第十七話 洞窟探索
「ん?」
黒影狼やキティー達と話していると、緑隠猫の身体が震えた。
ゆっくりと瞼を開き、こちらを見つめる。
その瞳からは、先ほどまでの澱んだ殺意は消え去っていた。
「本当に、元に戻ってるわね。さっきまであった、魔力が一つ消えているし」
「起きたか、気分はどうだ?」
俺の言葉に答えるように、短く鳴いた緑隠猫。
どうやら、後遺症等もなく、健康体そのもののようだ。
最悪の場合、自我の消失も視野に入れていたが、大事に至らなくて良かった。
起き上がった緑隠猫は、前足で顔を洗って間を置いたあと、素早い動きで近くの木を登っていく。
あっという間に枝の上に着地し、身体を伏せて大きなあくびを一つ。
「なんだか、自由な魔物ね」
「──」
「あいつとは契約しないのかって? さっきまで、禁術の影響を受けていたあいつに、また契約を迫るのはちょっとな」
「あんたとその禁術は違うんだから、そこまで気にする必要はないんじゃないの?」
「それはそうだが、無理に契約する必要もないからな」
「ふーん。あたしはてっきり、恩を売って下僕を増やすつもりかと思ってたけど」
「そこまで鬼畜じゃないわ!」
「どーだか。人間って、欲望に塗れたどーしようもない連中だし」
禁術を調べるのを諦める事に納得したとはいえ、やはり感情では割り切れていないのだろう。
投げやりなキティーの態度からは、棘が見え隠れしている。
実際、キティーの言うことも間違いではない。
モンスターテイマーがいた時代でも、一定数の悪人が世を跋扈していた。
モンスターの密猟をはじめ、私利私欲で他人を蹴落とす人間。
恐らく、そういった人の業は、永遠になくならないのだろう。
ロコの頭上で寝転んでいるキティーをよそに、そんな事を考えていると、緑隠猫が枝の上で立ち上がる。
そのまま俺の方を一瞥したのち、身軽な跳躍で森の奥へ消え去った。
「あーあ、行っちゃった。本当に下僕にする気はなかったんだ」
「だから言っただろ。とりあえず、これからどうするか」
「あいつから話は聞かなかったの? その禁術を受けた場所を」
「聞こうとしたけど、どうやら覚えてないみたいだったからな。恐らく、禁術を施された時に記憶を消されたんだろう」
だからと言って、このまま帰るわけにはいかない。
モンスターテイマーの存在が確認されているのもあるし、なにより禁術を使うような輩を野放しにする事は危険だ。
そいつが禁術を施したモンスターを使い、悪巧みをする可能性が高いのだから。
「ふーん、証拠を残さないようにしているのね。いやらしい魔法だこと。で、手がかりはなくなったわけだけど。これからどうするか、あんたの華麗な推理でも聞きましょうか」
「お前、まだ根に持ってるだろ」
「さあ、なんのことかしらねー。ほらほら、時間稼ぎはいいから答えなさいって。時は宝石樹の蜜なりってね」
「なんだその言葉は……まあ、確かにさっさと解決した方がいいか。本当は、ギルドに戻って情報収集したかったけど」
キティーに頷いた俺は、ロコの方に目を向けて合図を一つ。
それだけで彼女は察してくれて、先ほどまで緑隠猫がいた場所に魔法陣を展開した。
「んーと、なるほど。魔力の残り香を触媒に魔法を使ったのね」
「そういう事。本来ならこう簡単にいかないけど、どうやらこの禁術を使った相手は、魔法の隠蔽に力を入れていなかったみたいだし」
魔法を解除されるとは思っていなかったのか、はたまた隠蔽をするほどの実力がなかったのか。
理由は定かではないが、どちらにしても俺達にとって都合が良いのは間違いない。
禁術を解除した事で発動するトラップ式の魔法、といった代物もある事にはある。
しかし、俺が見た限りだと、そのような罠は仕掛けられていなかった。
よって、このまま大胆に行動しても問題ない、と確信に至ったのだ。
「でも、あれよね」
