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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第三章 星空の街へ

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1. 妖精は食べられません

 フカフカのベッドの上で、チェラシュカは一人目を覚ます。

 先日染めたカラフルなカーテンの隙間から差し込む(まばゆ)い光が、とっくに朝がきていることを示していた。



 

『しばらくうちに泊まってくださって構いませんよ。宿は狭いですから』

 

 観光のためボレアードに滞在予定だと話したとき、ティンナトールはそう言った。

 チェラシュカとしては、多少窮屈でもこれ以上彼に借りを作るのは……と断ろうと思っていた。

 

 だが、適当に入ってみた宿で宿泊代を確認した際「流石にこの値段はぼったくりっすよ!」とストラメルが大声を上げ、従業員から睨まれてその場を後にせざるを得ず。


 チェラシュカ自身は多少気まずくともそこに泊まるのは構わなかったが、ティンナトールが「どの宿も料金はさほど変わりませんよ」「設備も古いところが多いです」「私は寝具にはこだわりがありまして、そこらの宿より余程良いものを使っていますよ」「必要であれば食事も準備しましょう」などと畳み掛け……レオニクスとストラメルが陥落した。


 更に彼は「一般の宿と違って、私の家には虫一匹出ませんよ」と続けた。

 それを聞いたラキュスが、チェラシュカを見てからぐっと眉根を寄せて口にしたのは——。


『……ティンナトールの家に泊まらせてもらおう』


 

 彼らの意見を覆そうと思うだけの理由も、チェラシュカには見つからず。

 

 そういうわけで、アルボナを振る舞われてから二日経つ今も、四人はティンナトールの家に滞在しているのである。

 一人一部屋ずつ貸してくれている彼には感謝だが、これほど大きな家に一人で住んでいる理由も、執拗にチェラシュカたちを滞在させたがった理由も謎である。

 彼のことだから、裏が無いわけが無いはずだ。


 

 ――でも、確かによく眠れるのよね……。



 と、チェラシュカがかなり高級であろう寝具の虜になりかけていたのも事実であった。


 


 身だしなみを整えたチェラシュカは、この家事情とは別の最近気になっていたことを確認することにした。

 部屋から廊下に出ると、丁度探していた人物が窓の外を眺めている。


「ストラメル、おはよう」


 隣から声をかけると、振り向いた彼が挨拶を返してくれた。

 

 チェラシュカはじっとその顔を見上げる。

 そうすると、少し首を傾げた彼は何も言わずともチェラシュカのほうに少し屈んでくれるのだった。

 

「ねえストラメル。正直に答えてくれるかしら」

「なんすか?」

「ヒトって……妖精を食べたりしないわよね?」

「……なんて?」

 

 思い切り眉根を寄せるストラメル。慣れていなければ睨まれていると思いかねない目つきだ。

 確実に聞こえているはずだが、突拍子がなさ過ぎて理解が追い付かなかったのだろう。

 

 もちろん、チェラシュカが突然このような質問をしたのには訳がある。

 

「レオニクスがお肉を前にしたときの表情ってわかる? ティンナトールがね、たまにそんな顔で私を見ているの」


 そう伝えると、彼は迷宮内で手の怪物を見た時くらいの嫌そうな顔で「うわあ……」と呟いた。

 

「直接聞いてもはぐらかされそうだから、ストラメルなら答えてくれるかなと思って」

 

 念のため、些細な疑念を晴らしたい。

 そんな気持ちでそう問いつつも、彼ならきっと「ありえないっすよ!」と笑い飛ばしてくれるだろうと思っていた。


 揶揄われているだけ、思い過ごし、気のせいだと言ってくれたらそれでいい、と思っていたが――。

 

「いいいいやいやいや! 食べないっすからね!!!」


 想定以上に必死な様子に思わず息を呑む。

 

「……そう? 本当?」


 顔も手も必死に左右に振って全力で疑念を否定しているのを見ると、普通なら逆に怪しいと思ってしまうところだ。

 

 だが、ストラメルはそういう嘘をつかないはず。であれば、中には食べるヒトも存在するとかいうこともなく、そもそも妖精は食物として見られていないということだ。

 

 流石に万が一食べるのだとしたら学校で習わないはずもないので、わかってはいたことなのだ。

 つまり、ティンナトールが捕食者のような目をしているのは思い過ごしということだ。そうに決まっている。

 

「絶対に、食べないっす! ティンナトールさんも食べないはずっすけど、でもあんまり近寄らない方がいいかもしれ、」

「私の話をしていますか?」

「わああ!!」


 いつの間にかストラメルの背後にいたティンナトールが、いつも通りの笑みをたたえて声をかけてきた。

 

 完全に死角だったのだろう、ストラメルは飛び上がりそうなほど驚いている。

 突如出現した家主より、その驚き具合の方がチェラシュカの心臓を跳ねさせた。


 ティンナトールの方を振り向いたストラメルの肩が大きく上下し、はー……と息を吐いている。

 チェラシュカはそんな彼に一歩近付くと、背中にくっつくようにして服をそっと掴み、疑惑の人物の視界から隠れようと試みた。

 

「そこまで驚かなくても。……チェラシュカ? 何故隠れるのですか」

「なんとなくよ」


 訝しげなティンナトールに対し、ストラメルの背中を見たまま返事をする。

 ストラメルはティンナトールよりも背が高いため、横にズレなければティンナトールからこちらが見えることはない。

 

