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星影が導く花明かり  作者: 天りあま
第二章 仲間との出会い

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42. 古代魔法です

 ――嘘をついている。

 

 そう告げた彼の声は、静かでありながらよく通り、どこか説得力を持って響いた。

 チェラシュカだけではなく、ラキュスたちも急に現れた彼に驚いて何も言えずにいたが、一番始めに声を上げたのは嘘つき呼ばわりされた人だった。

 

「なっ……う、嘘ってなんだ! というかお前は誰だ!! 適当なことを言うな!!」

「はは、適当なことを言っているのはどちらでしょうね」

 

 こちらに背を向ける彼の表情は見えなかったが、なんとなく笑顔を浮かべているのだろうなと感じた。

 

「あなたが彼らと話しているのが聞こえていましたが、迷宮を抜けるコツってなんです?」

「だっ……だから野郎には言うつもりはねえって」

「そんな言い草で彼らがあなたの思い通りに動くと思っていたのなら、随分とお粗末な頭をお持ちのようですね」

「はあっ!?」

「あなたが何を思って彼女に近付こうとしていたかは想像がつきますが、流石に目の前でそういう品の無い行為をされるのは看過できません」

「な、なにを……」

「あの迷宮。抜けるのに必要なのはコツではなく……魔力と、知識です」

 

 彼は自分の人差し指で自分の頭をトントン、と指した。その声にはほんの少しの嘲りが含まれているように感じた。

 

「て、適当なことを……」

「ではあの迷宮の中で、一つ目の曲がり角を曲がった後にあるものが何かわかりますか」

「…………チッ。ストラメル、覚えとけよ!!!」

 

 自分の不利を悟ったらしいその人は、背を向けて走り去っていった。



 

「へぇー、今時あんな捨て台詞を言う人がいるんですねぇ」

 

 走り去っていった人を見送った彼の横顔は飄々としており、先程までの淡々とした話し方とは打って変わって柔らかい雰囲気を纏っていた。

 

「……ありがとう、助かった」

「いえいえ、少々目障りだっただけですのでお気になさらず」

 

 サラッとトゲトゲしたことを言うんだなこの人……と思いながら、チェラシュカは後ろから声をかけた。

 

「ありがとうございます。おかげで比較的穏便に済んだようです」

「いいえー、あなたもああいう人に絡まれて災難でしたね」

「そうですね……」

 

 思わず苦笑いを返す。先程のあの人の目は本当に不愉快だったので、できれば思い出したくはない。


 チェラシュカは気がかりだったレオニクスとストラメルの様子を確認することにした。特に様子がおかしいレオニクスの隣に立つ。

 

「レオニクス、ストラメル、大丈夫? 何があったの?」

「……あいつ、昔の同級生なんすよ。俺が喧嘩してるのを見て嘲笑ってた、似非インテリ野郎っす」

「似非インテリ野郎……」

「あいつ……俺が訓練してる騎獣のことを家畜呼ばわりしやがって、思わずカッとなってしまったっす……」

「……そう。大事にしているものを馬鹿にされたら腹が立つものね」

 

 彼は眉根をぐっと寄せて俯いてしまった。

 彼にも気持ちの整理の時間が必要だろうから、しばらくそっとしておくことにする。


 見たところ、より大ダメージを受けているのはレオニクスのようだ。やはりあの心無い言葉が刺さっているのだろう。そう思うと、逃げていったあの人に対して非常に腹立たしく思う。

 

「レオニクス……」

 

 チェラシュカは彼の目の前に回り込み、彼の手を取り自身の胸の前で握り込むと彼にずいっと顔を近づけた。

 彼の目はどんよりとした曇り空だったが、はっとその目に光が宿ったかと思えば少し仰け反って徐々に顔を赤くし始めた。この距離なら、チェラシュカの瞳にそんな彼が映っているのを彼自身が確認できるだろう。

 

「っチェリちゃん!? な、なに?」

「さっきのあの人ね、次に会ったらどうやってボコボコにしたい?」

「……へ?」

「もう二度と会いたくはないけれど、やっぱりムカつくものね! 多分ストラメルがめためたにやっつけてくれるから、レオニクスも好きな方法を考えておくといいわ」


 そう言いながら、彼の手を握る力を強める。

 彼は視線を彷徨わせて「え、と……」と言うばかりだった。

 

