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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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46. 騎獣用の魔導具だそうです

 チェラシュカは、ストラメルが取り出したものを見て口を開いた。

 

「首輪、かしら……」


 ラキュスも「首輪にしか見えないな」と同意する。

 

「お前なんでこんなモン持ち歩いてんだよ」

「もしかしてそういう趣味がおありなんですか」

「違う! 違うっす! これは騎獣用のっす!」


 ストラメルは大声でそういう趣味なんてないと言い張っている。

 そういう趣味、とはなんだろうか。


 それはさておき、直径が大体中指の先から手首くらいの大きさの首輪は、人体の首にぴったりそうなサイズで、馬やエクエルタにつけるには小さいように見える。


「こんな風に、対象に合わせて大きさを変えられるんすよ」


 ストラメルはそう言いながら首輪を手に持ち、両端をぐいっと引っ張った。不思議なことに、革に見えるそれは彼が腕を広げるのに合わせて謎の伸縮を見せた。


「こうやって伸ばせるんすけど、付けられた騎獣は自分の意思では外せないんすよ」


 ラクォラはそんな首輪をつけていたかしら、とチェラシュカは記憶を掘り起こしにかかる。

 そんな中、ラキュスがこう言った。


「便利なことは分かったが、それがどうしたんだ」

「……あ、もしかしてそれ、調教し始めるときに使う魔導具か?」


 レオニクスの問いかけに、ストラメルがそうっす、と頷いた。


「騎獣が暴れて襲ってきたりしないようにする奴っす」

「……なるほど。それを私の首に嵌めようと? 意外といい趣味をしているんですね」

「だからそういう趣味じゃないっす!」


 ティンナトールにストラメルが抗議しているが、この流れで出したのなら魔導契約の代わりに首輪を嵌めるのはどうか、と提案していることには変わりないだろう。


「ラクォラが気に入りそうな野生のエクエルタを見付けたら、これを付けて連れ帰ろうと思ってたんすよ」


 彼の説明を聞いて納得の声を上げるチェラシュカたちに対し、一人事情を知らないティンナトールが「ラクォラ?」と聞き返した。

 ストラメルの簡潔な説明を聞いたティンナトールは、一応納得した様子を見せた。そして、興味深そうにストラメルの手元の首輪を眺めている。



「どこに付けても首輪と呼ぶのかしら……」


 気付けばそんな些細な疑問がチェラシュカの口から漏れていた。


「これ別に首輪ってわけじゃないっすよ。柔らかな枷(ウィンクトゥラ)っていう枷の一種っすね」

「枷、なのね……」

「ふうん、ヒトらしい名付けですね」


 ヒトらしい名付け、とは。

 少し気になったものの、今ティンナトールに尋ねれば話が逸れるのは目に見えていたので、思考の隅に押しやる。

 

 とりあえず、単なる首輪というよりかは拘束具としての意味合いが強いということらしい。これを付けられた騎獣たちは、どんな気持ちで調教されるのだろう。

 

「……枷の方が首輪よりなんかあれじゃねえか?」

「あれってなんだ」

「確かにあれですね」

「だからあれってなんだ」


 ラキュスの端的な問いは、"あれ"と言い出したレオニクスや同意したティンナトールにはスルーされている。言及するのなら濁さず教えてほしいものである。

 

「まあその、首に付けなきゃ絵面的にギリいけると思うっす。……多分」

「お腹や腕に巻いて服を上から被せれば、外から見えなくはなるわね」

「ならもうそれでいいだろう」


 ラキュスが半ば投げやりにそう言ったところで、ティンナトールから声が上がった。

 

「……ちょっと待ってください。迷宮攻略時にそれを私が付けるのは、百歩譲って良しとしましょう。ですが、彼が出したその道具自体はそれほど信用できるものなのですか? それこそ、魔導契約より馴染みが無いようですが」


 ストラメルが「付けるのはいいんだ……」と小さく呟いている。

 

 確かにティンナトールの言う通り柔らかな枷(ウィンクトゥラ)のことは今日初めて知ったばかりで、どれほどの効果があるかは一切わからない。

 

