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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第三章 星空の街へ

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3. 無計画ではありません

 おかしなグミに振り回された次の日。

 すっかり猫ではなくなったチェラシュカは、昼食後ソファに座ってじっとテーブルを眺めていた。

 

「……このままじゃいけないわ」


 コーヒーを飲んでいたストラメルが「なにがっすか?」と不思議そうに言う。

 やはり、と思ったチェラシュカは、彼だけでなくこの場に居る全員に伝わるよう意識して話しはじめた。


「少しの間だけ、観光のためにティンナトールの家に滞在するという話だったわよね」

「ん? おう、そうだったな」


 何かの手入れをしているレオニクスが相槌を打つ。恐らく仕事道具だろう。


「ここに来てどのくらい経っているかしら」

「……十日か」


 ラキュスが零した言葉に、ティンナトールが「と、十七時間ですね」と付け加えた。

 

「こまけえな」

「皆さんが寛いでくださっているようで、とても嬉しいですよ」


 ニコニコと笑う彼を横目に、チェラシュカは真剣な顔をする。


「そう。私たち、寛ぎすぎてしまっているわ」

「……なんか問題あるっすか?」

「それが大ありなのよ、ストラメル」


 普段の剣呑な雰囲気がすっかり溶けているストラメルの方を向き、ピシッと人差し指を立てた。


「私たちの目的を覚えているかしら?」


 そう問うと、彼は「……あ」と口を開けた。そしてやや気まずげな表情になる。

 

「お、オレはもちろん覚えてたぜ!」

「俺だって忘れたことは無い」

「そういえばあなたたちは旅の途中でしたね」

 

 わざとらしいティンナトールの声。一体何を考えてチェラシュカたちの長期滞在を許しているのだろう。

 兎にも角にも、それなりに観光もしたし移動し始めても良い頃合いだと思う。


 それにね、とチェラシュカは言葉を続ける。

 旅に出た当初は特に考えていなかったが、いよいよ目的地に近付いてきたことで意識に上り始めた重大な問題が一つ。


「星の降る日がいつなのか、わかっていないの」

「……無計画っすね」

「お前だって無計画についてきてんだろうが」


 ストラメルから計画性の無さを指摘されたものの、もともとゆっくりと時間をかけて行こうと思っていたので、チェラシュカにとってはさしたる問題ではない。


「私とラキュスだけなら、星空の街に一年くらい住んでも構わなかったのだけれど」

「どっ……、同棲ってことか!?」


 レオニクスの驚く声にチェラシュカは首を傾げる。ラキュスは普段通りの表情でお茶を飲んでいるし、ストラメルとティンナトールはなんだか微笑ましげだ。

 星が降るのは年に一度だそうだから、そうするのは当然ではないだろうか。


「レオニクスも、あなたさえ良ければ一緒に暮らしてくれたらと思っていたのよ」

「オレも……!?」


 細工師である彼は叶えたい夢があると言っていた。折角ここまで来たのだし、共に星を捕まえたい。それに、一緒に居てくれるならとても心強い。

 

「でも、ストラメルは無理でしょう?」

「……は? なんでっすか!?」


 彼は彼自身の目的も忘れてしまっているらしい。由々しき事態である。

 

「ストラメルはラクォラの(つがい)を探さなければいけないのだし、お仕事もあるのだから流石に一年も居られないでしょう?」


 そう伝えると、彼はしばしの沈黙のあと「そっすね……」と目を逸らした。

 

 長く過ごすほど離れるのも寂しくなるが、彼には彼本来の生活がある。もちろん共に居てくれれば更に心の安寧が増すが、彼の人生に影響を与えるような無理強いはできない。


「だからね、早く行かないといけないと思うの」


 そう告げると、ラキュスたちはすくっと立ち上がった。

 

「そうだな、早く行こう」

「おう」

「わかったっす」


 動き出した彼らを見て、チェラシュカも借りていた部屋に一旦戻ることにした。


 

 ◇◇◇


 

「お世話になりました」


 身支度をすっかり終えたチェラシュカたちは、ティンナトールにお礼を告げて彼の家を後にした、が——。


「なんでついてくるんすか?」

「何か問題でも?」

「普通の疑問っす」


 後ろから聞こえてくるのは、ストラメルとティンナトールの声だ。


「あなたたちと居ると面白そうなので」

「面白いってお前な……」


 呆れた声はレオニクスのものだ。

 隣を歩くラキュスを見てみれば、きゅっと目を細めて渋い顔をしている。


「お前が面白がりそうなことなんてそうそうねえと思うぜ?」

「それは私が決めることです」


 レオニクスに対し、ティンナトールはきっぱりと言い切った。彼は更に言葉を重ねる。

 

