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第十三話 初依頼開始

 

 冒険者としての入門依頼が始まり、早速俺はギルドの外に出る……なんて事はなく。


「アナさん。一つ伺いたい事が」

「あら、なにかしら?」


 その場から動かない俺を見て、アナさんは楽しそうに先を促す。


「この依頼書なんですけど、依頼の期限が書かれていません。そちらの不手際でしょうか?」


 俺の言葉に目を見開いたあと、喉の奥でくすくすと笑うアナさん。

 もちろんこちらを侮る色は全くなく、むしろ感心したような笑い声だった。


「その質問にはイエスと答えるわ。ついうっかり(・・・・)、依頼期限を書くのを忘れていたわ。気がついてくれてありがとね」

「……いえ。それで、実際の期限はいつまでなんでしょうか?」

今回の(・・・)期限は今日の六刻の夕鐘が鳴るまで。つまり、あと十一時間ほどといったところかしら」

「今一度確認しますが、依頼内容はギルドから支給されたお金で冒険者にとって必要な物を買う。期限は夕刻六時まで。依頼達成するための手段に指定はない……間違いないですね?」

「ギルドの規律に反しない、って枕詞がつくけどね。それで合っているわよ」


 にっこりと微笑んだアナさんに、俺も笑顔を返して顔を少し近づける。

 気持ち小さめに声を落とし、内緒話になるように口を開く。


「ところで、ここはお金の両替はして貰えるのでしょうか?」

「……可能よ」


 やはり、俺の思った通りだ。

 一瞬考え込む仕草で間を置いたアナさんを見て、この依頼の抜け道を一つ確信した。


 アナさんは先ほど、この依頼は冒険者になると必ず受注すると言っていた。

 その口振りから考えてみても、これはギルド内での決まりなのだろう。


 となると、この依頼を受けていない人はいない、という事になる。

 つまり、彼等から話を聞けるならば、この依頼に関しての情報も手に入るというわけだ。


 袋から銀貨を一枚取り出し、アナさんの前に置く。

 彼女は直ぐに大銅貨十枚と交換してくれ、好奇の笑みを浮かべてくる。


「やっぱり、貴方は優秀ね。冒険者になりたての人は、大抵ろくに確認もしないでギルドをあとにしちゃうのに」

「でも、自分のような事をする人もいますよね?」

「それはもちろん。ただ、その数はあまり多くないのが実情ね。まあ、この辺は後で実践していけば、勝手に身につくものなんだけど」


 肩をすくめたアナさんを横目に見つつ、俺は大銅貨を袋に仕舞う。

 そのまま()枚納めた袋を懐に入れ、残りの一枚をカウンターに置く。


「いくつか、尋ねたい事があるのですが」


 俺のした事の意味を理解したのか、呆れとも怒りとも……あるいは、愉悦とも取れるような。

 そんな様々な感情が入り混じる表情になったアナさんは、頬杖をついて薄く笑う。


「──これは、あまり褒められた事じゃないわよ」

「そうですか? 自分と同じような事を考える人はいそうですけどね。それとも、貰ったお金を全て使って、貴女を買う(・・)方がいいですか?」

「ふふっ。私がたったそれっぽっちの価値しかないと?」


 気分を害したような口調とは裏腹に、アナさんの赤い瞳は楽しげだ。

 流し目で俺を挑発しながら、指でカウンターを叩いて小さなリズムを刻む。

 対して、俺は首を横に振って苦笑い。


「そんな事は思ってませんよ。ですから、今回は情報を売ってください。この依頼について言える裏情報に、他の人はなにを買ったか。それと、助言をくれそうな冒険者も」

「随分と欲張るわねー。大銅貨一枚じゃあ、そんな沢山話せないわよ」

「なら、これでどうですか?」


 追加で大銅貨を四枚乗せると、アナさんはゆっくりとため息。

 頬杖を解いて手を組み、からかい混じりの視線で口を開く。


「まさか、受付嬢に賄賂を渡すなんてね。貴方の神経の図太さに免じて、私が話せる事を話しましょう」

「お願いします」


 頭を下げた俺に微笑んだあと、顎に指を添えて目線を斜め上に向けるアナさん。


「そうねぇ……私が話せる内容としては、貴方の推測通り情報を買う冒険者はいるわ。冒険者にとって、依頼の裏取りを取るのは当然の事だから、それを先輩から教えて貰った新人がいるんでしょうね」

「つまり、今回の依頼で情報を買うのは、むしろ推奨された事?」

「ええ。さっきはああ言ったけど、私達受付嬢から情報を仕入れるのもありよ。私達はギルド内に集められた情報を取り扱っているから、新鮮な情報が手元に揃うしね。……まあ、だからと言って、冒険者に必ず教えるとは限らないけど」


