第十五話 ロコとの再会
冒険者ギルドに加入してから、幾日か経ったある日。
街での雑用依頼等下積みをしっかりと熟した俺は、前々から気になっていた森の調査をするために、薬草採取の依頼を受ける事になった。
というのも、今回森に行くのは三つの理由がある。
一つ目は、先ほど言ったように、薬草採取をするため。
二つ目にあるのが、キティーがいい加減痺れを切らして一人で向かいそうだったから。
そして、三つ目が……
「おそーい! 早くこっちに来なさいよ!」
「わかったから、そんな急ぐなって」
キティーの声で思考の海から出た俺は、目の前にある森の入り口に近づく。
ここは街道から外れた場所にあるので、辺りに人はいない。
今日も天気が良いため、穏やかな陽光が木々を照らしている。
葉が擦れて奏でる音は心地よく、自然の匂いが鼻腔を突き抜けた。
「あら。人間のくせに、自然の偉大さを感じられるのね」
「エルフ族のようにってわけにはいかないけど、多少は俺だって自然の魅力は知ってるぞ」
「野蛮人の話はするな!」
そんな風にキティーと話しながら、森の中に足を踏み入れた。
“世界樹の森”といった名が示す通り、入口から森は広大だ。
それは視覚を通じてという意味だけではなく、存在感そのものでもである。
木々の一つ一つに生命の息吹を克明に感じ、澄んだ空気が爽やかな風となって駆け回っている。
仮に昼寝でもしたら、さぞや素敵な夢が見られる事だろう。
とはいえ、俺の本来の目的は、森の調査だ。
少々の名残惜しさを胸にしまい込み、改めて辺りの様子を探っていく。
「うーん、特に問題が起こっているようには思えないな」
「そうねぇ。魔力に淀みはないし、自然が朽ちている様子もない。端的に言って、平和な森の中って感じ」
「黒影狼によれば、モンスターを脅かす存在がいるって話だけど」
軽く歩いて散策をするも、これと言って気になる部分はない。
ただ単に、キティーと散歩をしているような、のどかな内容となっている。
「まあ、それはおいおいわかるでしょ。それより、あんたは用事があったんじゃない?」
「そうだった。たしか、この先にある広場にいるって言っていたが」
今朝方、いつも通り冒険者ギルドに向かおうとしていた俺は、久しぶりにロコからの念話を受信していた。
なんでも、ようやく準備が整ったから、世界樹の森に来て欲しい、と。
そろそろロコの様子を見るために、お土産でも買って別荘まで戻ろう、と思っていた矢先の出来事だったので、驚きながらも快諾したというわけだ。
ロコのを含めて三つの理由がある以上、俺が森に行かない選択肢はなかった。
彼女がどのような準備をしたのかわからないが、俺としてはその辺はさして重要ではない。
自発的になにかをしたロコが誇らしく、それ以上に嬉しいだけなのだ。
ロコと再会したら、思う存分褒めよう。
「またニヤニヤしてるわね。気持ち悪い」
「ロコの事を思ってなにが悪い? むしろ、もっと笑っていたいわ!」
「うわ、こいつ開き直りやがったわ。ないわー、雄の開き直りほど醜いものはないわー」
「はあ? 開き直りに関しては、男女どちらもそんな差はないだろ」
「はぁ……わかってないわね」
森を進みながら反論すると、これみよがしにため息を零したキティー。
嘆く素振りで首を振り、大袈裟に肩をすくめる。
そんな彼女の腹立つ仕草に、思わず頬が引き攣ってしまう。
マジでありえませーん信じられなーい、と空中で誇張に表現しているキティーを半目で見つめる。
「……なにがわかってないんだ?」
「しょうがないわねぇ。愚蒙で無知なあんたに、天才美少女のあたしが説明してあげる。例えば、あんたが開き直ると気持ち悪いでしょ?」
