4. 敵は突然現れます(挿絵有)
朝、宿を出たチェラシュカたちは、これまでと同じように次の町へ向かって歩いていた。
最近は歩くときの並びをコロコロと変えており、この日はチェラシュカの前にラキュス、レオニクス、ティンナトールが、隣にはストラメルが居る。
針葉樹に囲まれたこの道は、半ば森の中と言っていいほどで、先程まで滞在していた街は恐らく森を切り拓いて作られたのだろう。
「……皆さん、止まってください」
不意にティンナトールが声を上げた。どことなく面倒そうな――外で食事をしていたら虫が集ってきたときのような言い方であった。
「なんすか?」
能天気なストラメルによる問いかけへの答えは、言葉ではなく視覚的に見える形で表れた。
ドシャ! という大きな音と共に十歩ほど先に降ってきたのは、大きな網である。
もしティンナトールの言う通り足を止めていなければ、全員が頭から被ってしまっていただろう。
何事かと思い上を向けば、網の近くの木の上に三人の人物が居た。
それぞれ身に付けているのはカラフルなシャツや焦げ茶のマント、サスペンダー付きの半ズボンなど服装はバラバラで、見た目からして獣人や妖精ではなさそうだ。
「あれ、外れちゃった」
「このノーコンやろー」
「ばーかばーか」
「うるさいな、次あんたがやりなよ」
その三人は軽い口調で話しているが、目的がなんであれ敵であることには間違いないだろう。
「まあいっか」
そんな一言と共に複数の火球がこちらへ向かってきた。
即座にラキュスがチェラシュカたちを囲うように水のドームを展開する。
相手の放った攻撃はドームにぶつかり、ジュワッと音を立てて消えた。
一歩前に出たレオニクスが声を張り上げる。
「何だお前ら! 危ねえじゃねえか!!」
彼らはただ不敵な笑みを浮かべるばかりで返事はない。
「今あいつら鼻で笑ったっすか? ムカつくんすけど」
「笑われるようなことをしたのですか? 見逃してしまいました」
「してないっす!」
ストラメルとティンナトールが話している間も、相手は火球を放ってくる。全てドームに当たり消えているが。
「一体なんなんだ」
「無言で攻撃とか気味わりぃ奴らだな」
「迷惑ね」
「火しか打てないんすかね」
「芸が無いですね」
視線は相手に固定しつつ、チェラシュカたちは顔を寄せ合ってひそひそと話す。今のところ脅威ではないものの、油断せずに様子を窺う。
「聞こえてるんだけど!?」
「気味悪くねえわ!!」
相手が声を荒らげた。思ったより声を潜められていなかったようだ。
そこへ今度は電撃が飛んできた。ドームに触れた瞬間にドーム全体が激しく明滅し、バチバチと音を立てる。あまりの激しさに、一瞬目が眩んでしまう程だった。
相手はこの水のドームが電気系統の魔法に弱いと気付いたらしく、更に電撃を放ってきた。
顔を歪めたラキュスが、ストラメルの背をトンと叩く。
「わかってるっすよ」
そう言ったストラメルが防御結界を張り、それを確認したラキュスがドームを解除した。直後にビビビッと電撃が結界に当たるも、中には及ばない。
「……どうする」
「オレが斬撃でやろうか?」
「それだとレオニクスが一人結界の外に出ることになるでしょう? 危ないわ」
「俺も遠距離攻撃はあんまりなんすよねー」
「では、とりあえず意識を失わせ、」
ティンナトールの言葉を遮るように、地面が大きく揺れた。かと思えば、地面に小さく亀裂が入る。
「チェリちゃん!」
レオニクスがチェラシュカとラキュスを抱え、サッと後ろに跳んだ。
ストラメルの張った防御結界の外に出てしまったが、結界の中では大きく地面が盛り上がり、その中からゴツゴツとした岩が突き出ている。あの中に居れば無事では済まなかっただろう。
「結界を張るのであれば、底面を含めて全て張った方がいいですよ」
「うっかりしてたんすよ! ってか後から言うなっす!」
ストラメルとティンナトールは、結界を張っていた場所の向こう側に避難したようだった。
元気そうなやり取りに胸を撫で下ろす。
あの岩は結界を突き抜けたわけではなく、結界を張りそこねていた部分を狙ってきたらしい。
敵は木の上から軽やかに地面に降りると、こちらを見て小声で何かを話している。決して居心地の良い視線ではない。
「! あいつら、妖精がどうのって言ってんぞ」
ピンと耳を立てたレオニクスが声を潜めてそう言った。やはりというかなんというか、またもや妖精狩りに出くわしてしまったらしい。
不意に、敵の一人が「仕方ないなー、よいしょっと」と言いながら空中から何かを取り出すような仕草をして――ぐにゃりと歪んだ空間から引きずり出されたのはヒトだった。
「はあ!?」
レオニクスが大声を上げる。
想定外のものが出てきてしまい、チェラシュカの目が釘付けになった。
敵はぽいぽいと籠の中を漁るかのように、その空間の中からヒトや獣人を引きずり出してはその辺に軽く放っていく。
そんな雑な扱いにも慣れているのか、放り投げられた人々は軽く受け身を取ってはすぐに立ち上がり、あたりをきょろきょろと見回している。
彼らはよく見ると武器を持っており、チェラシュカたちに目を留めると「次の獲物だな」と言ってじりじりと近寄ってくるではないか。