 しかし、ストラメルにはここでチェラシュカたちを騙す理由がない。

 単にストラメルと比べてティンナトールが怪しすぎるので、事態が拗れているだけだ。

 

 ――本当に彼に頼って大丈夫かしら。

 

 ついそんな思いがチェラシュカの脳裏を(よぎ)る。

 

 とはいえ、過度な揶揄いや言動の不審な点を考慮したとしても、彼以上に迷宮攻略の案内人としてうってつけの人物は見つけられないと思える。

 

 ここで、黙ってしまったチェラシュカたちを見かねてか、レオニクスが口を開いた。


「えーっとさ、ストラメルはこれ騎獣以外で試したことあんの?」

「流石に無いっすよ」

「んじゃ、一応確認しといた方がいいんじゃねえか?」

「それは好きに確認してもらっていいっすけど、誰が誰に付けるっすか?」

「それは……」


 効果を確認するだけなら、わざと効果がある振りをする可能性のあるティンナトール以外、誰が誰に付けてもいいだろう。

 

 どんな感じなのだろう、と少しワクワクした気持ちを抱えつつ、チェラシュカは黙って柔らかな枷(ウィンクトゥラ)を見つめる。

 すると、ラキュスがこちらを一瞥して目を細めた。

 

「俺がレオニクスに付ける。チェリには絶対触れさせない」

「えっ」

「オレ!?」


 小さく上げた驚きの声は、レオニクスの声に搔き消された。


「ストラメルに付けさせてもいいが」

「オレが付けられる側確定かよ……」


 レオニクスが不満げにぼやいているが、他の誰も意に介していない。

 

「これならレオニクスさんの腕力でも千切れないっすよ」


 ストラメルがラキュスに柔らかな枷(ウィンクトゥラ)を渡すと、レオニクスが渋々ラキュスに近付いた。


「ただ巻きつけるだけでいいのか?」

「カチッと留めるときに、命令の宣言が必要っす」

「宣言?」

「そっすね、今回は効果が分かればいいっすから、レオニクスさんの名前を呼んで簡単なこと……その場から動かないようにとか、」

「レオニクス、チェリには近付くな」

「えっ!?」

 

 カチッ。

 レオニクスの驚きの声と金属同士の噛み合う音が重なった。

 彼の腕に嵌められたそれを見ると、金具部分の色が変わっている。


「それで大丈夫っす! 試しにレオニクスさん動いてみてもらえるっすか?」

「……おう」


 渋々といった様子でその場から足を踏み出したレオニクスは、ぐるりと一周しようとしたのかまず向こう側へ向かい、それからこちらを向いて数歩進んだところで足を止めた。


「……あれ」


 上半身は前のめりになっているが、足が動いていない。まるで何かに固定されているかのようだ。


「動けねえ……」


 ちら、とこちらを見た彼が、自身の足元に視線を向ける。

 それから自分の片足を上げて前に踏み出そうとするもかなわず、バランスを崩しかけたのか一歩横に出すことになり、ダンッと大きな音が鳴った。

 

「……凄いな」

「そりゃ俺らより何倍もある動物を制御するためのものっすからね」

「マジで動けねえな……。お前これ……ぜってぇ変なことに使うなよ?」

「変なことって何すか」

「……変なことは変なことだよ」


 歯切れの悪いレオニクスに対し、ストラメルがこう説明した。

 

「一応これ、騎獣が起きてて適度にリラックスしているときに付けないと効果が無い仕様っすから、犯罪とかには使えないっすよ。誰が買ったかも記録されてるし、流通後も管理されてるっす」

「……人身売買などの対策ですね。今はどの国でも禁止されていますし」


 ティンナトールが付け足した内容に、そういう対策が必要になるんだなと内心驚く。単に騎獣を扱うための便利な魔導具ではないらしい。

 

「ンなことは心配してねえって。とにかく、やんねえならいい」

 

 レオニクスは、ちらりとこちらに視線を向けた後目を伏せた。

 

 彼の視線の動きを追ったストラメルが、何か勘付いたようにニヤニヤとし始める。

 