「それはただの偏見だろうが!」
抗議の声を上げる俺を無視して、キティーは指を立てて言葉を続ける。
「対して、あたしが開き直ったら可愛くてキュンってするでしょ? ほら、違いがあるじゃない」
「バカにしてるのか?」
「はぁ? どこがよ? あたしはただ、懇切丁寧にあんたとあたしの差を教えてあげただけよ」
「……まあ。確かに、お前が開き直ればキュンってするだろうな」
「ふふん。でしょでしょ? ようやく、あたしのありがたみがわかったみたいね! これを機に、もっとあたしを甘やかしなさい!」
ドヤ顔で胸を張るキティーを鼻で笑った俺は、小さな声で呟きを漏らす。
「主に、エルフ族が」
「…………おかしいわね。今、あんたの口から汚い言語が飛び出してきたんだけど」
「だから、キティーが開き直れば、エルフ族達が喜ぶんじゃないか」
「誰が野蛮人にチヤホヤされたいって言ったのよッ!」
「あ、あそこにイヴァンナさんが」
「ぴっ!?」
キティーの背後を指させば、小鳥のような悲鳴を上げてこちらに突っ込んできた。
首を傾けて躱し、止まっていた足の歩みを再開。
背中から木が揺れる音と、「ふんぎゃっ!?」とキティーの声が聞こえたが、問題ないだろう。
付近に敵の気配は感じないし、多少音が大きくても支障がない。
「さーて、ロコはどこにいるかな」
「騙したわねっ! 信じられない!」
そのまま、俺は怒鳴ってくるキティーをあしらいながら、ロコが言っていた広場に向かうのだった。
「無視するな! ムカつくから、あたしに殴らせろっ!」
キティーからの反撃を、叩き落としながら。
♦♦♦
「──この辺か」
ロコと繋がっているパスを頼りに、彼女がいると思われる場所に来た俺。
恐らく、この先にいるだろう。
木々の隙間から見る限り、確かにそこは広場になっているようだ。
いくつかの気配を感じる事から、あの時の黒影狼もいるらしい。
「はぁ……はぁ……」
「どうした? 息を荒らげたりなんかして」
「あんたが! あたしを! 放り投げたんじゃないっ!」
「そうだったな。あまりにもキティーがうざ……危なかっしかったから、冷静にさせるためについ」
頭を掻いて照れ笑いをする俺を見て、無言で飛びかかってきたキティー。
右手で受け止めようとするが、ひらりと躱されて人差し指をかじられる。
「むがーっ!」
「いた、痛いって!」
「うるさい! 少しはあたしの痛みを味わうがいいわ!」
「からかったのは悪かったって!」
そんな風にキティーとじゃれ合ったあと、気を取り直して森の広場に向かう。
そこでは黒影狼達が思い思いに寛いでおり、俺達の方を見て尻尾を振っていた。
どうやら、しっかりと俺の事を覚えていたらしい。
パスが繋がっているとはいえ、歓迎ムードがあるのは素直に嬉しいものだ。
自然と笑顔になった俺は、ロコがいない事に首を傾げる。
いや、彼女とのパスもここにあるので、ロコがこの場にいるのは間違いない。
ないのだが、俺の視界には見覚えのある白い竜が──
「ん?」
数頭の黒影狼が、俺の注意を集めてきた。
短い遠吠えを上げると、両脇に逸れてその身体で隠していたモノを見せる。
そこには、黒影狼と似た姿をした、二回りほど小さい白い狼が鎮座していた。
「あら? 白い黒影狼なんていたかしら?」
キティーの疑問を耳に入れながら、俺はその狼からロコの波動を感じ取り、思わず目を見開く。
切れ長の紅い瞳を細めた白い狼……いや、ロコは、こちらに駆け出してきた。
飛び込んできたロコを受け止め、全身で甘えてくる可愛い相棒を撫でまくる。
一体どうやって変身したのかはわからないが、まずは狼になっているロコを愛でるのが優先だ。
