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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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64. 妖精のお酒を飲みます

 チェラシュカがラキュスと宿の手伝いをした日から、数日が経った日暮れ時のこと。


 「ボレアードが見えてきました。ですが、今から宿を探すのは大変ですから皆さんを家へご招待しますね」

 

 流れるようにティンナトールの自宅に招かれたチェラシュカたちは、リビングへと通される。

 当の家主はちょっと取ってくるものがある、とキッチンの方へ向かっていった。

 

 リビングの真ん中には、黒くて四角く大きな大理石でできたテーブルが鎮座している。その周りには余裕で数人が座れるようなコーナーソファと、一人がけのソファが二つ。一人がけと言っても、細身のチェラシュカなら二人は余裕で座れそうなゆとりがある。

 

 一番手前の一人がけのソファにストラメルが、コーナーソファにはラキュス、チェラシュカ、レオニクスが順に座った。

 

「とてもふかふかで気持ちいいわね」

「そうだな」

「すげえ高そう」

「一人暮らしでこんなでかいソファいらなくないっすか」

 

 座り心地の良いソファについて皆が感想を口にしていると、ティンナトールが戻ってきた。

 

「妖精の方がうちに来ることがあれば、開けようと思っていたのですよ」


 そう言った彼の手にあったのは、お酒の瓶とお盆の上に乗せられたお菓子やおつまみなどの軽食だった。

 それを見たレオニクスが、瓶のラベルに書いてある文字を読む。

 

「アルボナ……? 聞いたことねえな」

「美味いんすか?」

 

 ラベルを見たレオニクスとストラメルは、あまりピンときていない様子。


 一方、チェラシュカ自身は期待に胸が高鳴るのを感じていた。

 ラキュスも同じ気持ちなのかそわそわとしているように思う。けれども、時折こちらを見ては何故か複雑そうな表情をしている。

 

 皆の顔を順に眺めたティンナトールは、瓶と軽食をテーブルの上にことりと置いた。そのまま、空いていた一人がけのソファに腰を下ろす。

 

「こちらはアルボナというお酒で、妖精のお二人はご存知かと思いますが、通称"妖精のお酒"と呼ばれているものです」

「妖精のお酒?」

 

 レオニクスが聞き返すと、一つ頷いたティンナトールは次のように説明した。


 葡萄の妖精たちが、妖精固有の変換魔法で作り出した葡萄のお酒をアルボナと名付け、市場に流通させている。葡萄の妖精たちの趣味で作っているため生産量が非常に少なく、ツテがないとそうそう手に入らないという。

 

「そして、どの妖精の方も大好きな味なんだとか。チェラシュカとラキュスもやはりそうですか?」

「ええ……! アルボナはとっても美味しいのよ」

 

 チェラシュカが食い気味に肯定すると、ティンナトールは少し目を丸くした。


 「やはりそうなんですね」と返ってきたが、チェラシュカはアルボナだと気付いたときから片時も目を離さなかったので、気に入り具合が彼にも筒抜けだったのだろう。

 ラキュスもチラチラと視線を向けているし、同じように好んでいたはずだ。

 

「なら良かったです。是非ここにいる皆で飲みましょう。実は私も初めてでして」

 

 そう言ったティンナトールが、人数分のワイングラスを魔法で全員の目の前に置いた。

 

「まあ! 本当にいいの? 私も数えるほどしか飲んだことがないくらいだし、ヒトにとってはもっと貴重なはずよ」

「構いませんよ。ぜひ妖精の方にと思っていたので、それがチェラシュカとラキュスならこの上なく喜ばしいことです」

「そう……ありがとう、ティンナトール。では遠慮なくいただくわ。ラキュス、一緒にいただきましょう?」

「……」


 ティンナトールが瓶のコルクを抜くと、瓶を魔法で操ってレオニクスの前のグラスから順に注いでいった。とぽとぽと注がれる液体はほんのりとピンク色をしており、チェラシュカ自身の髪を思い起こさせる。

 

