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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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57. 追及します

 チェラシュカの誰何(すいか)に、幼馴染の姿をした何者かは口の両端を持ち上げた。


「バレてしまいましたか」


 その口調を聞いて確信する。やはり彼はラキュスではなく――。

 

「わからないと思ったの? 早く元の姿に戻って」



 ――ティンナトール。

 


 そう名前を呼ぶと、目の前の彼は一歩こちらへ近付いた。


 チェラシュカは思わず一歩引いてしまったものの、彼は無造作に片手をチェラシュカの目の高さまで持ち上げて、スッと真横に滑らせた。

 

 その手が動かされた後の視界に映る彼は、薄紫の髪をサラリと揺らし、深緑の瞳を煌めかせている。

 

「これで私の姿が見えるようになりましたか」

「ええ。何故こんなことをしたの?」


 苛立つ気持ちを押さえつけて、できるだけ冷静に尋ねてみる。

 すると、彼はこんなことを言い出した。

 

「まず先に断っておきますが、私が意図的にラキュスの姿を模したわけではありませんよ」

「どういうこと?」

「先程あなたと再会したとき、私の目にはあなたのことはレオニクスに見えていました」

「……つまりお互い別人に見えていたってことね。ならどうして私だってわかったの? 今もレオニクスの姿に見えているの?」


 矢継ぎ早に質問を重ねると、彼は垂れた目尻を更に下げてくすりと笑った。

 

「質問が多いですね。私はすぐ自分にかかっていた魔法を解きましたので、ずっとチェラシュカの姿が見えていますよ。話し方や雰囲気で、目に映る人物と中身が別人だということはすぐにわかりますから」

「そう。……これも迷宮内の罠の一つってことね?」

「そうですね、ここに同時に入った全員の姿が入れ替わって見える精神干渉魔法が発動していたようです。恐らく、ここに居ない彼らも私たちと同じように別の誰かに見えているはずですよ」

「それだけわかっていて、何故ラキュスの振りを続けたのかしら」


 じと、と追及の眼差しを向ける。


 彼の答え如何(いかん)では、彼に対する態度を大きく改めなければいけない。もし彼が何か良からぬ目的で行動していたのだとしたら、そのときはどう対応してくれようか。

 

 彼は疑われていることなんて百も承知だろうに、そんなことを微塵も感じていないような微笑みを浮かべ、こう言ってのけた。


「チェラシュカのことをもっと知りたいと思いまして」

「……私のこと?」

 

 完全に想定の範囲外の返答に、つい眉根を寄せる。もっと知りたい、だなんて友達作りに励む学生一年目のようではないか。

 

「はい。あなたは何故か私から距離を置きたがるので、いつも近くに居るラキュスに見えているのなら丁度いいな、と」

「……わかってて言っているでしょう」


 ()()()距離を置きたがる、だなんて白々しいにも程があるというものだ。まさか、出立前に放った数々の問題発言を忘れたわけではあるまい。

 

 きっとこのやり取りすら、他人を揶揄うという遊びの一環なのだろう。チェラシュカは思い切り溜息をつきたくなるのをこらえ、もう一つ問いを重ねた。


「一応確認しておくけれど、ティンナトールは妖精狩りではないわよね?」


 彼のこれまでの振る舞いを見る限り、彼が妖精狩りである可能性は限りなくゼロに近い。

 

 魔法に強い関心があり、魔力を豊富に持っていて、お金に興味が無く、他人を揶揄う玩具としか思っていない。

 そんな彼が、妖精から魔力を搾り取るだなんてことに手を出すとは到底思えない。

 

 それでも彼にはここで尋ねておきたかった。

 

 万が一彼が妖精狩りだった場合、素直に口を割るわけがない。

 

 だが、疑っているのだと告げておけば少しは動きにくいだろうし、つらつらと長い言い訳をするようなら疑惑の目を持つこともできよう。

 

 そんな気持ちで、チェラシュカは彼に真っ直ぐな視線を送った。まるで()めつけているような鋭さだが、ティンナトールは飄々とした様子で見返してくる。

 

 笑みを深めた彼は、こう一言。

 

「もちろん違いますよ」


 そんな返事が返ってくるだろうなとは思っていたチェラシュカは、詰めていた息をゆっくりと吐いた。

 


「私からも聞きたいのですが」

「……なに」


 彼からの言葉に対し、つい冷たい返事をしてしまうのは仕方のないことだろう。なんせ、彼のせいでこの短時間に心労が山のように積もっている。


「私がラキュスでないと、いつ気付いたのですか? 結構上手くできたかと思ったのですが」


 チェラシュカとしては不本意ながら、すぐにラキュスではないと気付いたわけではない。少しの間でもわからなかったことを馬鹿にしてくるようなら暴れてしまいそうだ、と思いながら返事をする。


「最初に名前をフルネームで呼ばれたとき、違和感はあったけれど私の聞き間違いか勘違いかなと思ったの」

「なるほど」


 ラキュスがチェラシュカのことを愛称で呼ぶようになってからは、彼からフルネームで呼ばれたのはペルシュカの事故があった時の一度きりだと記憶している。

 

 見た目も声も完全にラキュスだったし、そう呼びたい気分だったのかもしれない、とその時点ではその違和感を脇に置いていた。

 

「でも今のラキュスなら、まず私を見つけたらすぐに手を繋いでいたと思うのね」


 一度迷宮内で逸れてしまう経験をした以上、離れ離れになることに対する警戒心が彼の中で非常に強くなっていることをチェラシュカは感じ取っていた。

 