「お前、ロコか! ははっ、狼になってもロコは可愛いなぁ!」
「うわぁ……デレデレしてキモい」
「──」
「おお、そうかそうか。黒影狼の姿を魔法で形取ったんだな。もー、そんな事ができるなんてお前は本当に優秀だなぁ!」
しかも、竜の姿で行くと俺に迷惑がかかるから、なんて可愛い言葉まで付けてきて。
俺のためにここまでしてくれるなんて、嬉しいやら誇らしいやら嬉しすぎるやら。
隣でゴミを見る目な状態のキティーがいるが、ロコが可愛すぎてもはやどうでもいい。
むしろ、キティーがそういう表情をすればするほど、相対的にロコが可愛い証明になるのではないか。
「はぁ……ねぇ、森の調査はどうすんの?」
「──」
「おお、黒影狼達用に餌を分けてあげたのか。え? 別荘にあった備蓄を使った? 全然いいよ、ロコのためなら全部使ってもいいぐらいだし」
「おーい、聞いてる? というか、ついこの前も無視された気がするんだけど」
「よし、せっかくロコが来たんだし、黒影狼達と一緒に遊ぶか!」
「話を聞けーいッ!」
遊びに使える枝かなにかがないか、と辺りを見回していると、突如として頭上に鈍い痛み。
視界で回転する星の幻覚が見え、思わず頭を押さえながら下手人のキティーを睨む。
「なにすんだ……よ?」
「それはこっちの言葉よ! 珍しくあたしがやる気を出しているっていうのに、あんたはドラゴン狼にデレデレして話を聞かないし。まったく、これだから人間は愚鈍なのよ」
「おい、その手に持ってるのはなんだ?」
俺の言葉を聞いたキティーは、意表を突かれた顔で手に持つ、金色に輝くハンマーを振るう。
彼女の身長とは合っていない大きなそれは、重い風切り音を鳴らした。
「これ? これは、あたしの魔法で作った小道具よ。おばば様直伝の魔法なんだけど、言うことを聞かない妖精にはこれが良く効くのよねー。こう、腰に力を入れてグイッと」
ハンマーを構えると、キティーは腰に捻りを加えて大きく振りかぶった。
仮に飛んできた球をハンマーで捉えていたとしたら、天高く跳ね返すような見事なスイングだ。
いや、感心している場合ではない。
明らかに物騒なそれを使うおばば様もあれだが、それを使うキティーも大概だ。
しかも、その金ハンマーで俺を叩いたというのが。
「お前、下手したら俺死ぬぞ」
「はあ? おばば様がそんな程度の低い魔法を創るわけないでしょ。ちゃんと、最大でも死にかけになるように調整されているわ」
「なおタチが悪いわ!」
「うっさいわねぇ。人間は無駄に頑丈なんだから、このぐらいでグジグジするんじゃないわよ。それより、森の調査に向かわないの?」
ハンマーを消したキティーの言葉に、俺はようやく本題を思い出した。
ロコとの再会があまりにも嬉しすぎて、本来の目的を忘れていたのだ。
「そうだな。ロコと遊ぶのはいつでもできるし、先に依頼を終わらせるか」
「よし来た。じゃあ、さっさとやりましょ!」
「やるのはいいんだが、やけに乗り気だよなお前。なんかあるのか?」
「……そ、そんなことないわよ?」
ふと気になった事を尋ねると、あからさまに目を逸らしたキティーが口笛。
後ろ手に腕を組んで、少しずつ俺の視界から外れようと飛ぶ方向を変えている。
ここまで誤魔化すのが下手だと、もはやわざとやっているのではないか、と疑心暗鬼になってしまう。
まあ、キティーの事だから、本当に嘘をつけないのだろうが。
「まあ、いいわ。お前達、怪しい場所を知っていたら案内してくれないか?」
黒影狼達に問いかけると、了解と頼もしい鳴き声が返ってきた。
こうして、俺はロコ達と一緒に、森の調査を再開するのだった。




