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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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48. いい子って、なに?(挿絵有)

 深い眠りの底を揺蕩(たゆた)っていた意識が、不意に浮上する。

 

 ――誰か居る?

 

 チェラシュカが薄暗い部屋で目を覚ますと、身体の上に布団が掛けられていることに気付いた。

 身動(みじろ)ぎをすると、気配の主はチェラシュカが起きたことに気が付いたようだった。

 

「起きましたか」


 よく知る仲間の声ではない。

 ということは、と残る心当たりの人物の名前を呼ぶ。

 

「……ティンナトール?」

 

 ベッドから上体を起こすと、チェラシュカの右斜め前に置かれた椅子に座るティンナトールが視界に入った。

 

「……なんで居るの?」

「勝手に入ってしまい申し訳ありません。ノックをしても気配はあるのに返事が無かったので、倒れているのではないかと思いまして」

「……そう。心配をかけたわね」

 

 誰かが来ても全く気付かないほどに、すっかり眠りこけていたらしい。

 一体彼はいつからここに居たのだろう。しかも、明かりも付けずに。

 

 確か鍵を掛けたはずなのだけれど、と思ったが、記憶違いだったかもしれない。

 

 そういえばラキュスから、彼と二人きりになるなと言われていたんだっけ。

 

 起き抜けのぼんやりとした脳内で散漫な思考が飛び交う中、ぎしりという音と共に身体が少し右側に傾いた。ティンナトールがチェラシュカの右隣に座ったからのようだ。

 傾いたことで肩が彼に触れてしまったので、もそもそと体勢を立て直す。

 

「チェラシュカ」

「……なあに」

「あなたのお願い、聞いてさしあげても良いですよ」

「! ……本当に?」


 どこか含みを持った柔らかな声色で告げられた言葉は、ここ数日ずっと求めていたものだった。

 

 ――まさか泣き落としが効いたのかしら。意外と私は演技派だったのかもしれないわ……。

 

 そんなことを考えながらドキドキしつつ彼の方に顔を向けると、予想外に彼の顔が近い位置にあった。薄明りに照らされた彼の真っ直ぐなラベンダー色の髪が、サラリと揺れる。

 

 彼の深緑の双眸に映った自分は、きょとんとした顔で少し幼く見えた。

 

「ただし、条件があります」

「条件?」

「はい。……これから先、私以外の前で泣かないでください」


 告げられた言葉を脳が理解するのに、少し時間がかかった。

 

 ――これから先泣かないで、とはどういうこと?

 

 条件自体の是非はさておき、ここ数十年誰かの前で泣くといったことはほぼ無かったものの、これからも確実に泣かないとは言えないなと真面目に考える。

 

「それは、確約できないわね……」


 泣き真似が見苦しかったのだろうか。

 それとも、単に人が悲しむ姿を見たくないとか――なんて、彼に限ってそんな理由ではないか、とやや失礼なことが頭を過る。

 

 そこで彼は少し目線を上に上げて「ああいや、違うか」と呟いた。


 彼の言葉の意図はわからなかったが、彼が何やら考えている間にとりあえず少し距離を取ろうと思い、ずいっと後ろに下がった。

 が、すぐに気付かれて距離を詰められる。

 

 そのまま彼がチェラシュカの耳元へ口を近付けるので、思わず肩が震えた。

 

 耳にかかる吐息が(くすぐ)ったい。

 彼が口を開いたとわかるほどの近さを実感し、チェラシュカは身を縮める。

 

 しかし、そっと囁かれた内容に耳を疑った。



 

「これからたまに、私に泣かされてください」

「……え?」




 ――さっき「泣かないで」と言った口で、今度は「泣かされて」と言ったの?

 

「あなたが私に涙を見せることを条件に、あなたのお願いを聞いてあげますよ。チェラシュカ」

「……」


 チェラシュカの頭の中が疑問符で埋め尽くされる。



 ――この人は何を言っているの?



 チェラシュカにとって、ティンナトールのこの言葉は理解できる範疇を大幅に超えていた。

 有り体に言えば、セルヴィエル以来の恐怖を感じていた。

 

 その結果、無意識のうちにチェラシュカは魔法で写し身を作ってその場に残し、自分自身は素早く扉付近に移動して彼を凝視していた。

 

「び、びっくりしたわ……」

 

 ほっと一息ついたのも束の間、ティンナトールと写し身の自分の距離の近さを客観的に見てしまい、再度逃げ出したくなる。

 あの近さであれ以上意味のわからないことを言われていようものなら、うっかり攻撃してしまっていたかもしれない。


「おや」

 

 ティンナトールは自分の獲物がすり変わっていることにすぐに気付いたようで、扉付近に移動した本物のチェラシュカに視線を向けた。

 何を考えているかはわからないが、どこか苛立っているように見える。

 

「逃げるのですか」

「当然でしょう!? あ、あんな訳のわからないことを言われて、すんなり了承できるわけがないわ!」

「そうですか。でもあなたがこの条件を呑めば、迷宮を突破できるのですよ?」

「む……」

 

