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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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56. バラバラになりました

 ゆっくりと浮上する意識に合わせて、チェラシュカは緩慢にその瞼を開く。

 

 視界に一切の光が入ってこない中、ぼんやりとした意識のまま、地面に横たえていた上体を起こす。

 

 ゴツゴツしたところで枕も無しに寝ていたことで、身体全体が強張ってしまっている。

 首を左右に傾けて、肩をぐるりと回し、寝すぎてしまったかも……と思ったところで異変に気が付いた。


「……あら?」


 皆でご飯を食べ、ラキュスたちが通ってきた道を進んで一階へ戻り、ティンナトール曰く危険な罠が無い場所で休息を取ることになった――そこまでは覚えている。

 

 念のためラキュスが坐する守護(プラエシディウム)を起動させ、全員がその範囲内に入って眠りについたのだ。

 万が一魔獣などが居たとしても、入ってこられないので安心――のはずだった。

 



 現在チェラシュカの目の前は闇に包まれており、目を開けているのか(つむ)っているのかわからない状態だ。

 

 もともと迷宮内には明かりが無かったため、それは何らおかしなことではない。

 眠る前には誰かが明かりの魔導具を灯していたはずだが、うっかり消してしまったということで説明がつく。

 

 だが今はそもそも、周囲に誰の気配も感じられなかった。


「みんな……どこ……?」


 仲間たちが誰も近くに居ないという状況が久々なため、急に心細くなる。

 

 いきなり明るくすると目が眩むので、魔法で小さな明かりを灯そう……と思ったところで、コツコツと地面を踏む足音が聞こえてきた。

 

 一体誰が来たのか、とチェラシュカは明かりをつけず身を固くする。

 

「チェラシュカ? そこに居ますか?」


 その声がした方を振り向くと、小さな明かりと共に見えてきたのは濃紺の髪で――。

 

「……ラキュス?」

 

 ラキュスの濃紺の瞳が、彼の灯す魔法の明かりを反射して輝いている。

 一方、彼はじっとこちらを見つめて何かを考えているようだった。


「みんなはどこに行ってしまったの? ラキュスはどこに居たの?」

「……」


 何も言わない彼に少し不安になりながらも、チェラシュカはじっと見つめ返す。

 すると、彼は振り返って歩いてきた方を指差した。

 

「……あいつらがどこに行ったかはわからない。俺はあっちの方に居た」


 彼が指し示した方を向く。

 明かりで見える範囲には何もないただの通路で、その奥は暗闇に包まれている。


「みんながどこに行ったかわからないってどういうこと?」

「さっき目覚めたばかりだが、周りには誰も居なかったんだ」

「それって……みんなバラバラになってしまったということ?」

「恐らく」

「……まあ」


 寝ている間に何らかの罠が作動したのか、違う場所に移動してしまったらしい。即座に危険に見舞われるようなものでなくて良かったが、それでもかなりの緊急事態である。

 

 早くレオニクスたちと合流したいところだが、そもそもここはどこなのだろう。


「ここ、まだ通ってない場所よね」

「そうだな」


 迷宮内の通路はどこも似たような作りであったが、今見える範囲にある魔法陣の位置がここに来るまでに見たどの魔法陣の位置とも違っている。

 

 魔法陣が勝手に移動しているのでなければ、一応はまだ見たことのない場所だと言えよう。

 

 近くに自分たち以外の誰かの気配などは感じられないが、まずは人探しをするときのセオリー通り動くことにする。


「レオニクスー! ストラメルー! ティンナトールー! 居たら返事してー!」


 とりあえず大声でこの場にいない仲間たちの名前を呼んだ。ラキュスがやや目を丸くしてこちらを見ている。

 そんな驚きの表情が、ふっと微笑みに変わった。


「大きな音に反応する仕掛けもある……みたいだから、行動する前に言ってほしい」

「わかったわ、気を付ける」


 チェラシュカは大きく頷いた。

 確かにどこに罠があるかわからない以上、これ以上無い程に慎重を期すべきだろう。

 

 ストラメルと二人きりになったときと違って、現在地の(あたり)すら付けられないのだし……。


「……近くには居ないみたいだな」


 先程放ったチェラシュカの大声に、応える声や足音は無い。残念ながらラキュスの言う通りのようだ。


 さて、迷子になった場合のセオリーは”迷ったところから動かない”である。厳密には迷子とは違うものの、闇雲に動くのが危険であることには変わりない。

 

