49. 夕食を食べます
閉まった扉を見つめていたチェラシュカだったが、しばらくしてはっと我に返った。
「下でみんなが待っているわ……。早く行かなきゃ」
ティンナトールの言葉の真意は測りかねるが、とりあえず仲間たちには彼の説得を諦めて方針転換をする旨を告げなければならない。
皆に対して申し訳なく思いつつ、深呼吸をして気持ちを落ち着けると扉を開いた。
すると、ほぼ同じタイミングでレオニクスが隣の部屋から出てきていたようで、そちらを向くとバッチリと目が合った。
「レオニクス」
「……チェリちゃん」
「下に行くんでしょう? 一緒に行きましょう」
「あのさ……。さっき、ティンナトールがチェリちゃんの部屋から出てこなかった?」
どうやら彼は、先程出て行ったティンナトールの姿を見ていたらしい。それを聞きにここで待っていたのだろうか。
即座に答えなかったチェラシュカを見て何を思ったのか、レオニクスの表情が険しくなっていく。何やら誤解を招いているような気がするため、ひとまず事実だけを簡潔に伝えることにした。
「そうね、さっきまでここに居たわ」
「……なに、してたの?」
「なに……」
そう問われてチェラシュカは先程のことを思い返す。
依頼を受けてもらえるかと思えばおかしな条件をつけてきたり、写し身を使って泣かそうとしてきたり、言うなれば終始脅されていたというのが正確かもしれない。
なかなかはっきりと言わないチェラシュカにレオニクスは焦れてきたらしく、眉間の皺が深くなっていた。
「……まさか、何か言えねえようなことをされたのか? あいつ、ただじゃおかねえ……!!」
「違うわレオニクス、話し合いをしていたの」
「ただの話し合いならそんなに言い淀むことねえだろ!?」
急な大声に思わずチェラシュカの肩が跳ねた。
それに気付いた彼は、口を噤んだのち気まずげな顔をして深く息を吐く。
「……ごめん、チェリちゃん」
「いいえ、私もはっきりとした答えが返せなくてごめんなさい。私にとっては話し合い……だったのだけれど、彼にとってはそうじゃなかったのかもしれないわ」
「どういうこと?」
チェラシュカの中で、心配をかけたくない気持ちと、愚痴を零したい気持ちが拮抗し、ギリギリ後者に天秤が傾いた。
「……私のこと、泣かせたいって言われたの」
そう告げた瞬間、ぐわっと大きく目を見開いた彼が「な、なかせたい!?」と大きな声をあげた。彼はティンナトールが向かった方を睨みつけ、どんどん恐ろしい表情へと変わっていく。
「何言ってんだあいつマジでふざけんな……!!」
「……びっくりしたしすぐ断ったのだけれど。動かないでって言ったのに勝手に動くし、彼、とっても意地悪だわ」
レオニクスの顔がじわりと朱に染まる。チェラシュカのために怒ってくれているのかもしれない。
「あああ、あいつは一発ぶん殴ってやんねえと……! チェリちゃんは、その……ないてねえよな? って何聞いてんだオレ……」
「ここでは泣いてないわ」
「ここでは!?」
「それより、早く行かないとラキュスたちを待たせているわ。みんなに話したいこともあるし」
「待って待って、それよりで流せねえって」
「後で話すわ」
「……マジで?」
チェラシュカはレオニクスの腕を引き、急いで食事処へ向かった。
ラキュスたちの居るテーブルへ向かうと、何故かティンナトールも席に着いていた。
「遅かったですね。何をしていたのですか?」
「……何故ここに居るの?」
「つれないですね。毎日私のもとへ通ってくださっていたのに、私から来られるのはお嫌なんですか」
「……ラキュス、ストラメル、ごめんなさい。お待たせしたわ」
「待ってない」
「それは別に大丈夫っすけど……」
「おや、無視ですか」
チェラシュカたちが席に着くと、どこかピリピリとした空気が流れる。
疑惑の研究者の様子を窺ってみるが、彼はいつものように穏やかな笑みを浮かべており、何を考えているのか全く読めなかった。
ここ二日と同じように店員に注文内容を告げると、再び沈黙が訪れた。
彼に依頼するのをやめる、と皆に話したいが、当の本人が居るとなんだか引っ掻き回されそうで言い辛い。
しばらくして、水を飲んでいたティンナトールがグラスをテーブルに置いた。
コトン、と軽い音が鳴る。
「今日私がここに来たのは、迷宮攻略に協力してあげますよと伝えにきたからなのです」
目を見開いたチェラシュカの口から「え……」と声が漏れた。
周囲から驚きの声が上がるのを耳にしつつ、チェラシュカは黙って彼を見つめる。
――何を考えているの? さっきの条件はどうなったの?