「どうした?」
「下僕を働かせて、自分はなにもしない。なんというか、無能な上司っていうやつ? 今のあんた、ただの約立たずじゃない?」
「……そ、それを言うなら、キティーだってなにもしてないじゃないか」
「はぁ!? あんた、正気? あたしは存在するだけで世界に貢献している、超美少女妖精族として名高いんですけど。あんたみたいなダメ人間と一緒にしないで欲しいわね」
はぁやれやれ、これだからバカは困る。
そんな感情が手に取るように伝わる仕草で、大きく肩をすくめたキティー。
あまりにもあんまりな言葉に、思わずこめかみに力が入ってしまう。
「前から思ってたんだが、お前って自意識過剰じゃないか?」
「な、なんですって!? 言うことにおいて、あたしを自意識過剰!? 信じられない!? 目の前の不変の理を理解できない存在がいたなんて、あんた終わってるわよ!」
「なにが不変の理だよ! キティーが世界の法則とでも思ってるのか?」
呆れてキティーに尋ねると、至極当然といった顔で頷かれた。
「当たり前じゃない。物が重力に引かれて落ちるように、魔力には個人個人の色があるように、あたしが可愛いのは世界の決まりなのよ?」
「……ここまで来ると、もうなにも言えないわ」
「ふふん。あたしの完璧理論にぐうの音も出ないみたいね。まあ、仕方ないわ。人間は過ちを犯す種族だもん。寛大な心を持つあたしは、その過ちを許してあげる」
「──」
「お、場所がわかったか。じゃあ、早速そこに行こう」
「なによう、また無視して。でも、流石に何回もされれば、あたしだって対策を考えるわよ!」
「ちょ、頭にひっつくな!」
頭上に飛びついてきたキティーは、機嫌よさげな声で言葉を滑らせる。
「これで否応にも話を無視できなくなるわよね。ほらほら、さっさと進みなさい! そこに行くまで、あたしの素晴らしさを講義してあげるから」
「もしかして、そこから喋るつもりか?」
「当然。あんたにはあたしの偉大さを教えこまなきゃいけないからね。光栄に思いなさい? これで、あんたはキティーちゃんサイコー! って、真理が胸に刻まれるから」
「いらねーよ!」
「じゃあまずは、あたしが里でいかに人気者だったから教えてあげる──」
俺の言葉を無視して、キティーは自慢話を始めてしまった。
振り返って黒影狼達に助けを求めるが、全員耳を伏せて聞こえない振りをしている。
ロコも瞳を閉じて、我関せずといった面持ちだ。
……これを聞きながら、行かなければならないのか。
止めようと頭に手を伸ばしても、俺の動きを察知したキティーが逃げる。
そして、真面目に聞けと頭を蹴ったあとに、再び話を再開していく。
とりあえず、早く問題の場所に行ってこの新手の拷問から逃れるべきだろう。
意識してキティーの言葉を聞き流した俺は、駆け足でロコの案内に従うのだった。
♦♦♦
「──それで、その時のあたしは里の妖精に言ってやったわけよ。あたしの蜜を横取りするなら、徹底抗戦をする構えだってね。まあ結局、数十人の団体戦まで発展したせいで、全員仲良くおばば様に叱られたんだけど。あの時は怖かったわ。おばば様お気に入りの花を巻き込んじゃったから、おばば様が凄く怒ってね。里の半分以上が氷結化しててんやわんやの大騒ぎだったのよ」
ロコに案内されてからしばし、俺は森の少し奥まった場所に来ていた。
視界の先には洞窟があり、その入口前の地面に魔法陣の残骸が描かれている。
どうやら、ここらしい。
魔法陣の紋様が禁術と酷似しているし、どことなく嫌な空気を感じている。
漠然とした感想だが、モンスターテイマーとしての勘が告げているのだ。
こここそが、諸悪の根源だと。
「お前達の力、ちょっと借りるぞ」
側にいた黒影狼を一撫でした俺は、彼との同化を試みる。
ロコのように完全同化はできないが、能力の一部を借りる事はできるのだ。
