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第十二話 初依頼はお使いクエスト

 

 あれから、キティーに今の時代は半獣人が獣人族という名前になった事を教わった、次の日。

 ロコ山にある別荘のように風呂はないので、朝も沸かしたお湯で身体を拭いた。


 無事にさっぱりして爽やかな気分になった俺は、借りた木の桶を返すため受付に向かう。

 ちなみに、キティーは朝が弱いため、ポケットの中ですやすや眠っていた。


「あのー、これを返しにきたんですけど」

「あ、はい……」


 二階にある自分の部屋から降りると、受付をしていた獣人族の従業員が顔を上げた。

 初めは営業スマイルを浮かべていたが、俺だと知ると笑顔が固まって陰りが差す。


 昨日の視線が、よほど後を引いてしまったらしい。

 頭上にある獣耳……恐らく猫耳の毛が微かに逆立っているし、瞳には苦手な野菜が食卓に並んだ時のような微妙な色が垣間見えている。

 嫌悪感や恐怖心までは抱いていないが、できればどこかに行ってくれないか。

 そんななんとも言えない、絶妙にマイナス方面な感情が理解できた。


 正直、小さな少女にそんな風に見られるのは、かなり堪える。

 好かれたいとまでは思わないが、誰だって嫌われるのは嫌だろう。

 まあ俺の自業自得ではあるし、この視線を甘んじて受けるべきなのだろうが。


「ここに、置いておきますね」

「は、はい」

「えっと、今日もこの宿を取ると思うのですが、部屋をキープしておく事はできますか?」

「──構いませんよ」

「あ、リースさん」


 俯き気味に目を逸らしていた彼女は、奥から出てきたリースと呼ばれた女性に気がつき、ぱっと花咲くような笑顔を披露した。

 素早い動きで受付から降りると、リースさんの背後に隠れてこちらを窺う。


 ……なんというか、ここまで警戒されていると、もはや苦笑いしか出てこない。

 仕方がないとはいえ、これは距離を縮めるのは大変そうだ。


 俺達の微妙な関係性を見て、リースさんは犬耳……いや、あれは狼耳か。

 灰色の凛々しい耳を小さく揺らし、申し訳ない表情で頭を下げる。


「申し訳ありません。うちの従業員が」

「いえいえ、こちらこそ昨日は不躾な視線を送ってすみません」


 頭を下げ返しながら、内心でリースさんに対する興味を高める。


 本人は隠しているつもりなのだろうが、彼女──明らかに、強い。

 重心は大木のように安定しており、佇まいも隙がなく滑らかだ。

 しかも、衰えた様子がない事から、現役で身体を鍛えているのが窺える。


 初めは普通の宿かと思っていたが……これは、思わぬ拾い物だったかもしれない。

 流石に勝負を挑む事はしないつもりだが、いつかは彼女と手合わせを願いたいものだ。


「そう仰っていただけると、恐縮です」

「いえ。それで話を戻しますけど、部屋をキープできるんですね?」

「はい。本日の五刻までなら、予約といった形にさせていただきます」

「ありがとうございます。……あ、そうだ」


 個人的興味のためにも、この宿は常連にしたい。だから、あの子との関係性は少し改善したいと考え、俺はリースさんを近くに呼ぶ。


「なにか?」

「あの、あの子に謝罪するために、なにかしたいんですが、アドバイスとかってありますか?」


 俺の言葉を聞き、無言で片眉を上げたリースさん。そのまま顎に細い指を添え、クールに微笑む。


「そうですね……ビアンカはお菓子が好きですので、お土産に買ってくださると喜ぶと思います」

「物で釣るのは流石に、と言いたいんですけど」

「では逆にお尋ねしますが、幼子相手に物を与える以外で満足させる事ができますか?」


 まさに、ぐうの音も出ない正論だ。

 あの子──ビアンカとはあって間もないため、彼女の趣味趣向を知るわけがない。

 結局は、リースさんのアドバイス通り、好きな物で好感度を上げるしかないのだろう。


 こう考えると、女の子の気を引こうとする幼女趣味の変態な気もするが、深く考えない方がいいはずだ。

 客観的に見れば危険な思考に蓋をした俺は、リースさんに見送られて宿をあとにするのだった。



 ♦♦♦



「……見られているな」


 依頼を受けるために、冒険者ギルドに向かっていた俺。

