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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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53. 慎重に進みます

 天井から戻れないとわかったチェラシュカたちは、先程まで歩いていたのと同じ方向に向かっていた。

 天井が高めだったのはチェラシュカたちが落ちた一区画だけのようで、それ以降はストラメルがジャンプすれば届きそうな高さだ。

 

 ティンナトール不在で罠の在処(ありか)がわからない中、二人はかなり慎重を期して進んでいた。具体的には――。


「チェラシュカさん、もうちょっと上を照らしてほしいっす」

「わかったわ」


 魔法で通路を照らす役目を代わったチェラシュカは、言われた通り数歩先の天井に明かりを向けた。デコボコとした天井の真ん中には、前腕程の大きさの魔法陣が描かれていた。

 

 ストラメルが手のひらサイズの氷の塊を魔法で作り出し、魔法陣に向けて投げつける。天井に勢い良くぶつかったそれは、二つに割れて地面に落ち、そのまま通路の先へと転がった。

 

 十歩程先で勢いを失って止まった氷の塊をじっと見つめていると、パキパキッという音と共に、先程氷の塊があった位置に大きな氷の柱ができていた。


「……」

「やっば……」


 思わず止めていた息を吐き出しながら、チェラシュカは周囲に目を凝らす。

 

「何がきっかけなのかしら……」

「スイッチを踏んだとかでもないっすもんね」

「なら……これをあの近くに投げられる?」


 チェラシュカは、ぽんと生成したさくらんぼをつまんで見せた。

 

「それ……」

「これならたくさん作れるから」

「え。俺氷出すっすよ」

「それだと体内の魔力を消費してしまうでしょう? 何があるかわからないから、出来るだけ温存したほうがいいわ」


 妖精固有の変換魔法でできたさくらんぼは、空気中の魔力を元にしている。そのため、魔力に満ちた迷宮内であれば理論上いくらでも作れる。

 ずいっと彼に押し付けてみれば、彼は大人しく手の平を上に向けてこちらに差し出した。

 

「もったいないっすけど、仕方ないっすね」


 いくつかのさくらんぼを受け取ったストラメルは、チェラシュカの指示通り、天井の魔法陣の真下に投げた。

 それぞれ地面で静止して暫くしてから、パキパキという音と共に順に小さな氷の柱に閉じ込められてしまった。


「とりあえず、あの下を通ると凍るみたいね」

「っすね……。最初の罠みたいに、遮れないっすかね?」

「ストラメルは、端まで曇った氷を作れる? もしくは別の方法で遮れるかしら」

「うーん……」


 ストラメルが手の平を出して、その上に小さな氷塊を作った。中心の方は白っぽいが、端の方は透明で手の色が透けて見えている。

 それを見ながらチェラシュカは思考を巡らせた。


「……問題がいくつかあるわ」


 チェラシュカもストラメル同様に端までしっかりと曇らせた氷を作れない。ここで考えられる問題は三つ。

 

 ①氷塊で遮る場合、魔法陣より二周り程大きなものが必要になりそうなこと。

 

 ②頭上の魔法陣を遮る場合、氷塊を支える柱の生成にそこそこ魔力を消費しそうなこと。

 

 ③そもそも遮れば罠が発動しないのかも不確定なため、場合によってはこちらが作った柱を覆う氷の柱ができて、物理的に向こう側に行けなくなるかもしれないこと。

 

 そうやってチェラシュカが一つずつ懸念点を説明すると、ストラメルは思い切り眉根を寄せた。


「手詰まりじゃないっすか……」


 渋い顔で唸りながら氷の柱を睨みつける彼に、ふと思いついたことを聞いてみる。

 

「ねえ。あの氷って、溶かせるかしら」

「やってみるっす」


 彼が手を真っ直ぐ前に突き出すと、その先にあった一番最初の氷の柱に向かって顔ほどの大きさの火球が飛んでいった。それは氷の柱にぶつかると、じゅわっと大きな音と共に水蒸気を発生させて消滅した。


「溶けるっすけど、まだ結構残ってるっすね」

「さくらんぼの方はどうかしら」

「わかったっす」


 彼は小さな氷の柱に向けて、先程と同じくらいの大きさの火球を打ち出した。

 それは同じように氷の柱にぶつかると、水蒸気に包まれて火球が消える。そして、真っ赤な実が中から転がり出た。

 