「……チェラシュカさん、それ、いいんすか?」


 気持ちが落ち着いたのか、ストラメルから声がかかった。チェラシュカは小さく首を傾げる。

 

「うーん、よくはないんじゃないかしら? でも、やられた側が我慢して終わりなんてそんなのおかしいわよね。……もう二度とやりませんって誓わせるくらいのことはしなきゃね」

 

 ついつい気持ちが入ってしまって、最後の方は笑みを浮かべるのを忘れていたが、チェラシュカの顔を見た獅子&最年少コンビは必死にこくこくと頷いていた。


「チェリ、暴力はいけない。……そういう話はバレないようにしないと」

 

 後ろからラキュスに肩を叩かれたかと思いきや、そんなことを言われた。後半は声を落として囁かれたので、やはり彼も腹に据えかねているようだ。

 

「皆さん仲が良いんですね。羨ましいことです」

 

 そう言ったのは薄紫の髪の彼だ。先程までラキュスと何やら話していたようだが、今はこちらを向いて穏やかな笑みを浮かべていた。

 目尻が下がり気味の彼の深緑の目が、緩く弧を描いて更に優しそうな雰囲気になっている。つい先程とんでもない毒舌で煽り文句を言っていたとは思えないくらいだ。

 

「チェリ、どうやら彼は迷宮について詳しいらしい」

「まあ、そうなの?」

 

 チェラシュカはレオニクスの手をそっと離すと、迷宮に詳しいらしい彼の方を向いた。

 

「改めまして、先程はありがとうございました。私はチェラシュカ。あなたのことをお伺いしても?」

「お気になさらずに。私の名前はティンナトール。ティンナトール・シルウァです。気楽に話してくださって構いませんので、よろしくお願いしますね」

「わかったわ。ティンナトール、よろしくね」

 

 挨拶をした彼に手を差し出されたため、こちらも手を出してその手を握る。先程握ったレオニクスの手と比べて、ティンナトールの手はひんやりとしていたのが印象的だった。

 

「ティンナトール、オレはレオニクス・ルーガだ。よろしくな」

「ストラメル・テリクスっす。よろしくっす」

 

 ティンナトールが彼らともそれぞれ握手を交わす。

 

「……なんか、シルウァってあんまり聞いたことない響きっすね」

「そうですか? この辺りでは珍しいのかもしれませんね」

 

 ティンナトールとストラメルは互いに訝しげな表情をしていたが、ヒト同士何か気になることがあるのだろうか。


「言いにくければ、私のことはティルと呼んでくださっても構いませんよ。メルちゃん」

「……は?」


 愛称で呼ばれたストラメルが至極凶悪な顔になった。初対面なのに馴れ馴れしいと思ったからか、それとも単にその呼び方が気に入らないからか。

 ティンナトールは楽しそうなので、きっとわざとなのだろう。ストラメルの迫力のある見た目と可愛らしい愛称のギャップは凄まじいため、呼んでみたくなるものなのかもしれない。

 

 だが今はそんなことより、彼に確認しておかなければならないことがある。


「どうしてあの人が言ったことが嘘ってわかったの? 迷宮について詳しいのは何故?」

「はは、質問が多いですね。ですがその答えは一つです。私は古代魔法の研究をしているのです」

「古代魔法……」

「あの迷宮は古代魔法の気配で満ちているのですが、気付きませんでしたか?」

「そうなのか?」

「気付かなかったっすね」

「……そうですか、向き不向きがありますから仕方ないのかもしれませんね」


 そこでレオニクスが、やや言いにくそうに割って入ってきた。

 

「……なあ、古代魔法ってなんだ? 普通の魔法とちげえのか?」


 そんな彼に視線を向けたティンナトールは淡々と言葉を返す。

 