 特に怪しい動きはしていないのだが、何人かから観察されている。


 途中で起きたキティーは、冒険者ギルドに行くのが嫌だったのだろう。

 魔法で姿を消すと、どこかへ飛んでいった。

 だから、この場合は俺を見ているという事になるのだが……


 目の焦点をズラして、視線を動かさずに周囲を探る。

 大多数の人間はこちらを見ていなかったが、人混みに紛れる形で、明らかにこちらをこっそりと見ている人物達がいた。

 しかし、彼等の正体に気がついてしまえば、なんとも言えない顔になる事しかできない。


「あー……」


 思わず額に手を当てながら、それはもう深いため息を零した。


 初めはお上りさんな俺を狙う賊の類いだと思っていたが、相手はただのエルフ族だったのだ。

 つまり、昨日の間にキティーの匂いが町に広がり、それを知ったエルフ族がそれを辿ったのだろう。

 その結果、俺という存在を見つけたと。


「マジでエルフは匂いフェチだったのか」


 知っている種族の変態性を見せつけられた俺は、げんなりした足を速める。

 殺気は感じないし、視線に込められているのも恍惚とした色だけなので、無視していれば無害であろう。

 こちらに突撃しないだけ、奥ゆかしいと肯定的に捉えておく。


 冒険者ギルドにたどり着き、両開きの扉に手をかけて開いた。

 中に入る前から喧騒は聞こえていたのだが、俺が来た途端それが消え失せる。


 冒険者も受付嬢も間違いなく、こちらに一瞬意識を向けた。

 正負どちらの感情もあり、主に負の視線をしている人物達を把握。

 ほとんどが若い男の冒険者で、僅かに女性冒険者や受付嬢といったところか。


 恐らく、昨日のイヴァンナさんとのやり取りを見たからだろう。高嶺の花であるエルフ族の積極性を見て、嫉妬をした感じだと思われる。

 個人的には、イヴァンナさんとの関係を邪推されるのは嫌だ。正直、彼女には苦手意識すら持ちはじめていると言えるだろう。


 そんな事を数瞬で考えているうちに、ギルド内に騒がしさが戻ってきた。

 冒険者は酒場に集中し始め、受付嬢は自分の業務を再開。

 一部、いまだに睨んでくる冒険者がいるが、喧嘩を売ってくる様子はない。


「──アレン様。お待ちしておりました」


 改めて依頼を受けようと思った俺は、ねっとり高音を耳にしてげんなり。

 声の方に目を向ければ、鼻をひくつかせているイヴァンナさんが薄い微笑を浮かべていた。


「お、おはようございます」

「はい、おはようございます。アレン様の依頼を斡旋いたしますので、どうぞこちら(・・・)へ」

「いえいえ、自分はこっちで並んでいるので大丈夫ですよ」


 あまり刺激はしたくなかったが、それ以上に彼女と関わりたくない。

 キティーからエルフ族の内情を聞いたあとだと、その気持ちは尚更高まってしまう。

 だから、この返しはある意味当然だったのだが、それは俺視点での話だ。


 イヴァンナさんにとっては、断られるとは思わなかったのだろう。

 微かに目を見開いたあと、浮かべていた微笑に冷気が宿りだす。


「……そうですか。私ならば、アレン様に合致した依頼を斡旋できますが」

「お気持ちだけ、いただいておきますね」

「我々職員は冒険者のサポートが仕事ですので、そう遠慮しなくとも結構ですよ?」

「ははは。ですが、昨日はともかく、今はイヴァンナさんのところが一番列が長いじゃないですか。自分は早く依頼の相談をしたいので、申し訳ないですが」


 高速で受付業務をこなすイヴァンナさんと、彼女の遠回しの誘いを断る俺。

 付近にいる冒険者は興味深そうな顔をしており、受付嬢も好奇の眼差しだ。


 野次馬的に見られるのは困るが、イヴァンナさんに近づくよりはマシだろう。

 というより、先ほどから匂いを嗅いでいる彼女は、キティーがいない事に気がついたのか、無表情の中に残念そうな風貌が見え隠れしている。


「……貴方、勇気があるわね」


 言葉の裏で牽制し合っていると、列が捌かれて俺の順番が回ってきた。

 赤髪セミロングの人族であろう受付嬢が、呆れた表情で声をかけてくる。

 それに苦笑いを返しながら、促されるまま装置に手を置いて身分確認。


「ははは、勇気というより……ちょっと」

「まあ、あんなイヴァンナは私も初めて見たし、近寄りたくないのはわかるわ」