 チェラシュカは凍る前と同じくツヤツヤのさくらんぼをじっと見つめる。


「……無傷ね」

「……無傷っていう言い方でいいんすかね」

「つまり、最悪の場合お互いに溶かし合うことができるということよ」

「………………冗談っすよね?」

「本気よ」


 こちらを見る彼の目を真っ直ぐに見つめ返すと、彼は文字通り両手で頭を抱えた。


「あー……」

 

 目を瞑って天を仰ぎ何かを考えている彼は、食後のデザートをケーキにするかプリンにするかで悩んでいるときと同じ動きをしていた。

 大抵は決めきれずにどちらも食べているが、今回は果たして。


「…………マジの、マジで、ガチで、心の底から、本気で、最悪の場合、……っすね?」


 彼は胡乱な目をこちらに向けた。

 チェラシュカが力強く頷くと、彼は長く息を吐いた。


「チェラシュカさんも、割と大概っすよね……」

「なあに?」

「なんでもないっす」


 彼の顔色が悪いように思うが、気のせいだろうか。流石に窒息するということは無いだろうが、換気のしようもない迷宮内の空気は、地下だからか余計に重苦しく感じる。


「あ、あーっと、その、先にもっと色々試さないっすか」

「色々?」

「抜け道が無いかなって……踏みさえしなければいいみたいなのもあったじゃないっすか」

「そうね、なら手を出して」


 おずおずとストラメルが差し出した手の上に、こんもりとさくらんぼを載せた。

 彼は小さくお礼を呟いた後、あ、と一言漏らした。


「どうしたの?」

「一粒ずつ投げれねっす」


 言われてみれば確かにそうだ。

 たくさん使うだろうと両手の上に盛っておいたが、片手を外せば半分くらい落ちそうである。

 いくつか回収しようかと手を伸ばしかけたところで、彼が口を開いた。


「マジもったいなくて申し訳ないっすけど、……思い切ってやってみるっす」


 何をするつもりかはわからなかったが、いつになく強い意志を宿したその目に、チェラシュカは思わず頷いていた。

 

「そおりゃっ」


 彼は掛け声とともに両手を勢いよく前へと突き出した。その手の動きに従って、さくらんぼが空中に散った。

 それらはゆるく放射状に広がり、魔法陣の真下より向こう側や手前など様々な場所に落ちた。


 どれから凍るだろうか、逆に凍らないものがあってくれないか、そんな気持ちで散らばった赤い実たちを見ることしばし。


「……あら?」

「何も起きないっすね……?」


 チェラシュカは足元のさくらんぼを一つ手に取ると、適当にぽいっと放り投げた。

 それは放物線を描いて地面へと向かい、落ちていた実とぶつかってころころと転がった。

 しばらくして、最後まで転がっていた一粒だけが氷の柱に包まれた。魔法陣の真下よりも少し向こう側である。


「……つまりどういうことっすか?」

「もしかして、この辺からあの辺までの間を単独で動いたものだけ凍らせるんじゃないかしら」


 チェラシュカは足元に落ちていた実を両手で一粒ずつ持ち、左右同時に同じ勢いで前方へ投げた。

 地面を転がってから同時に止まったそれらは、しばらくしても凍りそうにない。


「ね?」

「マジっすか……そんなのわかりっこないっすよ」

「そうとわかれば、早く行きましょう? 一緒に乗り越えるのよ!」

「うわわっ」

 

 チェラシュカはストラメルの手を取ってぐいっと引っ張った。そのままふわりと浮かび、地面を踏まないように少し早めにふよふよと進む。

 ストラメルは反対の手に火球を浮かべながら、ここまでにできたいくつかの氷の柱を踏み台にして小さなさくらんぼの川を渡った。

 

 魔法陣の下を完全に通り抜けてから、チェラシュカは一息ついて手を離す。

 ストラメルは片手の火球をそのままに、もう一方の手を胸元に当てて肩で息をしている。


「こ、心の準備が……」

「ごめんなさい、早く行きたくなっちゃったの」

「スリリングだったっす……」


 二人はお互いの足元や手足を見て、どこも凍り付いていないことを確認する。

 

 ストラメルが火球を消し、はあ……と息を吐いて壁に(もた)れかかった時だった。


 カチッ。


「え゙」

「あら」


 ストラメルを見遣ると、可哀そうなくらい顔面蒼白になっていた。

 

 ふと気が付けば、先程まで何も無かったはずの進行方向に、チェラシュカより二回りほど大きな人型の何かが現れた。

 

