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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第三章 星空の街へ

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5. 攫われました

※本エピソードには暴力・ショッキングなシーンが含まれます。苦手な方はご注意ください。

 チェラシュカが目を覚ますと、見知らぬ床が目に入った。起き上がろうとするものの、手足を縛られているようで満足に動くことができない。

 視線を動かしてみれば、無機質な白い壁と天井が目に入る。


 

 ――ラキュスたちが妖精狩りと戦っていたのを見ていたはずだけれど……ここはどこかしら。



 チェラシュカが記憶を辿っていると、その場に居た誰かの動く気配がした。

 

「起きたのか、妖精の女」

 

 刈り込まれた黄緑色の髪が特徴的なその人物は、チェラシュカの目の前にしゃがみこむ。

 

「ふうん……見目も悪くねえし物好きには売れるかもしれねえな」

「他にも妖精は居てますし、こいつは別のルートで捌いたほうが得なんじゃないですかねー」

 

 背後から聞こえてきた声に身を固くすると、目の前の人物が鼻で笑った。

 

「なにもお前のことを取って食おうってわけじゃねえ。ああいや、ある意味食うのかもしんねえな」

 

 はははと笑いながらそう話す黄緑髪の人の隣に並んだのは、濃い灰色の髪を一つにまとめた人物だった。

 

「あ、君、俺らが何者かわかります?」

「……」

「わかんない? 別に怖くて喋れないわけじゃないですよね」

 

 妙に見透かしたような目を向けてくる灰色髪の人に無言を貫いていると、急に立ち上がった黄緑髪の人がチェラシュカの目の前にがんっと足を下ろした。

 

 突然のことに驚いて肩が跳ねたものの、自分が踏まれたわけではないのだからと心を落ち着かせる。

 

「へえ……、お前肝据わってんのな。でもさすがにあれには耐えられねんじゃねえか?」

 

 そう言った彼は、隣の灰色髪の人に向けて顎をしゃくった。

 

「はいはい、わかってますよー」

 

 何らかの指示が出されたであろう彼が一瞬消えたかと思うと、すぐに何かを持って現れた。彼が持っていたものが何かを頭が理解する前に、答えを告げられる。

 

「はい、枝切り鋏の登場でーす」

「貸せ」

 

 黄緑髪の彼が灰色髪の彼から枝切り鋏をひったくると、しゃき、しゃき、と切れ味を確かめるかのように持ち手をもって刃を動かした。

 

 日常生活で紙を切るときに使うような鋏とは違い、生き物の腕でも切ってしまえそうな大きさのそれに、チェラシュカは緊張を覚える。

 

「お前、これからどんな目に合うかわかるか?」

「……」

 

 なおも無言を貫くチェラシュカの目の前に、黄緑髪の彼は焦れてきたのか鋏の切っ先を突き付けた。

 

「なあ、なんか喋れよ」

「あんまこの人怒らせない方がいいですよー」

「てめえもイラつくんだよ!」

 

 大きな声でそう言った彼は、閉じた鋏の柄を片手で握り灰色髪の人の腕に躊躇なく突き刺した。

 ブスリという音と、うわっ! という驚いたような声。

 彼は刺した鋏を捻った後勢い良く引き抜き、あたりに鮮血が飛び散った。

 

 チェラシュカは思わず目を瞠る。物語の中だって、こんなことをする人は出てこなかった。

 自分の顔にもいくらか血飛沫がかかった感触があり、目の前のやり取りが現実であることを実感させる。

 

「ちょっともー、俺のことは刺さないでくださいよー。痛いなもー」

 

 軽い口調で話す灰色髪の人は、腕に空いた穴とだらだらと流れ続ける自身の血に目を向けた。そのままサッと一撫でし、怪我を塞ぐ。

 

「まあ君もわかりましたよね、今からこういうことをされるんですよー」

「……あなたたちは妖精狩りではないの?」

「お、喋った。はい、君らの言うところの妖精狩りですよー。君たち妖精を捕まえています」

「……あなたたちは魔力を搾り取ると聞いたわ。身体を刺せば血とともに魔力が流れ出てしまうのではないかしら」

「はっ、そりゃそうだな。安心しろ、血は流れねえ。ちょっと羽を捥ぐだけだ」


 なるべく落ち着いて話そうと思ったものの、羽に触れられることを想像しただけでゾワゾワと嫌な感覚が背を這い上がる。

 