「ふうん? で、何の話をしていたのですか?」

「えーっと……レオニクスさんって美味そうに飯食うっすねって……」

「確かにそうですが、それと私に何の関係が?」


 チェラシュカが黙っていると、ストラメルが適当に誤魔化してくれようとした。だが、ティンナトールには全く通じていない。

 頑張ってくれたところ申し訳ないが、その話題で気を逸らすのは少々厳しいように思う。


 こうなったら直接確認したほうがいいのかもしれない。ストラメルも食べないと言っていたし、念のためだ。

 頼れるヒト代表の背中に隠れたまま、チェラシュカは告げる。

 

「……ティンナトール。妖精は食べ物じゃないわ」

「知っていますよ」


 即座に返ってきた答えに安堵すると共に、ではここ最近の彼の視線はなんなのだろうかと考える。

 何でもないことを一方的に気にしてしまっていただけだろうか。はたまた別の意味があるのか――。


 

 俯いて考え込むチェラシュカの顔へ、静かに影が落ちる。

 

「ですが……チェラシュカは美味しいかもしれませんね」


 耳元で聞こえたティンナトールの声に、チェラシュカは思わず先程のストラメル同様に肩を跳ねさせてしまった。

 

「!! ……ラキュス!!」


 チェラシュカは反射的にティンナトールと反対方向を向き、頼れる幼馴染を探して目を彷徨わせる。そこに居ないと分かってすぐに、彼が居るはずの部屋へ向かって走り出した。その間約一秒ほどの出来事であった。


 

 ◇◇◇

 

 

 ノックもせずに部屋に飛び込んだチェラシュカを見て、ラキュスが目を見開いた。彼はこの家の書斎から持ってきたらしい本を読んでいたようだ。


 彼は腰掛けていたベッドから跳ねるように立ち上がり、ツカツカとこちらへ歩み寄ってくる。

 

「チェリどうした!? 何かあったのか?」

「えっとね、てぃ……」


 チェラシュカは呼吸を整えつつ先程あったことを説明しようとして、ふと気が付いた。自分は彼に揶揄われていたのだと。


 思い返せば、ティンナトールと話すときとは、彼の表情を見ればただ面白がっているだけかどうかがある程度推測できた。

 

 今回はストラメルの背後に潜んでティンナトールを視界に入れなかったこと、そしてラキュスも食べられてしまうかもしれないと咄嗟に思ってしまったことで、本気か冗談かを冷静に判断できなくなっていたらしい。

 

 落ち着いて考えるとあり得ないと頭ではわかるのだが、ティンナトールならばありえるかも……と思わせてくる雰囲気があるのも厄介なところだ。

 念のためラキュスの意見も聞いてみることにする。

 

「あのね、……ヒトって妖精を食べると思う?」

「……食べないだろう」

「そうよね。良かった。ありがとう」


 チェラシュカはふうと息を吐いた。知らぬ間に緊張していたようだ。

 一方で、ラキュスの眉根がぐぐっと寄せられる。

 

「まさか、ストラメルやティンナトールが何か…………。チェリ、さっきティンナトールって言いかけたか?」


 流石に付き合いの長い幼馴染の勘は鋭かった。チェラシュカは慌てて言葉を重ねる。

 

「違うの。ちょっと揶揄われただけだったわ」

「ティンナトールだな」


 青筋を立てた彼が部屋を出ようとするので、急いでその腕を掴んだ。


「待ってラキュス。私は気にしていないの」

「チェリが気にしなくても俺が気にする。……ティンナトールを庇うのか?」

「いいえ」


 揶揄われた自分が彼を庇うなんてことはありえない、と即座に否定する。尚も険しい顔つきのラキュスの目を真っ直ぐに見つめた。

 

「なんて言ったらいいのかしら。……確かに私も、もしラキュスが誰かに酷い揶揄われ方をしたら怒るから、ラキュスの気持ちもわかるの。ありがとう」

「当然だ」

「でもね、今回は本当に大したことじゃないわ。それに私、こういうことに耐性をつけて強くなりたいの」

「耐性……必要か?」


 そう言った彼は先程より渋い表情になっている。

 

「先生も言っていたでしょう? 武器は多いに越したことはないって」

「……今でも十分に強いと思う」

「そうかしら。でもまだ伸びしろはあると思うの。もっと動じないようになりたいわ」


 彼は少し複雑そうな顔をしているが、もう限界だと思われているのだろうか。

 成人を迎えたばかりなのだから、まだまだ強くなれるはずだとチェラシュカは信じている。

 

「……俺は、チェリが色んな表情を見せてくれるほうが嬉しい。隠さないでほしい」

「そう……なの?」


 そう言われて少し考える。確かに、ラキュスや他の皆が笑っているところは見ていたいし、悲しいことがあったならできれば隠さずに教えてほしい。

 

「わかったわ。ラキュスの前では隠さないようにする」


 そう言うと彼はほっとしたような笑みを浮かべた。

 安心してくれてよかったと思いつつ、チェラシュカは言葉を続ける。

 

「それはそれとして、ティンナトールに対抗できるようになりたいというのも本心よ」

「話を逸らせなかったか……」


 彼はボソッと何か呟いたようだが、チェラシュカにはよく聞こえなかった。疑問符を浮かべたものの流されてしまう。

 

「仕方ない。チェリの意思を優先しよう」

「ふふ。ありがとう」

「認めたくないことだが、どうせティンナトールは咎めたところで反省しないだろうからな……」


 そんなラキュスの言葉に対し、チェラシュカは小さく唸りながらも同意するしかないのだった。

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