「あ、やっぱそうなんですか?」

「ギルドで一番冷徹な受付嬢って話が有名なぐらいなのよ? まあエルフ族は美形揃いだから、そんなイヴァンナも最高、って喜ぶ男は多いけどね」


 男って本当にバカばっかり、といった仕草で肩をすくめた受付嬢。

 同じ男として気持ちはわからなくもないので、その言葉には苦笑いしか返せない。


 とはいえ、今の暴走イヴァンナさんを好ましく思う人は……いなくはなさそうなのが、男の業の深さと言えるだろう。

 妖精族に欲情するエルフ族と、そんなエルフ族に情欲を抱く男。

 どっちもどっちというか、もうお前らが一緒になれよというか。


「とりあえず、依頼の斡旋をお願いしても?」

「そうねー。こわーいイヴァンナがこっちを睨んでいるし、さっさと終わらせるわ。あ、私の名前はアナスタシアよ。気軽にアナって呼んでちょうだい」

「アナさんですね、わかりました」

「じゃあ、ちょっと待っててねー」


 受付嬢──アナさんは小さく笑うと、カウンターの下からファイルを取り出す。

 流石は受付嬢といったところだろう。サバサバした口調とは裏腹に、高速で動く手元と資料を素早く読み込む手際が流れるように速い。


 接客業で敬語を使わないのを不思議に思ったが、むしろ彼女にはこちらの方が似合っている。

 これがアナさんの魅力なのだろう、と彼女に熱い視線を向けている冒険者を盗み見ながら、俺はイヴァンナさんの灼熱光線を受け流していた。

 雰囲気は氷点下の如く冷たいのに、感じられるのは熱さとは。


「……あの、まだですか?」

「んー、もうちょっと」

「いや、嘘ですよね? もう自分に見せる依頼を見つけていますよね?」

「あ、バレちゃった? 貴方とイヴァンナが熱く見つめ合ってるから、もう少しそのままにしてあげようかなって」

「明らかに楽しんでいたでしょ」


 呆れてため息をついた俺を見て、これ以上からかうのは薮蛇とでも思ったのか。

 チロリと舌を覗かせたアナさんは、手早く一枚の依頼書をカウンターに乗せる。


「とりあえずはこれね。うちのギルドでは、初依頼はこれをするって決まりがあるから」

「えーっと……“ギルドからのお使い”?」

「そ。依頼内容を見てもらえばわかると思うけど、ギルドが渡したお金を上手にやりくりして、指定する物を買ってくるのがお仕事」


 指でなぞってそう告げると、アナさんはお金入りの袋を置く。

 断りを入れてから中を見てみれば、大銀貨三枚と銀貨五枚があった。


「お金はこれぐらいですか。ちなみに、買ってくる物は?」

「“冒険者にとって必要な物”。それだけよ」

「……それは、どういう意味ですか?」


 訝しげに尋ねるも、アナさんはニヤニヤとした笑みを浮かべるだけ。


「さあ? いち受付嬢の私には皆目検討もつかないね」


 その表情の裏に含まれている意味を理解し、思わず内心で小さなため息。


 つまり、今回の依頼は冒険者を実戦形式で学ぶ内容という事なのだろう。

 現に俺達のやり取りを、遠目から観察している熟練であろう冒険者が何人かいる。


 ただ魔物を討伐するだけではなく、冒険者としての社会を知る依頼。

 ……これは思ったより、意地悪な内容だ。


 そんな俺の心境を察しでもしたのか、口角を上げたアナさんがカウンターに肘を置く。

 そのまま手を組んで顎を乗せると、目で笑いながら囁いてくる。


「貴方は薄々勘づいていると思うけど、受付嬢の私から一つアドバイス。あらゆるモノ(・・)を使うのが、冒険者として大成する近道よ」


 ウィンクを零して微笑む、アナさん。

 モノを強調している事から、彼女が言わんとしている意味がなんとなくわかる。


「アドバイスありがとうございます」

「素直なのは好きよ、アレン君」

「あの、自分の名前言いましたっけ?」

「そりゃあ、昨日あんだけ目立っていたらねぇ」

「ははは、そうですよね……」


 笑顔を苦笑いに変えたアナさんの言葉に、乾いた相槌を返してしまう。

 そんな俺の困り顔に肩をすくめたあと、彼女は居住まいを正して営業スマイルを浮かべる。


「では、改めて──アレン様の依頼活動にご武運を」


 こうして、俺の初依頼が開始されるのだった。






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