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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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43. まず食事よりはじめよ

 ある程度予想はしていたものの、ティンナトールには迷宮の案内をあっさりと断られてしまった。

 

「……あら」

「さっき定期的に調査してるって言ってたじゃないか」

「一昨日終わったところなんです。今は余暇を楽しんでおりまして」

「てことは、もう行く意味がないってことっすか」

「まあ、そうなりますね」

「マジかよ……折角見つけたのに」


 目の前のティンナトールの表情を見て、チェラシュカは直感的に悟った。彼はこの状況を楽しんでいる、と。

 じっと彼の目を見つめながら、こう聞いてみる。

 

「絶対に、やる気はないということ?」

「ふふ」

「私ができる限りあなたの求めるものを用意すると言っても?」

 

 チェラシュカの問いかけに彼は答えず、笑みを浮かべたまま黙って見つめ返してきた。その深緑の瞳はまるでこちらに挑戦状を突きつけるかのように煌めいていた。

 

「チェリ! 迂闊なことを言うな」

「ラキュス、落ち着いて。……あなたはいつまでここに滞在する予定なの?」

「特に決めてませんでしたが……一週間ほどでしょうか」

「そう。部屋はどこ?」

「二階の向かって右端ですよ」

「同じ階なのね、わかったわ。またね、ティンナトール」

「ええ、また」

 

 チェラシュカは皆に声をかけ、一旦部屋へ戻ることにした。



 部屋で各々が椅子やベッドに腰掛けると、チェラシュカはふう、と溜息をつく。

 

「チェリ、どうする」

「他の当てを探すしかねえのかな……」

「あの人絶対面倒くさい奴っすからね」

 

 各々思うところがあるようだが、チェラシュカの意思は決まっていた。

 

「みんな。私決めたわ」

 

 三人の視線がこちらに集中する。すうっと息を吸い、チェラシュカはこう宣言した。

 

「ティンナトールを口説き落とすわ」


 一瞬の沈黙ののち、レオニクスが立ち上がった。

 

「…………はああ!?!?」

 

 大声を出した彼に落ち着くように声をかける。

 ラキュスは薄々察していたようでやれやれといった顔をしており、ストラメルはかなり嫌そうに顔を歪めていた。

 

「く、口説き落とすって、その……」

「彼は私たちに一週間の猶予を与えたわ。その間に、なんとしてでも案内してもらえるよう説得してみせる」

「あ、ああ、そっちか……」

 

 レオニクスがヘナヘナ……と力が抜けたようにベッドに腰掛ける。

 チェラシュカは改めて三人を順に見回した。

 

「異論があれば今のうちに言ってほしいわ。まずはそっちから説得するから」

「諦める気はないんだな」

「チェラシュカさん、それ言う意味なくないっすか」

「そんなことないわ。お互いに何を考えてどうしたいのかを知ることは重要よ。認識の擦り合わせと双方の理解がなければ、誰かと過ごすなんてできないわ。……ねえ? レオニクス」

「……そうだな」

 

 レオニクスは何かを考え込んでいる様子だったが、彼の中で考えがまとまるまで待つことにしよう。

 まずは、と自信の幼馴染の意見を確認する。

 

「俺はチェリのしたいことに付き合うって決めてる。絶対面倒な奴だとは思うが」

「ありがとう、ラキュス。それは私も同感よ」


 頷きながら返事をすると、ストラメルから声がかかる。

 

「そもそもの話っすけど、ここに一週間も居てお金とか大丈夫なんすか? 俺は貯金をごっそり持ってきたっすけど……」

「それは心配ないわ。全員分を数ヶ月賄っても余裕なくらいには貯め込んでいるもの」

「そ、そっすか……なら普通に本題を確認するっすけど、勝算はあるんすか? あいつ、だいぶ変わってるっすよ」

「そうね、正直勝算については何とも言えないわ。だからとにかく色んなアプローチをしてみるつもりよ」

 

 そんな風に話していると、レオニクスが何やら物言いたげな表情をしているのに気が付いた。

 

「レオニクスはどう? あなたの考えを聞かせてほしいわ」

「オレは……そもそもあいつを信用していいのかわかんねえ。チェリちゃんは色々するって言ってっけど、少なくとも金で買えるようなモンで応じるとは思えねえし……、チェリちゃんが嫌な思いをしねえかが心配だ」

「ありがとう、レオニクス。優しいのね」

 

 そう伝えると彼は目を伏せてしまったが、チェラシュカはそのまま言葉を続けた。

 