「一応聞くが、ティンナトールはアルボナについて、知っているのか」

「知っている、というと」

「アルボナが妖精のお酒と呼ばれるのは、妖精が作っているからだけじゃない。妖精にだけ特殊な酩酊効果を発揮するからだ。それを知っていて、チェリに飲ませようとしているのかと聞いている」

「……心外ですね。私はただ妖精の方と妖精のお酒を飲んでみたかっただけですよ」

「……知っていたんだな」

 

 やはり、といった顔でラキュスはティンナトールを見据える。

 

 ティンナトールはあらゆる場面で好奇心を優先させるタチだ――なんてことはチェラシュカも十分にわかっていたので驚きはしないが、ラキュスはそれを見過ごせなかったようだ。

 

 すると、ティンナトールはラキュスを見つめる目を少し細めた。

 

「妖精にだけ特殊な酩酊効果を発揮するというなら、あなたにもでしょう。ラキュス」

 

 ラキュスは図星を突かれたとばかりにむっと黙り込む。

 

「普段のあなた方は飲んでも然程酔った姿を見せることがありませんが、それほど違うのですか?」


 ティンナトールの双眸は、彼自身の好奇心を表すかのように煌めいていた。彼と出会ってから幾度かお酒を飲む機会はあったが、酔うほどは飲んでいない。


 彼の好奇心の強さにはラキュスもまだまだ手を焼くようで、深く息を吐いていた。

 

「……ま、無理にとは言いませんよ。あなたたちに飲んでもらえないのは残念ですが、私たちだけでいただきましょう」

「えっ」

 

 思わず声を上げてしまったチェラシュカは、はっと口を押さえる。

 こちらを振り向いたラキュスに対し、チェラシュカは精一杯悲しげな顔を作り、彼の服の裾をきゅっと掴んで彼の二つの濃紺をじぃっと見た。

 

「ラキュス……」

「……っ」

「駄目なの……?」

 

 ティンナトールが僅かに口の端を上げた。

 チェラシュカはそれを視界の端に捉えつつ、幼馴染に向けて言葉を重ねる。ティンナトールの好奇心に振り回されたいわけではないが、折角のアルボナを逃したくもない。

 

「皆に迷惑をかけるような酔い方はこれまでしていないつもりよ? ラキュスだってそうでしょう?」

「う……」

「例え私たちが少しおかしな振る舞いをしたとしても、一緒にいるのがみんななら大丈夫だと私は思っているわ」

「それは……そうかもしれないが……」

「ねえ、お願い」

 

 チェラシュカに真っ直ぐに見つめられた彼の口は固く閉ざされていたが、やがて小さく息を吐いた。

 飲みすぎるなよ、と彼の手からアルボナの入ったグラスを差し出される。

 

「やった」

 

 チェラシュカは顔を綻ばせ、お礼を告げて受け取った。無事アルボナをいただけそうなので、鼻歌でも歌いたい気分である。


「ではラキュスも納得したようなので、飲みましょうか」

「むぐ。話終わったんすか」

 

 ティンナトールたちと話す中、一人我関せずな態度を決め込んでいたストラメルが口を開いた。彼は一応グラスには手を付けないでいたようだが、お菓子をむしゃむしゃと食べている。

 

 四人から目を向けられたストラメルは「なんか長くなりそうだったんで」と口にした。

 

「はー、そのマイペースさはちょっと見習いてえかも……」

 

 アルボナに関する話し合いをハラハラと見守っていたらしいレオニクスだったが、普段何かと板挟みになりがちな彼がそう口に出してしまったのは無理からぬことだろう。

 

「では、改めまして。皆さんとの出会いを祝して、乾杯」

「乾杯」

 

 ティンナトールの音頭にあわせて四人がグラスを持ちあげた。皆華奢なグラスに気を遣ったのか、グラス同士をぶつけることはせず少し傾けるだけに留めている。



 チェラシュカは久々に口にできるアルボナを目の前に、心を落ち着かせようとしていた。手に持ったグラスの中の液体をじっと見つめ、ふわりと甘い香りを目一杯吸い込み、その香りを体中に巡らせる。

 

「飲まねえの?」

 