 それ故に、ことあるごとに彼から手を繋がれてもそのままにしていたし、だからこそ、再会してもこちらの様子を心配したり触れてこないのは少し変だと思った。

 

「……あなたたち、本当に仲がいいんですね」

「当然よ。それに、魔法陣を壊さないようにしていたのも気になったわ」

「誤魔化せていませんでしたか」

 

 確かに、土や岩でできた迷宮内で通路いっぱいに描かれた魔法陣を壊そうと派手なことをすれば、崩れる危険性もあるだろう。

 だから、ラキュスが慎重に対応しようとしたとしてもおかしくはなかった。


 ただ、何よりも気になったのは――。


「ティンナトールだけなの。迷宮内の古代魔法のことを()()()って呼ぶのは」

「ああ。……あなたがたにとっては罠でしたね」

「それともう一つ」

「……まだあるのですか」


 ティンナトールは片眉を上げたが、これほど雑な振る舞いで幼馴染であるチェラシュカを(あざむ)けると思っていたことに、こちらが呆れてしまうくらいだ。

 

 そんな内心は飲み込んで、最もわかりやすかった点を告げる。

 

「私が『喉が渇いた』と言ったら、ラキュスは私の口の中に直接お水を注いでくれるの」


 チェラシュカが変換魔法でさくらんぼを作れるように、ラキュスは淡水を作ることができる。

 本物の彼ならば、喉が渇いたと伝えたときの返事は『休憩しよう』ではなく『口を開けて』になるはずだ。

 

 ティンナトールはそのやり取りを見たことがなかったのだろう。

 例え知っていたとしても、妖精の変換魔法以外で飲める水は作れないため、誤魔化しようがないが。

 

「それは随分と……」


 彼はそこまで言うと、口元に軽く握った拳を近付けた。

 咳をするときのようなポーズだが、チェラシュカが彼の言葉の続きを待っても、彼は細めた目でこちらを見るだけだった。


「随分と、なあに?」

「…………彼は、餌付けが趣味なのか、と」


 それを聞いたチェラシュカは、こてんと首を傾げる。

 

「お水って餌に入るかしら」

「気になるのはそこですか」

「私はラキュスによくさくらんぼを食べさせているけれど、餌付けが趣味っていうわけではないわ」

「……そうでしょうね」


 大きく息を吐いた彼は、さも疲れたと言いたげに眉を寄せている。



 ――あなたが不審な行動を取るから、私の方が疲れているのだけれど。



 そう文句を言いたい気持ちはあったが、それよりも早くラキュスたちに合流したいので、これ以上対立するのは得策ではないだろう。

 

「とにかく、あなたの怪しさには一旦目を瞑るから、早くみんなと合流しましょう。どこに居るのかわかる?」

「あはは。随分はっきり言いますね。皆さんがどこに居るかはわかりません」

「本当に?」

「はい」

「本当なのね?」

「本当ですよ」


 じーっと彼の目を見て何度か問いかけたが、彼はこちらの視線を真っ直ぐに受け止めている。


「私としても、皆さんに協力してもらう筈なのにこうして逸れてしまったのは本意ではありません。さっさと先に進みましょう。まあ、あなたが私と二人の時間を延ばしたいというのなら、それでも構いませんが」

「……私は構うわ」


 チェラシュカが小さく息を吐くと、ティンナトールはふっと笑みを浮かべた。彼はどんな状況でも他人を揶揄わないと生きられない(たち)らしい。


「では行きましょう」

 

 そう言って斜め前に陣取り歩き始めた彼の背をチェラシュカは仕方なく追う。

 

 こんな場所でなければ、不審な言動を繰り返す彼を置いてラキュスたちを探しに動きたかった。


 だが、この迷宮を攻略するために彼に来てもらっているのであり、チェラシュカが自発的に彼から離れられないことをよく理解した上で言葉を選んでいるのだろう。

 

 チェラシュカとしても、これ以上無駄な時間を過ごす気もないし、彼と二人きりで居たいと思われたくはない。



 

 それからしばらくの間、彼が先に罠を処理してからチェラシュカが追いかけるというのを幾度も繰り返した。

 

 彼の処理の仕方には相変わらず無茶なやり方が多く、血が出るのを見るたびに肝が冷えた。

 痛覚が無いかのような彼の振る舞いに、こちらの感覚がおかしくなりそうだ。


 彼に食べさせたさくらんぼは既に十個を超えただろうか。

 

 まだ再会できないのかと不安の芽が伸び始める中、そろそろ休憩をしようと二人で地面に腰を下ろしたときのことだった。



「さて、"あのとき"について聞かせてもらいましょうか」


 ティンナトールが急にそんなことを言い出した。

 隣に座る彼を見上げると、キラリと輝く彼の目がこちらに向けられていた。

 

「……あのとき?」

「先程言っていたでしょう。『あのときより悲しいことなんてない』と」

「……ああ」


 彼がラキュスの振りをして『一人で泣いていないか』と問いかけてきたときのことだな、と思い出す。

 


 ――もし泣いたなんて言っていたら、彼はどうするつもりだったのかしら。



 今更彼の言葉にゾッとしつつ、どう説明しようかと思考を巡らせる。


「あのときって言うのは……」


 そうチェラシュカが話し始めたとき、バタバタと複数の足音が近付いてくるのが聞こえた。

 

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