68. ボレアード観光をします
ティンナトールの家に泊めてもらった二日後。
チェラシュカたちは、彼の案内で北の国の首都であるボレアードを訪れていた。
ここまでに訪れた都市と同じような手続きを受けてから市内に入ってみれば、比較的落ち着いた雰囲気の街並みが広がっていた。
一点だけ、他の都市と違うなと感じたのは――。
「女性体が多いのね」
パッと視界に入る人々のうち、およそ七割以上が女性体だ。性別に頓着しないチェラシュカでも、かなり男女比が偏っているとわかる。
「ええ、魔女の国ですからね」
ティンナトールの言う通り、ヒュペリアは他の国と比べて魔女が最も多い国だ。見た目はヒトと区別がつかないが、恐らくすれ違う女性体のほとんどが魔女なのだろう。
「チェラシュカは気を付けた方がいいかもしれませんね」
「……どうして?」
「あなたのことを気に入る魔女が出てくるかもしれません」
――それって、魔女とお友達になれるってことかしら。
少しばかり心が浮き立つのを感じる。伝え聞くことしかなかった魔女の文化について、直接見聞きする機会がやってきたというわけだ。
とはいえ、魔女だからという理由だけで彼女たちに近付きたいと思うのは失礼だろう。気持ちが先走って不躾なことをしないようにしなければ。
「気に入られんのの何が気を付けなきゃなんねえんだ?」
「ライバルが増えるかもってことじゃないっすか?」
「……ライバル?」
「魔女は相手の種族を問わず女性体同士で番いますから」
ストラメル、ティンナトールの言葉を聞いたレオニクスが、「そういえば」と固い声を出した。
魔女の生態とチェラシュカに、何の関係があるのだろう。
首を傾げていると、隣を歩いていたラキュスが一歩距離を詰めてきた。
レオニクスが小声で「魔女ってそんなやべえの?」と話すのが聞こえる。
「あなたの言う"やばい"かどうかはわかりませんが、ほら」
少し振り向いた先に、ティンナトールの左手が映る。
その手が示す方向を見れば、仲睦まじく手を繋いだり腕を組んだりして過ごす、複数の女性体の二人組が居た。
どの二人組も片方はヒトに見えるが、もう片方はヒト以外にも獣人や――羽の色付いた妖精も居る。考えたことは無かったが、妖精以外を伴侶としても羽が色付くのだろうか。
小さな疑問が湧いたところで、背後に誰かの気配が近付いてきた。振り返ってみると、ラキュスとレオニクスで右側の視界が埋まっている。
「二人ともどうしたの?」
「なんでもない。チェリは前だけ見てな」
「おう、こっちのことは気にしねえでくれ」
「……?」
なんだかわからないが、チェラシュカが歩きにくいのと同じように彼らも歩きにくいはずだ。そう伝えても、彼らはこの近すぎる距離を保ったままだった。
「お前らはそっち固めとけよ」
「へーへー」
「ふふ、過保護ですね」
「……ティンナトールが言ったんだろう」
何故かストラメルたちからも、じわっと距離を詰められる。
皆チェラシュカより背が高いから、確実に動きにくいはずなのに。
壁に囲われながら歩いているようだ。
不可解に思いながらも、しばらく歩いた先のレストランで昼食をとることとなった。
◇◇◇
「……ティンナトール、レオニクスをまた傷付けたりしちゃダメよ?」
チェラシュカがテーブルの斜め向かいに座った彼に釘を刺すと、彼は小さく口角を上げた。
「傷付けてなどいませんよ」
「あなたにそのつもりが無くても、結果として相手が傷付くことがあるのよ」
「ふむ、傷付いたのであれば慰めてさしあげましょうか」
彼が意味ありげな視線を向けた先には、項垂れた様子のレオニクスが居る。
「オレは傷付いてねえ……」
その様子をティンナトールはこれみよがしに手で指し示す。
