と眠気が襲って来る。クーラーの利いた部屋、心地が良くて漆紀はそのまま意識を眠気に任せた。
夏の暑い中、一日中動き回っていたのだ。眠りに入るのに、さして時間はかからなかった。




