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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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55. 空腹は怒りを増幅させます

 チェラシュカはラキュスに手を引かれるままに通路を駆け抜けていた。罠が無いか不安ではあるが、今は休止していることを祈るしかない。

 

 何度か角を曲がったあたりで、やっと彼は止まってくれた。肩で息をしながら振り向くと、レオニクスとストラメル、そしてティンナトールが居ることに安堵する。

 

「しっかし、あいつらなんだったんすかね」


 額の汗を拭いながらそう零すストラメルに、レオニクスも同調する。

 

「長期戦だと結構厳しかったぜ、あれ。つーかティンナトール、下には大した罠はねえって言ってたじゃねえかよ」

「ええ、私はここでゴーレムに会うのは初めてです。未発見の仕掛けや部屋がまだ残っているだなんて、思ってもみなかったですね」


 どうやらあの土人形はゴーレムというらしい。

 初めて聞く響きだなと彼らの会話に耳を傾けていると、ラキュスから鋭い声が上がる。


「ティンナトール……、迷宮内の全ての魔法を解明したと言っていたよな。何故こんなことになっている」


 地を這うような彼の低い声色は、破裂寸前の風船のように怒気を孕んでいた。彼に掴まれた手が少し痛むほどに、その手にこもる力が強まっていく。

 

「そうですね、その点については誤りがあったようですので訂正いたしましょう。正確には、妖精の女性体にのみ反応する魔法以外を解明した、と」


 サラリと受け流すティンナトールは、相変わらずマイペースな様子だ。

 ひとまず彼が言った言葉を反芻する。妖精の女性体とはつまり――。

 

「……私?」

「ええ! これまで、種族による仕掛けの反応の違いは考慮して調査を行っていましたが、性差については検討しておらずでして。しかし、初めて見るあの部屋の魔法を解析した結果、あのゴーレムはあの部屋の元の主と同じ属性の生命体、つまり妖精の女性体に反応するようにできていたとわかりました」


 つまり、チェラシュカはあの部屋に元々居た誰かと間違われたということか。自分のせいで皆に迷惑をかけてしまったのかと思うと、心苦しい気持ちになる。

 

「ごめんなさい、私のせいでみんなを危険な目に遭わせてしまったわ」

「チェリのせいじゃない」

「大丈夫だって! チェリちゃんが無事で良かったぜ」

「攻撃自体はしてこなかったっすからね。ただ面倒だっただけっすよ」


 慰めの言葉をかけられて、逆に居た堪れなくなってきた。

 そこへ、場違いに弾むようなティンナトールの声が耳に入る。


「チェラシュカはお手柄ですよ。あなたが居たことでゴーレムが動き、あの部屋への道が開いたのですから。ああ、あなたたちを連れてくることにして本当に良かった」


 スキップでもしそうな彼の様子に、チェラシュカは毒気を抜かれるような気持ちになった。

 しかも、迷宮の案内を頼んだのはこちらだったはずだが、いつの間にか彼の調査にこちらが協力しているという認識になっているようだ。

 

「そ、そう……」


 辛うじて相槌を打てば、眉を顰めたレオニクスが口を開く。

 

「つーか、他にもっと言うことがあんじゃねえか? お前のせいでチェリちゃんが危険な目に遭ったんだぞ」

「全て私のせいだと仰るのですか? あなたたちだけでは、こうして助けに来ることすら出来なかったのではないですか」

「そうかもしんねえけど……。でも、わかってなかったんなら嘘ついてたってことになんだろ?」


 すると、ティンナトールは自身には何の非も無いと言わんばかりの眼差しで彼を見返した。

 

「あの時点でわかる範囲の仕掛けは、文字通り全て解明していました。今回新たな仕掛けが見つかったというだけで、嘘をついたわけではありません。科学や歴史だって、新たな事実が発見されれば過去に事実とされていたことも否定されます。ですが、当時の人が嘘をつこうとしたわけではなく、それが当時の限界だっただけです」