「あなたたちと過ごして、すっかり賑やかな生活に慣れてしまったのです。今更一人に戻れなんて酷いですね」

「寂しいとか思うタイプじゃねえだろ」

「ほんとっすよ」

「皆さんに快く寝床を提供した私にその仕打ちですか。お二人は随分と心が狭いらしい」


 ぬけぬけとそう言ってのける彼に、レオニクスとストラメルは呆れ顔だ。言葉を尽くしてチェラシュカたちを自宅に引き留めたのは彼なのだが。

 

「お前な……」

「いやいや、あんたが色々言うから……、」

「ぼったくりだの何だのと言って、あの宿に泊まり辛い空気を作ったのはどなたでしたでしょうね」

「……ちっ」


 二人をくるくると丸め込む……というか押し込めたティンナトールが「あなたたちは」と声をかけてきた。


「私が居ようと別に構いませんよね」


 ニコ、と笑う彼にラキュスがげんなりとした顔で溜息をついた。


 この研究者は初めからこうしてついてくる気だったに違いない。貸し借りについてきっちりしているチェラシュカたちの性格をよく理解した上で、明確に断る理由を挙げ辛い要求を持ち出したのだ。

 しかも、ストラメルのときに勝手についてきたらいいと言ったのはチェラシュカだ。であれば、ティンナトールがついてくることに対して誰が責められようか。


「仕方ないわね」

「……チェリがいいなら」

「はい。では、よろしくお願いいたしますね」


 こうして、ティンナトールを含めた五人で星空の街へ向かうこととなったのだった。

 


 ◇◇◇


 ティンナトールの家を出て二日後。

 チェラシュカたちはとある町の雑貨店で目ぼしいものがないか物色をしていた。


「チェリ、どれがいい」


 ずらりと並んだヘアオイルの瓶を前に、ラキュスがそんなことを聞く。一通り匂いを嗅いだチェラシュカは小さく唸る。

 

「……どれも素敵で絞れないわ」

「なら、これとこれだったらどっちがいい?」


 ラキュスが指した二つの瓶を見比べる。一つずつ手に取り、再度その香りを確認し――。

 

「そうね……それならこっちのラベンダーの香りかしら」

「ならそうしよう」


 ラベンダーの香りの瓶を手に取った彼は、サッと会計を済ませた。

 

「ラキュス、いつもありがとう」


 彼は頷くと、徐にチェラシュカの髪を一房掬って毛先をじっと眺めている。

 ときたま彼はチェラシュカの髪を乾かしてくれるのだが、旅に出てからはその時間が取れていなかったのだ。きっとそのせいで傷んでしまっているに違いない。

 なんせ、彼の手入れの丁寧さはチェラシュカと比べ物にならないのだから。


「……チェリは俺が居ないとだからな」

「ふふ。またお願いね」


 

 ◇◇◇


 

 更に二日後。

 道中の村で工芸品を作っている工房があると聞き、折角なのでと訪れてみた。

 

「これが螺鈿細工……」


 その目に映している螺鈿細工のように、瞳を輝かせるレオニクス。そんな彼の横顔に、チェラシュカは声をかける。

 

「キラキラしていてとっても綺麗ね! レオニクスはこういう装飾品を作ることはある?」

「あんまねえかな……。オレが作んのは実用的なモンばっかだし」

「そうなのね。でも、器用なレオニクスならなんでも作れそうだわ」


 すると、彼は破顔して「へへっ」と零したあと、視線を手元に置いたまま問いかけてきた。


「……チェリちゃんはこういうので欲しいモンあんのか?」

「どうかしら……でも、レオニクスが作ってくれたものならきっとみんなに自慢しちゃうわ」

「え」


 驚いた顔の彼を見ると、悪戯に成功したような気持ちになる。

 

「うふふ、おねだりしちゃった。なんて、無理だったらことわ、」

「む、無理じゃねえ!!」


 全て言う前に否定された。が、その勢いが嬉しい。

 

「やった。そのときはもちろん対価を支払うから、レオニクスもきちんと言ってね?」

「そんなのいらねえって」


 遠慮されてしまった。彼の性格を考えれば予想はできたことではある。

 

「そうね、お金はちょっと生々しいものね。なら代わりに何が欲しい?」

「え? チェリちゃん……」

 

 名前を呼ばれたので何か言うのかと思い待ってみるが、彼はぽやっとした表情のままだ。

 

「……?」

「じゃ、なくて!! あ、いや、じゃなくもないけど、えーっと!」


 急に慌てだした彼を見て、チェラシュカはくすりと笑う。

 

「まあいいわ。またそのとき、ね?」

「……おう」



 ◇◇◇


 

 更に五日後。

 チェラシュカたちは、なだらかな丘をのんびりと歩いていた。目の前には青々とした草原が広がっている。


「ヒツジ! 本物のヒツジがたくさん居るわ!」

「メエエエエ」


 むしゃむしゃと草を()むヒツジたち。

 チェラシュカは思わず駆け寄って、その姿をじっと見つめる。草原ならではの緑の匂いは、彼らにとって美味しそうに感じられるのだろうか。

 どこを見ているのだかわからない表情が、なんとも可愛く見える。

 

