54. レオニクスと近くて遠い彼女
一方その頃。
レオニクスたちは、薄暗い階段をトントンと下りていた。
「本当にこっちで合ってるんだよな?」
「はい。何回聞くのですか?」
「いつ着くんだ?」
「この先のどこかにいるはずですよ」
「っはーーー、落ち着かねえ……」
そわそわとしてざわめく心のままに、レオニクスは何度も同じ質問を繰り返していた。
それに対してきちんと同じ答えを返すティンナトールは、意外と心が広いのかもしれない。
「本当に心配性ですねぇ」
「オレだけじゃねえよ! ラキュスだって、ほら!」
そう言いながら後ろを一人で歩くラキュスを振り返る。
彼は一見真顔に見えたが、よく見ると口にも眉間にも軽く皺が寄っている。チェラシュカたちと逸れてしまったことが相当堪えているに違いない。
「……前を見て歩け」
「な?」
「見なくてもわかりますよ」
ティンナトールは一瞬だけ視線をこちらに向け、再び前を見てすたすたと歩く。
そこからいくつかの曲がり角を曲がったり分かれ道を先導されたりしながら、大小さまざまな罠――大量の虫が出て来たり蔦が這い出て絡みつかれたり大量の火の矢が降って来たり食事の幻影が出てきたり――を潜り抜けた。
そうして多少、というか割とぼろぼろになりながら、少し重くなった足取りでのそのそと歩いていた時のことだった。
「どういうことっすか!?!?」
すぐ近くからストラメルの大声が聞こえた。
考えるより先に声のした方へ向かって全力で駆ける。
角を曲がった先の通路の真ん中に、ストラメルが一人立っていた。彼の視線は、通路に空いた大きな四角い穴の中に向けられていた。
「……おや」
ティンナトールが小さく呟いたのが聞こえたが、構わずレオニクスはストラメルの元へ向かいながら叫ぶ。
「どうした!? チェリちゃんは?」
こちらに気付いたストラメルが、あからさまにほっとした顔をして中を指さした。
「良かった! あの、あれなんっすけど」
「何があった?」
後から追い付いてきたラキュスと共に、穴――というか部屋の中を覗き込んだ。
そこには見たことのない何か――土色の四角い物体がずらりと並んでおり、まるで王の側に控える家来たちのような印象を抱いた。
そして、その中央の奥には背丈ほどの立方体の台座のようなものがあり、何故かチェラシュカがそこにちょこんと座っていた。
「ラキュス! レオニクスも!」
こちらに気付いた彼女の顔がぱあっと明るくなった。再会できたことへの安心と喜びを全面に表され、ついどきりとする。
部屋の隅に点々と置かれている蝋燭が柔らかな光で彼女を照らしており、こんなときなのにもっとその表情が見たいと思ってしまった。
「チェリ!」
ラキュスが一目散に駆け寄ろうとするが、その瞬間端にいた土色の何かが両側から一体ずつ立ち上がり、彼の前に立ちはだかる。
「どけ」
彼が背丈ほどの水球をそれらに向かって放った。土くれは一瞬で水分を含み、どろりと水中に溶けた。
「あ、ラキュスさん……!」
「へえ、ゴーレムですか」
レオニクスたちの後ろから中を覗き込んだティンナトールが、感慨深げな声を上げる。
「遅えよ!」
振り返って文句を言うが、ティンナトールは目を大きく開いて興味深そうに中をぐるりと見渡していた。
「あれ知ってるんすか? めっちゃ不死身だったっすけど……」
「なるほど、面白いですね」
「不死身?」
レオニクスが問いかけると、ストラメルは何度攻撃しても復活するのだと説明した。
それと同じタイミングで水中から泥が消え去り、端に控えていた別個体がまたラキュスの元へと歩み寄る。
また、それが抜けた場所に四角い土が積みあがっていくのも見えた。
「ということは、あれらのゴーレムは迷宮内で動くことに特化しているのかもしれませんね」
「そもそもゴーレムってなんだよ」
「ああ……、あんな風に土でできた人型の魔導具です。魔法陣で刻まれた簡単な指令に従い、かつては兵器などとしても用いられていましたが、あのように水に弱いため次第に見なくなりましたね。通常のゴーレムには復活などという高次の魔法をかけることはありませんし、恐らくこの場そのものがあれらを生成する特殊な空間になっているのかもしれません。あそこに積み上げられたさくらんぼは何の意味が……。本当に興味深いな……」