「……えーっと、だから……あああもう! わけわかんねえことごちゃごちゃ言うんじゃねえよ!」


 レオニクスがティンナトールに言い包められている。

 

 チェラシュカ自身は、こうして危機に巻き込まれさえしなければ「知らなかったのなら嘘ではない」と考える派である。

 ただ、心情的にレオニクスの言いたいこともわかる……と思っていたところにラキュスが割って入った。


「嘘かどうかはどうでもいい。チェリが危険な目に遭った、ということが大、問、題、なんだ」


 ティンナトールの気ままさは、幼馴染にとって火に油だったようだ。

 殊更に"大問題"を強調して言った彼は、噴火直前の活火山を思わせる。

 

 そんなラキュスを一瞥したティンナトールが、困った子を見るような顔をした。そして、こちらを向いてわざとらしく眉尻を下げる。


「すみません、チェラシュカ。あなた方がうっかり仕掛けにひっかかるなんてことも、その先に居たゴーレムの処理に手間取るほどの戦闘力だなんてことも、全く思ってもみなかったのです。私が買いかぶりすぎていて、申し訳ないことをしました。レヴァノスからここまで問題なく辿り着ける程には十分な実力が備わっていると思っていましたが、たまたまだったのですね。本当にすみ、」

「おいこらてめえ! さっきから黙って聞いてりゃ謝る気ねえだろ! 俺らが弱いって言いたいんならはっきりそう言えやこの頭でっかちクソ研究野郎が!!」

 

 ティンナトールの言葉を遮り怒声を上げたのはストラメルだ。

 無理もない、チェラシュカだって途中から顔が引き攣ってしまった。謝罪の皮を被った悪口を浴びせられるとは、それこそ思ってもみなかったことだ。


「短気ですねぇ」

「誰のせいだと……!」

「……諦めようぜ、こいつはこういう奴みてえだ」


 声を荒げたストラメルの肩を、レオニクスがポンポンと叩いている。怒り心頭の彼を見て、逆に落ち着いたのかもしれない。


 彼らがやいのやいのと言い合う中、チェラシュカは携帯型金庫からグミを取り出した。指先ほどの大きさのそれを口に放り込む。

 バタバタしてお腹が空いてしまった。今のうちにちょっと一息つこう。


「え、チェリちゃん……?」


 レオニクスがこちらの動きに気付いてしまった。


「……わたひのことは気にひないで」


 口の中のグミを舌で避けながら、もごもごと返事をする。


 すると、怒髪天を衝く勢いのストラメルも、半分噴火しかけていたラキュスも、飄々と躱していたティンナトールも、皆揃ってこちらに視線を向けてきた。


「……食事にしよう」

「仕方ないっすね」

「空腹は苛立ちを煽りますからね」

「お前が言うなっての」


 しばらく続くかと思われた彼らの言い争いは、急激に失速した。

 何故だろう、とチェラシュカは目を瞬かせる。

 

「チェリちゃん、ここ座って」


 レオニクスが小さな岩の上にハンカチを広げて置いてくれた。腰掛けるのに丁度良い大きさだったが、一つしかない。


 ちらっと全員の様子を窺ったが、皆地面にそのまま腰を下ろしている。

 レオニクスにお礼を告げて、チェラシュカはそのハンカチの上へ座ることにした。

 

 食料は各自で準備してきていたのだが、食べている最中誰も一言も発さなかった。

 チェラシュカは黙々とおにぎりを頬張るだけだったが、彼らからは非常に重苦しい空気が漂っている。


「てか、部屋を解析するだけでそんなにわかるもんなんすね」


 不意にストラメルがそう言った。早々に食べ終わっていた彼は、じっとティンナトールに鋭い目を向けている。

 