「確かに普通の取引じゃ応じてもらえないと思うわ。でも、これは私の勘なのだけれど……、いずれ彼は私たちの味方になってくれると思うの」

「けど……」

「彼が紳士的でない振る舞いをするとは思わないけれど、万が一何かあればレオニクスが助けてくれるでしょう?」

「……ああ、ぜってえ助ける」

「ありがとう。信じているわ、レオニクス」

 

 レオニクスとの話が一段落したところで、ストラメルから声をかけられた。

 

「チェラシュカさん、俺も特に反対とかはないっす……けど、あの人には注意したほうがいいと思うっす」

 

 振り向いた先のいつになく真剣な眼差しの彼に、思わず目を瞬かせた。

 

「何かはわからないっすけど……単純に面倒な人ってだけじゃなくて、それ以外の何かがある気がするっす」

 

 その真っ直ぐな視線を見返すと、チェラシュカも真剣な顔をして頷いた。

 

「わかったわ、気をつけるようにするわね」

 

 方針が決まったところで、次の行動に移ろうと思う。

 この宿は食事処も営業しており、大抵の宿泊客は夕食もここでとっていると聞く。

 であれば、これから取るべき行動は一つだろう。

 

「とりあえず、人を懐柔するにはまず食事よ。彼を夕食に誘いましょう。ラキュス、一緒に来て」

「わかった」

 

 レオニクスとストラメルを部屋に残し、チェラシュカたちはティンナトールの泊まる部屋へ向かった。

 三度ノックをして「ティンナトール、チェラシュカよ」と声をかけた。

 程なくして扉が開き、部屋の主が顔を出す。

 

「どうしました?」

「ティンナトールと夕食を食べようと思って、誘いに来たの」

「おや、ありがとうございます。是非ご一緒させてもらいましょう。もう行きますか?」

「あなたさえ良ければ」

「わかりました。少し待っていてください」

 

 一旦扉を閉めて部屋に戻った彼を待っていると、ラキュスが訝しむような声を出した。

 

「随分とあっさり承諾したな」

「当然よ。今、彼の釣り針にかかっているのは私たちなのだから」

「……そうなのか?」


 そこへティンナトールが戻ってきたので、彼にはラキュスと先に一階の食事処へ向かってもらい、チェラシュカは部屋で待つ二人を呼びに戻った。

 

「二人とも、ティンナトールと一緒に夕食を食べることになったから、行きましょう」

「……おう」

「っす」


 食事処へ着くと、いつも通り真顔のラキュスと微笑みを浮かべたティンナトールが椅子に座って待っていた。どことなくぎこちない雰囲気が漂っている気がする。


 長方形のテーブルの短辺にティンナトールが座り、その右斜め前にラキュスが座っていたので、チェラシュカはラキュスの隣に座った。

 ラキュスの向かいにストラメルが、その隣にレオニクスが座ると、しばらくして店員が注文を伺いにやってきた。

 先程ティンナトールがおすすめだと言っていた肉を包み焼きにした料理と、その他いくつかの大皿料理と飲み物を頼む。

 待っている間、彼にいくつか聞いてみることにした。

 

「ティンナトールは普段どこに住んでいるの?」

「ヒュペリアの首都はわかりますか? その近郊に住んでいます」

「そうなのね。いつから研究を始めたの?」

「三百年ほど前でしょうか」

「まあ! 随分長いのね。なら今おいくつなの?」

「せ……えーっと、大体三百歳くらいですね。もうあまり数えていなくて」

「なら人生のほとんどを研究に費やしてることになるんだな」

「すげえな……」


 そこへ店員がサラダとサラミやソーセージの盛り合わせを持ってやってきた。

 各々が小皿に取り分けていると、ティンナトールから「皆さんの話も聞かせてください」とリクエストされる。隣に座るラキュスだけでなく前の二人からも視線を感じたので、まずはチェラシュカが話すことにした。

 

「私とラキュスはレヴァノスからきたの。二人ともこの前五十歳になったばかりよ」

「へえ、随分と若いですね」

「確かにあなたと比べたらね。この中で一番若いのはストラメルよ」

「……っす。四十っす」

 

 ティンナトールはストラメルの方を向くと、唐突にこんなことを言った。

 

「ストラメルはこれまで色々と苦労していそうですね」

「……どういう意味っすか」

「言葉通りの意味ですよ。昨日のような品の無い者に絡まれたりとか」

「まあそれは……なくはないっすけど」

「ですが、今はそんな苦労も霞むくらい良い仲間に恵まれたと思っているのではないですか?」

「な、……急になんなんっすか? そりゃ確かにこういうのも悪くないなと思っ……あーもうそんな顔で見んなって」

 

