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第十六話 襲撃と禁術魔法

 

 時折、ロコ達と遊びながら森を歩き、依頼された薬草を採取していく。

 森の調査は個人的にしている事のため、先にギルドの依頼を終わらせようと思ったのだ。


 今回の受注はアナさんに渋られたのだが、頼み込んで了承してもらった。

 なんでも、今の世界樹の森は様子がおかしく、浅い所では見られない魔物がいるから、新人冒険者である俺がそれ等に遭遇しないか不安だとか。


 ……恐らく、その魔物のうち、一つは黒影狼の事だろう。

 森から逃げて混乱していた経緯があったとはいえ、それは黒影狼達視点での話。

 モンスターに襲われた馬車の人達にとっては、生きた心地がしなかっただろう。

 そんな人達がギルドで話し、結果注意喚起されるようになった。


「アナさんに黒影狼を説明できたら良かったんだけど」

「誰それ? 人間?」

「ああ、キティーはギルドには行かなくなったもんな。アナさんは俺の担当をしてくれている受付嬢だよ」

「うん? 担当は野蛮人じゃないの? え、もしかしてあいつクビになった!?」


 物凄く嬉しそうな顔のキティーには悪いが、イヴァンナさんは元気に変態性を見せつけている。

 最近は、どうにかして俺からキティーの居場所を聞こう、と目を光らせている気すらしているのだ。

 そんな彼女の姿を見て、アナさんと二人でため息をつくのは様式美となっていた。


 げんなりした俺に察したのか、舌打ちをして頬を歪ませたキティー。

 どうやら、このままおさらばしてくれれば、とでも思ったらしい。


「──」

「ん? ああ、ロコは街の事はあんまり見てなかったか。キティー達妖精族にとって、エルフ族は天敵な種族なんだよ」

「天敵じゃないわよ。ただ、あいつらの頭がおかしいだけ」

「本当に、なにがどうしてそうなったんだろうな……」


 恐らく、この時代に来てから、一番驚いた事と言っても過言ではない。

 モンスターテイマーがいなくなっているのにもびっくりしたが、それ以上にエルフ族の突き抜け方が意味不明だった。


 そういえば、俺の知り合いにもエルフ族がいた。

 彼は非常に思慮深く、また魔法使いとしても優秀だった。

 流石にエルフ族が長命だからと言っても、生きているとは思えないが。

 ……もし、彼が生きていたら、彼も変態になってしまっていたのだろうか。


「どうしたの? 遠い目をしたりして」

「いや、知り合いの残念さを目にしなくて良かったかなって」

「ふーん。変なの」


 そんな風にキティーと話している間に、薬草採取の規定数に到達した。

 流石に新人向けの依頼といったところで、特に必要とされる専門知識もなく、簡単に採取ができた。


 ひとまずは、これでいいだろう。

 仕事も果たしたし、次は森の調査を本格的に始めようか。

 薬草採取をしている時にも、気になった部分は見つかったし。


「キティー、気づいたか?」

「んー、あんたの考えは知らないけど、確かに少し妙かもね。森の声が小さい気がするわ」

「森の声?」

「そ。葉が擦れる木々の言葉、草花の音色、動物達の合唱。そういった要素をまとめて、あたし達は森の声って呼んでいるわ」

「なるほど。面白い例えをするな」


 表現が詩的というか、情緒が溢れていて素直に感嘆する。

 流石はかつてエルフ族と相性が抜群だった、フェアリーだ。

 自然と調和され、自然を愛する、自然の化身とも言われている存在。


「うーん……葉っぱは普通なのよねぇ」


 木に近づいて葉を触るキティーの姿は、金色に輝く羽と相まって、一つの絵画のように綺麗だった。

 陽光の木漏れ日を身にまとう、幻想的で心が洗われる光景。

 普段の彼女からは想像もつかないほど美しく、神々しさすら宿っていた。


「──」

「そうだな。可愛い……いや、綺麗だな」

「なになに? あたしのことが可愛くて見惚れてたって? もー、そんな当たり前のことを今更言わなくたっていいのに!」


 ロコの思念に同意すると、振り返ったキティーがそんな事をのたまってきた。

 頬に手を当ててきゃーきゃー言っているその姿からは、先ほどまでの荘厳さを影も形も感じられない。

 ただ単に、いつも通りやかましい状態だ。


「うん、いつものお前だな」

「そうよ。あたしはいつも可愛くて可憐な美少女妖精なのだわ」

「あー、かわいいかわいい。よし、調査の再開だ」

「でしょー……ねぇ、なんか投げやりな気がするんだけど。あたしの気のせい? ねえ、ねえったら!」