 そういえば、先程ティンナトールが部屋の解析をしたと言っていた。

 チェラシュカとしては、本職の研究者は違うなと思うばかりであったが、同じヒト同士だと何か思うところがあるのかもしれない。


「実はあそこでこんなものを見つけまして」


 ティンナトールは懐から何かを取り出した。

 それは一冊のノートらしく、所々擦り切れたり土で汚れた跡がついていた。彼はそれを無造作にパラパラと捲る。


「ざっと読んだ感じですと、昔あそこには妖精の女性体が閉じ込められていたようですね。一部読めない部分もあり詳しい事情は不明ですが、ゴーレムはその妖精を見張る為に設置されていたようです」


 チェラシュカは、かつてあの部屋に居たという妖精に思いを馳せた。

 部屋自体はそこそこ広く、部屋の隅には寝台や文机もあった気がする。

 

 しかし、やや湿った空気と生物の居ない異様な静けさ、心許ないロウソクの明かり、そして部屋の主を外に出すまいとする固い意思をそのまま形にしたような多くのゴーレムを思い返すと、決して快適な暮らしではなかっただろうと思う。

 

 レオニクスは思い切り顔をしかめ、「マジで悪趣味すぎんだろ」と吐き捨てるように言った。

 

「下手したらあそこで監禁されてたかもしれないってことっすか? あっぶねー!」

「チェリを監禁なんて絶対にさせない」


 ストラメルの言葉に、ラキュスが即座に反応した。

 頼もしさを感じる反面、自分ももっとしっかりしなければと心を新たにする。


「まあ、とりあえずこうして合流できて良かったぜ」

「そうだな」


 ラキュスがレオニクスに相槌を打った。

 そのタイミングで丁度食べ終わったチェラシュカは、「ごちそうさまでした」と立ち上がる。

 ハンカチをさっと洗浄してレオニクスに返すと、その手をラキュスに掴まれた。


「ラキュス?」


 彼からは、返事の代わりに掴む力を強められた。真剣な眼差しに、離さない、と言われているような気がする。

 急に逸れてしまったことで、不安が煽られてしまったのだろう。


 チェラシュカはそれ以上何も言わずに、その手をきゅっと握り返した。

 

 ◇◇◇

 

 全員が食べ終わったので、五人は再び迷宮内を進み始めた。


 ラキュスの魔法で照らされた通路を黙って歩いていると、隣にレオニクスが並んだ。後ろからはばらばらと二組の足音が聞こえる。

 

「そういえば、ラキュスたちはここに来るまで大丈夫だった? 怪我は無いかしら」

「……そうだ、チェリ、レオニクスを治してやってほしい」

「え! どこか怪我をしたの? 大丈夫?」


 ばっとレオニクスの方に顔を向けると、彼は大きく目を開いた。


「えっと……? あ、そういえば一時的に耳が聞こえなくなっちまったんだった」

「まあ! 大変だわ! 痛みはない? そんなときに捕まってしまってごめんなさい……」

「いやいや、チェリちゃんのせいじゃねえし! 言われるまで忘れてたしな」


 聞けば、とてつもなく大きく不快な音を出す罠があり、獣人である彼はもろにダメージを受けてしまったのだという。鼓膜は破れていないだろうとのことだが、細かな傷はついているかもしれない。


 チェラシュカはラキュスの手を引っ張って足を止める。

 レオニクスも足を止めてくれたので、空いている方の手を持ち上げると、彼の頭上にかざした。


 やや緊張した面持ちの彼を見返して、彼の耳の中についたであろう傷が無くなるようにイメージする。


「レオニクスの耳がよくなりますように」

「あ……」

「どうかしら。何か変わった?」

「……すげえ! チェリちゃんの声めっちゃ聞こえるようになった! ありがとな!」


 レオニクスのぱあっと明るくなった顔を見ると、そんなに聞こえにくかったのかと申し訳無さが増す。この様子なら問題なさそうだが、ダメ押しにさくらんぼをあげることにする。