ティンナトールが早口でぺらぺらと喋り出した。
また何か変なスイッチを入れてしまったかと思いつつ、概要は理解した。
つまり、この状況は普通じゃないということだ。
ラキュスが再び水球を操って周囲に寄ってきたゴーレムとやらに攻撃しているのを見て、自分も加勢しにいこうかと足を踏み出しかけた。
だが、ストラメルがこれまでのことを説明し始めたので、一旦その場に踏み留まる。
「つまり、どこからか不死身のゴーレムたちが現れて、それらにチェラシュカが運ばれるのを追ってきたら、ここに辿り着いたというわけですね」
「っす。しかも今ラキュスさんがやってるように、俺も近付こうとしたらあいつらに阻まれたんっす」
「攻撃してくる様子はありませんね」
「そうなんすよね……チェラシュカさんもただ運ばれただけで、怪我とかは無いみたいっす」
「うーん、どうすりゃいいんだ……?」
ストラメルと顔を見合わせて首を捻っていると、その横をティンナトールがすり抜けて中に入った。
ラキュスはなんとか通り抜けようと水魔法を操っているが、倒してはすぐに補充されるゴーレムにじりじりと押されているようだ。
その後ろを素通りし、端に控えているそれに躊躇なく歩み寄ったティンナトールは、まじまじと観察を始めた。そのゴーレムはティンナトールを攻撃したりすることもなく、ただひたすら自分の出番を待っているようだった。
レオニクスはラキュス越しに再びチェラシュカの方へ視線を向けた。彼女は眉を下げてへにょ……という表情でラキュスが戦うのを見ていたが、不意にこちらに視線を向けた。
レオニクスと目が合った彼女は、はっと何かに気付いたように口を開いた。
「レオニクス!」
「な、なに? チェリちゃん!」
「これ、切れないかしら!」
彼女は自身の腹周りをぽんぽんと叩いた。その手の下には、鈍く光るベルトのようなものが巻き付いており、どうやらそれが彼女を椅子に固定しているようだった。
「む、無理無理無理無理!」
「ダメかしら?」
「オレそんな細かくコントロールできねえ! 一緒に切っちまう!」
「むむ……」
レオニクスの返事を聞いた彼女は、ぎゅっと顔のパーツを中心に寄せ、左右のこめかみに両手の人差し指を当てて考え込んでいる。
あまり見たことのない表情につい目を奪われていると、彼女は再び閃いたような顔をした。
「これで切れると良いのだけれど」
彼女は自身のブレスレット型の携帯型金庫から、見覚えのあるナイフを取り出した。
「え、チェラシュカさんナイフなんて持ってたんすか」
隣のストラメルが不思議そうな声を出した。それもそのはず、彼女は普段ラキュスから、刃物やその他武器になるようなものを持たないように厳命されているのである。
だから、彼女自身もさっきまであのナイフの存在をすっかり忘れていたのだろう。
「一応……」
レオニクスが辛うじて一言返せば、ストラメルがへえーと軽く相槌を打つ。
その間もレオニクスは彼女の一挙手一投足をじっと見る。鞘から出すのも柄を握るのも、彼女の手付きは何もかも覚束なく、これはラキュスが止めるのも当然だと思える。
そんな彼女を見たストラメルがわたわたと慌て始めた。
「なんか危なっかしいっす……はらはらするっす!」
「あれは魔導ナイフらしいから、チェリちゃんが怪我することはねえはずなんだけど……」
自分でそう言いつつも、ストラメルと同じように落ち着かない気持ちになる。彼女は刃をそっとベルト部分に押し当ててぎこぎこと動かしているが、普通のナイフなら既に手が切り傷だらけなのではないだろうか。
とはいえ、こちらから近付くのが難しい以上、彼女自身の頑張りとナイフの切れ味に期待するしかない。
「切れたわ!」
しばらくナイフを動かしていた彼女は嬉しそうな大声を上げ、ぐっと前にナイフを掲げると鞘に仕舞った。そのまま立ち上がった彼女の膝の上から、ストンと地面にベルトが落ちた。
それを見てレオニクスは胸を撫で下ろす。しかしながら、レオニクスが抱いていたのは、彼女が傷付くのではないかとひやひやする気持ちだけではなかった。