 しかし、だからといっていつまでも動かないわけにもいかない。

 恐らく高い確率で全員が同じように(はぐ)れている以上、今は二人で少しずつ進んでいくしかないのだ。


「俺が先に行く」

「……ありがとう」


 明かりを大きくして通路の先まで照らしたラキュスが、周囲をじっくりと見回しながら慎重に歩みを進める。

 チェラシュカはその後ろを付かず離れずの距離で歩く。

 

 すると、ラキュスが前を向いたまま話しかけてきた。


「なあ」

「なあに」

「最近は二人だけで話す機会が少なかっただろう」

「まあ、そうね」


 彼の言う通り、仲間が増えてからは何かと全員で行動することが多かった。


 最近レオニクスやストラメルと別行動を取ったのは、迷宮に関する情報収集のときくらいだ。それも周りに誰かが居たため、落ち着いて話すという雰囲気にはならなかった。

 

 そう思い返していると、立ち止まった彼がこちらを振り返り、神妙な口振りで話し始めた。

 

「……最近辛かったり悲しかったりしたことはないか」

「……どうしたの? 急に」

「チェリはいつも明るく振舞っているが、一人で抱え込んで泣いたりしていないか、心配なんだ」


 チェラシュカは彼に合わせて立ち止まり、じっとその目を見返した。

 

 旅をし始めてからすぐに仲間が増えたからか、二人きりでゆっくり話せていないことが気がかりなのだろうか。

 

「……心配してくれてありがとう。ここ最近はそんな辛いことなんてないわ」

「……本当に? 無理していないか?」


 珍しく食い下がってくるな、と思いつつチェラシュカは返事をした。

 

「ええ。……あのときより悲しいことなんて、きっとこれからも起こりっこないわ」

「…………そうか。ならいい」


 静かに目を伏せた彼はそう言うと、前を向いて再び歩き出した。

 

 あの子を失ったときの痛みはまだ癒えていないし、それ以上に辛いことなんて、想像するだけで息が詰まりそうになる。

 もしラキュスまで失ったら――だなんて、考えたくもないことだ。


 ◇◇◇


 前を行く彼が不意に立ち止まった。


 どうしたのだろう、とチェラシュカは彼の背から前方を覗き込む。数歩程先の通路には、その幅ギリギリの大きさの魔法陣が描かれていた。

 

 すると、彼は魔法で小さな氷を作ってころんと地面に転がした。

 

 彼の手から離れた氷の塊は魔法陣の上で止まり、しゅわ……と音を立てて消えてしまった。


「あの魔法陣は何なのかしら」

「……水分を奪っているように見えた」

「それって……あの上を通ると私もラキュスもカラカラに乾いてしまうってこと?」

「そうだな」


 こんなところで干物になるわけにはいかない。

 地面に描かれた魔法陣を見つめ、この大きさだと避けて通ることもできないし……と考え、はたと気付く。


「……あの魔法陣って壊せないかしら」

「壊す?」

「ええ。ティンナトールは罠を保存しておきたいようだったし、私だって何もなければそれを尊重するわ。でも、今は緊急事態よ。無事にみんなと合流する以上に優先すべきだとは思わないし……何よりここ、彼の所有物じゃないものね?」

「……」


 沈黙を返答代わりの肯定とみなし、チェラシュカは言葉を続ける。

 

「もちろん、ストラメルが言ってたみたいに無闇矢鱈に壊して回ったりしないわ。ただ、私たちの必要最低限の安全を確保するために、ね? もし壊したことを怒られたら、ラキュスも一緒に謝る方法を考えてくれるでしょう?」

「……壊さないでいい。俺がなんとかする」

「なんとかって?」

「下手に仕掛けに触れて、怪我でもしたらどうする」

「それはそうなのだけれど」


 なんとかする当てはあるのだろうか、と思いこちらに向けられた濃紺の瞳を見つめる。

 いつもは凪いだ湖のような静謐さをたたえているのに、今はロウソクの火のように僅かに揺らめいている。

 