「そうしたら痛みで簡単には逃げられなくなりますよね。誰も君のことを助けに来たりなんかしませんから、大人しく捕まっててくださいねー」

「ああそうだ。いいな、その調子でもっと恐怖しろ、もっと絶望しろ」

 

 そんな言葉を投げかける黄緑髪の人は、どこからか椅子を取り出すとチェラシュカの近くに置いた。どかりとふんぞり返るように深く座り、放り投げるような動きで足を組む。

 

 ニヤニヤと笑いながら見下ろしてくる彼らは、これまでに出会った妖精狩りとは何かが違うように感じる。それとも、こちらが知らなかっただけで魔力を搾り取ること以外に目的があったのだろうか。

 

「うーん、もうちょっと恐怖膨れませんかねー」

「お前、先に食うなよ。あと、捥ぐのは二枚までだからな」

「わかってますって。やりすぎると死にますし」

 

 彼らのやり取りに、もしや、とチェラシュカは思った。

 恐怖を食べる、そして魔法で転移を行う相手と相対するのは二度目だ。彼らは恐らく――。

 

「魔人……」

「お、気付きましたか。だいせいかーい。そんな君にはとびっきりの恐怖をプレゼントしまーす」

「お前そのノリなんとかならねえのか」

「ならないですねー」

「もっぺん刺すぞ」

「ちょ、勘弁してくださいってー」

 

 わちゃわちゃと仲良く話す彼らであったが、内容はかなり物騒である。

 

 彼らが魔人ということは、チェラシュカの負の感情を糧にしようとしているのだろう。以前出会った魔人は恐怖のみを対象にしていたようだが、彼らはどうだろうか。

 

 どうにかして逃げる隙を見つけなければ、と様子を窺っていると、不意に灰色髪の魔人がこちらを向いた。

 

「というわけなんで、覚悟してくださいねー」

 

 そう言った彼は、チェラシュカの一番外側の右羽を鷲掴みにした。

 

「い゙っ……」

「んー、この布ちょっと邪魔ですね、よいしょっと」


 じゃき、じゃき、と布を切るような音が聞こえる。チェラシュカからは見えないが、恐らく羽の上半分を覆っていたケープを切っているのだろう。

 

 結構気に入っていたのにと思うものの、何を言おうとやめてくれるはずもないため、身を固くしてやり過ごす。

 

 しばらくすると背中にヒヤリと冷たい空気が触れ、自身の羽の根元を覆うものが無くなってしまったのだと分かった。

 

「そんままずたずたにしてやれ」

「はいはーい」

 

 近くに散歩にでも行くような気軽さで、彼は鷲掴みにした羽に鋏を振り下ろした。

 

「っああ!!」

 

 羽に走った鋭い痛み。

 チェラシュカは、思わず漏れた声を抑えようと唇を噛んだ。

 

「よしよし。やっぱ甚振(いたぶ)られる奴ってのはこうでねえとな。お前、下手に魔法なんか使ってみろ。二枚と言わず全部(むし)ってやるからな」

「やっと感情に揺らぎが見えてきましたねー。もっとやっちゃいますよー」

 

 ざく。ぎぎぎぎ。

 

「うっ!?」

 

 どうやら鷲掴みにした羽を床に押さえつけ、その上から鋏を刺してそのまま引き裂くように動かしているようだ。金属が床と擦れる不快な音が鳴り響き、焼けるような痛みに頭が真っ白になる。

 

 ざく。ぎぎぎぎ。ざく。ざく。ぎぎぎ。

 

 チェラシュカが苦悶に呻く声を上げる中、魔人たちが楽しげに話す声が聞こえてくる。

 

「やっぱ恐怖は新鮮なもんに限んな」

「この調子でもっと悲しんだり憂鬱になったりしてもらいたいもんですねー。君、俺らの声まだ聞こえてますよね? 君は俺らに甚振られて、一生魔力を搾り取られて生きていくんですよー」