――オレがもっと斬撃を細かく制御できてたら……。
よりにもよって、あのいけ好かない野郎からのプレゼントを使わせた――そう考えると、胸の奥でチリリと焦げ付く思いが芽生える。
そこで彼女が何かに気付いたように、あ、と漏らした。
「服まで切ってしまったわ」
そんな彼女の言葉に、先程までベルトが巻き付いていた付近に視線を動かすと、ワンピースの腹部にすぱっと縦に線が入っていた。
彼女の動きにあわせて布が動くことにより、普段は衣服に隠されている白い肌が僅かに覗いた。ごく、と無意識にレオニクスの喉が鳴る。
「チェリ! こっちへ降りられるか?」
「ラキュス!」
彼女は服の切れてしまった部分を片手で覆うと、台座の上をすり足で少しずつ前に進む。そこでラキュスがこちらを振り返った。
「レオニクス! ストラメル! こいつらを抑えるのを手伝え!」
その大きな声で、レオニクスは我に返った。
「お、おう!」
「了解っす!」
二人でラキュスの元へと走った。想定通り、途中で左右から数体のゴーレムがレオニクスたちの前に立ち塞がる。
隣でストラメルが目の前のゴーレムの頭を蹴り飛ばしながら、こちらを向いてニヤリとした。
「レオニクスさんって、マッジで初心っすよね」
小声でそう言った彼は、自分の腹をぽんぽんと軽く叩いた。
一瞬何のことだと思ったが、「くっついたかしら」と呟く声が聞こえ――今まさに修復されたであろう彼女のワンピースのことだと気付き、頭が沸騰しそうになる。
「……うるっせえな!!!」
赤くなる顔を誤魔化すように獣化すると、目の前の一体を前腕でばしんと弾き飛ばす。そうだ、こんなことを考えている場合じゃない。
煩悩を断ち切るように、右の壁に控えていた他の数体に向けて斬撃を放つ。こちらに向かっていたゴーレムたちは、身体がバラバラになりその場で体勢を崩した。
「レオニクス、壁まで壊さないでくださいね」
その声に振り向くと、先程まではゴーレムを観察したり部屋の壁を見たりしていたティンナトールが、こちらを向いて懐に何かを仕舞っていた。
「っお前も協力しろよ!」
「私は護衛ではないと言ったはずですが……」
そこで彼はちらりとチェラシュカに視線を向けた。
「まあ、彼女のおかげでここに来られましたので、その分は返してあげてもいいでしょう」
彼が近くの壁に手を触れると、その壁から植物の蔓がいくつも生えてきて、壁際にいたゴーレムの足や手に巻き付いた。
ゴーレムたちはなんとか引き千切ろうともがいているが、その度に巻き付く蔓が増え、より身動きが取れなくなっている。
一方、レオニクスたちが攻撃したゴーレムたちは地面に吸収されていくところだ。つまり、今この瞬間まともに動けるゴーレムは一体も居ない状態になった。
「チェリ!」
ラキュスが大声で彼女を呼ぶ。
それにつられて再び彼女に目を向けると、彼女は台座の縁ギリギリに立ち、緊張した面持ちでじっと足元を見ていた。
「チェリちゃん、早く!」
「チェラシュカさん、今のうちっす!」
ストラメルと共に声をかけるが、彼女はワンピースの裾をぎゅっと握ったまま動かない。
視界の端で土色のブロックが積みあがっているのが見え、焦りが募る。
もう一度声をかけようとレオニクスが口を開きかけたとき、ラキュスが叫んだ。
「絶対に俺が受け止める! 信じろ、チェリ!」
それまでやや揺れていた彼女の目が、一点に定まった。
きゅっと唇を結んだ彼女はこくりと頷くと、両手を広げたラキュスの元に跳ぶ。彼の腕の中に吸い込まれた彼女は、壊れ物を扱うようにそっと地面に降ろされた。
「逃げるぞ!」
ラキュスが彼女の手を引いて、一直線に出口へ向かう。
レオニクスたちもその後に続いて走る。
すっかり身体が修復されたゴーレムが、一歩ずつこちらに向かってくる足音が聞こえる。
どん、どん、という足音を背に受けながら、レオニクスたちは部屋を後にした。元来た道を走りながら、前を走る妖精二人に視線を向ける。
――敵から囚われの姫を救うヒーローって、あんな感じなんだろうな。
レオニクスは二人の背中を見て、ヒヤリと冷たい気持ちが心の底に溜まるのを感じるのだった。