「彼はああ言っていますが」
「ペタンとなったお耳が見えないの? 今度はカーテンだけじゃなくて家具も同じようにするわよ」
「あはは。うちがこれ以上カラフルになるのは困りますねぇ」
"カラフルになる"というのは、昨日チェラシュカがしでかしたことを指している。
昨日の朝、寝惚けたティンナトールがレオニクスを襲ってしまった。
それが同意ではなかったと知ったチェラシュカは、可哀想な獅子を連れ、報復と称して家中のカーテンを斑に染め上げたのだった。
ちなみに、チェラシュカがやるならと手を貸してくれたラキュス、なんだか面白そうだからとついてきたストラメルの二人を、理由を知らせぬまま巻き込んでいる。
その結果、シックな色味で纏まっていた家の中はすっかり前衛的でお祭りのような雰囲気となった。
――レオニクスがまたしょんぼりしてしまったわ。折角昨日元気付けたのに。
実のところ、あの凶行は報復よりも傷付いた彼を励ます意味合いが強かった。
まず、皮肉の応酬に長けたティンナトールには普通の説教など意味が無い。
物理でも魔法でも、攻撃したところで返り討ちにされるのが目に見えている。
そこでチェラシュカは、こだわりが詰まっているであろう彼の家をレオニクスと共に勝手にカラフルにすることにした。
カーテンの色を元に戻すくらい、あの研究者には容易なことだとわかっていたからこそ、できた暴挙ではある。
――レオニクスも染めるのを楽しんでくれていたから良かったのだけれど。
なお、シャワーから上がった家主はカラフルになったカーテンを見て大笑いをしていた。
一夜明けた今もそのままである。
◇◇◇
食事が一段落して、チェラシュカがお手洗いから戻ろうとしたときのことだった。
「あの……」
辛うじて聞こえた弱々しい声に振り向くと、一人の小柄な女性体が居た。零れ落ちそうなほど大きな目がこちらを見上げている。
「なんでしょう」
警戒心を隠さず返事をすると、彼女は視線を彷徨わせながらもこう言った。
「あなたは……騙されていませんか……?」
想定外の言葉に、チェラシュカの思考が動きを止める。
「騙され…………?」
「は、はい! あの席の男四人とお知り合い、ですよね?」
彼女が手で指し示したのは、ラキュスたちが座るテーブルだった。
何が聞きたいのだろうと思いつつも肯定すると、彼女は胸の前で両手を組み指をこね始めた。
「わ、私、あなたがこのお店に入ってきたときに、素敵な妖精の方だな、仲良くなりたいなって思って……」
「……まあ」
これは友達が増えるかも……? とチェラシュカの心に暖かな風が吹いた。
「ででででも、男がちょっと邪魔……あ、えっと、目障りだなって思って」
「……目障り」
風が止んで冷たい雨になった。
「あなたみたいな、か、可憐な女の子が、あんな男共と過ごさなきゃいけないなんて、ななな何かの間違いだと思って」
「うーん……」
雨がみぞれに変わった。
「心配で、友達に相談したら、は、話しかけに行けって言われて、それでその、……おおおお友達になってください!」
「えっと……」
現在チェラシュカの心の中では、暖かな日差しと吹雪が猛烈に争っている。
これほど直球で仲良くなりたいと言われるのは久しいし、だが言葉の端々に気になる点がちらほら。
過剰な偏見が、吹雪を優勢にしていく。
申し訳ないのだけれど……、と断ろうとしたところに彼女の言葉が被さった。
「よければ私の、あ、アトリエにもお招きしたくって」
「……アトリエ?」
「はい! ま、魔女なので色々と、その、作るのが趣味で」
「まあ……」
心の中の景色に変化が生まれた。吹雪の中に小さなかまくらができて、少しばかり暖を取れそうだ。
だがしかし、魔女だからと心揺さぶられるのはかなり差別的であろう。先程まで早くこの場を去ろうと思っていたのに。