今回借りたのは、黒影狼が備えている鋭敏な嗅覚。
人間とは比べ物にならない能力を使い、辺りに漂う臭いを判別していく。
「自然の匂いに紛れて、人間の匂いがするな。いや、人間にしては違和感があるような……」
「そもそもね、人の蜜を盗むなんていけないことなのよ。悪逆尽くせば神も寝転がる、って言葉があるように、悪いことをしたら天が見放すわ。因果応報よ、因果応報。ほんと、今思い出してもムカつく」
「お前達は茂みに隠れて監視を。ロコはそのサポートを頼む」
「──」
「ん? ああ、大丈夫だ。少し中の様子を見て、なにかあったら戻ってくるから」
心配そうに見上げてくるロコに笑いかけたあと、気配を溶け込ませて洞窟に近づく。
陽光が入り込んでいるため微かに明るいが、奥の方は暗くてよく見えない。
ロコの竜眼に切り替え、慎重に進む。
洞窟内は普通の作りのようで、なにかが偽装されているといった様子はない。
ただ、ところどころに松明を置く台がある事から、人が使っているのは間違いないだろう。
「おばば様もおばば様だわ。なにがキティーはもう少しお淑やかになりなさいよ。どこからどう見ても、あたしは貞淑な美少女じゃない!」
「……おい」
「なによ。あら、ここどこ?」
「ちょっと、静かにしておいてくれ」
どれだけ話に夢中になっていたのか、ようやくキティーは現状を認識したらしい。
頭上で素っ頓狂な声を上げたあと、以降は大人しくなった。
更に少し歩くと、左右に別れた道が現れた。
一旦ロコとの同化を切り、黒影狼と同化し直して臭いを嗅ぐ。
右の方が人間の臭いが強く、それに混じって様々な臭いが混ざり合っている。
左の方は、土や金属の臭いばかりだ。
「というか、暗!? え、なにも見えないんだけど。ちょっと、魔法陣を描くから外に戻ってよ」
「今までは一本道だったから、一人で戻れるだろ」
「それもそうね。じゃあ、あとでまた会いましょう」
頭を軽く蹴られたのを感じたので、恐らく助走をつけて飛んだのだろう。
直ぐにキティーの気配が遠ざかり、場にいるのは俺一人。
「ロコとの同化に戻してっと。行くか」
キティーに気を遣わなくてよくなったため、足音を殺しながら駆けていく。
数十秒後には開けた場所が先に見え、手前で止まって影に身を潜める。
「これは……」
広間にあるのは、複数の檻。
中には様々なモンスターが入っており、見たところ誰もが大人しい。
いや、これは禁術をかけられていると思うべきか。
中央には入口にあった魔法陣が描かれていて、その近くには様々な器具が置かれている。
そして、そこに白衣を着た人物がいた。
「ふむう……今回のだと効率が悪いのか。とはいえ、能力上昇はこちらの方が上。あちらを立てればこちらが立たず。ままならないものだな」
……どうするべきか。
モンスターを捕らえている事から、あいつは碌でもない奴なのは間違いない。
本当ならこのまま襲撃したいのだが、情報を集めたい気持ちもある。
相手の目的、動機、所属場所、いつから行動していたか。
その他聞きたい事は沢山あり、なによりモンスターテイマーについてを知りたい。
何故、禁術を使えるのかと。
とはいえ、このまま手をこまねいているのは、時間の無駄。ひとまずは、あいつを倒してから考えればいいだろう。
考えるのは、その後からでも遅くはない……はず。
思考がまとまった俺は、気配を周囲に滲ませながら駆け出す。
檻の間を抜けて相手の背後に着き、飛びついて首を腕で締める。
「がっ……!」
「寝てろ」
振り向こうとしたので、更に強く締め上げて頸動脈を圧迫させた。
無事に意識を落とさせる事に成功し、安堵の息をつく。
とりあえず、これで大丈夫だろう。
あとは急いで彼等を解放して、こいつから情報を聞き出さなければ。
鞄からロープを取り出した俺は、目の前の暫定敵を縛っていくのだった。