 すると、彼が魔法陣に向けて片手を突き出した。

 ほどなくして、壁の膝辺りの高さに、手の平ほどの厚みの岩が突き出てきた。


「棚……?」


 突き出た部分の横幅は片腕を伸ばしたくらいの長さで、縦幅は魔法陣の直径より少し長い。

 一言で言えば、細長い長方形が地面と平行に壁にくっついているような状態だ。

 

 岩でできた長方形の上に、彼は先程と同じような氷の塊を転がした。

 コロコロと転がってから止まったそれは、先程とは違って消えることなく残っている。

 彼はそれを見てからくるりと振り向いた。


「この上を歩いて行こう」

「……わかったわ」


 ラキュスが壁から突き出た岩にひょいっと乗り、ゆっくりと足を進めていく。

 チェラシュカは彼と同じように岩の上に乗り、その後ろを慎重に歩いた。


 魔法陣のある範囲を越え、二人は地面に降りる。振り返って壁を元に戻した彼は再び進み始めた。

 チェラシュカは置いて行かれないように歩きつつ、その背に向けて問いかける。

 

「ねえ、そんなに速く歩いて大丈夫?」


 通常であれば、決して速いとは言えない速度。けれども、どこにどんな罠があるかわからない今は少し不安になる速度。

 

 急いで合流したいのはわかるが、いつも冷静な彼らしくないな、とも思う。落ち着いて見えるが実は焦っているのか、それとも――。


「……すまない、少し気が()いていた」


 彼はそう言って歩く速度を落とした。それから周囲を注意深く見渡し、しばらく歩いてまた足を止める。


「どうしたの?」


 その場から動かなくなった彼に声をかける。

 周囲に見てわかるような罠は無さそうだが、何か見つけたのだろうか。

 

 こちらを振り向いた彼は眉尻を下げている。

 チェラシュカが彼の向こう側を覗き込もうとして、更に近付いたときのことだった。


「何が……はっくしゅん!!」

「あっ」

「え、なに……くしゅ! くしゃみが……くしゅん! 止まらな、へくちっ!」

「急いでここを抜けよう」

「ずび……」


 チェラシュカはラキュスに手を取られ、わけがわからないまま駆け出した。

 鼻がムズムズするし、目も喉も痒いし、視界も少しボヤッとするのは生理的な涙のせいかもしれない。

 

「罠は……くしっ! 大丈……へきしゅ!」

「無理に話さなくていい!」

「くしゅん!!」


 およそ十五歩程度走ったところで、ラキュスが足を止めた。それから彼は困ったような表情でこちらを見た。


「こ、これ……なんの罠……へちゅっ!」

「こすらないで……これは花粉しょ……」


 目元に手をやるチェラシュカの手首を、彼が軽く掴んだ。目元は擦れなくなったが、(はな)もかめないのですすることになる。なんとも言えない気持ち悪さだ。

 

「ずずっ……。花粉……?」

「……の症状に似ている、気がする」

「な、くちゅん! なあにそれ」

「何って……」


 少し眉を寄せた彼は、チェラシュカの顔に手を(かざ)し、慎重に治癒魔法をかけてくれた。


 すっかりくしゃみやその他の不調が治まり、何らかの病気を発動する罠だったのかなと考える。

 

 彼は(おもむろ)にチェラシュカの両肩を掴み少し屈んだ。こちらに向けられた彼の双眸が、明かりを反射して煌めいた。


「俺の目を見て」

「? 見てるわ」


 たっぷり十数秒は見つめ合っただろうか。しばらくしてからすっと目を細めた彼は、おかしいな、と呟いた。


「どうかしたの?」

「……なんでもない」


 彼は小さく(かぶり)を振った。

 

 おかしいのは彼の方ではないだろうか。なんだか調子が悪そうだ。

 自分も先程の罠でくしゃみをしすぎたせいか、少し疲れてしまった。


「喉が渇いちゃったわね」

「そうだな、一度休憩しよう」


 彼はそう言ってその場に立ち止まった。そして、袖口の携帯型金庫に手を触れる。

 

 チェラシュカは、彼が一本の軽量瓶を取り出すのを見て口を開いた。

 

「ねえ、一つ聞いてもいい?」

「なんだ」


 

 キュッ、ポン。

 そんな音と共に、彼の手で開けられた軽量瓶。

 その中を満たしているのは、透明な、水。

 


 

「あなたは……誰?」

 

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