「良かったな、チェリ。これでチェリの希望通り迷宮を抜けられるな」
ラキュスがここ最近で一番の笑顔を見せた。
対して、チェラシュカは小さく口角を上げてみせることしかできない。
ストラメルも頬を緩めて「意外といい人なんすね?」と言っている。
確かにこれはチェラシュカが希望していたことで、ティンナトールが引き受けると言ったのならば、やっぱり依頼を辞めるだなんてそれこそ我儘ではないか。
だが、協力してもらえることになって良かった――そう言えればいいのに、言葉が喉に張り付いたまま出てこない。
「……チェリちゃん、大丈夫なのか?」
「レオニクス……」
先程話を聞いてもらったレオニクスからすれば、おかしく思って当然だろう。声を潜めて確認してくる彼に、なんと返したものかと逡巡する。
なんせ、チェラシュカ自身も彼の意図が分からず困惑しているのだ。
タチの悪い冗談だったのか、急に心変わりしたのか、それとも――と訝しみながら、本心を確認しようと口を開く。
「でもあなた、さっき……、」
「ええ、私も少々考え直しまして。迷宮の調査は私一人で行うことが多いので、獣人や妖精が居ればまた別の変化が生じる可能性があるなと」
「……本当に?」
「はい。嘘は言っていませんよ」
こちらの発言を上塗りするかのように言葉を被せられてしまった。
そんな彼の態度にどうにもこうにも違和感が拭えないなと思っていると、今度はレオニクスが問いを投げかけた。
「それって、最初にチェリちゃんが言った報酬以外は無条件ってことか?」
「そうですね……。では、あなたたちには私の実験に協力していただきましょう」
実験? と聞き返すレオニクスに、ラキュスとストラメルも追随する。
「危険なものじゃないだろうな」
「痛いのは勘弁っすよ」
警戒心を露わにする三人に対し、ティンナトールは穏やかな笑みで説明を始めた。
「先日言ったように、古代魔法は様々な要因で変質するのです。そこで、あなた方に魔法を使ってもらうことで、これまでに観測したことのない変化を意図的に起こせるのではないかと思いまして」
「……そんなんでいいんっすか?」
「おや、もっと厳しい条件がいいですか」
「違うっす!!」
ストラメルはぶんぶんと首を左右に振り、必死に訴えていた。
――それらしいことを言っているけれど、心変わりしたと思っていいのかしら……。
「……そもそも迷宮の中にはどんな罠がある? どう変化するかの予測はついているのか?」
「ラキュスも古代魔法に興味がありますか」
「いや、協力した場合に危険が無いかを確認しておきたい」
「やれやれ、何の危険も無い迷宮などあるわけが無いでしょう……。まあそうですね、私はこれまで何百回と足を踏み入れていますが、こうして五体満足でここに居るのが答えですね」
ラキュスはティンナトールの目をじっと見据え、何か考え込んでいる様子だ。
チェラシュカとしても、彼の答えはかなり婉曲的で何かはぐらかしているように思える。
「魔法を使うってことは、オレは何もできねえってことか……?」
そう口にしたレオニクスは、眉を下げていつもより弱々しい様子だ。
チェラシュカとしてはしなくて済むのならその方がいいと思ってしまうが、こういうところに彼の真面目さが出ている。
実際のところどうなのだろうとティンナトールに目を向けると、彼は数秒考えたのち口を開いた。
「獅子の獣人を連れて行ったことはまだ無いので、居るだけでいいですよ」
「居るだけって……」
素っ気ない言葉にレオニクスの顔が歪む。
特に気にする様子のないティンナトールがそのまま続けた。
「ところで、レオニクスは獣化した際の大きさはどのくらいですか」