 そう告げると、アナさんは眉根を寄せて嘆息。

 どうやら、あまり良くない内容でも思い出してしまったらしい。


 受付嬢も苦労しているのだろう。いちゃもんをつける冒険者や、無茶な事を頼んでくる依頼主。

 他にも、様々なクレーム要望が舞い込んでくるのが、容易に想像できる。

 そういった、いわゆるお客()に対しては、サポートを最低限にするのだろう。


「苦労しているんですね」

「これが私達の仕事だから、理解はしているわ」

「納得は?」

「それに関してはノーコメントで。さて、話を戻すわね。裏情報に関しては、こんなところ。次は冒険者達の前例だったかしら」


 そこで一端言葉を区切り、指折り数えながら話していく。


「露天商で買った怪しい剣、薬屋で買った鞄いっぱいのポーション、鍛冶屋で買い込んだ鉄製の鎧、生活基盤を整えるために日用品を買った人もいたかしら」

「また、随分とバラバラですね」

「そりゃあ、その人によって必要な物は変わるからね」

「──奴隷を買った方もおりましたよ」

「うひゃっ!?」


 苦笑いしたアナさんの背後から、既に聞き慣れてしまった声が聞こえてきた。

 可愛らしい悲鳴を覗かせた彼女の両肩に手を置いたのは、いつの間にかこちらまで来ていたイヴァンナさんだ。


「突然失礼いたしました。なにやら興味深い事を仰っていましたので、僭越ながら私も助言を告げに参上いたしました」

「ちょ、ちょっとー。いきなり驚かさないでよ、イヴァンナ」

「というより、業務は大丈夫なんですか?」


 思わず半歩下がって尋ねた俺見て、微かに恍惚とした表情で鼻をひくつかせていたイヴァンナさんは、いつもの高音ボイスを震わせる。


「問題ありません。午前の分は終わっておりますので」

「そ、そうですか。それで、奴隷とは?」

「知らないの? この町にある奴隷商は、この国随一の規模を誇っているわよ」

「ですから、ピンからキリまで様々な奴隷がおり、そのためギルドの支給金でも購入が可能な奴隷がおります」

「そうなんですか。奴隷に関してはあまり詳しくないので、知らなかったです」


 徐々に近づいてくるイヴァンナさんの顔を避けながら、無知を恥ずかしがるように照れ笑いを浮かべておいた。

 特に怪しまれる事はないだろうが、念のため田舎者の装いをしておく。


 そんな俺を意外そうに見ていたアナさんは、鬱陶しがる素振りで垂れているイヴァンナさんの金髪を払う。


「いつまで私の肩を掴んでるのよ。貴女の髪は長いんだから、目にかかって邪魔なんだけど」

「失礼しました」

「わかればいいの……あのね、なんでまた私の肩を掴むのよ。しかも、今度は頭を乗せてくるし」


 アナさんの告げた通り、イヴァンナさんは髪をポニーテールに結ぶと、顎をアナさんの頭に乗せて鼻の動きを再開している。


「この方が、より深く感じられますので」


 との事は、無表情の中に興奮を滲ませたエルフ族の言葉だ。明らかに、キティーの残り香を嗅いで楽しんでいた。


 目の前で見せつけられる、クールなエルフ族の醜態。

 怜悧な美貌がだらしなくなっていないだけマシなのであろうが、なんというか今すぐ逃げだしたい。

 このままだと、イヴァンナさんに捕捉されるような気がするのだ。


 俺と同じような事を考えたのか、疲れた表情でため息をついたアナさんが、酒場に手を向けて先ほどより早口で告げる。


「あっちのテーブル席に座っている黒髪の男性がいるでしょ。あの人は新人冒険者の面倒見がいいC級のダスランさん。とりあえず彼から話を聞けば、間違いはないと思うわよ」

「ありがとうございます。早速話を伺ってきます」

「それならば、私がアレン様に手取り足取り教授いたしますが?」

「いえ、結構です」


 きっぱりと断った俺を見て、イヴァンナさんは残念そうな面立ちだ。

 これ以上いると本当に捕まりそうなので、アナさん達に礼を告げてこの場をあとにする。


「ほら、アレン君もいなくなったんだから、もうどいて」

「……アナスタシア。何故、貴女がアレン様の担当をしたのですか?」

「そんな事を私に言われても」

「少し、詳しい話を聞きたいのですが」

「え、それは──」


 背後から二人のやり取りが聞こえたが、俺は気にしない事にした。

 アナさんのおかげで、イヴァンナさんから逃れられたなんて思っていない。思っていないのだ。


 こっそりと合掌をしながら、俺はこちらを観察していた男性──ダスランさんの隣で足を止める。

 この人、俺がギルドに入ってからずっと様子を窺っていた。

 敵意がないので気にしないでいたが、アナさんの言葉を信じるなら……


「どうした、坊主」

「アナさんから聞きました。貴方がダスランさんですね?」

