45. 魔導契約とは
チェラシュカがどうやって話を進めようかを考えていると、ラキュスがティンナトールの方へ体を向けた。
「ティンナトール。まだきちんと答えを貰っていないが、どうして面白い頼み方なんていう回りくどいやり方が俺たちのためになる? 途中でティンナトールが俺たちを放置するリスクは変わらないだろう」
「まさか。あなた方に協力するのも吝かではないなぁと思わせていただけた暁には、必ず最後まで付き合いますよ」
「さっきあんなことを言っておいて、それを信用できると思うのか」
「あはは。なんなら魔導契約書を作ったって構いませんよ」
「そこまでするんすか!?」
ストラメルが驚くのも無理はない。
魔導契約書――これは普通の契約書とは異なり、契約を行う者同士の魔力を用いてその体に契約内容を刻み付け、約定を違えることが無いようにするためのものだ。
予め定めた期間中に契約者がその契約に反した行動を取った場合、身体中が痛みに支配され動けなくなってしまうという。
契約に必要な特殊な紙とインクが高価であること、二人以上必要な契約の見届け人にもそこそこの魔力が求められることから、通常個人間で気軽に作るものではない。
以上が、かつて学校で教えられたことと以前本で読んだことを基に、チェラシュカが理解している魔導契約書に関する知識である。
「道具ならここにありますので」
そう言ったティンナトールは、自身の携帯型金庫から取り出したのか、少し厚みのある紙と不思議な色合いのインクをこちらに見えるように持っていた。
「え、持ち歩いてんのか?」
「はい、必要になってから準備するのでは面倒ですので」
レオニクスの問いに対して彼は何でもないように答えているが、携帯型金庫は容量が限られているため、滅多に使わないものは入れないはずだ。それだけで、今まで過ごしてきた生活や常識が違うのだなと改めて思わされる。
そして、彼が魔導契約書を用いることに躊躇いがないというなら、それはそれで気になることがある。
「あなたさっきヒュペリアの研究所を辞めたと言っていたけれど、円満退職ではないのでしょう?」
「……どういう意味です?」
「端的に言うと、私はあなたが魔導契約を擦り抜ける何らかの術を持っているのではないかと思っているの」
「はあ。あなたも疑り深いですね」
チェラシュカは思い切って踏み込んでみたが、彼は全く態度を変えなかった。だがしかし、今の内に彼が本当にこちらに向き合う気があるのかを確かめる必要がある。
「研究機関で、しかも極秘事項を扱うとなれば、研究員が外部に研究内容を漏らさないための処置が行われているはずよ」
「よくご存じで」
「友達が研究職に就くから話は聞いていたの。その子はそれほど秘匿すべき研究を行っているわけではないけれど、それでも、公式に発表する前に無闇に言いふらさないようにと魔導契約を行ったそうだわ」
「そうですか」
「極秘事項であれば、在籍中であろうとなかろうと無関係の人に話してはいけないはずよね。だから、本来はあなたにもそのときの魔導契約の証が刻まれているはずなの。辞めた今でも」
「なるほど。ですが私は……、」
「そして」
恐らく彼は、魔導契約は刻まれたままだし、極秘事項については仄めかしただけだから契約に反していないと言いたかったのだろう。
だが、そこを敢えてチェラシュカは遮った。
「私は、他人の契約中の魔導契約を確かめる術を知っている」
「……へえ?」
魔導契約の内容を契約者当人が忘れることは無いし、もし何らかの事情で他人が内容を確認する必要があれば、当人が持っているはずの魔導契約書の写しを見ればいい。長さにもよるが、当人に口頭で説明してもらうのも手だろう。
しかし、それが叶わない場合。
具体的には、契約者の意識が失われていたり、今回のように契約者の言葉が信用できない場合、契約者が現在履行中の魔導契約の内容を他人が確認する方法が存在している。
「……チェリ、なんでそんなことを知ってる?」
「そもそもそんなことできるなんて知らなかったぜ」
「普通関わることないっすもんね」
ラキュスたちの、そしてティンナトールの探るような視線を受け、チェラシュカは静かに目を伏せる。
そのままかつて目にした一ページを思い出す。
***
「キャルロット、信じてくれ! 前妻と交わした魔導契約がまだ解消出来ていないから君に触れられないだけで、俺は君と添い遂げたいと思っているんだ!」
「そんなの嘘よ! リャエンテは本当はあたしのことなんて愛していないんだわ!」
「嘘じゃない! その証拠を、今から見せる!」
