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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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44. 交渉します(挿絵有)

 全員があらかた食べ終えたところで、チェラシュカは単刀直入に話を切り出すことにした。

 

「ティンナトール、交渉をしましょう。私たちに雇われてほしいの。一日につき大銀貨一枚でどうかしら。食事代も持つわ」

「……それだと、私がわざと長引かせるかもしれませんよ?」

「そうかしら? あなたが得意分野でそういう無駄なことをするようには思えないわ」

「そう見えているんですね」

「それに、お金にも困っていないだろうから、そのために無駄に数日を費やすとも思えないの」

「……ふうん?」

「でもまだティンナトールのことを知らないから、お金以外で報酬として提示すべきものが何かわからないの。教えてくれるかしら」


 下手に駆け引きなどは考えない。こちらで提示できるものに彼の欲しいものがあればいいのだが……。

 

「良識の範囲内でなら聞いてやろう」

「なんでラキュスが偉そうなんだよ」


 ラキュスのやや高圧的な言い方も、それに突っ込むレオニクスのことも特に気に留める様子はなく、彼は自身の顎を軽く指で挟みながら「そうですね……」と呟いている。

 少し考える素振りを見せた彼は、順にチェラシュカたちを見まわすと(おもむろ)に口を開いた。

 

「特に欲しいものも足りないものも無いんですよね」

「……充実していて羨ましい限りっすね」

「欲しいものがねえなんてありえんのか……!?」

「何もないとそれはそれで困るんだが」

 

 様々な反応を見せるラキュスたちに対し、彼は何も言わず微笑むばかりであった。

 

 チェラシュカはそんな彼をじっと見つめながら頭をフル回転させる。

 彼は恐らく本当に何も要らないわけではない。そうでなければ、チェラシュカたちにこうやって時間を割いたりはしないだろう。

 

「欲しいものや足りないものがないというのは、今持っているもので満ち足りているということかしら?」

「そういう意味じゃないんすか?」

「チェリがまだ話してるんだから静かにしろ」

「……すんません」

 

 ストラメルがラキュスに小声で怒られているのを横目に、チェラシュカは半ば確信を持ってティンナトールに更にこう尋ねた。

 

「欲しいものや足りないものが、自分でも何かわかっていないのではなく?」

「……へえ」

 

 ティンナトールはすっと笑みを消すと、瞬き一つせずチェラシュカを見返してきた。こちらの真意を探るような瞳にチェラシュカは一瞬息を呑んだが、ふうと息を吐くと次の言葉を重ねる。

 

「ティンナトールにとって、古代魔法の研究はどういうもの? 楽しい? 辛い? 面白い? それとも、ただのお仕事と割り切っている?」

「……研究は面白いですよ。私がまだ知らない一面を見せてくれますから」

「そうなのね。今回の迷宮の調査はどうだったの?」

「そうですね……五つほど魔法が変質していました。そのうち四つは見たことのあるパターンでしたが、一つは少し珍しいものでしたね」


 変質したという魔法を思い出しているのか、斜め上を見ながら彼はそう答えた。

 

「珍しいものを見るのは好き?」

「ええ。同じものばかりだと飽きますからね」

「その珍しいパターンってどんなものだったの?」

「……何から言えばいいでしょうか。まず古代魔法で変質する性質として、威力や属性、向き、位置、対象などがあるのですが、一年おきに見に行っていますから変わるとすれば大抵どれか一つです。しかし、今回のは威力も属性も向きも変わっていて、以前見たときとは全く異なるものであったと言ってもいいでしょう。三つ以上変質したのはこれまで十五個ですが、威力が倍以上になっていたのは初めてで……、」


 ティンナトールは古代魔法自体が本当に好きらしい。想像以上に饒舌に話し始めた彼に思わず目を丸くする。


「変質の原因にも、魔法陣の場合は魔法陣の描かれた部位の極端な劣化であったり、魔法陣同士による干渉が挙げられます。他には、媒介の劣化や空気中の魔力量の変化、その近くで使われた魔法による影響がありますが、今回は迷宮内部に迷い込んだ何らかの動物による偶発的なものではないかと推測できまして……、」


 膨大な知識量と経験によって、様々なことを彼の頭の中で繋げて考えられるのだろう。三百年研究し続けているだけのことはあるな、と改めて感心する。


「今回の場合、属性が水から火に、向きが斜め上から真横へ、威力が倍に変わっていました。その結果、横を通ってもせいぜいコップ数杯程度の水でびしょ濡れになるくらいだったものが、火炎魔法を思い切り浴びせられるものになっていたというわけです」