「飽きたら金持ちのヒト共に売ってもいいかもな。見目の良い妖精を飼い殺しにしてる奴もいるし、金が増えると俺様たちの食糧も増えるってもんよ」

「魔力を集めたいのは上の奴らだけですもんねー」


 チェラシュカは必死で痛みに耐えながら、彼らのどんな情報も聞き漏らしてなるものかと頭を働かせていた。

 どうやら妖精狩りは、魔力を集めるだけでなく人身売買も行っているらしい。組織自体も一枚岩ではないようだ、と心のメモに書き込んでおく。

 

「この前来たヒトなんかは、日替わりで違う妖精を抱いてんだとよ」

「うわー、趣味悪。娯楽がそれしかない下衆はやることが一辺倒ですねー」

「だな。野生動物と変わんねえだろ」

「しかもそれって、記憶操作とかしてないと魔力が流れる際に激痛が走るんですよね?」

「ああ。いくらふっかけても払うっつーから仕方なく処理してやったが、あんな人形みてえにして何が楽しいんだか。もうあいつは客にしねえ」

「愚かな欲の満たし方ですねー」

「感情を糧にできねえ時点で、他種族共は劣ってやがるからな」

 

 彼らの話し声を耳にしながら、なんとか意識を保とうと自分を奮い立たせる。

 

 このままただ嬲られて痛みに喘ぐだけでは、目の前の魔人たちの思う壺である。

 できるだけ平常心を保つようにして、彼らが喜ぶ材料を与えないようにしなければ。

 

 彼らの話は意味が分からない内容も多いが、痛みを紛らわすには丁度いい。

 

「なんだ? まだ助かる見込みがあると思ってんのか?」

「えー、ちょっとちょっと、もっと沈んでくれないと」

 

 ざく。ぐりぐり。

 

「うぅ……い゙っ……」

「ちょっと反応が悪くなってきましたね。起きろー」

 

 彼はそう言いながら、チェラシュカの頬を空いている手の平でぺちぺちと叩いた。

 

 羽に与えられる痛みと比べればそよ風のようなものだったが、痛みに耐えて熱くなっている頬には、その手の温度がやけに冷たく感じられた。


「うーん、もういいですかねー」

「お前マジで気が短えな。そこはじわじわと痛めつけるところだろうがよ」

「でもなんか、飽きてきちゃいましたしー。あ、手足とか腹とかやります?」

「だから下手に穴開けると扱いが面倒つってんだろうが!」

「あー、そうでした」

「ぅあ゙っ」


 彼らは話しながらチェラシュカの羽を裂き続けていたが、羽が取れかけているのか、まるで身体が二つに裂かれるかのような痛みに襲われる。

 

「あ、やっちゃいましたー」

「はあ!? お前はほんとによぉ」


 椅子から立ち上がった黄緑髪の彼は、チェラシュカの前にしゃがみこむと、取れた羽を摘まんで目の前でぷらぷらと揺らして見せてきた。

 

 正直、穴がたくさん空いてずたぼろになったそれを見ても、自分のものだという実感はない。ただ背中の痛みだけがそれを現実だと知らせていた。


「無残なことになっちまったなぁ? 反対側もじきにこうなるからな」


 楽しくて仕方がないといった表情でそう告げた彼は、摘まんでいた羽に魔法で火をつけた。煌々と燃える火は、チェラシュカの顔を照らしながら一瞬で羽全体へと広がる。

 

 しばらくすると全て灰になり、跡形もなくさらさらと消えてしまった。

 チェラシュカは、その様子を息を呑んで見つめることしかできない。

 

「もっとなんかなー……、あ、直接燃やしてみます?」

「お前は馬鹿か」

「えー? じゃあ凍らします?」

「お前なぁ! 調整がしにくいことをすんなつってんのがわかんねえのか!? これだからガキはよぉ」

「確かにまだ八十年しか生きてませんけど、もう奉納は済んでるんですよー」

「はっ。掟破りよりは一人前だって言いてえのか」

「そりゃそうですよー」


 はははと笑いながら灰色髪の彼はチェラシュカの反対側の羽を一枚掴み、ぐしゃりと握り潰した。


「んぐぅっ」

「ねえ君知ってます? 俺ら魔人ってね、生まれてきたら、負の感情を集めて魔王様に捧げないといけないんですよー」

「っ……」

「ま、俺らみたいなのが直接会えるような相手でもないんで、その部下の部下らに渡すんですけどねー」


 他愛の無い世間話をするようなトーンだが、羽を痛めつける手は止めていない。

 