 チェラシュカがストラメルたちのやりとりを微笑ましいなと見守っていたところ、それに気付いた彼は右手の甲を口に当ててそっぽを向いてしまった。言葉も崩れるくらい照れているようで、つい口の端が上がってしまう。

 誤魔化すようにサラダを口にすれば、今度はティンナトールの関心はレオニクスに向かったようだ。

 

「レオニクスは今おいくつなんですか?」

「オレは百五十歳だぜ」

「なるほど。ちなみに、あなたは何故皆さんと旅を?」

「えっと……」

 

 レオニクスはチェラシュカをじっと見た後ラキュスに視線をやると、少し逡巡するようにテーブルに目を向けていた。

 

「チェリちゃんたちと同じように、色んな物を見たり経験して、オレの細工技術をもっと磨こうと思ってさ」

「なるほど……」

 

 ティンナトールは何故か興味深げにこちらに視線を向けていたが、チェラシュカが見返すと目を逸らされてしまった。

 彼はそのままレオニクスの方を向くと「今度本当の理由も教えてくださいね」と言った。

 

「はあ……!?」

 

 レオニクスは焦った様子を見せたが、ティンナトールはそれをスルーしてそのままラキュスの方を向いた。

 

「ラキュスは……、」

 

 ティンナトールは一度言葉を区切ると少し目を細めて言った。

 

「だいぶ拗らせていますね」

「は?」

「ぶっ」

「いやそれは間違いないと思うっすけど、なかなかぶっ込むっすね……」

 

 ラキュスからは冷え冷えした空気が伝わってくるし、レオニクスは飲んでいた水を噴き出しかけたし、ストラメルは同意しているようだったが、何を拗らせているというのだろうか。


 どうやらチェラシュカだけ全くピンときていないようで、なんとなく除け者感があり少しむっとする。私の幼馴染(ラキュス)なのに。

 そう思って、隣の彼の服の裾をつまんで軽く引っ張った。

 

「ラキュスは何か拗らせているの?」

「……拗らせてなどいない」

「私には教えてくれないの?」

「拗らせてないからな」

「でもストラメルが間違いないって言ったわ」

「え゙。俺!?」

 

 その言葉を聞いた彼は物凄い形相でストラメルを睨みつけはじめた。

 ストラメルはこの世の終わりのような慌て方をしているが、火種を撒いたティンナトールはニコニコとこちらの様子を見守っている。


 何か困っていることがあるのなら頼ってほしいものだが、ラキュスが否定するからにはこれ以上聞きようがない。

 ティンナトールが言い出したことだが、本人が言わないことを聞くのは信条に反するので、心の隅に留め置くだけにする。

 

 ふう、と溜息をつくと「おや、私には聞かないのですか?」とティンナトールに声をかけられた。

 ラキュスが今度はティンナトールのことを睨みつけている。以前道端で見た喧嘩中の毛を逆立たせた猫は確かこんな感じだった。

 

「ラキュスが言いたくなったときに直接聞くわ。あなたからは聞かない」

「そうですか。……興味深いですね」

「つーかさっきからティンナトールさんのそれはなんなんっすか? 占い師でもやってたんすか?」

 

 ラキュスの視線から逃れたストラメルは話題を変えたかったようで、そんなことを言い出した。

 

「そういうわけでは。ただ、なんとなく皆さんを見てるとわかることがありまして。年の功とでも言いましょうか」

「そうなの? なら私は?」

 

 占い師もとい研究者の目にはどう映っているのかとチェラシュカが期待に満ちた目を向けると、彼はこちらへ笑いかけた。

 

「チェラシュカは、周りの人を振り回すのが得意なんですね」


 ぱち、と思わず目を瞬かせる。

 

「…………まあ。前に別の人に似たようなことを言われたことがあるわ」

「おや、その人とは気が合いそうですね」

「それは……ちょっと嫌ね…………」

 

 すんっとチェラシュカの声のトーンが落ちる。以前セルヴィエルにも言われたことを思い出して眉根を寄せる。あんな人と気が合いそうと聞くと、少し依頼を躊躇うほどには拒否反応が出そうである。

 そんなチェラシュカを見て、彼は不思議そうにしていた。


 深く突っ込まれる前にどうやって本題を切り出そうかと考えながら、チェラシュカはサラダをぱくりと頬張るのだった。



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