「ははーん、わかったっすよ。そんなやらしいこと考えんのは、この中でレオニクスさんだけっすから安心してほしいっす」

「なっ……はあ!? 何言ってんだ! オレは別にそんな、やらしいことなんて、」

「おや……レオニクスはそれを付けた私にどんなやらしいことをしようと考えているのですか?」

「お前じゃねえよ!」


 笑みを浮かべたティンナトールが、自身の身体を抱きしめるように両手を回す。それに対して大声で反論するレオニクス。

 

 ストラメルとティンナトールの楽しげな様子にチェラシュカが内心首を捻っていると、ストラメルの口から「あっ」と声が漏れた。

 続いてラキュスも咎めるように「おい」と言う。

 

「あはは」

「何笑って………………、あっ」


 ティンナトールが声を上げて笑う中、何かに気が付いたらしいレオニクスが、慌てた様子でチェラシュカの方に向き直る。魔導具で拘束中の彼はその場からこちらには近付けないらしく、少し距離がある。


「ちげえんだ、チェリちゃん、オレ別にそういうつもりじゃなくて」

「完全に墓穴っすね」

「彼は本当に揶揄い甲斐がありますね」

「冗談じゃ済まされないぞ」


 必死に話すレオニクスを真っ直ぐに見つめ返してみるものの、何に対する弁明なのかわからない。

 であればすべきことはただ一つ、シンプルに尋ねることである。


「レオニクスは何か悪いことをしたの? それとも言ったの?」

「いや……えっと…………」


 冷や汗をダラダラと流している彼を見て、小首を傾げる。

 そこへティンナトールが口を挟んだ。

 

「チェラシュカ、彼はあなたにその枷を嵌めたらどうなるかを想像したんですよ」

 

 その言葉を聞いたストラメルがぶはっと吹き出し、ラキュスが「おい」と低い声を出した。

 

「そうなの?」


 チェラシュカが一歩レオニクスに近付くと、顔を青褪めさせた彼はその分一歩下がった。そのぎこちない動きに、魔導具の拘束力の凄さを実感する。


「うーん、ラキュスが私には触らせないと言っているし、誰であろうとも付けられるわけにはいかないのだけれど」

「そ、そりゃそうだよな! 誰もチェリちゃんに付けたりなんて、」

「一分くらいなら私の身体を貸してあげてもいいわ」

「え。……え!?」


 鼓膜がビリビリと揺れるようなレオニクスの大声に肩を跳ねさせつつ、こんな感じで、と言いながらチェラシュカは自分の前に写し身を作り出した。

 

 それはチェラシュカの得意な魔法の一つで、自分そっくりの幻影を作り出すという幻覚魔法だ。解除するまでは触れることも可能である。

 

 チェラシュカは目の前の写し身の両肩に手を置くと、その背後から顔を出してレオニクスの方を向いた。


「どう? よく出来ているでしょう?」

「ど、どうって」

「チェリ、やめておけ」

「え、天然? 天然なんすか?」

「確かによく出来ていますね」

 

 近くに来たティンナトールはマイペースに写し身をしげしげと眺めている。

 彼に観察されると落ち着かないので控えてほしいと思うがそれはさておき、チェラシュカはレオニクスに向けて言葉を続けた。


「あなたのことは信頼しているもの。この身体なら好きにしてくれて構わないわ」


 そう言いながら、写し身の肩をトントンと軽く叩く。レオニクスは一歩も動かないまま、ただ目を見開いてこちらを凝視している。


「レオニクスは、私に"変なこと"……しないでしょう?」


 そうダメ押しするように告げると、彼の顔がじわじわと朱に染まっていくのが見える。

 何かを言おうとして口を開き、言葉にならないまま口を閉じることを繰り返している。まるで湖面に餌を求めてやってきた鯉のようだ。

 

 ティンナトールは声を抑えながら笑っているが、少し前までニヤニヤしていたストラメルの表情は今はやや困惑気味だ。


「チェリ、そういう迂闊なことを言うんじゃない」

「んふふ、はあい」


 渋い顔のラキュスに窘められたため、パッと写し身の魔法を解除した。写し身は桜の花弁の塊となり、はらはらと流れて消え去った。


「ねえラキュス、柔らかな枷(ウィンクトゥラ)を外してあげて?」

「……そうだな。ストラメル、アレを外すときはどうするんだ」

「はっ! えーっとっすね、付けた人が金具を外すだけでいいっす」

 