それでも、アトリエなるものにはかなり心惹かれるものがある。
お互い失礼同士であれば最早気にしなくても……いや、仲間たちを悪く言われるのはダメ……とチェラシュカはつい考え込んでしまう。
「むむ……」
「……チェリ、何してる」
振り向くと、呆れ顔のラキュスが居た。なかなか戻らないからと迎えに来てくれたのだろう。
すると、背後の彼女がチェラシュカの陰にサッと隠れた。少しだけ顔を出して彼をじっと見ている。心做しか睨んでいるような。
「行くぞ」
「え、あっ」
不機嫌そうな幼馴染に強く腕を引かれ、チェラシュカは強制的にその場を離れることとなった。
ちらっと振り向いてみれば、鋭い目つきをすっと笑みに変えた彼女と目が合う。
彼女はひらひらと手を振り、声を出さずに「またね」と口を動かした。
先程までの自信なさげな様子はどこへ……? と困惑に包まれながらも、チェラシュカは小さく会釈をしてから前を向く。
席へ戻ると、レオニクスたちが何やら話している。
「ほら、言った通りでしょう」
「女の人もかよ……」
「大袈裟って思ってたっすけど、そんなことなかったっすね」
何の話だと思いつつ、席を立っている間に届けられていた食後の紅茶を味わう。
彼らに順に視線を向けると、訳知り顔の研究者が深緑の目を細めた。
「やはり気に入られましたね」
「そうなのかしら……」
「手段を選ばず落としにかかってきていたでしょう」
落としにかかる、と言われると語弊があるような気もする。友達になってと言われたのは確かだ。しかし――。
「あなたたちのことを悪く言われたら、仲良くなんてできないわ」
「……それはそれは。件の魔女はアプローチ方法を間違えたようですね」
ティンナトールがくすくすと笑う。
レオニクスが「チェリちゃん……!」とキラキラした目を向けてくる一方で、ストラメルは怪訝そうな顔だ。
「それって逆に、俺らのことベタ褒めしてたらホイホイついてったんすか?」
――もし彼らが褒められていたら。
先程の彼女が、男性体に対し偏見を持たざるを得ない何らかの理由があったのだとして、それはそれで仕方のないことだ。であれば、最初からそういうしがらみのない相手と関わるほうがお互い幸せだと思う。
しかし、もしそうでなかったのなら――。
ずっと話してみたいと思っていた魔女、かつ仲良くなりたいと言ってくれた相手の誘いを、どうして断れようか。
「……知らない奴についていくなよ、チェリ」
サクッと釘を刺される。
流石にラキュスはチェラシュカのことをよくわかっている。
「行かねえよな……?」
「明らかに行きそうな顔してるっすよ。レオニクスさんも現実を見るっす」
「顔に書いてありますね」
普通にバレバレだったようだ。チェラシュカはそっと両頬を手で覆う。
「チェリちゃん? 行くなよ? ほら、えーっと、そう! 妖精狩りかもしんねえし!」
妖精狩りと聞いて以前助けた幼い妖精の痛々しい様子を思い出し、心が沈んだ。
そうね……と返す声からも力が抜けてしまう。
「あれは盛大なナンパに見えたっすけどね」
「どちらにしろ警戒する必要がある」
「それはそうかもっすけど」
ストラメルとラキュスが話すのを聞いて、少し心を紛らわせてみる。
不意に、神妙な面持ちのレオニクスが真っ直ぐな眼差しをこちらに向けた。
「なあ、もしあの子が一緒に旅をしたいって言ってたら、チェリちゃんはどうしてた?」
全く考えてもみなかった問いに心を巡らせる。今日はもしもの話が多いらしい。
「チェラシュカさんのことっすから、普通に受け入れるんじゃないっすか?」
などとストラメルは言うが――。
「断っていたわ」
「へえ。何故ですか?」