「レオニクス、口を開けて」

「んあ?」


 反射的に開けられたであろう彼の口に、ぽいぽいっと赤い実を放り込む。唇にちょっと指が触れてしまったが、レオニクスなら細かいことは気にしないだろう。多分。

 

 彼がゆっくりと口を閉じて咀嚼し始めたのを確認して、後ろを振り返る。

 ストラメルはレオニクスを見てどことなく楽しげにしており、ティンナトールはこちらへ向ける目を眇めさせていた。


「急に足を止めてしまってごめんなさい。二人とも怪我は無い?」


 そう問いかけると、ストラメルが元気よく大丈夫っす! と返してくれた。

 一方のティンナトールはというと、何かを考えるように斜め下に視線を向ける。

 

「……私にもくれますか?」

「は?」

「まあ、ティンナトールも怪我をしたの?」


 隣から非常に冷たい声が聞こえたが、もしティンナトールも怪我をしたのであれば、治してあげなければ。

 そう思っていると――。


「いやいや、あんな毒矢の中に平気で飛び込む人が自分で治せない怪我を負うわけないっすよ」


 ストラメルが呆れたように言う。

 色々あって記憶の隅に追いやられていたが、そういえば彼は平然と首に刺さった矢を抜いて治癒していたのだった。

 

「お前、どの罠にも突っ込んですぐ自分で治してたじゃねえか」


 レオニクスの言葉から推測するに、(はぐ)れてからも彼は罠を避けずに治癒をするということを繰り返していたようである。


 どうしてそんな無茶ばかりするのだろうか。共に行動する身としては、心臓がいくつあっても足りないくらいである。

 そんな風に考えていると、ティンナトールはわざとらしく眉尻を下げてみせた。


「おや、先程仰った言葉は嘘だったんですか。冷たいですね、チェラシュカ」


 先程、というのは恐らく逸れる前にチェラシュカが言った言葉だろう。

 怪我をするたびにさくらんぼを食べてもらう――その宣言に偽りは無い。ぱっと見で外傷が無かろうと、チェラシュカにとっては関係のないことである。


「嘘じゃないわ。怪我をしたのならいくらでもあげる」

「ふふ、そう言ってくださると思っていましたよ」


 チェラシュカは空いた手の上にぽぽんとさくらんぼを生成した。そのまま手を伸ばして渡そうとすると、彼がこちらに一歩近付いた。


 彼は少し屈んでチェラシュカに顔を近づけると、ぱかりと口を開けた。

 思わず目を瞬かせてまじまじと見つめると、彼は少し目を細めて首を傾げた。


「私にも食べさせてくれるでしょう? レオニクスにしたみたいに」

「なっ……」

 

 レオニクスが何か言いたげに声を上げかけたが、それ以上は続かなかった。


 チェラシュカとしては、彼の方から歩み寄ってくるようなことがあると思っていなかったので驚きはしたものの、こちらに来てくれるのであれば好都合である。


「もちろんよ。はい、あー」


 チェラシュカの言葉に合わせて彼は素直に口を開けた。最初からこんな風に協力的であればもっと色々とスムーズに進んだんだろうなと思いつつ、ぽいっと実を放り込んでおいた。


「……もういいだろう。行くぞ」


 ティンナトールが口を閉じるよりも先に、ラキュスに軽く手を引かれる。

 時間を取ってしまったので、遅れを取り戻したいのかもしれない。


 迷宮の何割程進んだかはわからないが、あまり進めていないことは確かである。

 

 ラキュスたちからどんな道のりだったかを教えてもらいつつ、彼らが通ってきたという道を進む。

 

 迷宮に入ってまだ一日目であるが、迷宮を抜けるのに最低一週間ほどかかると聞いたことを思い出す。

 チェラシュカとしては、多少遠回りしてでも虫の罠だけは避けたいと思うのだった。

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