 一つ頷いたラキュスが真っ直ぐレオニクスの元へ歩み寄り、彼の腕に嵌められたそれの金具をカチャリと外す。

 

 されるがままの獅子を見て、チェラシュカはそちらへ歩みを進め、真正面から彼の赤い目をじっと見つめてみる。

 ごく、と喉が動いた彼と目が合った。少し頭を傾けてみても、彼の目はこちらに向けられたままだ。

 

 それなら、と反対側に大きめに傾いてみても変わらない。彼はこちらの動きをしっかり追っているようだ。

 

「チェリ、何してるんだ……?」

「私のこと見ているんだなって、確認しているの」


 そこまでしてから、そろそろいいかな、と思い姿勢を元に戻した。

 

 "変なこと"が具体的に何を指しているのかは、正直よくわからない。ただその言葉が出た時のレオニクスの視線は、決して居心地が良いものでもなかった。

 

 彼との今後のために釘を刺しておいた方がいいような気がして、先程のような振る舞いへと至ったわけである。


「信じていても、大丈夫よね?」


 彼の燃えるような瞳をじっと見つめながら念押しするようにそう言ってみると、彼は「……おう、大丈夫」と言ってゆっくりと頷いた。

 

 ストラメルが「あれすっげえ怖いっす」と呟いたのが聞こえたが、何も怖くなどないはずである。


 そんなことより、と未だにくすくすと笑っていたティンナトールの方へ身体の向きを変えた。


「これで拘束力は確認できたわね。あなたが私たちの依頼を受けてくれる場合には、最後まで付き合ってくれる証として、柔らかな枷(ウィンクトゥラ)を嵌めてくれるかしら?」


 改めて言葉にすれば、依頼相手に対するお願いとしてはかなり異常だし、そもそもまだ依頼自体は承諾されていない。何故こうなってしまったのか、深く考えてはいけないとチェラシュカは思った。

 

「ふふ……そうですね、構いませんよ」

「俺がやるからチェリは触るなよ」

「はあい」

「ラキュス、お手柔らかにお願いしますね」

「ただ付けるだけだろう……」


 

 ◇◇◇



 ティンナトールが去ってから、チェラシュカは皆にこう告げた。

 

「私、一人で彼のこと説得するわね」

 

 途端に三人の視線が突き刺さる。


「チェリ……」

「え!? 無茶っすよあんな変な奴相手に!」

「もともと私が言い出したことだもの。私がやらなきゃ」

「関係ねえって! こういうとき協力すんのが仲間だろ?」


 無茶だ、無理だ、無謀だ、という訴えがこれでもかと詰め込まれた六つの目を順に見返す。

 

「……みんなは、彼の言う面白いおねだりができる?」


 チェラシュカの問いに彼らは揃って視線を逸らした。非常にわかりやすい。


「私の我儘に巻き込んで申し訳ないなとは思うのだけれど、せめて私が責任をもって説得に挑むから、みんなは見守っていてくれるかしら」


 その場に広がるのは沈黙。

 レオニクスは顔をしかめているし、ストラメルは目を泳がせている。

 

 しばらくして、ラキュスがふーっと息を吐いた。

 

「……わかった。わかったが、チェリ。ティンナトールと二人きりになるな。説得には絶対に、俺たちの誰かを連れて行け」

「もちろんよ」

 

 そう伝えるものの何度も念を押される。チェラシュカが何度わかったと答えても、不安は拭えないようである。

 

 確かにあの研究者は少し変わっているし、一筋縄ではいかないことはこの一日で十分にわかったつもりだ。だから、自分なりに注意して交渉に挑む予定である。

 

 しかし、ラキュスたちはチェラシュカ以上に彼に対して警戒心を抱いているようだった。

 


 ――迷宮攻略に協力してもらえるようになれば、少しは打ち解けられるかしら。

 

 チェラシュカはそう思いながら、明日からの交渉に備えて床に就くのだった。

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