 隣でやかましくなった残念妖精族(キティー)を無視しながら、森の痕跡から推理していく。


 この時代のモンスター知識は少ないが、それでもいくつかわかる事がある。

 まず、地面に散布されている足跡から、モンスター自体はいなくなっていない。

 黒影狼達のように逃げたわけでもなく、普段通りの生活をしているようだ。


 次に、木や草花の傷を考慮すると、巨大魔物が暴れている……といった様子もない。

 黒影狼達が逃げるほどの魔物ならば、必ずどこかに痕跡があるはずだからだ。


 しかし、先ほども感じた通り、今の森は平和そのもの。

 問題が起こっているとはとても思えず、不気味さだけが強まっていく。


「一度、奥まで行くべきか」


 最初は下見だけをするつもりだったが、もう少し足を踏み入れるべきだろう。

 少なくとも、なにかしらの情報を手に入れなければ、今後の対策を取りようがないのだから。


「奥? 行く行く! 行きましょ、さあ行きましょう!」

「……なんで、そんなはしゃいでるんだよ」

「別に普通じゃん。たくっ、これだからあんたはダメダメなのよ。美少女妖精であるあたしの心を、もっと察しなさい」

「誤魔化しても、目をそらしてたらバレバレだからな?」

「うぐっ……」


 言葉に詰まったキティーは、ロコの頭に乗って毛皮に顔を埋めた。


「なにしてるんだ?」

「ふぉうふればふぁにもひへないふぇひょ?」

「ごめん、なに言ってるか全然わからん」

「ふごご」


 どうやら、俺との会話をする気はないらしい。

 それっきり、キティーはロコの頭でゴロゴロし始めた。

 困ったような顔でロコが見上げてくるが、首を横に振って好きにやらせとけ、と伝える。


「気を取り直して、森の調査を──っ!」


 高速でこちらに近寄る気配を感じ、黒影狼達に指示を出しながら警戒態勢。

 茂みから飛び出したのは、緑色をした猫型のモンスターだ。


 モンスターは暗い赤色の瞳を剣呑に細めると、近くの木々に飛び乗った。

 同時に、立体的に動きながら、的を絞らせないようにしてくる。


「慌てるな。相手は一人だ」


 慣れない動きだったのだろう。浮き足立ちそうになる黒影狼達に、俺はパスを通して沈静させていく。

 直ぐに彼等は落ち着き、思念連携で散開して茂みの中に紛れる。


「あれは緑隠猫ね。身体の模様を上手く使って気配を殺す、森の暗殺者。本来なら、黒影狼のようにこの辺には出ないはずなんだけど……」

「これも、異変の影響か」


 キティーから情報を貰いつつも、モンスター──緑隠猫の姿を逃さない。

 既にロコの瞳と同化しているため、緑隠猫のスピードは捉えきれていた。


 右上の枝に着地した緑隠猫の、後ろ足の筋肉が盛り上がる。

 来る──枝がしなる音を耳にするのと同時に、俺は前方二頭の黒影狼に指示。


「やれ!」


 飛びかかってきた緑隠猫の振り下ろしを躱し、返す足で吹き飛ばす。

 空中でもがく緑隠猫が態勢を立て直す寸前、両側から飛び込む黒影狼達に抑えられてしまう。

 結果、背中から叩きつけられる形となり、緑隠猫は鈍い悲鳴を上げた。


「へー。モンスターテイマーって、そういう風に戦うのね」

「と言っても、今のは適当な指示だけどな。複数のモンスターを同時に操った経験は、あんまりないし」

「そうなの? それにしては、以心伝心って感じだったけど」


 小首を傾げたキティーの視線の先では、追撃で緑隠猫を囲んで威嚇する黒影狼達の姿。

 先ほど、二頭の黒影狼が攻撃した瞬間に、他の黒影狼にも指示を出しておいたのだ。


 まだ仮契約で繋がりが弱いため、意思伝達にズレがあったが……まあ、贅沢は言わない。

 黒影狼達は、充分に仕事を果たした。あとで、褒めまくろう。


「さて、問題はこいつなんだが」


 緑隠猫に近づいて目を見ると、殺意に塗れた視線が返ってきた。

 今にも飛び込みそうな勢いだが、黒影狼達が警戒しているため大人しい。


 ロコも隣で観察しており、思案する素振りで尻尾が揺れている。

 その頭の上で、キティーは興味深そうに頬杖。


「なんか、変ね」

「やっぱり、気づいたか。ロコもわかったか?」

「──」


 流石は、二人とも魔法のエキスパートだ。この緑隠猫の異変に、見当がついているらしい。

 かくいう俺も、今回はこのモンスターについての奇妙さに勘づいていた。


「ああ、そうだ。このモンスターは──使役(・・)されている」

「だよね。この魔物から、二種類の魔力を感じるもん」

「──」

「ロコの言う通りだ。キティー、緑隠猫の目を見てみろ」