リャエンテは自身の足で地面に大きな円を一つ描き、その中に少し小さな円を一つ描く。そこに三角形や四角形を足していくつか線を引く。その円の真ん中に立った彼は、キャルロットへと真剣な眼差しを送る。
「キャルロット、今から俺が言うことを繰り返してくれないか?」
「どうして?」
「そうすれば、俺の魔導契約の内容が君にも見えるんだ」
「そんなことができるの?」
「ああ!」
静かに頷いた彼女を見て、リャエンテはすうっと息を吸う。
「リャエンテ・ワンドリューの身に刻まれし約定を示せ」
「……リャエンテ・ワンドリューの身に、刻まれし約定を示せ」
キャルロットが最後の一文字を口にした瞬間、リャエンテの足元から光が溢れた。かと思うと彼の身体を包み込み、その光はキャルロットの方へと移動していく。そして、彼女の前で文字を象り始めた。
「魔導契約書……これは、あなたの……」
「ああ、そうだ。読めるかい?」
「ええ、確かに、ミュールラ……あの女以外の女に触れてはならないと書いてあるわ……」
「そうなんだ! しかも契約期間は一生だ! こんなことになるならそんな契約しなければ良かった……。あいつがこの契約の破棄を拒んでいる以上、裁判で勝って破棄の約束を取り付けるしかない。だからそのために、金が必要なんだ……!」
「そうだったのね……」
***
チェラシュカが思い出していたのは、「よくわかる契約書作成のススメ 第五版」のコラムページである。
この本は挿絵も多く、幼い子でもわかる易しい文体で綴られており、チェラシュカはこれを読んだときに魔法陣なるものを知った。
そして、同じページに記載されていた魔導契約書用の魔法陣を紙にたくさん描いて遊んでいた。齢十歳の頃であった。
なお、ロテレはチェラシュカがこれを読んでいるのを見て「あなたが読むには少し早いのではないかしら」と言っていた。
閑話休題。
リャエンテとキャルロットのその後がどうなったかはさておき、記載されていた呪文も魔法陣も実際に用いられているものである。
そういうわけで、それを読んだ当時真似して遊んでいたチェラシュカは、目の前の研究者に対して魔導契約を明らかにする魔法を使うことができるのだった。
昔読んだ本に書いてあったのだと告げても尚訝しげな視線を向けてくる彼を、チェラシュカは真っ直ぐに見返した。
「ティンナトールは、ご存知かしら」
「……ええ、まあ」
「流石ね。なら、私が必要な魔法陣を描けば、それが使えるものかどうかわかるでしょう」
チェラシュカはテーブル上にあった紙ナプキンを一枚手に取ると、携帯型金庫から出したペンで魔法陣を描き始めた。
魔法陣には、大きさに応じて必要な魔力量が異なるものとそうでないものがあるが、今回の魔法陣は後者だ。
事実を示すという結果だけが必要なので、極端な話、身長を超えるような大きさで描いたとしても、手のひらサイズの紙ナプキンに描いたものと効果は全く変わらないのだ。
きゅっきゅと音を立てながら最後の一筆まで描き終わると、片手で持ち上げてティンナトールの目の前でひらりと揺らす。
「どうかしら」
彼はじっとチェラシュカの手元を緑色の目で見つめたまま、何も言わない。
「これを……そうね、ラキュス、手を出してくれる?」
幼馴染である彼には魔導契約などする機会はなかったはずだ。だから、チェラシュカが手順を踏んで魔法による開示を進めれば、何も契約がないという結果が示されるはずである。
チェラシュカが魔法陣の描かれた紙ナプキンを彼に手渡そうとするのを、ティンナトールが遮った。
「……わかりました、そこまでしなくてもいいですよ。要するに、魔導契約では信頼できないということでしょう」
こちらを見据える彼の目をチェラシュカはじっと見返す。
単に煩わしかっただけかもしれないが、この流れで自分の魔導契約の証を見せないほうが不自然であり――やはり彼は何らかの方法で、魔導契約を掻い潜る術があるのだと確信する。
ここで、店員から「そろそろ……」と声がかかったため、ラキュスたちが泊まる部屋に移動することとなった。
部屋に戻ったところで、レオニクスがこう言った。
「魔導契約だと怪しいってのはわかったけどよ、他に途中放棄しねえって思えるような方法、なくねえか?」
「確かにレオニクスさんの言うとおりっすね。オレらを裏切らないって確信を持てる方法なんて……あ」
「ストラメル? 何か思いついたのか」
ラキュスにそう問われたストラメルは、「いやあ……」と言葉を濁している。
しかし、全員の視線を一身に受けて落ち着かなくなってきたのか、彼は携帯型金庫から何かを取り出した。