 一頻り説明したあと、彼は一息ついてお茶を飲んでいる。


「やはり何らかの対策が必要だな」

「めちゃくちゃ危ねえじゃねえか!!」

「……長すぎてよくわかんなかったっす」


 ラキュスたちが口々に話す中、チェラシュカはティンナトールが話していた様子を思い返していた。こちらに向けていたような挑戦的な表情ではなく、至極楽しげでまるで夢でも語っているかのようだった。


「教えてくれてありがとう。古代魔法については詳しくなかったけれど、あなたの話を聞いてとっても興味が出てきたわ」

「それは何よりです」

「ちなみに、古代魔法以外に興味があるものはないのかしら」

「特には……。一時期ヒュペリアの研究機関でとある魔法の研究していたときに、どこから漏れたのか引き抜きをかけられることもありましたが、いかんせん頼み方が一辺倒で面白くなく。こんなつまらない奴が寄ってくるのは面倒だな、と研究所自体を辞めてしまいましたしね」


 先程あれだけ事細かに説明していた熱量はどこへやら、あっけらかんと言う彼を見てチェラシュカは小さくまあ、と呟いた。


「辞めてしまったの?」

「あそこでなくても研究は続けられましたので」

「でも、引き留められたのではないかしら?」

「そこはさいみ…………。皆さん素直に聞き入れてくださいましたよ」

「今催眠って言おうとしてなかったっすか!?」


 ティンナトールの不自然な間に、ストラメルが大声を上げた。もしかして、他の研究員たちに精神干渉魔法をかけて引き留められないようにしてしまったのだろうか。

 全員の視線を集めたティンナトールは、しかしながら唇の端を上げるだけで何も答えなかった。

 

 そこへ、レオニクスも怪訝そうな顔をしながら問いかけを重ねた。

 

「つーか、面白くない頼み方ってなんだよ?」

「ああ。ひたすらお世辞の嵐を浴びせて金を積むだけですよ。愛人候補だの愛玩動物だのを用意するなどと言う輩もいましたが」

「あ、愛人……?」

「なんか……凄い世界っす」


 ぽかんと口を開けたレオニクスとストラメルが顔を見合わせている。

 チェラシュカも先程から目を見開きっぱなしだ。物語の中でしか聞いたことのないような買収を持ち掛けられたことのある人に出会えるとは思わなかった。


「そんな風に声をかけられるということは、相当価値のある研究をしていたんだな」


 比較的落ち着いた様子のラキュスが、彼をじっと見据えながら呟いた。

 

「そうなのかもしれませんね。ヒュペリアでも極秘事項扱いでしたから」

「え、それって何の研究だったんすか?」

「おい、んなやべえこと聞くなよ!」


 反射的に尋ねてしまったらしいストラメルをレオニクスが素早く止めているが、チェラシュカとしても少し気になるところではある。

 

 部外者が聞くと不味いことには違いないが、極秘事項という単語に好奇心を擽られているのもまた事実だ。

 きゅっと唇を結びながらなんと答えるのかと彼をじっと見ていると、一瞬だけ目が合った。


「暗殺されない自信がおありなら、聞かせてあげても構いませんよ」

「……」


 チェラシュカたちは一様に黙り込んだ。彼の揶揄うような視線を受けたストラメルは、すすっと視線を外していた。


「あはは、冗談ですよ」

「それを冗談で受け流せるほど、俺たちは気安い関係ではないだろう」

「おや、ラキュスは冷たいですねぇ」


 確かにティンナトールとはまだまだよく知らない間柄だが、本当か嘘かわからない危ない発言も彼らしさの一部なのだと思うようになってきていた。

 極秘事項なのだから流石に言うわけないだろうとは想定していたが、わざとらしく気になる単語を提示するのは彼の癖なのだろう。

 思ったことをすぐ口にするストラメルは、こうやってすぐに引っかかってしまう。


 一つ付け加えるとすれば、チェラシュカはブラックジョークを比較的好んでいる自覚がある。自身の幼馴染がそのことをどれほど認識しているかはわからないが、そういうわけで、チェラシュカは思わず彼の深い濃紺から目を逸らしてしまうのだった。


「……てか、なんでこんな話になったんすかね」

「……なんだっけ?」


 ストラメルとレオニクスが仲良く顔を見合わせて小首を傾げている。微笑ましい様子に頬が緩むが、本題を忘れてはならない。

 チェラシュカは改めて真剣な顔を作ると、二人に向けて口を開いた。


「ティンナトールにとって報酬となりえるものを探りに来たのよ」

「そういえばそうだった」

「でもこの人さっき、欲しいものなんて特に無いっつってたっすよ」

「改めて聞くが、本当に何も無いのか?」

 