瞬く間に敵が倍……どころか十人以上に増えてしまっていた。個々の戦闘力はわからないが、単純に数で言うと不利な状況だ。
「何人居ようとオレがぜってえ倒す」
レオニクスはそう言うと、獣化して軽やかに敵の方へ駆け出していった。それを見送ったラキュスが、チェラシュカへ真剣な眼差しを向ける。
「チェリはここに居ろ。いいな?」
「ラキュスは?」
「俺はここからみんなをサポートする」
「……わかったわ」
少なくとも前衛向きではないチェラシュカが、前に出るべき場面でないのは確かだ。
少し離れた場所では、ストラメルは「先にやってきたのはこいつらっすもんね!」と言いながら意気揚々と敵に蹴りを繰り出し、ティンナトールはストラメルが蹴飛ばした敵の手足を氷漬けにして動けなくしている。
獣化したレオニクスが手前に居た敵に飛びかかって押さえつけ、前腕で周りの敵を一気に薙ぎ倒す。
戦闘を経る度に彼の動きは軽快になっており、のびのびと戦えるようになっているような気がする。
チェラシュカは近接戦闘についてはよくわからないが、彼もきっとストラメルから良い影響を受けているのだろう。
そう考えていると、彼の背後から別の敵が武器を振りかぶろうとするのが見えた。
「レオニクス!」
チェラシュカは思わず足を踏み出しかけたが、先にラキュスが敵の上に大量の水を降らせて敵の動きを止めた。
巻き込まれてびしょ濡れになったレオニクスが「おい! ラキュスだろこれ!」と怒声を上げているが、それを無視したラキュスにチェラシュカは押し留められる。
「オレが加勢する、チェリは動くな」
「私も空からなら、」
「相手は強い魔法を使ってくる。視界が開けた空より、隠れる場所の多い地上の方がいい」
――本当は自分も隣で戦いたい。でも……。
「……ここから動かない。気を付けてね、ラキュス」
「ああ」
彼はチェラシュカの頭をそっと撫でると、木陰に隠れながらレオニクスの方へ少しずつ移動していく。
決して身体能力が高いとは言えない自分が、前に出て彼らの足手まといになるわけにはいかない。
適材適所よ、とチェラシュカは自分に言い聞かせる。
魔力の多いラキュスが水魔法で広範囲を攻撃するのに向いているのに対し、自分の魔法は――。
近くでガサリ、と草を踏む音がした。
振り向くと、嫌な目をした敵が二人。妖精を獲物としか見ていないとわかるような目だ。
チェラシュカが一人になるのを待っていたらしく、手を伸ばせば届きそうな距離に近付いてきている。
「今だ!」
「よし、捕まえ、」
チェラシュカは、自分の腕を掴もうとする敵の目をじっと見つめる。
「……!? お、おい、やめろ……」
――かかった。
突如バタリと倒れた敵一人に、もう一人が「な、なんだ? どうした?」と狼狽えている。
簡単に動揺を見せるあたり、あまり戦い慣れていないのかもしれない。
あなたの仲間は今悪夢を見ているところ――と告げることはせず、チェラシュカは心の中で先程見た氷漬けをイメージしながら、もう一人の敵を足元から凍らせていく。
「は!? お前、やりやがって……!」
苛立った様子の彼が、氷漬けから抗おうと獣化した。その足をほとんど覆っていた氷が、獣化と共にバリバリと割れる。だが――。
「あ、寒い……」
彼は蜥蜴の獣人だったようだ。獣化時のほうが動物の生態に近付くのか、身体は大きくなっても再び氷漬けにされてゆく足の冷たさに耐えられなかったようだ。
一般的に寒さに弱いとされる爬虫類の例に漏れず、敵は下半身が凍ったあたりで失神した。
「お間抜けさん……」
想定外の流れで敵が自滅してしまった。
人体がどの程度までの氷に耐えられるのかわからなかったが、蜥蜴の身体はもっとわからない。
「死なないわよね……?」
魔獣ならともかく、犯罪者でも人型生命体の命を奪う覚悟はない。
とはいえ、彼らはチェラシュカを捕まえることが目的だったからこそ対処できたのであって、殺す気で襲ってきていたらこうはいかなかっただろう。
チェラシュカは慣れない身体強化をしながら、悪夢を見て呻く敵をズルズルと引きずる。氷漬けを解除して倒れた蜥蜴の横に寄り添わせると、それぞれの顔、胴回り、足元を魔法を用いて土で埋める。
誰かが埋まっているとわかるように身体の一部は露出させているし、鼻と口は避けたので息はできるはず。これで目覚めても簡単には動けまい。
すっかり一仕事終えた気分だったが、ラキュスたちはまだ交戦中だ。チェラシュカはこちらに近付く敵がいないことを確認すると、ササッと元居た木陰に戻る。
――ラキュスは周囲の敵を尽く水没させているし、レオニクスは敵を切り裂いて戦意を失わせているわ。ストラメルは相変わらずボコボコにしているようだし、ティンナトールは蔦でぐるぐる巻きにしたり氷漬けにしたり炙ったり……彼が敵じゃなくて本当に良かったわね……。
ここからでもなんとか彼らの補助ができるかと思ったものの、チェラシュカが助力しなくとも決着はつきそうである。
そうやって戦う仲間たちをじっと見ていたからだろう。
背後から気配を消して近付く人物に、チェラシュカは気が付かなかった。