 それはこの迷宮内の地面と同じ土を四角く固めて、人型を模すように積み上げられた見た目をしており、恐らく目元であろう部分だけが凹んで暗くなっていた。


「な、なんすか!? こっち来んなって!」


 ストラメルの焦ったような声に振り返ると、後ろからも同じ形の何かがこちらへ向かってきていた。もしやと思ってもう一度前を見ると、前方にいた何かも目元を赤く光らせてじりじりと歩み寄ってくる。

 

 思わずストラメルの服の裾をきゅっと掴むと、彼も前方から来ていることに気付いたようだ。


「挟み撃ちっすか!?」

「ま、まずいわよね!?」

「多分めっちゃまずいっす!」

「刺激したら、もっとまずそうよね!?」

「どうなるかわかんねっす!」


 ストラメルと背中合わせになったチェラシュカは、数歩先に水魔法で背丈ほどの壁をこしらえた。

 

 水槽のように向こう側が透き通って見えるため、接近具合もわかる。

 ラキュスのように周囲を覆うドーム状は難しいが、四角い平面であればチェラシュカにも作ることができるのである。

 

 また、あれが見た目通り土でできているのであれば、もし水の壁に触れればどろどろに崩れるだろうと踏んでのことだった、のだが――。

 

 その土人形(便宜上そう呼ぶことにする)が、水の壁越しに手をこちらに伸ばす。

 チェラシュカが息を呑んでその様子を見つめていると、その手は壁に触れた瞬間に水を含んで色が濃くなり、ぼろっと手首あたりから地面に落ちた。

 

 その様子を見てはぁっと息を吐いたのも束の間、地面に落ちた部分が地面に溶け込んだ。

 無くなったのかと不思議に思っていると、あろうことか土人形本体の手首部分が再生し、さらには先程より水の壁に差し込む部分が長くなっている。

 

 濡れた部分が地面に落ちて吸収(?)され、落ちた部分が再生してこちらに近寄る、を繰り返している。知らず知らずのうちに、チェラシュカの頬を冷や汗が伝う。


「止まらないわ……!」

「マジっすか!?」

「そっちはどう!?」


 確実に距離を詰めてくる土人形から目を離すことができず、チェラシュカはやや上擦った声でストラメルに尋ねる。

 すると、どうにも歯切れの悪い答えが返ってきた。


「や、なんか……さくらんぼを集めてるっす……」

「……へ?」


 想定外の答えに思わず振り向くと、確かに彼の言う通りだった。

 

 後ろにいた土人形は、先程チェラシュカたちが撒き散らした大量のさくらんぼを、一つ一つ摘まみ上げては腹部あたりに収納している。

 腹部を構成するブロックは箱のようになっているらしく、そこを手前に引き出してその中に詰め込んでいるようだった。


「……お腹が空いていたのかしら」

「さあ……」

「口が無いから直接入れているのかしら」

「それ、なかなかえぐい仕組みじゃないっすか」

「そういえば、あれは凍らないのね」

「確かに。ちょっとずるいっすね」


 よくわからない光景を紐解こうと、チェラシュカはつい考えを巡らせてしまった。それがいけなかったらしい。

 肩に何か固いものが触れたのに気付き振り返ると、恐れていた事態が起きていた。


「ひっ」

「どうし……ああ!? てめえ何してんだ! 放しやがれ!!」


 チェラシュカが上げた小さな悲鳴を、ストラメルは聞き逃さなかった。

 彼は即座にチェラシュカの肩を掴む土人形の胴体を蹴り飛ばす。

 

 土人形の本体自体は水の壁の向こうに吹っ飛んだが、腕だけがすぐそこに落ち、すぐに見えなくなった。


「え、消え……?」

「ストラメル、見て」


 彼が蹴り飛ばした土人形を指し示す。

 先程胴体から外れたはずの腕が、また生えてきていた。


「……マジっすか」


 唖然とした様子でぽつりと零した彼の服を、チェラシュカはもう一度ぎゅっと掴みなおす。


 一か八か、水の壁を厚くして土人形に近付けてみる。難なく水の壁の中に収められた土人形はどろどろになって水に溶け込み、透き通っていたそれを濁った壁に変えてしまった。

 