「ねえ、この子はなんて言っているの?」


 早足で追いかけてきてくれたストラメルに尋ねた。

 

「草美味いーって言ってるっす」

「まあ。たくさん食べるのよ」

「メエエ!」


 元気の良い返事に心が和む。その身体を覆う白いふわふわに、手がうずうずする。

 手を胸の前で構え、視線をその背から外さないままチェラシュカは問う。

 

「……触ってみてもいいかしら」

「こんな近付いても平気なんすから大丈夫っすよ」

「なら失礼して……」


 そっと手を伸ばしてその白い背に触れる。ヒツジは特に反応もなく、ただ草を食べ続けている。


「ふわ……? もこ……?」

 

 思ったよりもやや固いような。同じように手を伸ばす彼の遠慮のない触り方を見て、チェラシュカも少し大胆に手の平全体を沈めてみる。

 

「あ、なんだかちょっと……」

「しけってるっすね」

「ええ、思ったよりしっとりしているわ」


 毛に埋もれた指が少しずつ熱を持つ。これが衣服になるのだから、当然温かいわけである。


「メエエ」

「……あ、やべ。逃げるっすよ!」

「へ?」


 ストラメルが急にチェラシュカの腕を掴んで駆け出した。

 どうしたのかと尋ねてみるものの、返事はない。

 少しヒツジから離れたところで、彼は足を止めた。


「ふう……危うく魔力を吸い取られるところだったっす」

「……まあ」

「『魔力気持ちいー』って言ってたから気付いたっすけど……」

「危険なヒツジさんだったのね」

「俺ら術中にハマりかけてたっす。あのふわふわで撫でさせたいと思わせるんすよ」

「そうだったの……」


 なんと、あの撫では誘導されたものだったらしい。恐ろしいことである。


「ストラメルのおかげで助かったわ。ありがとう」

「いいっすよ」


 ストラメルが掴に捕まれていた腕を解放されたチェラシュカは、彼の手を取った。自分の手のついでに彼の手もまとめて洗ってしまおうという魂胆だ。

 土埃などもついてしまっただろうし、何より危険なヒツジに触れた悪影響があるかもしれない。

 そう思い、水魔法を操りながら両手で彼の指の間まで念入りに擦った。大きな手なので洗い甲斐がある。

 

「ほんとそういうとこあるっすよね……」

「?」


 ドッと疲れた様子の彼を横目に、チェラシュカは手を乾かしにかかるのだった。


 

 ◇◇◇


 

 更に数日後。

 ガタン! という大きな揺れにチェラシュカはゆるりと瞼を上げる。向かい側に座る難しい顔のレオニクスとハラハラした様子のストラメルが目に映った。


「……?」

「起きたのですか」


 すぐ近く、というか耳元でティンナトールの声が聞こえた。閉じようとする瞼をしょぼしょぼと瞬かせながら、ゆっくりと上体を立て直す。

 確か辻馬車に乗って移動していたはずだが、いつの間にかうたた寝してしまっていたらしい。


 ラキュスは――と振り向いてみれば、彼は壁に頭を預けて目を瞑っていた。


「……ごめんなさい、ティンナトール。ラキュスかと思って肩を借りてしまっていたわ」

「構いませんよ。目的地まではもう少しかかりそうですから、もう一度寝てはいかがですか」


 彼はそう言いながら、自分の肩を反対の手でトントンと叩く。


「……遠慮するわ」


 チェラシュカは手で口元を隠しながら欠伸をすると、ティンナトールに視線を向ける。


 彼は面白そうだからとついてきたものの、正直チェラシュカとしてはすぐに飽きて帰るのではないかと期待……予想していた。

 しかし、平穏な道中も彼は常に穏やかな笑みをたたえ、仲間たちを揶揄ったり助言をしたりしている。

 

 以前言われた彼からの不可解極まりない要求は、決して忘れられるものではない。だが、あれ以来泣くことを求められることもなく、なんだかんだ助けられていることもある。


「そうですか。必要であれば、肩でも膝でもお好きな方をお貸ししますよ」

「……いらないわ」



 ……といったやり取りを交えつつ、馬車が次の町に到着した。もう日も暮れてしまったため、まずは宿を取らねば。


「思った以上に平和な道程でしたね」

「当然よ。特に面白いことはなかったでしょう?」

「いいえ? あなたたちは見ていて飽きませんよ」

「……それって褒め言葉かしら」

「もちろんです」


 ティンナトールがチェラシュカたちのどこを見て面白がっているのかはさっぱりだが、あまり深く考えるのはやめた。

 

 ――このまま何事もなく、星空の街まで辿り着けますように。


 チェラシュカは誰に告げるでもなく、心の中でそっと祈った。


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