「で、負の感情ってのも色々あるじゃないですかー。怖いー、とか、悲しいーとか。そういうのを百個ずつ集める必要があるんですよー」

「ついつい食べちまうから貯めておけねえんだよな」

「そうなんですよねー。けどこの組織に入ってから、めちゃくちゃ捗るのなんのって」


 彼はにこやかに笑みを浮かべながらざくざくと羽を刺しており、チェラシュカはひたすら歯を食いしばる。


「それで、先週やっと全部奉納し終わったんですよー。ね、すごいですよね」

「基本魔人は群れねえからな。ただ、時には手を組んだ方が目的を達成しやすいこともあるってこった」

「君もすごいと思いますよねー? 褒めていいんですよー」

「あっはっは! 痛めつけてる相手に褒めろなんざぬかすたぁ、やっぱお前いかれてんな」


 何がおかしいのか、黄緑髪の彼は大口を開けてげらげらと笑っていた。


「急に腕ぶっ刺すセンパイほどじゃありませんよー」

「あ? 頭に穴開けんぞ」

「おっかないこと言わんでくださいよー」

「お前いい加減黙れ」

「すみませんて。ほらー、君のせいで怒られたじゃないですかー。褒めてもくれないし、腕もだるくなってきたし、もうやっちゃいますねー」

 

 はぁーあ、とあからさまな溜息をついた彼は、ぐいっと力任せに羽を引っ張ったらしい。

 急に背中が引っ張られる感覚がしたかと思えば、ぶちっと引き千切れるような音がした。

 

「~~~~~~~っ!」


 チェラシュカは背中を切り裂かれたかのような感覚に陥り、声にならない声を上げた。

 痛みのあまり涙が滲む。視界はぼやけ、目は見開かれているのに何も見えない。はくはくと勝手に口が動くが、呼吸がまともにできない。


「そうそう、それですよー。やっと腹に溜められそうです」

「おい、根元をやりすぎだ。魔力が流れてるだろうが」

「おっと。いやー、うっかりうっかり」

「マジで雑過ぎんぞ」

「次はちゃんとしますねー」

「お前いつか痛い目見っからな」


 はいはーい、と言いながら彼はチェラシュカから捥ぎ取った羽を、こちらに見えるような位置で燃やした。

 

「仕方ねえな、今日はこの辺にしとくか」

「そうですねー。じゃあ次は、この前捕まえたあの部屋のやつはどうですか?」

「悪くねえな」

「じゃあそうしましょう。あ、こいつこのままで大丈夫ですかねー?」

「大丈夫だろ。ちと勿体ねえが、今は魔力抽出器の空きもねえしな。こんだけ魔力が流れ出てりゃ、流石にしばらくは動けねえよ」

「ですねー」

 

 彼らの声が遠ざかっていく。

 今のうちになんとかして逃げなければ――そう思うものの、手足に力が入らない。瞼も重い。

 

 何か魔法を使おうにも、焼き(ごて)でも押されているかのような背中の痛みが集中力を欠く。

 熱を持つそことは対照的に、手足からは血の気が引いていくのを感じる。

 

 

 ――私、このまま死んでしまうのかな。シュシュとの約束、守れなかったな。


 

 そんなことを考えながら目を閉じると、脳裏には仲間たちの顔が浮かぶ。


 

「……ラキュス」

 届くことがないと分かっていても、呼んでしまう。

 

「レオニクス」

 どうしようもない心細さから、縋ってしまう。

 

「ストラメル」

 その頼もしい背中を、願ってしまう。

 

「ティンナトール」

 優しい声を、期待してしまう。


 

「会いたい」


 

 チェラシュカの口から零れたその想いは、静寂の中に溶けていった。

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