「ああ、獣人ですと知らないのも無理はありませんね。あなたはどんな魔法を知っていますか?」

「どんなって……水を出したり、洗濯物を乾かしたり、怪我を治したりとか?」

「……随分と家庭的ですね。まあいいでしょう。それらの現代の魔法は、使用者のイメージに準拠しているというのはご存知ですか?」

「ああ、上手くイメージできないと失敗するって聞いたぜ」


 レオニクスは出会った当初にチェラシュカたちが話したことを覚えていてくれたようだ。なんだか懐かしい気持ちになる。


「はい、その通りです。そして、使用者の魔力によって、強さや扱いやすい魔法の種類も変わります」

「へえー」

「一方、古代魔法は魔法陣を描いたり媒介を用いるなどして、手順を踏みさえすれば誰でも同じ効果を得られるようにできているのです」

「誰でも……ってもしかして、オレでも……?」

「理論上は」

「マジかよ! すげえ!!」


 すると、ティンナトールは不思議そうな顔をした。


「おかしなことではないでしょう。獣人なら魔法陣の施された武具などを見たことがあるのでは? あれも一応は古代魔法の一種ですよ」

「え、そうなのか!? 知らなかったぜ……」

「魔法陣の起動には魔力を流す必要がありますが、獣人なら普段から身体強化で魔力を全身に行き渡らせていますから、容易にできるでしょう」

「へぇー……。なんか、古代ってついてっからすげえ古いもんかと思ったけど、意外と今でも使われてんだな」

「そうですね。イメージで魔力を行使する方法が確立された現代の魔法と区別するためにそう名付けられているだけですので、古代の代わりに古典や原初、あるいは模範や基礎魔法と呼ばれていてもおかしくはないでしょう」

 

 彼の説明を聞いたチェラシュカも、なるほどと思った。古代魔法という言葉の印象から漠然と古い魔法なのかと思っていたが、思い返してみれば魔法陣が描かれている魔導具は日常的に使っている。

 

 かつて学校で古代魔法について教えられた時も、古代魔法は全ての魔法の基本となるし、イメージしにくいことも確実にできるから覚えておいて損は無いと先生が言っていたのを思い出す。媒介を用いる古代魔法というのも、いつか試してみたいところだ。

 

「あとは、魔女が得意とする呪いも古代魔法の一種ですね」


 ティンナトールはチェラシュカたちに順に視線を遣り、ストラメルに向けたところで止まった。


「ご存じでしたか?」

「……俺? いや、特に考えたことなかったっす」

「でしょうね」

「あ゙?」


 ティンナトールは思い切りガンを飛ばすストラメルを無視したまま「これで大体わかりましたか?」とレオニクスに問いかけていた。

 

 若干気まずげに「おう……」と返すレオニクスを見たティンナトールは、少し斜め下を見ながら何から話そうかと考えているようだった。


 ――彼、結構気ままな性格をしているのね……。

 


「さて、あの迷宮についてですが。あそこには二百七十三種類の侵入者を阻む魔法が仕掛けられています」

「に、二百……!?!?」

「いくらなんでも多すぎっすよ……」

「それは……大変ね……」


 想定以上の数に思わず言葉が詰まる。そんなチェラシュカたちを気にすることなく彼は続けた。

 

「そして、私はかつてあの迷宮の古代魔法を解き明かしたのです。全て」

「……解き明かしただと?」

「はい」

「全て……?」

「はい」


 そう言い切る彼は、嘘をついているようには見えなかった。そんな彼に対し、チェラシュカは少しばかり期待を込めて問いかけた。


「……なら、私たちに攻略方法を教えることも可能かしら?」

「二百七十三種類の対処方法を覚えられると?」

「オレはぜってえ無理だぞ……」

「俺も無理っす」


 口々に無理だと告げるレオニクスたち、そして無言で首を振るラキュスを見て、無謀なことを言ってしまったなと反省する。

 

「……現実的ではなかったわね」

「仮に覚えられたとしても、迷宮内ではその古代魔法は時折変質するのです。そのため、私は定期的に中に入って調査しているのですよ」

「まあ……!」

 

 今は通る人が居ないと言われていた迷宮だったが、こんなところで最近も出入りしているような人を見つけられるなんて。

 チェラシュカは、こちらの意思が伝わるようにと気持ちを込めて、頼みの綱となった彼を真っ直ぐに見つめた。

 

「では、……今日会ったばかりの人にこんなことを頼むのは申し訳ないのだけれど、私たちと一緒に迷宮へついてきてくださらないかしら?」

 

 彼はそう言われるのがわかっていたようで、ニッコリと笑みを浮かべて口を開いた。




「お断りいたします」

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