 そこでティンナトールが、彼の目の前に置かれたままのチェラシュカの写し身へと視線を移した。

 明らかに何か良からぬことを考えている彼に、見られているのは本物の自分ではないにも関わらず、ついビクリとしてしまう。

 

 こちらから見ると写し身は後頭部しか見えないが、彼は(おもむろ)に自身の右手を持ち上げると、写し身の頬へと滑らせたようだ。

 その顔にかかる髪を耳にかけたあと、後頭部を支えるように髪に指を差し入れていく。

 

 彼がじっと本物のチェラシュカに視線を向けながら偽物のチェラシュカに顔を近付ける様子を見て、心臓が早鐘を打ち始めた。



 ――な、何をしているの!? それは私じゃないけれど、でも私なのよ……!! どうやってやめさせればいいの? どうしたら彼は止まるの!?



 このまま動悸が酷くなれば、心臓が爆発してしまうかもしれない。

 そんな思いが悲鳴となって口から出る直前に、はっと気付いたチェラシュカは写し身の魔法を解除する。

 

 写し身は桜の花びらへと変化し、はらはらと流れて消えていった。

 

「……おや、消してしまったのですか。最後まですればあなたが泣くのではと思ったのですが」

「最後って何よ……」

「最後は最後ですよ」

「むむ……」

 

 頭は混乱しきっているものの、非常にまずい事態だということだけはわかる。

 なんとか打開する方法を考えなくてはいけないが、そんなものはあるのだろうか。

 

 ひとまずこの距離を保つべく、手の平を彼に向け彼の動きを制止させようとした。

 

「とりあえず、そこを動かないで。それ以上私に近付かないで」

「そんなことを言っていいのですか? 私の気が変わるかもしれませんよ」

「……むしろ変わってほしいくらいなのだけれど」

「条件は変えませんよ」

 

 チェラシュカとしては、なんとしてでもあの到底理解の及ばない条件を変える気になってもらいたいものだったが、そこに関しては取り付く島も無かった。

 

「それならいっそ諦めるわ。私も嫌だけれど、ラキュスたちがそんな条件を絶対に認めるはずがないもの」

「ふうん? この数日間それはもう熱烈にアプローチしてくださっていたのに、随分とあっさり諦めるのですね」

「あっさりじゃないわ。挑戦した結果、全員が納得できるゴールに辿り着ける道ではないとわかった。ならそれ以上その道を進む理由は無いもの。他の道を探すわ」

 

 チェラシュカの返事を聞いたティンナトールは、すっと目を眇めた。全く納得していない様子だ。

 

 正直なところ非常に惜しくはある。だが、自分の身を蔑ろにしてまで取る選択ではないと判断した。

 ラキュスたちだって、このことを説明すればティンナトールのことを諦めるのを納得してくれるだろう。

 

「……なら、チェラシュカ、」

 

 彼が何かを言いかけたそのとき、背後からノックの音が響いた。

 それはこの混乱に満ちた空気を整える、大いなる助けの音だった。

 

「チェリ、いるか? そろそろご飯を食べよう」

 

 ラキュスが夕食を食べようと呼びに来たらしい。

 これに乗じて、このどこまでも平行線な話し合いを強制的に終わらせることにしよう。

 

 チェラシュカは己の幼馴染に深く感謝をしながら、扉の方へ身体ごと振り返る。早く解放されたい気持ちに駆られつつ、彼には無用な心配をかけないように、努めて冷静な声を出した。

 

「すぐに行くから先に行っていて」

「わかった」

 

 ぱたぱたと階段を降りる音がしたので、ラキュスは先に行ったのだろう。あとは、ティンナトールに「もう夕食の時間だから」と言って切り上げれば完璧だ。

 


 深呼吸をして振り返ろうとしたところで、背後から手が伸びてきて扉にトンと置かれた。

 思わずチェラシュカの肩が小さく跳ねる。

 

「ティンナトール!? う、動かないでって言ったわ」

 

 背中に触れるかどうかの近さに彼の気配を感じたため、扉の方を向いたまま抗議の声を上げる。

 

 どうしてこう彼はいちいち距離を詰めてくるのだろうか。

 最近出会ったばかりなのだから、節度のある距離を保つべきだろう。

 

 そんな彼が発した言葉は、チェラシュカが今までに出会った誰とも違って非常に反抗的だった。


「私がそれを素直に聞くとでも?」

「むむむ……」

 

 背後で身を屈める気配がして、耳元に吐息がかかる。

 

「チェラシュカ」

 

 先程までの飄々とした態度から想像もできないくらい、どこか執着を滲ませるような甘い声。



 

「いい子にしていてくださいね」


 

挿絵(By みてみん)



 彼はそう囁くと、そっとチェラシュカの肩を押して扉の前から移動させ、扉を開けてするりと部屋を出ていった。



「いい子って、なに……?」



 呆然とするチェラシュカの前で、無情にも扉がぱたんと閉まった。

 

 想定外の出来事の連続で頭が真っ白になったチェラシュカは、しばらくの間扉をじっと見つめることしかできないのだった。

 

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