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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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62. みんなで味わいます

 チェラシュカが仲間たちにかつての事故の話をして二日ほど。

 時折気遣うような視線を感じるものの、特に何事もなく順調に旅路を進んでいる。


 現在は小さな町を訪れ、今日の寝床を確保したところだ。

 チェラシュカはいつも通り一人部屋なので、ラキュスたちが泊まる隣の客室へ向かう。

 

 ノックをし、返事を聞いてから中に入る。

 部屋の中は窓から差し込む夕日でオレンジ色に染まっている。それほど大きくはないその空間には簡素なベッドが二つ。それぞれにラキュスとレオニクスが腰掛けていた。


「あら、二人だけなの?」

「もうすぐ来るんじゃねえか?」

「別に来なくてもいい」


 サクッと言い捨てるラキュスに苦笑いを零す。宿についたらおやつタイムにしようと話していたので、ストラメルたちもすぐに来るだろう。

 

 チェラシュカは部屋の端に置いてあった小さな四角いテーブルに近付き、魔法で限界まで大きくした。五人で食事をするには小さすぎるが、お茶をするだけなら事足りるはずだ。

 

 ラキュスたちが近付いてきて、テーブルをベッドの間に移動させてくれた。この配置ならベッドを椅子代わりにできる。


「この辺でいいんじゃねえか」

「ああ」


 彼らにお礼を告げたところで、ガチャリと扉が開いた。


「来たっすよー」

「失礼しますね」


 ストラメルたちがズカズカと部屋に入ってくる。


 仲間とはいえ他人の部屋なのだし気を遣ったほうが……とチェラシュカは思ったものの、当の部屋の主たちは全く気に留めていなかった。

 彼らがいいのならまあいいかと流し、携帯型金庫から片手鍋やマグカップなどを取り出す。


「ラキュス、ここにお水を入れてくれる? 鍋の八割くらい」

「わかった」


 理由も聞かず魔法でトプトプと水を注ぐ幼馴染。彼はチェラシュカに危険が無いと判断すれば説明を必要としない――この関係性が心地良い。


 他の皆にも普段使っているコップをテーブルの上に置いてもらい、その中に取り出したばかりのティーバッグを入れてゆく。

 

「これを飲みたいと思っていたの」


 チェラシュカは小さな袋を開き、小皿に中身を開けた。


「それは?」

「夜明け蜂の蜂蜜の飴玉よ。以前わたあめ屋さんで貰ったの」

「へえ、貴重なものを手に入れたんですね」


 ティンナトールは小皿の中を興味深げにじっと眺めている。


 飴玉は夕日に照らされ、複雑な色合いでキラキラと輝いていた。

 あの日食べた甘さを思い出すと、チェラシュカはついうっとりとしてしまう。


「みんなは好きなのを選んでいてくれる? 私はその間にお湯を沸かすから」


 少しテーブルから離れたところに立つと、水で満たされた鍋を空中に固定し、鍋全体を温められる大きさの火を出す。客室にはコンロがないので、魔法でこうするのが一番手っ取り早い。


「え!? それって普通なのか……?」


 目を見開いたレオニクスの大声に、チェラシュカは首を傾げる。

 

「は!? 危なすぎるっすよそれ!」

「あなたって結構雑ですよね」


 ストラメルとティンナトールが鍋を見てそんなことを言う。彼らからは、空中で鍋を炙る様子が奇異に映っているらしい。


「え? でも」


 チェラシュカはラキュスを見遣る。

 彼は眉間に皺を寄せ、チェラシュカの手元の火を見つめていた。


「ラキュスはいつもこうやってお湯を沸かしていたでしょう?」

「……」


 彼がよくやっていたのを真似しただけなのだと告げたところ、仲間たちの視線が一斉にそちらへ向かった。


「お前マジか」

「妖精ってやっぱ結構やばいっすね」

「……火魔法の練習の一環だっただけだ」


 絞り出すように答えた彼の濃紺の瞳は忙しなく揺れ、瞬きが増えている。

 

「感覚が麻痺するほど日常的にしていたんですね」


 くつくつとおかしそうに言うティンナトール、そしてふつふつと気泡が出てきた鍋の中を、チェラシュカは順に見る。

 じきに沸騰するが、このやり方はまずかったのだろうか。


「やっぱ普通じゃねえんだな……」

「そりゃそっすよ! 家の中で火なんか出したら危ないっす!」


 騒ぐストラメルに、以前彼の母がお湯を沸かしていた様子を思い浮かべた。

 

「コンロに火をつけるのと何が違うの?」

「全然違うっすよ! とにかく危ないっす!」

「……どう危ないのかしら」

「そりゃもう……。……えっと、あのっすね」


 床や壁に引火すれば危ないということはチェラシュカも十分承知している。ただそれは魔法で出した火に限ったことではなく、コンロやマッチやロウソクなど全ての火において言えることだ。