ティンナトールに問われ、チェラシュカは少し目を伏せて頭の中で言葉を整える。
「みんなと相性が悪そうだったもの」
「相性、ねぇ」
せせら笑うような表情の彼を、チェラシュカはじっと見据える。
「ええ。好意的に振る舞う相手を誰でも見境なしに味方につければいいというものではないの。懐に入れる相手こそ選ぶべきよ。味方であろうと敵であろうと、全体にとって都合の悪い振る舞いをする人というのは居るのだから」
そう言い切ると、レオニクスの目が輝いた。
「か、かっけえ……」
「なんかチェラシュカさんらしいっすね。……てことは、俺のことは懐に入れていいと思ってくれてるんすか?」
「もちろんよ」
「良かったっす!」
カラッと明るい声を上げたストラメルを見て、レオニクスが大きく目を見開いた。
「はあ!? ……オレは?」
「レオニクスもよ」
「よ、良かった……」
何をそんなに不安がっているのか、とチェラシュカは少々不思議に思う。
共に旅をするきっかけこそ彼ら発信ではあるが、誰でも良いわけがないのに。
用心棒として一緒に来てくれた頼もしい獅子は、見た目に反して繊細で気配りが上手だ。
騎獣のためにわざわざ国外まで赴く強面の彼は、直感的な行動が良い結果を齎している。……こともある。
少なくとも、彼らのやり取りを見ているだけで、つい笑みが零れてしまうのは紛れもない事実だ。
「であれば、あなたは今後魔女と仲良くすることは難しいでしょうね」
チェラシュカはティンナトールの発言に眉根を寄せてしまった。
「……どうして?」
「あの種族は皆、男性体を毛嫌いしているからですよ」
「毛嫌い……」
確かに、先程の彼女の態度はそう言えるかもしれない。それが彼女だけではなく種族的なものだというのか。
「あー、そういや俺が受付したらやけに嫌がる女の人居たっすね」
「それお前が嫌われてただけじゃねえのか?」
「あ゙?」
ストラメルの話は恐らく実家の宿での出来事だろう。
ラキュスが小さく息を吐き、口論が始まりそうな空気を割るように問いを重ねた。
「……何故毛嫌いしているんだ」
「さあ。元居た研究所の同僚にも魔女は居ましたが、義務的な会話以外には付き合ってくれなかったのですよね」
微笑みながらそう話すティンナトールに対し、ラキュスはなんだか嫌そうな顔だ。それこそ「嫌われていたんじゃないのか」と言いたげな――。
「ああ、私に対してだけではなく他の研究員に対してもそうでしたよ」
……胡散臭い。尋ねる前に答えられるのも、そんな話を笑顔でできるのも。
だが、ここで嘘をついたとして何になろうか。それに、嘘であったとしてなんだというのだろうか。
命に関わる情報でないのなら、受け取った側が必要に応じて精査すればいい。
彼はチェラシュカの引いた一線を超えるような――明確に仲間たちを危機に遭わせる様な振る舞いはしない。
いや、結構ギリギリな場面はあったが、そういうスリリングな部分は結構楽しんでしまっていた。
彼とはボレアード観光を終えるまでの付き合いではあるが、健全な距離感さえ保ってくれれば良い友人と言っていいだろう。
「……まあいい。とにかくチェリは迂闊に誰かについていったりするな。わかったな」
「……はあい」
濃紺の瞳でこちらを見つめてくる幼馴染は、チェラシュカの危うい部分を窘めてくれるストッパーであり、かけがえのない存在だ。
今となっては、よく一人で旅に出ようと考えたものだと思える。
魔女と仲良くなるのは一旦諦めよう。まだ見ぬ良き友人になれるかもしれない誰かより、今居る彼らとの時間の方が大事だ。
――こうやってみんなと過ごす楽しい日々が、ずっと続いたらいいな。
そんなことを考えながら、チェラシュカはすっかり冷えた紅茶を飲み干すのだった。