「それがどうした?」


 問い返してきたダスランさんの向かい席に腰を下ろし、壁にかけられたメニューを見る。

 まだ文字が読めないのでなんて書いてあるかはわからないが、並び方から勘で一つ選ぶ。


「いらっしゃいませ、ご注文は?」

「あれを一つ」

「なんだなんだ、いきなり。オレになにか用があるのか?」

「まあまあ、まずはゆっくりしましょう」


 訝しげにする彼を宥めながら、バレない程度に軽く観察。


 分厚い筋肉と側にある大剣から、ダスランさんは前衛職だと推測。

 それもヒットアンドアウェイをする軽戦士ではなく、盾で受けて反撃をする重戦士。

 無駄なく鍛えられている事もあり、レックスよりはよほど強そうだ。


 ダスランさんは迷惑そうな顔で酒を飲んでいるが、黒い瞳の奥では微かな好奇心が宿っていた。

 どうやら、俺のお手並みを拝見する腹積もりらしい。


 定員が運んできたジョッキを受け取り、舌で舐めるように味わう。

 口内で広がる酸味が混じる甘味から、これは俺の時代にもあった果実酒だ。

 懐かしい味に思わず頬を緩ませながらも、ダスランさんから視線を逸らさない。


「で、そろそろ相席したわけを教えてくれよ」

「そうですね。アナさんから聞いたんですが、ダスランさんはC級冒険者らしいですね」

「ん、まあな。それがどうした?」

「という事は、それだけ様々な経験を積んでいますよね?」


 そう告げると、ダスランさんは持っていたジョッキをテーブルに置く。


「そうだな」

「ですから、色々と自分に教示していただきたいんです」

「教示と来たか。しかしなあ、坊主を鍛えるのに、オレにはなんのメリットもないぞ」


 腕を組んで唸るダスランさん見て、俺はテーブルの影になっている彼の左足を指さす。


「ダスランさん。今、怪我をしていますよね?」

「……なんの事だ?」

「惚けてもわかります。さっきから、右側に重心が偏っていますよ。それに、腕を組んだ時も、椅子に座り直して態勢を変えていましたよね」


 観察していると、ダスランさんの動きがぎこちなく見えたのだ。これはなにかあると思い、注意深く探ってみたら案の定、彼の負傷に気がついた。


 これには驚いたのか、眉尻を上げたダスランさん。

 野太い腕を頭の後ろに回し、してやられたと言わんばかりに笑う。


「がはは。目がいいじゃねえか、坊主」

「これが取り柄ですので。それで、怪我をしているという事は、時間に関しては余っていますよね?」

「坊主の言う通り、今はしがない酒飲みをしている。だが、オレが暇だからと言って、坊主を鍛える理由にはならねぇな」

「大銀貨三枚」

「──なに?」


 指を三本突きだした俺の言葉を聞き、込められた意味を察したのだろう。

 軽く目を見開いたダスランさんは、好戦的な表情で口の端を上げる。


「坊主。お前……わかっているのか? 大銀貨一枚で、一ヶ月は食い繋げるぞ。そんなそこそこのお金を使って、オレになにを教えて欲しいって?」

「冒険者が必ず受ける、初依頼。それについての助言……それと、先行投資です」

「先行投資?」

「はい。今後、お世話(・・・)になるであろうダスランさんに、顔を覚えてもらおうかと」


 きっぱりと断言した俺に、ダスランさんは呆気に取られた顔をした。

 しかし、直ぐに額に手を置くと、喉の奥から笑い声を漏らす。


「くくっ、そんなはっきり言うやつがいるかよ。オレとの顔つなぎのためだけに、支給金を放流するとはな」

「いけませんか?」

「いや、感心したんだ。別に金には困ってねーが──」


 首を振ったダスランさんは、俺がテーブルに置いた大銀貨のうち、一枚を手に取る。


「──情報料はこれだけで充分だ。流石に新人から金をむしり取るわけにはいかねぇからな」

「……ありがとうございます」


 恐らく、俺の懐事情でも見抜いたのだろう。からからと笑うダスランさんからは、確かな気遣いを感じられた。

 自然と感謝を示す俺の肩を、彼は軽く叩くと反対の手で呷る仕草。

 そして、ニヤリと親父臭い笑みに変えて、口を開く。


「その代わり、一杯奢ってくれや。酒がある方が、オレの口が滑るかもしれないぞ?」

「それくらいなら、お安い御用です」


 俺も笑顔を返しながら、密かに安堵をしていた。


 大丈夫だとは思っていたが、これで第一関門は突破だ。

 あとは、ダスランさんから有用な情報を聞けば、今後も役に立つ事間違いないだろう。


 店員を呼んだ俺は、ダスランさんと自分の分のお酒を二つを注文し、待っている間に世間話に花を咲かせるのだった。






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