 

 それに、大抵の建物は簡単には燃えないような魔法がかけられているはず。


 そうこうしている間に、鍋の中がボコボコと音を立てる。

 チェラシュカは火を消し、鍋を魔法で動かしてコップにお湯を注いでいく。鍋に注ぎ口はないため、零さないよう慎重に。


「危なく見えるというのは分かったけれど、魔法でない手段と比べてどう危険なのかの具体例がないと納得できないわ。それに、私は"今"お湯が欲しかったの。やめさせるなら代替手段を提示してくれるかしら」


 そう伝えると、ストラメルは「うげーっ」と心底面倒そうな声を出した。

 彼の眉間の皺が深くなるが、しかしながら引くわけにはいかないとチェラシュカも目元の力を強める。

 

 そこへ唐突に割って入る穏やかな声。


「魔法による火災の場合、事故でも全額弁償しなければいけないんですよ」


 想像もしていなかった切り口からの言葉に、チェラシュカは目を瞬かせた。


「どういうこと?」

「例えばここで火の点いたロウソクが倒れて、床に引火したとします」

「前提が危ねえな……」

「それが意図的であれ事故であれ、普通の火による火事には火災保険が適用できますので、全額負担にはならないんです」

「わざと燃やしても保険がきくんすか? なんか変っすね」

「はい。当人の意図を確認するのが手間だと判断されたのでしょうね。ただ現在は、どの建物にも耐火防護魔法をかけることが義務付けられていますから、普通の火ではそもそも火災は起こりません。実質形骸化した基準です」

「へぇー」


 少し斜め上を向いたレオニクスが「そういや家にも防護魔法かけてあんだっけな」と呟く。


 ですが、と何やら保険にも詳しい研究者の言葉は続く。


「いくら防護魔法をかけられていようと、強力な火魔法はそれを突破する恐れがあります」

「普通の火じゃ燃えなくても、魔法の火なら燃える可能性があるってことか」


 ラキュスの言葉に彼は頷いた。

 

「そうです。この町の規模であれば、強力な防護魔法をかけられる人物はかなり少ないでしょう。チェラシュカが少し本気を出せば、恐らく簡単に燃えますよ、この宿」

「燃やすわけないわ……」

 

 急に何を言い出すのだ、とチェラシュカは溜息混じりに返事をする。


「魔法による火災は全て意図的なものとして見做されます。結果保険の対象外となり、修復にかかる諸々が全て宿から請求されることになります」

「ああ、それで全額弁償ってことになんのか」

「はい。そして、ヒュペリアでは放火は重罪です」


 サラリと流れるように告げられる"重罪"の二文字。そこへストラメルが口を挟む。


「どこの国でもそうじゃないっすか?」

「ええ。ですが、ヒュペリアでは特に厳しく取り締まられています。ここは比較的空気が乾燥していますし、法が整備された当時は延焼が最も恐れられていたのでしょう」


 彼はじっとチェラシュカを見ながら少し勿体付けて「ですので」と続けた。


「あなたがうっかり部屋の一部でも焦げ付かせようものなら、逮捕されてしまっていたというわけですね」


 "逮捕"という言葉に思わず目を見開いた。普通に過ごしていたはずなのに、急にまともな人生のレールから脱線する選択肢が出てきてしまった。


 急いできちんと火を消せているか、床や壁が焦げ付いていないかを確認する。

 

「そういうことは早く言え!」

 

 ラキュスが声を荒らげた。

 ルールを知らなかった方が悪いのだと言われればそれまでだが、それでもわかっていたのなら早く止めてほしかったと思ってしまうのは我儘だろうか。


 

 ――私が世間知らずだったばかりに、きつく当たってしまったわ。反省しなきゃ……。



「ごめんなさい、ストラメル。私が間違っていたわ。レオニクスも心配してくれていたのに」

「いいいいやいやいや! 俺もそんな細かいことは知らなかったっすから!」

「そ、そうそう! 無事何も燃えずに済んでるしよ! 気にすることねえって!」


 慌てた様子で励ましてくれている彼らを見て、落ち込まないようにしようと気持ちを切り替える。


 チェラシュカが小さく笑みを浮かべてお礼を伝える隣で、ラキュスが一層険しい顔で目を細めた。


「俺は納得していない。早く言わなかったことでチェリが万が一捕まっていたら、ティンナトールはどうするつもりだったんだ」

「おや、彼女がああしてしまったのも元はと言えばあなたの迂闊な行動が原因では? 責任を問われるべきはラキュスでしょう」

「う……いや、きっかけとなってしまったのは認めるが、そもそも俺たちの故郷にはないルールだ。知っていたのならそう言って止めるべきだろう」

「開き直るんですか? 無知は罪ですよ」

「開き直っていない。その"知"の部分をティンナトールに託すと言っている」

「……へえ」


 完全に自分が火種となってしまった。何気なくした行動がこんなに大事になるとは。

 