 ラキュスに問われたティンナトールは困ったように眉尻を下げた。


「無いものは無いんですよ」


 その様子をじっと見ていたチェラシュカは、砕けない程度にぶつかるしかないと思った。


「なら、あなたが欲しいと思うものを私が見つけ出すしかないわね」


 すると、ティンナトールはすうっと目を細めてチェラシュカを見返してきた。それは、まるで大きな卵を見つけた蛇のように。もしくは野ネズミを見つけた鷹のように。

 チェラシュカは、ひたり、と照準を合わせられたような心地になる。

 

「……へえ?」

「チェリ?」


 ラキュスが不可解そうな声を上げるが、チェラシュカは構わず続けることにした。

 

「ティンナトールにとって面白い頼み方をすれば、引き受けてくれるのでしょう?」

「まあ、そうですね」

「それって、面白い頼み方こそがティンナトールの欲しいものってことよね」

「え、そんなことあるっすか? 普通に美味い飯とか新しい鞍とかいいブラシとかいい設備とか……」

「だからストラメルは黙ってろって!」


 どうやら、ストラメルは目に見えない抽象的な何かを欲しがる気持ちがわからないらしい。ピンときていない様子で口を挟み、レオニクスにこそこそと怒られていた。


 にしても、欲しがるものが騎獣思いの彼らしい。そんなことを思いつつ、改めてティンナトールに向き直る。彼はほんの少し口の端を持ち上げると、興味深そうにこちらを見ている。


「ふうん? まあ、あなたの言うことも一理ありますね。もう大体のパターンは見たので、すっかり飽きてしまって」

「そうなのね。ということは……」

「私が今までに見たことのないタイプのおねだり、してくれますか?」



挿絵(By みてみん)



 テーブルに両肘をついて手を重ね合わせた彼は、少し前のめりになって重ねた手の上に自身の顎を置いた。

 ねだっているのはどっちなのだろう、と思いながら、チェラシュカはキリリと顔を引き締める。


「私たちがあなたにするのは依頼よ。対価を払って仕事を受けてもらう……一方的なおねだりじゃないわ」

「そうですか。面白ければどちらでも構いません。なんせここ最近退屈しておりまして」

「退屈ってんなら、そんな面倒なマネしねえで迷宮攻略に付き合ってくれてもいいだろうがよ……」


 レオニクスがぼやく。チェラシュカとしてもそれはそうだと内心頷いていると、ティンナトールが首を振った。

 

「それとこれとは話が別です。最初につまらないと思わせる奴は最後までつまらないものです。そのような無駄な時間を過ごすくらいなら、退屈の方がましです」

「後から面白くなる奴だって居るかもしんねえだろ?」

「それに期待しろと? 迷宮攻略中の数日で?」

「そ……れはムズいかもしんねえけど……!」

「それに、これはあなた方の為でもあるんですよ」

「どういうことっすか?」


 チェラシュカたちの為とはどういうことか。皆が思ったであろう疑問をストラメルが投げかけた。


「最初に言ったように、私にはこれと言って欲しいものはありません。貰えるものは貰っておくのが大人の嗜みだと思っていますが、物理的な報酬は私にとって然程価値がありません」

「……つまり何が言いたいんっすか?」

「私があなた方をつまらない奴だと思ったまま退屈しのぎで付き合った場合、もし私が途中で飽きたら……どうすると思いますか?」


 ティンナトールがゆっくりと全員の顔を順に見遣る。そこでラキュスが口を開いた。

 

「……ティンナトールなら、俺たちを放っておいて一人で迷宮を抜けることができるな」

「放置っすか!?」

「お前、えげつねえこと考えんな……!」


 ストラメルもレオニクスも、目を大きく見開いてティンナトールを凝視している。普通なら考えられない行動だが、彼ならやりかねない……という困った方向への信頼も残念ながら芽生えかけている。

 

「はい。ああ……いつ放っていかれるのだろうと思い怯える皆さんと行動するのも、悪くないかもしれませんね」

「クソ悪趣味っす!」

「はあ!? チェリちゃん、やっぱこいつに頼んのはやめようぜ!?」


 ガタン、と音を立てて椅子から立ち上がったレオニクスがこちらを向いて訴えかけてきた。確かに、こんなことを言われてしまうと不安になってしまうのは当然だ。


「レオニクス、落ち着いて。揶揄われているだけだわ」

「けどよ……」

「ね、座って?」


 彼はあまり納得していない様子だったが、ひとまず腰を下ろしてくれた。交渉をどこまで続けるにせよ、どんな場面でも冷静さを欠いた方が不利になるものなのである。


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