「なんだよ急に。……正確に測ったことはねえけど、大体人型時の倍くらいだな」
「ふむ。仕掛けの中には檻に閉じ込められるものがあるのですが、檻の大きさが対象によって変化するのかを確認したいと思いまして」
「……檻?」
「檻です」
きっぱりと言い切るティンナトールに、レオニクスが恐る恐る尋ねた。
「えーと、つまり……?」
「レオニクスには、獣化した状態で閉じ込められてもらいましょう」
「…………マジで?」
いい笑顔で言い切ったティンナトールとは対照的に、レオニクスは口角を引き攣らせている。
やはり下手に突っ込むものではないなと思いながら、チェラシュカは苦笑いを浮かべた。
「その後ちゃんと助けてくれるのよね?」
「はい、助けますよ。まあ、檻自体は普通の金属ですので、獣人の力であれば曲げるなりなんなりできるとは思いますけどね」
「普通の金属ならまあ……」
ティンナトールの説明にレオニクスはそのまま納得しそうになっている。
だが、罠の探究に協力させるというスタンスなのであれば、檻から出すところまでティンナトールが請け負わなければいけないのではないだろうか。
とはいえ、チェラシュカたちが彼に協力してもらうという立場でもある。自力でなんとかできるのであれば、そこまできっちり線引きしなくてもいいか、とチェラシュカは自分の中で結論付ける。
そんなこんなで、ティンナトールとは最初にこちらから提示した報酬プラス実験への協力をする代わりに、迷宮を通り抜けられるように案内してもらう、ということで話がついた。
先程の部屋での話は非常に気がかりだが、気分と共に条件も変えてくれたのならそれに越したことはない。
彼も他の人の前では口にする気が無いようだし、迷宮内では皆と離れないようにしていればおかしなことは言われないはずだ。
具体的にどのような罠があるかを聞いてみたところ、彼はまず"比較的危険な仕掛け"をいくつか挙げてくれた。
例えば、大量の太い針がびっしりとついた天井が落ちてくるだとか。
致死毒を持った虫や蛇が出てくるだとか。
とても美味しそうだが食べると夢から抜けられなくなる料理だとか。
魔獣が大量にいる部屋にワープさせられるだとか。
「比較的って意味わかってっか……?」
レオニクスがそう言ってしまうのも無理はないだろう。うっかり死にかねないレベルの罠を"比較的危険"と呼ぶのなら、他の何かと比べなくても危険だと彼が判断するものは一体――。
「一人で行けば問題ないのですが、複数人で行くと同行者が死ぬ幻覚を見せてくる仕掛けもありましたね」
「最悪だな……」
「あとは、同じ幻覚でも、同行者の命を救いたければ自分が死ぬしかないと思わされるようなものとか」
「……それを考えた奴はメンタル病んでたんすかね」
「同行した研究員が急に死のうとするものですから、あのときは驚きましたね。自死を選ばなければ逆に相手を死なせてしまったという罪悪感に苛まれてしまうということで、一見手詰まりだと思わせてくるあたりがなかなか凝っていました」
あはは、と軽く笑って話しているが彼は大丈夫だったのだろうか。レオニクスとストラメルの顔が土気色になってしまっているが、気付いていないのだろうか。
彼は無事攻略できたからここに居るのだろうが、話を聞けば聞くほど、最初はどうやって攻略したのだろうという疑問が湧く。
とりあえず、迷宮内には命取りになる罠がいくつもあるということがよくわかった。彼が危険だという罠を通り抜ける際は、とりわけ慎重に進まなければならない。
かなり精神を削りそうではあるものの、迷宮自体にかなり好奇心を擽られてしまっているのも事実であり、ここまできて今更別の選択肢を取ろうという気にはならないのだった。