 しかしそうなったのも一瞬のことで、気付くと水の壁は再び透明に戻り、その手前に土人形のパーツがとんとんと積みあがっていく。


「まあ……」

「無敵じゃないっすか……」


 もしここが罠だらけの迷宮でなければ、とにかく一度土人形の身体を壊して先へ通り抜けていた。


 しかし、土人形を避けたところで次にまた別の罠がある可能性を考慮すると、迂闊に走り抜けることもできない。かといって戻ればまた氷の罠があるし、何より元居た場所は行き止まりだ。

 

 つまるところ、大ピンチである。


「……俺があいつを食い止めるんで、チェラシュカさんは先へ」

「それ……勝率が大分低くないかしら」

「そうなんすけど! でもこのままじゃ二人ともやられるっすから、俺が止めてる間に先の罠の確認をしてもらった方がいいっす」

「……そうね。わかったわ」


 こうして話しながらも、土人形が積みあがる様からは片時も目を離さない。

 

 ストラメルが一歩前へ出る。

 チェラシュカは彼の服からそっと手を離す。

 

「絶対、来てね」

「うっす」

 

 彼はぐぐっと足を踏み込むと土人形の方へ駆けてゆき、回し蹴りで土人形の頭を吹っ飛ばした。そのまま胴体もどんと蹴ると、どしんと大きな音を立てて土人形が倒れた。


「今の内っす!」

「行くわ!」


 チェラシュカはとんと床を蹴ってふわりと浮き上がる。


 風魔法で加速して、倒れた土人形とストラメルの横を通り過ぎたところで、足が何かに引っかかった。

 

 なんだろうと下に目を向けると、壁から生えた手が足を掴もうとしているところだった。

 

 今より更に飛び上がりそうになったチェラシュカは、反射的に写し身を作って反対側の壁に寄った。謎の手に写し身の足が掴まれる直前に、写し身を消す。

 

 チェラシュカの作る写し身は、相手にまだチェラシュカがそこにいると錯覚させるためのもので、捕まえられたところを抜けだしたりはできない。

 完全に掴まれる前でよかった、と胸を撫で下ろす。

 

 急に写し身を作ったり反対側に移動したのを不審に思ったのだろう、大丈夫っすか? と離れたところからストラメルに声を掛けられる。その最中も彼は土人形の手を蹴ったり足を蹴ったり、再生したら壊すを繰り返していた。


 端的に今起きたことを伝えようとしたところで、今度はお腹の周りを固い感触が覆った。

 

「へ?」

「っチェラシュカさん!?」

 

 何者かによってストラメルの目線より高い位置に持ち上げられたチェラシュカは、気付いた時には固い何かの上に座っていた。

 

 身を固くして足元を見下ろすと、土でできた四角い台座のようなものの上にいるようだった。

 特に痛くはないが、お腹が固定されているせいで動くことができない。

 

「あ゙!? どっから出てきたてめえ! 下ろしやがれクソが!!!」


 ストラメルが低い声で罵りながらチェラシュカの元に駆け寄ろうとしたが、そこに別の土人形が割って入った。

 恐らくさくらんぼを集めていた個体だが、いつの間にかここまで来ていたらしい。


「邪魔すんじゃねええええ! ぶっ殺すぞ土くれ野郎!」


 彼は先程まであれほど慎重にしていたのが噓のように暴れまわっている。二体の土人形の手足や頭をぶっ飛ばしまくるも、一向にこちらに近付くことができない。

 それどころか、チェラシュカを乗せた何かは通路の先へ向かって移動している。


「え? ねえ、どこへ行くの? 下ろして! ……下ろしてったら!」


 お腹を固定する何かはひやりと冷たくつるりと光っている。

 どうやらここだけ別の素材らしく、試しにちょろっと水をかけてみたが溶けそうにない。仕方なくそれをばしばしと叩き、足をばたばたと動かしながら、ひたすら下ろしてと叫ぶ。


「あっ、チェラシュカさん! おい、てめえ待てやゴルァアアア!!」


 チェラシュカが身体の可動域ぎりぎりまで振り返ると、物凄い形相のストラメルがばらばらにした土人形を踏みつけてこちらへ向かってきていた。


「ストラメル、ごめんなさい! 捕まっちゃったわ、しかも動けないの!」

「止まれやぁああああ!!!」


 ストラメルの大声が迷宮内に響き渡るが、チェラシュカを捕らえた何かは止まる気配がない。そのまま角を曲がったのか景色が少し変わったところで、チェラシュカの視界は闇に包まれた。

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