 チェラシュカが「ごめん」とラキュスに小声で伝えると、「俺の方こそすまない」と同じトーンで返される。


「あなたたちはよく似ていますね」

「そう?」

「ええ。私のことを"手段"として信用するあたりが特に」

「……取り繕った方が良かったかしら」

「いいえ、構いませんよ」


 ニコ、と微笑む彼からはどうにも胡散臭さを感じる。

 そういうところこそ、彼本人の信じられる部分と信じられない部分を二分しているのだが、意図的なのだろうか。


「そういうわけですから、次に火を使いたくなった時は、自分で室内に防護魔法をかけてからするといいですよ」

「はあい……、……えっ?」


 てっきりもう使うなと言われると思ったが、放たれた言葉は真逆だった。ラキュスも眉根を寄せて首を捻っている。

 

 信じがたい発言に目を見開くも、彼はそこに言及しないどころか、更に気になる発言を重ねた。

 

「それと、万が一チェラシュカが、というかこの中の誰かが捕まったとしても、余程のことが無い限りなんとかできますから安心するといいですよ」

「うっかりで捕まるってンな馬鹿な……」

「なんとかって何するんすかね……」


 レオニクスたちの訝しげな声にも、ティンナトールは微笑みを浮かべるだけだった。

 

 何をするのかはわからないが、深く聞いてはいけない気がする。

 とにかく万が一のことがないように迂闊なことはしないようにしよう。


 芽が出始めた好奇心を押さえつけ、無理やり本題に戻すことにする。

 

「ええと、私の不勉強にみんなを巻き込んでごめんなさい。私が言うのもどうかとは思うけれど、冷めてしまうから早く飲みましょう? ほら、好きな飴玉を入れて」


 少し早口で話してみれば、急な話題の転換にも皆乗ってくれた。

 

「……俺はこれを」

「チェリちゃんはどれがいいんだ?」

「え、俺別に甘くしなくていいっすよ」

「六種類あるんですね。オススメはどれですか」


 ラキュスが選んだ藤味はそこまで好みではなかったので、ちょっぴりほっとしつつ残りの飴玉を眺める。


「私はみかん味にしようかしら。他にみかんがいい人は居ない? あと、お店で一番人気だったのはクローバー味よ」

「では私はクローバー味で」

「じゃあオレはブルーベリーにするぜ」


 自然とチェラシュカたちの視線がストラメルに集まる。甘味が苦手らしい彼は、眉の間を縮めて手をひらひらと振った。


「俺はいらないっすよ。残り全部チェラシュカさんが食べればいいじゃないっすか」

「いいの?」

「いいっす」

「一人だけ同じものを味わえないのは寂しくない?」


 すると、彼はくわっと目を見開いた。

 

「だから! ガキ扱いするんじゃないっす!」

「おい、急に怒鳴んなって!」


 窘めるレオニクスを無視するストラメルから、鋭い目を向けられる。

 チェラシュカは真っ直ぐに見つめ返して口角を上げた。


「そう言うと思って、ストラメルの分のお茶請けを多めに用意したの」

「……へ?」


 残った飴玉を片付けたチェラシュカは、空いた小皿に個包装の一口大のチョコレートをバラバラと入れる。カカオ濃度が高めのそれは、ストラメルも食べやすいはずだ。

 

「夕食はもう少し後だから、一個くらい多くても食べられるでしょう?」

「……」

「いらないかしら」

「……いるっす」


 すすっと小皿をテーブルの真ん中に寄せ皆へ食べるよう促すと、チェラシュカはベッドに腰かけた。

 

 彼らがチョコレートを手に取るのを眺めながら、用意しておいたスプーンで紅茶をゆっくりと掻き混ぜる。


 いつも静かに見守ってくれているラキュス。

 穏やかな空気を保つのに一役買ってくれているレオニクス。

 直情的だけれど素直な一面も持つストラメル。

 引っ掻き回すもののいざというときには助けてくれるティンナトール。

 

 かなり個性的な面々だが、上手くやってこれているような気がする。

 

 立ち上る湯気を顔に感じつつ、蜂蜜の飴玉が溶けた紅茶をそっと口に含む。

 

 ほんのりと漂うみかんの甘酸っぱい香り。口の中に広がる優しい甘さ。皆とこうして過ごせるなんて、なんて贅沢な時間だろう、とつい頬が緩む。

 

 少々危うい場面はあったものの、今日はとても良い日だった。先日までの慌ただしい時間も遥か昔のよう。

 

 そんな穏やかな気持ちを胸に、チェラシュカは一日を終えるのだった。

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