 隣からレオニクスにそう尋ねられて、視線を向けられていたことに気が付いた。グラスがテーブルに置いてあるので、彼自身は口を付けずお菓子をつまんでいたようだ。

 

「なんだか勿体なくて。久々だから味わいたいのだけれど、落ち着いて飲めるかしら」

「そんなにうめえのか」

 

 レオニクスはテーブルの上の瓶を一瞥し、再度こちらに視線を向けた。

 

「まだ残ってるからたくさん飲めると思うぜ。あいつもチェリちゃんたちにって言ってたし、遠慮することねえよ。足りねえならオレの分あげてもいいし」

 

 チェラシュカは微笑むと、そうねと呟いてグラスに口をつけた。

 まずは一口とアルボナを口に含む。目を瞑ってじっくりと味わうと、大好きなものに再会できた喜びが満ち溢れる。爽やかな甘みとほのかな酸味のバランスが絶妙で、さらりと飲みやすいのがアルボナの特徴だ。

 

 ――ああ、やっぱり美味しい。

 

 チェラシュカは最初の一口を味わったあと、もう一口、もう一口、とこくこく飲んでいった。

 

「な、なあ、そんなに一気に飲んで大丈夫か?」

 

 比較的ハイペースで飲み進めるチェラシュカが心配になったのか、レオニクスに声をかけられたので、チェラシュカはそちらを向いてニッコリ笑いかけた。

 

「うん」

「…………へ」

「うん。うふふ」

 

 チェラシュカは満面の笑みをレオニクスに向けたまま、意味もなく頷いたりうふふと笑ったりした。


 普段のチェラシュカは丁寧な言葉遣いを心掛けているが、アルボナを飲むとなんだか真っ当な妖精の振る舞いをするのが面倒になって、ひたすら「うん」とだけ言うようになってしまうのだ。

 

 この上なく怠惰な姿だと自覚はしているものの、彼らならこんな自分でも受け入れてくれるだろうという自信と信頼があった。但し、久々のアルボナを前に飲みたい欲求が抑えられなかったことは否めない。


 そんなチェラシュカの目の前の獅子は、目を見開いて硬直している。

 

「……チェリちゃん?」

「うん」

「本当に大丈夫?」

「うん」

「それ、そんなに美味い?」

「うん」

「お、オレにも一口くれる?」

「うん」

 

 一つ頷いたチェラシュカは、自分が持っていたグラスをレオニクスに差し出した。中には飲みかけのアルボナがグラスの四分の一ほど残っている。

 

「あのー、レオニクスの分はそちらにありますよ」

 

 どこかから戻ってきたらしいティンナトールが声をかけていたが、レオニクスは反応しなかった。

 チェラシュカがグラスを手渡すと、彼はそっとグラスに顔を近づけて匂いを嗅いでいる。

 

 彼はグラスを受け取ったものの中をじっと見つめるだけで、口をつける様子がない。

 それならば、とチェラシュカはレオニクスがグラスを持った手ごと両手で包んだ。そして、心のゆくままに気持ちを舌に乗せる。

 

「れおん、わたし、もっと、これのむ」

 

 チェラシュカはそう告げると、レオニクスの手ごと自分の方にグラスを近付けて、そのまま口をつけた。グラスの中身を飲み干している間、温度の上がったレオニクスからの視線を感じていた。

 

「あ……」

「んふふ」

 

 チェラシュカはアルボナを飲み干すと、唇についた雫を舐めとる。飲酒によって体温が上がっているのか、なんだか温かくなってきた。チェラシュカの手に包み込まれたレオニクスの手も、ぽかぽかとしてきている。

 

「飲んじゃったな……」

「うん」

「妖精のお酒、そんなに好きだったんだな」

「うん」

「……うんしか言えねえのかな」

「うん」

「じゃあさ、…………オレのこと、す」

「チェリ〜〜〜!」

 

 突如ラキュスが乱入してきたことで、レオニクスの言葉が遮られてしまった。


 彼が何を言おうとしていたかは後で聞くとして、チェラシュカはひとまず様子のおかしな幼馴染に構ってあげることにしたのだった。


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