「目? どれどれ……あら、目の中に魔法陣があるわね」


 緑隠猫の目に描かれている、血のように赤い魔法陣。

 細部は異なっていたが、この紋様に俺は覚えがあった。


「……キティー、お前は言ったよな。モンスターテイマーは、滅んだ職業だって」

「言ったわよ。伝説となった職業。かつて、人と魔物が手を取り合っていた夢の世界。おとぎ話となって語られている、空想上の存在……の、はずなんだけどね」

「現に、このモンスターはモンスターテイマーによって使役されている」

「それにしては、なんだか嬉しそうじゃないわね。お仲間がいるんだから、いいことなんじゃないの?」


 疑問が篭った表情を浮かべているキティーに、俺は苦い顔を向ける。


「この魔法陣はな。モンスターの意思を封じ込めて無理矢理使役する、禁術指定の代物なんだ」

「──へぇ」


 キティーの、雰囲気が変わった。

 ロコの頭上であぐらをかくと、彼女は全身から魔力を漏らしはじめる。

 口元に宿るのは、多大な好奇心。

 緑色の瞳は爛々と輝き、目の前の事象を解明しようと叡智が渦巻く。


「……おい。なにをするつもりだ?」

「別になにも。ただ、そこに面白いモノがあるなら、気が済むまで調べ尽くすのがあたしのポリシーよ」

「だからって、その手に魔力を宿す必要はないよな?」

「なに? あたしの邪魔をする気? いくらあんただからって、容赦はしないわよ──人間」


 挑発的に睨みつけるキティーを、緑隠猫を庇いながら睨み返す。


「お前、こいつを殺すつもりだったろ」

「そんなつもりはないわ。でも、原因を解明している時に、不慮の事故で死んじゃう可能性は否定できないけど。それに、こいつはあたし達を殺す気で狙った。だったら、殺されても文句はないわよね?」

「ああ。この世は弱肉強食だ。いくら俺だって、無尽蔵にモンスターを助けようとは思ってない。だけど、目の前で理不尽に殺されそうになっているモンスターを見捨てるほど、薄情じゃないつもりだ」

「はっ! 殺そうとした敵を助ける? あんたって、どんだけ頭がお花畑なのよ。よくそれで、今までやってこれたわね!」

「──時間がない。ロコ、頼む」


 俺がそう告げると、ロコは魔法陣を展開。

 キティーの周りに障壁をはり、即席の檻を創り出した。


「ちょ、なにすんのよ! このっ、硬!? なにこれ、本当にただの障壁!?」


 キティーが暴れているうちに、気配が弱くなっている緑隠猫の額に指を添えた。

 意識を集中して、脳内に先ほどの禁術魔法陣を描く。


 複雑に絡まる紋様に魔力を流し、丁寧に紐解いていく。

 徐々に紋様が消えていき、最後に俺の魔力で魔法陣を押し流す。

 無事に作業が終わり、緑隠猫から指を離した。


「ぜぇ……ぜぇ……やっと解けたわ。さあ、今度こそ邪魔するなら容赦しないわよ!」

「残念。もう終わったよ」

「終わった? ……魔法陣がなくなってるじゃないっ!?」


 目を剥いたキティーの言う通り、俺は緑隠猫の魔法陣を解除したのだ。

 現に、目の前のモンスターは、穏やかな顔つきで眠っている。


 今回、俺が使ったのは、禁術を解除する重紋魔法だ。

 かつての時代でこれは禁術指定されていたのだが、それに対抗するための魔法が創られていた。

 もちろん、禁術にも種類があるため、中には解除できない難解な魔法もあったが。


「この魔法は俺の時代でもメジャーでな。対象を無理矢理使役して、使い捨てる悪辣な魔法なんだ。モンスターが力を出せば出すほど衰弱していき、やがて死に至る。そんな、モンスターを道具としか思っていない最低な魔法だ」

「でも、そんなのあたしには関係ないし」

「お前が知的好奇心を満たしたいのはわかっているが、好奇心は竜も殺すって言葉を知らないか? あんまり禁術を調べていると、呑まれるぞ(・・・・・)


 真面目な俺の雰囲気を汲んだのか、ため息を漏らしてそっぽを向いたキティー。


「…………悪かったわよ。未知の魔法を前にして、ちょっとはしゃいじゃったわ」

「わかってくれたならいいんだ」

「その代わり! あんたの時代にあった魔法、あたしに教えなさい」


 指を立てて鼻先まで飛んできたキティーに、苦笑いを返して頷く。


「俺が覚えている限りだったらな」

「よっし! これでまた一つ、あたしの好奇心が満たされるわ! ふふん、あんたにしては中々じゃない。褒めてあげるわ」

「はいはい」


 それから、上機嫌なキティーと話しながら、俺は緑隠猫が目覚めるのを待つのだった。






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