69. とある青年の独白
「いい? ここは世界で一番省魔力化を推進している土地なのだから、うちで取り入れられるものがないかよく見ておくのよ」
そう声をかけられた青年が頷くと、耳下の長さで真っ直ぐに切られた桃色の髪が揺れた。
声をかけてきたのは、青年の育ての親である女性だ。
彼女とその夫に連れられて今訪れているのは、北の国の首都であるボレアードである。
――正直あんまり興味が無い。だけどボクは他に帰るところがないから、ここで生かしてもらうために頑張らなくちゃいけないんだ。
青年には昔の記憶が無い。
怪我だらけで倒れていたところを保護され、そこからはずっと育ての親が市長を務めるノクサールという都市で共に暮らしている。
単なる親切ではなく、子供の居ない彼らの跡取りとして育てられているのだった。
「あの人は今頃会議中ね。直接参加できないわたくしたちも、単なる観光ではなくしっかりお役に立てる情報を得なければいけないわ」
「……はい」
彼女に言われるがまま、街のあちこちに目を向ける。一見自身の暮らすノクサールの町並みと変わらないが、屋根の上や川沿いに見慣れぬ機械がある。太陽光や水力などの自然エネルギーを集めるためのものらしい。
魔力の少ない民も暮らしやすい町作りのためだとか、技術力の誇示だとか、色々聞いたっけなと思い返していたときのこと。
少し離れたところから、賑やかな話し声が聞こえてきた。
「はあ? なんだよ」
「べっつにー? なんでもないっす」
「本当にあなたたちは仲がよろしいですね」
「よくねえ!」「よくないっす!」
「っふふ。ハモったわね」
「だな」
獣人一人とヒトが数人……かと思いきや、その中に背中から透明な羽が生えている者が居ることに気付く。
――妖精が居るんだ。ノクサールではボク以外あんまり見かけることないのに。
そう考えた時だった。
視界の端で桜色の髪が揺れた。
その髪の持ち主である彼女から、何故だか視線が離せない。
「二人だけじゃなくてみんな仲いいわよね。ねえ、ラキュス」
「……そうだな」
彼女が放ったのは、落ち着きがありつつも軽やかな、心の奥を擽るような声。どこか聞き覚えがあるその声音に、つい聞き入ってしまう。
不意に脳内を過る映像。視界に映るあの子よりも幼い顔立ちの女の子が、自分に向かって微笑みかけている。
――これは、……ボクの記憶?
「うっ……」
直後、堰を切った映像の奔流に飲み込まれそうになる。同時に酷い頭痛に襲われ、堪えきれずに身体をくの字に折った。
「どうしたの!? 体調が悪いの? 大変、早く帰って休まないと……」
隣から焦った声が聞こえるが、青年は頭を抱えて苦痛に悶えたまま返事をすることができない。
しゃがみこんだ背をそっと擦ってくれる手の温かさを感じながら、ふーっ、ふーっと肩で息をする。
「あ、そ、そうだわ、病院に行きましょう! 立てる? ああ誰か、ここから近い病院は、」
彼女が周囲に助けを求めようとしているのを、腕を掴んで止める。大きく深呼吸をしてから、ゆっくりと背を伸ばす。
「大丈夫、もう平気です」
――見つけた。ボクがずっと探していた、ぽっかりと空いていた心の穴を埋める人。……ううん、ボクの心の全てを象る人。
「本当に? 辛くなったらすぐに言うのよ。わたくしたちにはあなたしか居ないんだから……。無理しないでね、ペルシュカ」
「……はい、クレドゥラさん」
青年が覚えていたのは自分の名前と妖精の固有魔法だけ。拾ってくれた市長夫妻からは、距離を縮めようと愛称を呼ばれたこともあった。だが、どうしても嫌で嫌で仕方なくて、やめてもらった。
記憶の片隅に残る『シュシュ』と呼ぶ声を上書きされたくなかったから。
「星空の街まではここからだと歩いて二週間くらいなのよね」
「そのはずですよ」
胸の奥を焦がすような声に耳を澄ます。
どうやら彼女たちは星空の街に来るらしい。なら、精一杯出迎える準備をしなくちゃ。あの頃より立派になった自分を、その輝く金の瞳に映してほしい。
「ボク、頑張るよ」
桜色の髪が見えなくなるまで、ペルシュカはただじっとその姿を目に焼き付け続けた。
第二章は本エピソードで完結です。ここまでお読みいただいた皆様、感想やリアクションやブクマや星など押していただいた皆様に、この場を借りて感謝申し上げます。
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